『かきくけか』へようこそ!

リ名塚 伊ギス

第一章 『かきくけか』へようこそ!

第1話

 改札を抜けて駅前の大通りに出るなり、鈴那リィは人の波を縫うようにして走り出した。

 帰宅ラッシュ前の白瀬西口駅前の大通り。六月を間近に控えた空に雲は無く、肌に吹き付ける風はどこかヒンヤリと感じられる。その為だろう、全力で駆け抜けていく少女は息切れ一つせず、汗一つかいていない。

 大きく踏み出す少女の脚に合わせてスカートが大きく揺れ動く。

 特徴的なチェック模様の入ったそれとブレザーは白瀬大学高等学部の物だ。地元近辺の者なら一目で分かる有名な制服である。

 だが少女の顔付きはまだあどけなく、小学生のような元気溢れる邪気の無い笑顔とショートカットの左側を短く結わえた髪型がそれに拍車をかけ、とても高等部生徒には見えなかった。

 そしてその少女が駆け込んだ先も、その童顔に似つかわしく無い場所であった。


 白瀬駅前再開発予定地。建設作業用の重機がモーター音を鳴り響かせるその中心、高いフェンスで囲われたショッピングモールの建設現場である。


 リィはフェンス入り口付近にいる作業員達に挨拶をし、ヘルメットを受け取ると、それを頭にのせて現場の中へと入むと右手にあるプレハブの仮設事務所を目指した。


「固いシートに背中を預け、油塗れのギアを回せ~♪」


 この工事現場で知った鼻歌をハミング混じりに歌いながらリィは左手に広がる建設中のショッピングモールへ目線を向けた。

 ジャングルジムのような金属製の足場と建設会社のロゴの入った無数のシートで覆われた未来のショッピングモールはまだ剥き出しの鉄骨姿で、その骨組みもまだ三階までしか組まれていない。

 その鉄骨の三階部分に数人の作業員とモーター音を断続的に鳴らしながら作業に勤しむ三本脚の小型アームリフトの姿が見えた。


 アームリフト――現場ではただ一言『腕』とだけで呼称される三十年ほど前から建築現場で使われだした多目的作業用重機だ。

 その名が示すとおり二本から三本の作業用アームを備えているのが特徴で、車輪や履帯もはついておらずこれまた二本から五本の脚を有している。

 脚での走行速度は時速十五キロほど。

 脚部走行のみのため緊急時以外では公道を走ることができないという規則が設けられており、そのため操縦資格は十六歳から習得することが可能となっている一風変わった特殊車両だ。


 リィが見つめる中、ショッピングモールの前にもう一台のアームリフトが姿を現した。

 蟹のような四本の脚を持つ中型機で操縦席が車体から三メートルの高さにある『キリン』と呼称されているタイプだ。その『キリン』が重量感のある足取りでショッピングモールの前に積み上げられた鉄骨の前に進んで行く。

 アームリフトの用途は作業現場によって様々だが、この現場では資材の運搬を主に担当しているようだ。

『キリン』は左腕を伸ばして鉄骨を一本つかみ取ると、伸ばした腕と鉄骨の重みで転倒しないように右側の脚を曲げて車体の重心を傾け、腕をぐるりと回して鉄骨を三階にいる小型アームリフトへと受け渡した。

 回す腕に合わせて車体の傾斜も滑らかに移動させていく。

「おお、すっごいねぇ」

 四本ある脚部の高さを巧みに調節して行うダンスのような車体の『腰』の動きにリィ感嘆の声を上げた。


 あの滑らかな動きは経験を積んだ操縦者の技量によるものだ。

 機体に組み込まれた自動重心制御だとガックンガックンという鈍く、ぎこちない動きになってしまう。

 資格取り立ての初心者のマニュアル操作でも似たような動きになってしまうだろう。いや、もっと酷いかもしれない。


 だが経験を積んだ熟練の操縦者なら、腕と同時に四本の脚も同時に操作して、アームリフトという機械を生き物のように動かすことができるだろう。

 ちょうどいま、リィの眼前にあるアームリフトのように。


 そう。

 リィの漏らした感嘆の声は中型アームリフトの動き、それを行った操縦者の技術に対してのものであった。


 鈴那リィ。白瀬大学研究会『かきくけか』に所属する十六歳。

 およそ同年代の娘なら気付くことのないであろう熟練の技に見惚れる一風変わった娘である。

 このアームリフトに見惚れていたリィを現実に引き戻したのは女性の声であった。

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