第十章 魔狼の力を手に

 遺跡の中央――石造りの建物がある方に、村の人間たちが駆けて行く。

 手に持っていた弓は背中にしまい抜刀するもの、駆けては止まっては魔物に矢を撃つもの、と様々だが、森の中に誘い込むように戦っていた時とは一転、乱戦が始まっていた。


 森の中から続々と出てくる村の人間を後押しするように、狼の遠吠えが響く。


「戦士達よ、進め! 我等には守り神様がついているぞ!」


 ファングが戦士たちを鼓舞する声を上げる。


「フィルさん、俺達も行くべ! 守り神様が前に出ろって言ってる」

「そ、そうなのか? 分かった、よし前に出るぞ」


 颯爽と目の前に現れた狼――守り神の言葉をクゥが代弁する。フィルを初めとした村外の面々には、勿論そんな意図は伝わっておらず、ただの狼の吠え声にしか聞こえなかった。しかし周囲の村の人間の反応を見ると、確かに守り神の声に鼓舞されるように戦っている。

 当の、村の守り神である巨大な狼は、戦士達を鼓舞するような吠え声を上げた後、さっさと遺跡の奥へと駆けていき、群がるゴブリンなどの魔物を蹴散らしている。


 守り神に組み伏せられたワーグは、すでに事切れているようで目の光は消え、地面に力なく横たわっている。守り神がその牙で抉り取ったのか、魔晶石のある頚椎部分の肉は失われており、その様子に気付いたディアが少し残念そうにしているのが見えた。


(……魔晶石を? 何故だ……?)


 フィルは守り神の不可解な行動が少し気になったものの、意識を戦況に戻す。

 幸いにもガルハッドでの戦で見たような厄介な魔物の姿は見えないが、かなりの数の魔物が屯っている遺跡の建物の周辺では、先頭を駆けていたファングや村の人間が既に魔物と刃を交えている。


「フィルさん、指示して欲しいべ。大人数の戦は慣れてないんだ」


 遺跡の建物周辺に混ざろうと、森から出ようとしている時にクゥから声がかかった。

 クゥは村の人間らしく、少人数での森の中での戦いには慣れているものの、集団での戦い――特に乱戦には不慣れであるようだ。

 恐らくクゥを含めた村の人間たちは皆、森の木々に紛れ、魔物を少しずつ間引いていくように戦うことを考えていたのだろうが、急に現れた狼の声により状況が変わったのだ。


「……トニとディアは一緒に来い。俺達も前線に出るぞ! カトレアは後ろから弓で援護を頼む。クゥとジャニス……あとゴーシェは任せた。弓で援護でもいいが、前線が危ないと思ったら前に出てくれ」

「分かった!」


 全員の顔を見回しながらフィルが指示を出すと、トニが元気良く返事し、皆一様にしっかりと頷く。

 乱戦になると臨機応変に戦うことが重要となる。柔軟に動けるゴーシェに加え、村の人間であるクゥとジャニスには比較的自由に動いてもらい、突破力のあるディアは前線、トニとカトレアには得意とする戦いをしてもらおうという判断だ。


 フィルの言葉に皆、異論がないことをその表情から確認すると、遺跡の中央に向かって駆け出した。


「行くぞ」

「おう!」


 遺跡中央の建物は比較的大きく、石造りの壁の劣化具合から、年月の流れを感じる。

 そんな建物の周囲で、村の人間と魔物が叫びを上げながら、押し合っている。


 今は乱戦となってしまったが、最初の攻防で魔物の数を減らすことに成功したようで、魔物の劣勢が見て分かった。先頭を走るフィルは、遺跡周辺の広場のようになっている所を駆け、建物近くにいるオーガに飛び掛るように剣を振るう。


「グオオオォォオオオオオ!」


 接近するフィルに気付いたオーガが、鉄塊てっかいのような得物を振り回すが、難なく回避して斬りつけ、一閃でオーガの横を駆け抜けると、その奥にいる数体のゴブリンをなぎ倒すように切り抜ける。

