第6話 初デート/相談事
彼女からの返信はすぐだった。ARドラマが好きらしく、少し前に話題になったARドラマの配信アプリをオススメされた。それから、しばらくはメールや通話アプリでやりとりをしていた。そんな日が続いたある時のことだった。
『相談したいことがあるから、会ってお話がしたい。って! ついにやりましたね!』
メッセージを見た瞬間こうなる気はした。ピコ『お赤飯ですかね?』とか言いながら、くるくると踊りながら言っている。
「赤飯ってなんでだよ」
『デートのお誘いじゃないですか! 先代のデータによると、女の子とデートするのも初めてだとか……』
余計なお世話だ。本当に、初期設定時のしおらしさが懐かしい。
「俺は、あくまでも相談に乗るだけだ」
『そんなこと言ってー。どうせちょっとは、何かあればいいなぐらい考えてるんじゃないんですかー』
「ぐっ……考えてないとは言えないが……」
『じゃあ、もうデートだと割り切って行った方がいいですってー』
人ごとだと思って……ピコのテンションに若干呆れながら、メッセージの返信を打ち込む。彼女は1文字1文字打ち込まれていく文字にキラキラとした視線を向けていた。
メッセージを送信すると、すぐに返信が返ってきた。そこには、『今度の日曜日、この間初めて会話した、駅前のあのカフェ。同じぐらいの時間に』とあった。
『ちゃんとスケジュールに登録しておきますよ!』
こういう時だけ仕事の早いAI。鼻歌を歌いながら、手帳に書き込む。
『アラームの設定はどうしますか?』
「頼む。ついでに、待ち合わせに間に合う様にルート検索も」
『了解です! ——いくつか、ルートの候補がありますが、どうしますか?』
「一番乗り換えの少ないものを」
『了解しましたー!』
「テンション高いな」
『礼斗さんは、テンション低すぎますよー! 初デートですよ、初デート。それも憧れの女性と!』
机をバンッと叩きつけると、勢い良く立ち上がりそう言った。今までと力の入りようが違う。このままだと、手持ちの服からファッションチェックが始まりそうな勢いだ……
『そうだ! 服決めましょう、服!』
「はぁ……」
『なんですか! なんでため息なんですか!』
「想像通りだなと思って。ピコ、センスあるのか?」
俺の問いかけに、少し間を置いた後、
『大丈夫です! なんだって、こっちにはインターネットという膨大なファッションデータがありますから!』
胸を張り自信満々にそう答えた。
「それは、インターネットの引用じゃないのか」
『それはそうですけどー』
「まあ、前日になったら頼むよ」
俺の一言にぱあっと明るくなった表情の後ろでカラフルな色の花が舞う。この頃には、 様々な表情を見せるこのAIが、本当に自身の相棒の様に馴染んできていた。
ピコに見立ててもらった服を着て、予定より早い電車に乗る。
『予定より早いですね。このペースだと、10分ぐらい待ちぼうけです』
「わかってる」
『……ということは、待ち遠しくて、ついつい早く出てしまったとかですか?』
キラキラしたその目を向けるのを今すぐやめてほしい。何を期待しているんだ。
『ぶー。何も言ってくれないならそれでもいいです! 勝手に解釈して勝手に履歴に残しておきます』
「越権行為……」
『うぐっ。わかりました。わかりましたよーだ』
舌を出し、左の下まぶたを人差し指で引っ張る。ピコを一瞥すると、コーヒーを注文し、入口の見えるテーブル席に座る。
「待ち合わせまで、どれぐらい?」
『後10分ぐらいですねー。ゲームでもしますか? 今朝はまだ開いてないゲームアプリが1つありますが』
「忘れてた。頼む」
『了解しました! 時間になったらお知らせします』
そう言って、ゲームを開くと視界から消えた。
「遅くなってすみません……」
そう言って、彼女がやって来たのはゲームを始めて15分後のことだった。彼女いわく、服選びに時間がかかってしまい、遅れたのだそうだ。
「気にしないでください。以前教えていただいたアプリで、ショートムービー見てましたし、大丈夫ですよ」
「ありがとうございます。あ、でもそれだと、ムービーの邪魔しちゃいました?」
「大丈夫ですよ。本当に気にしないでください」
