終章 駆け出した道

 トニやその仲間の子供達が半ば強制的に盗賊団に入ってから、数年が経つときだった。


 リコンドールの町で盗みやものごいをしていた仲間達は一人、また一人とその数が減っていった。


 盗賊の仕事で命を落とす子供もいたが、数年の成長を経て女性特有の体の変化を得た子供は、娼館などに売られていった。

 そこで仲間達と口裏を合わせ、トニを始めとした女の子供達はとして生きることにした。


 幸い、男女の性差が顕著に現れない年頃である。

 男のふりをして、他の男の子たちと混ざって行動をしていると、立ち振舞いから口調まで、男のそれと変わらないものとなった。


 そうして、盗賊団に属するケチな男の指示通りに盗みや下働き、時には魔物と殺し合いをしたりして毎日を過ごしていた。


 リコンドールでの傭兵と魔物との戦いが激化してくるにつれ、その物資を扱う商人も増え、盗賊達は稼ぎを増やしてきた行商人に目をつけ始めた。


 そんなある日、盗賊団の男はトニを呼び出す。


「お前、行商人の下働きをしてこい。あたりはこっちでつけてある」


 まともな仕事など一度もしたことのないトニは戸惑ったが、未知の世界には興味があったため、二つ返事で了承した。

 もっとも、トニ達のような子供には拒否する権利など元よりなかったわけだが。


 トニは男に言われるがままに、リコンドールの町に赴き、難民の子供のふりをして行商人の夫婦に近寄った。


「仕事をしたいんだ。雇ってくれないかい?」


 子供のいない温厚な夫婦は、そんないたいけな子供をこころよく受け入れ、トニは行商人の夫婦のもとで下働きを始める。


 トニがやったことと言えば、荷運びなどの雑用ばかりだったが、たまに連れていかれる買い付けなどを横で見ているのが楽しかった。

 町で生きる人々の営みを見るのが、初めてのことだったからだ。


 行商の下働きも板についてきて、数ヵ月もの間音沙汰もなかった盗賊団のことなど忘れそうになっていた時、トニに指示をした盗賊団の男がやってきた。


「次に行商に行く日を調べろ。その時に何でもいい。俺達が待ち伏せしている所に誘導しろ。しくじったら……分かってるな?」

「うん」


 忘れかけていた現実に引き戻されたトニだったが、仕方ないかというくらいに思っていた。

 良心の呵責などとうになくなっていたが、身寄りのないトニにも親身に接してくれる行商人夫婦を思うと、胸にちくりとくるものがあった。

 それと同時に自分ではどうすることもできない、という思いもある。


 決行の日となり、行商人夫婦と共に傭兵達が戦う砦での仕事を終え、リコンドールの町に戻るところで、トニは急な腹痛を訴えた。


 痛みに叫ぶ子供を見て、夫婦は一刻も早く町に戻ろうと危険な近道を迷いなく選び、そして盗賊団の牙にかかった。

 後悔の念など感じさせないほどに、それはあっけなかった。


 行商人の馬車に襲いかかる盗賊達は、あっという間にその足を止め、夫婦を引きずり降ろし、そして命を奪う。

 トニは巻き込まれては敵わないと、異変が起きた直後に馬車の荷台から飛び出し、近くの茂みに隠れた。


 予定通りに事が進むのを、草むらの影で息を潜めながら見守っていたが、異変が起きた。


 馬を駆ってどこからかやってきた一人の傭兵に、凶暴で手もつけられない盗賊達が一人残らず殺されたのだ。

 トニにとって、盗賊達は絶対的な強者だった。

 それをあっさりと屠る男の姿は、衝撃そのものだった。


 遠目に見る男は、何だか全身から薄ぼんやりとした白い光を放っていようで、神々しくすら見えた。


 それはトニの価値観を大きく変えた。

 盗賊達が強いのではない。単に力を持ったものが強いのだ。


 自分にも力があれば、あの親切な夫婦を死に追いやることもなかった。

 自分の好きなように生きていける。

 あの力を得るんだ。この機を逃してはいけない。


 そう思い、意を決してトニは草むらの影から飛び出し叫んだ。


「待ちやがれこの野郎──」


 自分が何故、目の前の男に挑発的な言葉を投げたのかは分からない。

 ただ、その男はトニの全てを見透かしており、たしなめられ、命を奪うことなくトニのもとを去っていった。


 何人もの盗賊を殺した後のその男の眼光は鋭く、男が去った後もしばらく震えが止まらなかった。


 そうして、またトニは一人となった。


 ようやく震えが収まり、亡骸となった盗賊達の姿を見て回り、トニにとって神のような力を持った存在であった盗賊団の頭目の死体から、手に持った刀剣と鞘を引き剥がして自分の腰に差した。


 再び空虚となる自身の体に、先程一瞬見えたような光明が甦ってくる。

 凛とした立ち姿のあの男。

 きっとあれが自分の目指すところだ。


 何も持っていなかった自分に唯一、天がもたらした出会い・・・なのだと。


 そうして、トニは男が去っていった方に駆け出した。

 前を歩く男に、追い付きたいと。

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