 フィルのすぐ後ろに位置取ったディアやトニも同じようにするすると――ディアに至っては一薙ぎで複数体のゴブリンを吹き飛ばしていたが、難なくという様子で魔物の群を抜けているようだ。


「一体一体は大したことない。手練てだれのやつが出てくるかも知れないから油断はできないが、落ち着いて潰していけ!」

「分かったわ!」

「うん!」


 魔物が固まりになっている場所をこじ開けると、フィルとディア、そしてトニの三人で前線を作り、ゴーシェ達の他四人は一歩下がったところから矢を次々に放っている。


「無理に進まなくていいから、魔物に前線を抜かれないようにするぞ!」


 ある程度間引いているとは言え、魔物の数はかなりのものだ。かなりの数を殺したはずなのに、遺跡の建物内から続々と新たな敵が出てくる。

 後衛とした面々は落ち着いて弓を扱っているが、ゴーシェも置いているため、いくらか魔物に後ろに行かれたとしてもそちらで対処できるだろう。


 フィル達の周りで戦う村の人間達も、剣を取って前線で戦う者は少ないとは言え、さすがに弓の熟練者と言える者達ばかりで、問題なく魔物を対処できている。


「しかし、驚いたな。魔剣なしでここまで戦えるもんか?」

「村の近くで魔物と戦った時も、それ思ったけどね。弓の腕前もいいけど、魔力操作が魔剣に似た効果を出してるように見えるわね」


 自身に向かってくる魔物を対処しながら、ディアがフィルの言葉に返す。

 村の人間達の戦闘力は普通じゃない。巧みな弓の扱いで、一撃――多くとも二撃で魔物を沈めているようだ。傭兵が普通の弓で魔物と戦ったとしても、一撃で致命傷を与えるのは難しいだろう。


「魔剣なしでこうも戦えるってなると、たまったもんじゃねえな」

「そこは素直に褒めるとこだべ、ゴーシェさん!」

「褒めてんだよ」

「お兄ちゃん、ゴーシェさん、真面目に戦った方がいいですよ……」


 後ろでもゴーシェとクゥがやいやいと話しながら弓を扱っている。


「攻勢だな……無理して攻めなくても、このままきりぬけられるか――」

「う、うわああぁぁあああ!」


 フィルが誰に言うでもなくそう言った所で、先ほど村の人間達が出てきた森の奥の方から、叫び声と甲高い笛の音が聞こえた。


「……後ろ?」

「敵襲の合図だべ! 森から敵が来る!」


 何事かと騒ぎが上がった森の方に意識を向けると、クゥが警戒の声をあげたように、森の茂みからかなりの数のワーグが飛び出してくるところが見えた。更に、その背には鎧のような武装をまとったゴブリンが跨っている。


「後ろから来るぞ!」

「後ろって……森の中にいた奴らはやられたのか――く、来る!」


 突如現れた無数のワーグやゴブリンが、後衛として弓で戦っていた村の人間に襲いかかり始めた。どの集団も背中の警戒が薄かったようで、飛び掛るワーグやその背から同じように飛び掛るゴブリンの牙や刃を受け、いくつかの集団が崩れ始めていた。


「いかん、戦力を分散して後方の敵にあたれ! 挟まれるぞ!」


 ファングの指揮により、後方に控えていた弓兵も剣を抜き、襲い掛かる魔物に対処しようとするが、ワーグの動きはそれより早かった。森から飛び出してきた時には、村の戦士達の一角を集中的に狙っていたのが、戦場を縦横無尽に駆けながら、対処に遅れているところを狙うように奇襲をかけている。


