第13話
夜中に寝込みを襲われる事は無かった。と、言うか"ヤらない"と決めてたのにアンジーと寝た。寝てしまった……
性病云々の現実から目を背ける様に涼介はアンジーの胸元、二つの張りと艶のある膨らみを触って感触を楽しむ。
「あぁん」
眠ってるアンジーの口から、甘い声が漏れて来た。其処で手を止めた涼介はベッドから降り、床に散らばっている自分の服を着て行く。
野戦服を着た涼介は左腕にダガーナイフ、右腿にリボルバーを装備すると、各種装具が取り付けられたガンベルトを腰に巻いた。それから、マガジンを始めとした装備を全て収めたコンバットベストを纏い、前のボタンを閉める。
弾が完全に装填された状態のイーリャをスリングで背負うと、両手でジールを持った。そんな準備を物音一つ立てず、静かに行った涼介はそのまま、静かに足音を立てる事無く部屋を後にしようとした。
「んん……何処行くの?」
アンジーが眼を軽く擦り、眠たげな声を掛けて来た。涼介は足を止め、ジールを入口の脇に置く。
踵を返し、振り返るとベッドまで戻った。ごそごそとバックパックの中を漁り始めた。
「これで足りるか?」
ベッドにバナナ形に湾曲した4本のマガジンが置かれる。中にはキチンと7.62ショートライフル弾が詰め込まれていた。
「100発はある……」
この世界ではカネと言う概念は紙幣や硬貨から、当時の作られた軍用の銃弾を始め、銃や爆薬、医薬品、
人殺しの為に作られた銃弾が、カネになる事に皮肉を感じた涼介は笑ってしまう。
「何よ……アンタ、やっぱりカネ持ってるんじゃない」
「カネじゃない銃弾だ……」
そう言うと涼介は、窓に赴いて閉めっぱなしにしていた雨戸を開ける。空は薄暗く、未だ日が昇っていなかった。
それを見ると、アンジーは呆れてしまう。
「未だ、日も昇ってないじゃない……って、寒いから閉めてよ」
風は冷たく、肌寒さを感じる。アンジーは毛布にくるまり、恨みがましく見詰めて来た。
だが、涼介は
アンジーはそれを寒さに震え、毛布にくるまったまま、見送るのであった。
外は日が上ろうとしてるのか、薄暗い程度であった。街の者は大半が寝てるのか静かで、明るかった時の賑わいが嘘の様に思えた。
そんな人通りの無い静かな街中を進んでいると、向こう側からバカマシンガンとイーリャを持った自警団の面々が、パトロールの為、歩いて居るのが見えた。彼等は涼介に気付くと、声を掛けて来る。
「止まれ!」
足を止めると涼介の周りに自警団の者達が展開し、銃口を向けて来た。彼等の表情をチラッと伺うと、緊張しているのが解る。
涼介はジールを地面に置き、背負っていたイーリャを下ろすと両手を頭の後ろで組み、地面に跪いた。
「何をしようとしてる? こんな時間に、武器を持って?」
もっともな質問であった。皆が未だ眠る早朝に銃を担ぎ、手の中にも銃を持って歩く涼介は、控えめに言って怪しかった。
街の安全を担う自警団からすれば、撃ち殺しても良いんじゃないか? とも、思ってしまう程に……
「外に行くんだ。車、盗まれてないか? それも確認してからよ……」
そんな自警団の気配を察してるからか、涼介は正直に答える。
そんな答えを聞くと、イーリャを携える指揮官だろう男が、バカマシンガンを腰だめに持つ若い部下へ声を掛けた。
「そうか……マルト、コイツが外に出るまで見張れ」
「了解」
その言葉と共に涼介はイーリャを背負い、ジールを手にする。
「行って良いぞ」 と、言われると背中にバカマシンガンの銃口に晒しながら、立ち上がって歩み出した。
背後を歩く同じ年頃の男から、バカマシンガンを背中に突き付けられ歩くのは苦痛であった。
マルトと呼ばれた青年が、バカマシンガンのトリガーに掛けられた人指し指に軽く力を込める。それだけで、自分は10発の5.56㎜アサルトライフル弾でズタズタにされ、死ぬのだ。
気分が良い訳無い。
涼介とマルトは無言で歩き続ける。10分ぐらい気不味い時を過ごすと、駐車場へと着いた。
「……車は無事みたいだな……」
ファイティングドラムが載ったピックアップトラックは残っていた。だが、それでも安心出来ないのか、涼介はジールをボディに立て掛けると、ボンネットを開けて中を見る。
ケーブルは無事。スターター、ベルト類、ECUに
部品を外し、スパークプラグもキチンと残ってる事にホッと胸を撫で下ろす。そんな涼介の様子を退屈そうに見ていたマルトは、声を掛ける。
「未だ終わらないのか?」
「終わらねーよ」
コンテナを僅かに開け、中に嘴にも似たツールナイフの
涼介はそんなマルトの姿にホッとするとコンテナからバッテリーを取り出し、エンジンに戻し始める。ステイに固定した所で、バッテリーのマイナス端子にケーブルを繋げて固定用のボルトを締め付けると、プラス端子にケーブルをセットした。
ボンネットを開けたまま運転席の後ろにジールとイーリャを放り込むと、運転席に滑り込んでキーを射し込み、捻る。エンジンが声を挙げ、マフラーから黒い煙が勢い良く吐き出された。それから程無くして、アイドリングの唸り声を挙がる。
涼介はエンジン掛けたまま降り、ボンネットを閉めるとシフトを
「おい!?」
