第04話 暗黒神官来ちゃった
「宗教の勧誘はお断りします」
助手が丁寧に断ったんじゃが、「女神様が夢枕に立った」とのことで、押し切られてしもうた。洞穴を組み替えたこの書斎も、扉くらいつけるべきだったのう。
「助手よ、お茶をお出ししなさい。話を聞こう」
イルカ型の助手は、台所へお茶の支度に向かった。宙を泳ぐように移動できて便利じゃな。将来の選択肢に、イルカの体を検討するのは間違っているだろうか?
「ああ、夢のお告げの通りのお部屋ですなあ。賢者様、私は――」
「暗黒神官じゃろ?」
「お気づきでしたか」
「その服装は神官系じゃろ。主神の護符をつけておるが、破滅のニオイがする。
あそこの教義は、もうちょいカッチリした感じで、規律と正義! みたいな
頭固い感じになるはずじゃ」
「私もまだ修行が足りないですな」
「Lv40なら、そこそこじゃろ?」
「いえ、ステータス的な意味ではなくて」
「お前さんがLv99になろうと、その破滅を求めるニオイは隠せんぞ」
「私共の信じる道は『世界の滅びと、新世界での再生』でございますからなあ」
暗黒神官はニコニコしておる。子どもから見れば、「優しそうなおっちゃん」じゃろう。村の女衆からすれば「相談しやすい神官様」にしか見えんじゃろうな。男衆なら一緒に飲もうと酒を勧めたくなるじゃろう。
そんな、滅びを求める神官が、なぜワシのところへ。
「私共には、『今から千数百年前に、私共の崇拝する女神――
他の教団からは邪神と呼ばれております――が、
現在の王都の地下へ封じられた』という伝説があるのです」
「ここの王族は、建国王が優秀な神官戦士だったな」
「女神を封印するとは、神をも恐れぬ行為でございます」
「邪神じゃからな」
あ。点と点が繋がった。物凄く嫌な予感がする。ワシは、暗黒神官にことわって、「雲の巣」経由で娘に直通ツブヤキを送信した。
『愛する娘よ。質問があるのだが』
『なあに、お父様』
『お前は、美少女を強調しておるが、もしかして女神の自覚とか無いか』
『んー。私はお父様が作ったダンジョンと融合しちゃってるから、
それ以前の「私」とは変質していると思うの』
『ふむ』
『でも、女神なんじゃない? 色々できるし』
『変なことを尋ねるが、世界を滅ぼして再生させる趣味はあるか?』
『無いですよ! だって、夫のこと考えていると一日なんてすぐに過ぎるの♪
そんなことより、ねえ聴いてくださらない、お父様――』
娘の惚気を一通り聞かされた。同じ話が3周するからな? 不満が一切なく、いかに理想の夫であるかを聞かされた。愚痴の一つも無いのが、逆に心配なんじゃが。あれが夫を迎えて、もう数年経つよな……。会ったことの無い婿殿は苦労しとるんじゃろうなあ。
ワシが王都の地下に、生涯最高傑作のダンジョンを作ったら、この土地に封じられていた女神が融合し自我が芽生えたらしい。
ダンジョンを作ったつもりが、暗黒神の父親になっとった!!
「暗黒神官どの、お待たせして申し訳なかった」
「いえいえ。助手殿と有意義な話をさせて頂きました」
「お前さんは、信仰が揺らぐような問題を聞いても耐えられるかな?」
「賢者様の元へお訪ねすることを、私の神が示されるのであれば、
どのようなことでもこの信仰で乗り越えて見せましょう」
「そうか。じつは、信じがたいと思うのだが、
お前さんだちが信じている女神(邪神)は、結論から言うとワシの娘になっとる」
「はぁ?」
「『破滅と新世界の教義』については、興味ないようじゃな」
「なんですと?」
暗黒神官は営業スマイルを外し、頭を抱えておる。だからワシ、警告したのに。
「賢者様のお嬢様に、拝謁することは可能ですか?」
「やめておけ。王都のダンジョンのことはお前さんも知っているだろう」
「存じております」
「あれの最下層で暮らしていて、外に出てこないんじゃ」
「なんと!」
「Lv80程度のPTを組めば最下層まで潜ること自体は可能だが」
「ええ」
「娘は新婚生活を満喫しておってな。邪魔されると怖いぞ」
「会いにいけるけど、会おうとすると神罰が下る女神なのですね」
「うむ」
――暗黒神官はワシに非礼を詫び許可を求めると、「まことなりか」を唱えた。これで、ワシの発言に嘘偽りがあるか、暗黒神官は裏を取るまでもなく確認することができる。神聖魔法って便利じゃな。
暗黒神官に頼み込まれて、ワシは渋々、娘にまた雲の巣経由で連絡をとった。
『今日は、お父様とたくさんお話が出来て嬉しいわ♡』
『わ、ワシも嬉しいぞ』
『まあ、口ばっかり。ちっともお帰りにならないのに?』
(そういえば、暗黒神官はうちの娘が夢枕に立ったからここに来たと言っておった。娘に居所がバレとるのか。また旅に出る必要もあるような、どこに行っても見つけられてしまうから無駄なような……。)