 その中の一体が、フィル達のところに向かってくるのが見えた。


「――ここもまずい、前の魔物は任せたぞ」

「えっ、フィルちょっと待ってよ!」


 フィルは前線から抜け出し、後方から迫るワーグに構えた。

 突然の指示に慌てるトニだったが、あわあわとしながらもディアと共に目の前の魔物を対処している。


「グルォォオオオオオ!」

「くっ!」


 後方にいたゴーシェやクゥを追い抜き、ワーグの突進をフィルが盾で受け止める。

 受け止める――というより、突進の勢いで迫るワーグの顔を盾で殴り飛ばすように突き出したものの、すんでで盾に打ちかかる鋭い爪を持った前足によりそれを防がれ、さらに攻撃の重さに耐えるのでやっとだった。


(早い……それに、重いな)


 森の中から無数に現れたワーグは、どれも先ほど対峙したものと同等の力を持つようだった。規格も相応に大きく、ファングなどの目ぼしい戦士はともかく、並みの戦力である村の人間達に対処できるとは思えない。


「ずああぁぁあっ!」

「グゥッ!」


 フィルとの接触で一瞬動きを止めたワーグに、間髪入れずにゴーシェが切りかかった。

 身をひるがえしながらの二刀での剣閃が敵の脇腹を裂き、たまらずというようにワーグが後ろに飛ぶ。


「フィル、大丈夫か」

「すまない。一気にたたむぞ」


 一言だけ交し合うと、後退したワーグを追うように駆ける。ワーグとの距離が詰まっていくところで、後方から間断なく矢が撃ち込まれた。カトレアに、クゥとジャニスの援護だ。


「フィルさん、ゴーシェさん、すまん! 頼むべ!」

「お願いします!」

「ああ!」


 ワーグの左右から同時に迫る勢いが、敵の一瞬の硬直を生む。

 一瞬先んじたゴーシェの剣を嫌ったワーグが身を傾けたところに、飛び込むように突き出したフィルの直剣が敵の喉元に突き刺さる。


「おおおぉぉっ!」


 響く雄叫びと共に、反対の手に持った盾をワーグの顔面に叩き込み、その衝撃で引き抜かれた剣の根元からは、ワーグの血が噴出す。フィルの盾での殴打でワーグは横転し、ゴーシェが逆手に持った剣で地に伏した敵の頭部を貫く。


「おっしゃ」

「すげぇべ、一瞬でやっつけちまった!」

「クゥ、はしゃいでる場合じゃないぞ。ワーグはまだゴロゴロいる」


 運良くという形ではあったが、一体が沈んだ。やはり一対一で臨むのは多少の無理があるが、複数人で囲めば何とか対処はできることは分かった。


「皆、ばらけるな! 囲んで一体ずつを倒していけ!」

「おお!」


 戦場の中、少し距離のあるところで戦っていたファングの声が上がる。

 見ると、そちらでも一体のワーグが体中に矢を受けて沈むところであり、ファングの方でも上手く対応できているようだ。集団でかかるよう指示を出しているところを見ると、フィルと同じように考えているのだろう。


 敵の奇襲により騒然としていた戦士達も、一体、二体と倒れるワーグの姿を見て、平静を取り戻しつつある。このまま、攻勢に戻せるかという期待が出た時――。


 森の中を轟かせるような咆哮ほうこう――。


「グルルォォァァァアアアアア!!」


 敵の魔物達までもがその声の方に気を取られる。

 フィルが声のした方を向くと、先ほど集団で飛び出してきたワーグより、二回りほど大きい巨大な狼がのっそりと出てくるところだった。怒声とも思える咆哮とは裏腹に、凛然りんぜんとした姿に、戦士達の視線が集まる。


 そんな一瞬の静止の後、今度は逆側から破砕はさい音が聞こえた。

 遺跡の古く堅牢に見える石壁がガラガラと崩れ、一体のオーガがその奥から出てくる。姿形は見慣れたオーガであるが、問題はその大きさだ。ベルム城で見た巨大な魔物――トロールと見紛うほどである。更にその手には、オーガ自身の背丈ほどもある斧――と表現していいのか分からないほど粗末な作りの棍棒のような得物を持ち、軽々と肩に担いでいる。


