6月23日(金) 天久保さんの過去

 ドキドキしていた天久保さんとの食事は――

 なんていうか……。複雑な気分になった。


 入ったお店はイタリアンMOGA。

 天久保さんは車だし私は自転車だしで、ワインは飲めずに炭酸水で「ピンクこえだちゃんに乾杯」ってグラスを傾けた。


 はじめに天久保さんから「梅園さんの下の名前、あの漢字で何て読むの?」って聞かれた。

「“陽葵” と書いて “ひまり” です」って答えたら、少しがっかりしたような表情になって。

「僕にはね、同じ漢字で “はるき” って名前の妹がいるんだ」って言った。


 5歳離れた妹、はるきさんのことを天久保さんはとてもかわいがっていたそう。

 けれど、はるきさんが5歳、天久保さんが10歳のとき、公園で遊んだ帰りに夕立がきて、落雷があって……。

 はるきさんは、雷に打たれて、天久保さんの目の前で異世界転移してしまったんだって。


 天久保さんは自分が妹さんを守れなかったことをすごく悔やんでいるそう。

 なんとか妹さんの消息を知りたい、予期せぬ災害で強制的に転移させられてしまう不幸を減らしたい、そんな気持ちで転移メカニズムの研究者になったんだって。


 そのはるきさんがよく遊んでいたお気に入りのおもちゃがピンクこえだで、天久保さんが大事にしているそれは、妹さんの形見の人形たちだということだった。


「梅園さんの名前を職員名簿で見た時に、妹の名と同じ漢字だし、入所年度からも同い年くらいだとわかって、すごく気になっていたんだ。

 君の口からピンクこえだの話が出たときには、思わず妹の面影と重ねて動揺してしまった」


 そう言って寂し気に微笑む天久保さんに胸が締めつけられた。


「勝手に妹と重ねては迷惑だろうと思うけど、僕としては梅園さんの明るい笑顔を見ていると、はるきもきっと異世界でこんな風に成長して、幸せに暮らしているに違いないって思えるんだ。

 これからも、時々こうして話をさせてもらえるとありがたいんだけど」


 申し訳なさそうに眉を下げつつ、涼やかな瞳を潤ませて、すがるようにじっと見つめられて。

 そんな天久保さんのお願いを断る理由なんてあるわけがない。

「私でよければ喜んで!」

 努めて明るい笑顔でそう答えた。


 天久保さんの私への印象は悪くないってわかったし、これからも二人で会える!


 距離を縮めていけるチャンス、だよね?


 けど……。


 私が “はるき” じゃなく “ひまり” として見てもらえる日はくるのかな――?

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