話が長くなるので、娘の話をまとめる。
・滅びと新世界の教義を破棄する
・あなたたちが続けてきた戒律も破棄する
・豊穣神と被るけれど私は結婚と恋人を祝福する女神である
・私を信仰することで得られる神聖魔法(奇跡)はこれまで通りである
・用事があれば呼ぶので、ダンジョンに押しかけてくるな
・主神や豊穣神など、長年対立してきた教団へ謝罪して仲直りしなさい
・棄教は自由です
・他の教団へ属しても構いません
・ただし世界を滅ぼすことにしがみつくなら、
お話しがあるので王都のダンジョンへ来なさい
『要は「用事があれば呼ぶから、良い子にしてなさい。
細かなことはお父様にお任せします」ってことです』
『待て待て。それ、ワシに丸投げすぎるじゃろ。お前が夢枕に立ったりしたから、
お前の信者がワシのとこ来てるんじゃぞ!?』
『お父様。夢枕に立ったりしませんよ。修行頑張りすぎて、たまたま正解を
引いてしまったのでしょう。それに、私が対応すると、その子たち
大騒ぎしすぎるんじゃないかしら。なにせ、女神ですから』
ワシ知ってる。娘に口で勝てるはず無いやつじゃろ? これ。
死刑を宣告されるのを待つかのような雰囲気で、暗黒神官が待っておる。娘とのやりとりを終えたワシは、ある意味「死刑」を宣告した。千年以上信じてきた教義を女神自ら破棄するって、お察しするぞ。
「結婚と恋人でございますか……」
「娘の大好物じゃからなあ。当然、楽しい結婚生活をぶち壊す『滅び』なぞ、
興味は持たないわけじゃ」
「『用事があれば呼ぶから、良い子にしてなさい。
細かなことはお父様にお任せします』とお聞かせ頂きましたが、
『良い子』の定義もよく分からないですし」
「そこは一般常識でよかろ?」
「賢者様へ一任ということは、実質教団長へ就任されたことになりますね」
「断る。娘との連絡役として、お前さんたちの教団の相談役になることは構わんが、
それにはまず娘の提示した条件を満たしてもらわんとな。
従来の暗黒教団のままでは、ワシまでお尋ね者になってしまう」
「女神様は棄教を含む寛大な選択肢を与えて下さっています。
私の一存では決められませんが、教団で話し合ってみようと思います」
「そうしなさい」
じきに、暗黒教団が教義を改め、愛の教団となり、主神や豊穣神などの教団と和解したことが、世間を騒がした。結婚を祝福する豊穣神の教義と、娘の教団の教義が被る部分をどうするのかなど、神官達は忙しくしておる。
たまに暗黒神官から「女神様に確認をお願いします」と手紙が届く。娘が面倒くさがりそうな内容はワシが答え、娘の好き嫌いに関する問題はワシには分からんから確認を取るような形になった。
旧暗黒教団が多様な愛の形を認めるので、駆け落ちしたりする若者も増え、若干問題は起きたのだが、元の暗黒教団としての活動に比べればどうということは無いので、騒ぎにはならんかった。
「ご無沙汰しております」
元・暗黒神官が、しばらくぶりにワシのところへ訪れた。なんでも、教団の相談役のワシとのやりとりをするために、この村へ越してきたのだそうだ。
「お前さん、やつれたのう」
「はっはっは。いい修行に成りました。滅びと新世界を求めていた私達が、
まさか女神の手で、その教えを滅ぼされる目に合うとは」
「辛いのう」
「耐えられず棄教する者も出ましたし、『女神の目を覚まさせる』と息巻いた
過激派はダンジョンから戻って来ませんでした」
「そうじゃろうな」
「私も、これまでの人生は何だったのかと悩まされました」
「ふむ」
「ですが、理解したのです」
「ほう」
「私たちは破棄された古い戒律に従って生きましたから、
家庭を持つ機会を逃しました。ですが、猫かわいいんです」
「猫?」
「猫です。愛する対象が出来るというのは、誠に良いものですね。
うちの子は、ツンデレでして、他人が見ていると甘えて来ないのです。
私しかいない時には、膝の上にそっと乗ってみたり、後足だけ私にくっつけて
隣で寝てみたりするのです。寝て起きて部屋に私がいないと、
呼びに来たりもします。そうそう、時々寝言も言います。」
お前さんも今、寝言を言っとると言いたかったが、元はと言えばうちの娘が迷惑かけたんじゃから、黙っておった。
「旧暗黒教団、現愛の教団に属する猫好きな神官。さしずめお前さんは、
『愛猫神官』というところじゃなあ」
愛猫神官はそれを聞いて、カラカラと笑った。
旧暗黒教団(愛の教団)の女神が実在するなら、うちの神様も地面に埋まってたりしないか? と、他の教団で発掘ブームが起きたが、それはまた別の話じゃ。
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