 低く重々しい唸り声と共に、二体の魔物が戦場に新たに加わった。


***


「守り神様……じゃねえべな」

「そんなことを言ってる場合じゃなさそうだ」

「分かってるべ、フィルさん……」


 突如現れたワーグの群れに続いて、一目でもその力の強大さを感じさせる新たな敵の出現により、戦いの勢いが完全に止まってしまった。

 呆然と、それぞれの姿を見るしかなく、呆けたような姿のクゥにフィルが声をかける。


「あれって、オーガだよな……? あんなサイズのは見たことないぞ……」

「ベルム城で見たトロール? よりは小さいけど……」


 ゴーシェの方も、遺跡の方から出てきたオーガを見て、表情が色を失っている。

 一応というように返答する、トニも声のトーンが低くなっていた。


「まあ、アレが敵の親玉だろうな。というか、アレ以上の魔物が出てきたら無理だ」

「全く、驚かされてばっかりね」

「ディア。お前としては、ここは喜ぶところだろう」

「フィル、アンタ人のことを何だと思ってるのよ……とてもじゃないけど、はしゃげないわね。ワーグが見たいとは言ったけど、お釣りがくるどころの騒ぎじゃないわよ」


 空気を読まずに喜ぶとばかり思っていたディアもそんな調子であり、完全に期待が外れた。

 魔物の小勢は、そんなフィル達の感情は知ったことはないとばかりに向かってくるが、そんな魔物達を切り伏せながらも、大型の魔物達の観察を続ける。


 幸いにもすぐに襲い掛かってくることはなく、戦場の様子をゆっくりと見回し、こちらの戦力を見定めているように見えた。


「くそ、どっちを相手取れば――」


 ファングの方も周囲の魔物を相手取りながら、苦言を漏らした時、遺跡の低い石壁を飛び越え、一つの影が飛び出す。


「親父!」

「――いや、待て。あれは……」


 ファングに飛び掛るように見えた影は、驚くような跳躍力でファングの頭上を飛び越えていき、森から出たところでこちらをめつけていたワーグにぶつかっていった。その巨大な影――守り神の狼は、ワーグの首元を噛み砕こうと牙を剥くが、迎え撃つように振るわれたワーグの爪に顔面を打たれ、阻まれている。守り神とワーグは、揉み合う様にその牙と爪とで攻撃の応酬を続けており、その力は拮抗しているように見える。


 そんな遠目では犬がじゃれ合っているような光景の中、オォンと守り神の遠吠えのような声が聞こえた。


「――フィルさん、もう一方の魔物をやれって……」

「なんだと?」

「うおおおぉぉおおおお!」


 クゥからの不可解な言葉に一瞬戸惑うが、遺跡の奥から現れた巨大なオーガに向かってファングが駆けて行くのを目にし、状況を察した。

 恐らく先ほどの守り神の吠え声は、村の人間達には「敵の親玉を討て」というように聞こえているのだろう。


「――ファングさん、一人じゃ無理だ!」

「おおおぉぉおおおお!」


 群がる魔物を蹴散らしながらオーガの方に向かっていくファングの動きを無謀と見て、フィルもその姿を追うように走り出すが、ファングにはその声が届いていない。


「くそっ、お前達も付いて来い! 敵の親玉――オーガを討つぞ!」

「えっ――うん、分かったよ!」

「……しょうがないわね!」


 狼同士の争いを無視するように走り出したフィルの行動に、ディアやトニが戸惑うが、こちらもすぐに意図を察したのか、フィルの後ろを追って走り出す。


「ゴーシェさん、私達も行きましょう!」

「えっ? あ、ああ行ってくれ。すぐに追いつく……」


 前線のフィル達の動きに、クゥやジャニスはすぐに反応して走り出していたが、守り神の戦いに気を取られているようなゴーシェの姿にカトレアが声をかける。反応の薄いゴーシェを少し不審に思ったが、声をかけるのみにし、カトレア自身もフィル達の背中を追って走りだした。