俺は、不安そうな鴇さんにそう言った。彼女は、安心したのか「飲み物、買って来ますね」と言って、財布だけ持って注文カウンターへと向かう。
『よかったですね、無事お会いできて』
「ああ。しばらく表示オフにしてて」
『同席しちゃダメなんですか?』
「ダメだ。彼女が戻って来たら表示オフな」
『仕方ないですねー。これもしがないAIの定めでしょうか。操作には逆らえません』
そう言って、ピコは肩を落とし、トボトボと視界の右下の隅へと移動する。鴇さんが戻ってくると、『頑張ってくださいね!』とだけ言い残し、どこからか取り出した赤い扉の向こうへ消えた。
「あ、もしかしてピコちゃんとお話中でした?」
「いや、表示オフにするのにごねられてただけですよ」
「そう言うところありますよね、彼女初期AIで一番自由ですから」
彼女は微笑みながらそう言うと、椅子に座った。
それからしばらくは、あのアプリが面白いだとか、このゲームはここがうまくいかないなどと話していた。
「あの、ウィンドウ共有してもいいですか?」
パソコンなどと違い、アイチップには液晶画面があるわけではない。故に、相手に自分が開いているウィンドウを見せたいときには、いくつかの操作をする必要がある。
「はい。このアイチップでウィンドウ共有するの初めてなんで、変なもの表示されてても気にしないでください」
「ふふ。大丈夫ですよ。操作方法はわかりますか?」
「従来品と変わりなければ……」
「じゃあ大丈夫ですね、AIの呼び出しお願いします」
「はいピコ表示」
『はいはーい! ピコちゃん登場ですっ! ご用件はなんでしょうか! あ、もしかしてフラれちゃいました?』
「登場早々、騒がしい。だいたい、フラれてる相手にそのテンションはどうなんだよ」
『あ、すみません。不謹慎ですよね、人が不幸になって喜ぶなんて……』
急にしおらしくなる。
「そうじゃなくて……」
AIと話していると、向かいに座る彼女が笑った。
「あ、すみません。共有されてないんで推測なんですけど、AIと仲いいんだなと思って 」
楽しそうに笑う彼女を認識したのか、ピコが『フラれたわけじゃなかったんですね!』とか言っている。フラれたなんて、一言も、言ってない。
「すみません、騒がしくて」
「大丈夫ですよ、こっちも設定しますねー。鳶さん、受信側で設定お願いします」
「わかりました」
『設定……? もしや、これはお仕事的な呼び出しでしたか?』
「そうだ。目の前の彼女とウィンドウ共有するから、設定して」
『了解です! 礼斗さんは受信側でよろしいですか?』
「ああ」
『かしこまりましたー! 共有検索中です。……1件ヒットしました。アカウント名Yurina確認お願いします』
「アカウント名、yurinaで間違いないですか?」
「はい。ありがとうございます」
『確認了解です。ウィンドウ共有開始します。共有ウィンドウはピーコックブルーで囲まれます。囲みが邪魔な場合は、透明度を上げることで薄くできます。視認性及び、誤操作対策のため、透明度80%以上には設定できません、ご注意ください』
「ありがとう」
共有されたのは、チャット用アプリだった。彼女を見ると、キーボードを取り出していた。
『すみません、人に聞かれたくない話だったので、これでもいいですか?』
彼女の言葉が吹き出しとともに表示される。ウィンドウを共有することで、お互いに吹き出しに自分の言葉を表示させることのできるアプリだ。一部の人たちの間では、キャラのセリフなどを入れて遊ぶのが流行っているらしい。
『大丈夫ですよ』
『ありがとうございます』
吹き出しはピーコックブルーで淡く囲まれ、彼女の顔の横に表示される。俺は、それを遮らないように開いていたウィンドウやメニューバーを隠した。ピコは視界の端でいじけている。ウィンドウ共有の間は、表示をオフにはできないが、彼女たちも共有の内容を知ることができないからだ。それは、送信側も同じで。
『実は、最近AIが身に覚えのない反応を返すようになってきたんです……』
その言葉に、確かにそれは話せないな。と納得した。
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