 他の村の人間達も同様に動いているようで、遺跡の中心近くに控えるオーガの方に戦力が集まっていく。

 森の傍で戦う守り神の狼の近くに、ゴーシェが一人立ちすくむように残っていた。


***


(一体、どうなってやがる……)


 ベルム城の戦いで、想像を絶するような魔物をすでに目にし、よほどのことでも起きない限りはもう驚くこともないとゴーシェは思っていた。しかし、目の前の狼同士の戦いに、目を奪われるというよりは圧倒されて立ち竦んでいるようだった。


 すでに仲間達や村の人間は、遺跡の中心の方に攻め込んでおり、戦いの音が遠くに聞こえる。その戦いから少し離れたこの場所では、巨体のワーグと村の守り神の狼が、一進一退というように戦いを続けている。

 何より驚きなのが、どちらも魔法のようなものを使っていることだ。ゴーシェはディアのように知識があるわけではないが、魔力が空気中にほとばしっているように肌に感じる。


「グルゥゥウウウ……ガァッ!!」


 守り神の爪を逃れて後ろに飛びのいたワーグが、怒声を上げるように吠える。

 その吠え声が、まるで圧縮された空気に形を変えて飛んでいくように守り神に襲い掛かる。空気の圧を受け、守り神の巨体が吹っ飛ばされ、森の木に叩きつけられた。


「……グルルルル」


 一度は地面に崩れるもすぐに体勢を立て直す守り神の狼の方は、低く小さい唸り声を上げ続けている。その目が段々と赤色に変わっていき、目に見えて体躯――四肢や肩の筋肉が盛り上がっているように見えた。

 牙を剥き、唸り声を上げながら、真っ赤な目でワーグを見据える守り神は、まるで絵に描いたような魔物の姿だ。


「これじゃどっちが魔物か分かんねえな……まあ守り神様ってのも魔物かも知れないが……」


 戦いの様子を一人眺めるゴーシェは、誰に向かって言うでもなく呟く。


 目の前で続く戦いは、既に結構な時間が経っており、ゴーシェ自身も早くフィル達に追いついて戦いに加わろうという気持ちはあるものの、何故か目が離せない。


「――グアアアァァアアア!」


 互いを牽制するように硬直していた二体の獣だったが、守り神の狼が先に動いた。

 力強く地面を蹴り、弾丸のような勢いでワーグに向かって駆けて行く。


「ゴアァ!!」


 ワーグが再び吠え声で魔法を行使する。見えない衝撃が地面の土ごと周辺を吹き飛ばすが、先ほどまでとは比べ物にならない反応速度で、守り神はそれを回避する。

 二度三度と、ワーグの魔法が周辺に爆発のような衝撃を生むが、右に左にと飛びながら守り神がワーグに向かっていく。


(ここで決めるつもりか――)


 攻撃を避けながらワーグに肉薄し、鋭く剥いた牙がワーグに届きそうに見え、ゴーシェは戦いの決着を予感する――と、思った瞬間、迎え撃つように振るわれたワーグの足、そして爪が守り神の顔面に打ち付けられた。

 自身の勢いをそのまま衝撃として返されたような反撃を受けた守り神の狼は、地面に体を打ち付けられ、更にワーグの逆の足が地に横たわる狼の脇腹あたりを踏みつける。


「ガアアアァァアア!!」

「まずい!!」


 少し距離のあったゴーシェの所まで、骨を粉砕するような音が聞こえた。

 守り神の劣勢の様子を見て、ゴーシェもすぐさまそちらへと駆け出す。


(俺一人が戦いに加わったところで、何になるってんだ……!)


 自身の行動が馬鹿げていることを自覚しながらも、ゴーシェは駆け出すのを止めることができなかった。何が自分の足を動かしているのかも分からない。


 駆けて行く先では、ワーグがとどめと言わんばかりに、その足、そして爪で守り神の狼の体を打ち、ついには肉を抉り取られた守り神がゴボリと血を吐き出す。


「この野郎おおおおおおお!!」


 攻撃の手を止めようと、叫声を上げながら駆けてくるゴーシェに気付き、ワーグの注意がそちらに方に向いた。

 瞬間――体を押さえつける力が緩んだその一瞬で、残った力を振り絞るように守り神が体を起こし、ワーグの顎の下――首元に深く牙を食い込ませる。


「……ガ……ガガ……」


 一転して覆いかぶさるように体勢を変えた守り神の狼に喰らいつかれ、ワーグの方も足掻くように守り神の肩や背中を爪で切り裂くが、段々とその力が弱まり、ついには事切れるようにその足をどさりと地に落とした。


「お、おいおい……勝っちゃうのかよ……」


 加勢に加わろうと両手に剣を抜いてワーグに向かっていたゴーシェは、瞬きの間に行われた反撃でワーグが死に絶えたことを知り、守り神の狼の様子を見に駆け寄る。


 辛くも掴み取ったような勝利だったが、守り神の方も全身から血を流し、力を失ったようにむくろとなったワーグの上に崩れた。


「傷がひでえ……大丈夫か? って何を言ってるんだ俺は。相手は狼だぞ……」

『……げん……』

「え?」

『…………人間……よ』


 聞きなれぬ声を耳にして、咄嗟にゴーシェは身構える。

 自分の頭がおかしくなっていないのであれば、目の前で死を迎えようという状態になっている狼が、その声を上げた。


『……敵の頭を討ち取れ…………。先ほど姿を現した奴が……奴らの頭だ…………』

「なんだって? というか何だ、お前喋れるのか?」


『我が身体はもう朽ちるだろう……人間などに任せるのはしゃくだが、ドゥーガ様に戦いを任されているのは我だ……我に代わり、貴様が奴を討ち取れ……』

「何を言っているんだ、ドゥーガってのは誰のことだ。オーガを倒せって言ってんのか?」


『……貴様の問いに答えている猶予は我に残されていない。貴様等が魔物と呼ぶ存在、その頭を殺せ……』

「何なんだよ、説明もなしかよ! ああ、分かったよ。オーガを殺しゃいいんだろ!」


 自身に向けられる狼の言葉はゴーシェの混乱を呼ぶばかりだった。

 少なくとも残った魔物の頭であるオーガを倒せと言われていることだけは分かったため、この訳の分からない状況から抜け出し、フィル達に追いつこうときびすを返そうとした。


『……待て、人間よ』

「今度は何だよ!」


 背中にかけられた守り神の声に、ゴーシェが振り返る。


『我は貴様に降ろう。我が魔力を持て。奴を相手にするには……貴様は力不足だ』

「何を言ってるのかは分からねえが、悪態をついてんのか?」


『喚くな……貴様の言葉は何を言っているのか分からん』

「こっちの台詞だっての!」


『……我の首に貴様の剣を突き立てよ。貴様の剣……それが何かは分からんが、それで我が魔力をその手にできるだろう』

「止めをさせって言ってるのか? ああ、もう訳が分からねえ!」


 ゴーシェは一体何が起こっているのか全く分からないが、止めを刺せというのであればその通りにしてやろうと、自身の剣を鞘から抜き出し、逆手に持って構える。


『……それで良い――』


 狼の声が耳に届いたのが先か、言われるままに狼の首筋に剣を突き立てた。

 肉に突き刺さった切っ先が、守り神の狼の魔晶石・・・を砕く感覚が手に伝わった。


「な、何だ?」


 ――その瞬間、ゴーシェの剣や体に纏わりつくように光の粒が生まれる。


「お、おおおぉぉおお……」


 魔力が体に流れ込んでくるような感覚に、意識が飛びそうになるのを耐えながら、ゴーシェは柄を力強く握る。

 ゴーシェの体自体が光を放っているように輝き、少しの時間が経ち、それが音もなく収束していくのであった。

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