突如、マフラーを吠えさせて走り出すテクニカルにマルトは驚き、煙草をポロりと口から落としてしまう。
そんなマルトの様子に涼介は左手を窓から出しヒラヒラとさせ、笑って言う。
「じゃあな! お勤めご苦労!」
マルトは追い掛けるが、車の早さに追い付く事は無かった。あっという間にマルトの姿はサイドミラーから消える。
そのまま街中を進むと、直ぐに入口に付いた。門と言えるバリケードの両脇には立ったまま、ウトウトと舟を漕ぐ見張りがいた。
それを見ると涼介はニンマリと笑い、ステアリングの中央……クラクションのボタンを叩く。
ホーンが喧しく鳴り響き、見張りがビクンと大きく震えて目を覚ました。首が取れそうな程に周りを見回し、涼介を見付けると眠たげな眼を擦り、恨みがましく睨み付けて来る。
そんな彼等を逆に睨み返した。
「朝からうるせぇ!!」
すると、
「寝てんのに逆ギレかよ? 無能共が……」
だが、無意識に漏らした悪態が彼等の癪に触ったのか、銃声と共に隣の助手席に1発の弾丸が飛び込んで来た。彼等はヘラヘラと笑っており、それが涼介の中で抑えられた感情を爆発させた。
アクセルが踏まれ、ロケットの如くテクニカルが飛び出す。すると、撃った奴が撥ね飛ばされ、蹴飛ばしたボールの如く宙を待って瓦礫に叩き付けられた。
「ケルー!?」
仲間の名を叫び、バカマシンガンを涼介に向けようとする。
だが、彼はトリガーを引く事は出来なかった。
「撃つ前に俺は、テメェの面に6発全弾叩き込めるぞ……試してみるか?」
既に彼の顔をリボルバーが捉えていた。しかし、彼はバカマシンガンを涼介に向ける。
その瞬間、銃声が響いた。
「ヒィ!?」
耳元を掠めた38マグナム弾に驚き、腰を抜かす彼の手からバカマシンガンが零れ落ちた。涼介は油断せず、リボルバーを向けたままで居ると、ウンザリした声が響く。
「何処のバカだ!!」
「いきなり、撃たれたんだよ……
涼介はリボルバーを向けたまま、怒鳴り返す様に辛辣な答えを投げ返した。だが、自警団の者達は涼介に銃口を向けたまま、睨み付けて来る。
撥ね飛ばされたケルーと呼ばれた自警団の男は担架代わりの板に乗せられ、街の中へと運ばれて行く。それを見る事無く、涼介は更に続けて言う。
「寝てたから起こしてやったのに、アンタ等はいきなり撃つのか?
「んだとコラァ!?」
挑発にも似た物言いに自警団の青年が、怒鳴り返して来た。それをヴェテランが抑えると、部下達に銃を下ろす様に命じる。
渋々とだが、自警団の面々は銃口を下ろした。だが、涼介はリボルバーを下ろさずに反対の手にピンを抜いたフラグを握り、周りを睨む様に見回すだけであった。
「なぁ、落ち着いてくれ……頼む。お互いに不幸な手違いが起きた。こんな事で殺し合いとか辞めないか?」
ヴェテランは諭すように言った。しかし、涼介はリボルバーを下ろす事は無かった。
すると、ヴェテランは両手を挙げたまま近付いて来た。テクニカルの間近まで来ると、フロントから涼介に見える様に回り込んでリボルバーを向けられた彼の方へと赴く。
彼の前に立ち、目を一頻り覗き込んでからヴェテランは握り拳を作り、彼の顔面に叩き込んだ。
「この糞バカどもが! 居眠りしやがって!! 次、遣ったら殺すぞ!!」
ヴェテランは部下を殴り倒すと、何度も蹴りつけて怒鳴る。だが、涼介は苛ついた顔を崩さず声を掛けるだけであった。
「茶番はいいから、さっさと通せよ……此方は居眠り出来る程に暇じゃないんだ」
暫くすると、ヴェテランから焼きを入れられた彼は引き摺られる様に運ばれて行く。ヴェテランは部下に命じてバリケードを開けさせると、涼介は
外へ出ると、対戦車壕にもなってる"ほり"の前にテクニカルを止める。自警団の者達に見張られながら涼介は、後ろに置いたジールとイーリャを取り出して背負い始めた。
脚を伸ばし、簡単な柔軟運動をすると深呼吸をする。そして、走り出した。
「何やってんだアイツ?」
「ずっと、周りを走ってるだけだな」
瓦礫を積み上げ、作った塀の上から自警団の面々は涼介が何してるのか? 眺めて居た。
涼介は唯々、街の周りを走っているだけであった。
「おら、交代だ」
「やっとか……」
下から登って来る仲間を見ると、アクビをしながら塀から降り始める。入れ替わる様に交代が瓦礫に登って立つと、丁度、眼下を涼介が駆け抜けて行く姿が見えて来た。
「なぁ、何してんだアイツは?」
交代に来た彼は走り去る姿を見ると今迄、
眠たげな彼は、面倒臭そうに答えた。
「知らねぇよ……ずっと、走ってるんだアイツ」
彼等からすれば、街の周りを2丁の銃を背負って走る涼介は、訳が解らなかった。街の周りを1時間以上も走っており、距離にすれば20km以上になるだろう。
「お、走るの辞めたみたいだな……」
街の周りを走ったかと思えば、涼介はテクニカルの脇で銃を背負ったまま腕立て伏せを始めた。数えるのも馬鹿らしい数を延々とやった所で、銃を下ろしてから腹筋と背筋と言った筋トレを始める。
そして、それ等が終わるとまた銃を背負い、腕立て伏せをする。
そんな筋トレを3セットすると、涼介は背負って居たジールを手にした。
「よーやるね」
筋トレを終わらせ、休憩を挟まずにジールを持って全力疾走する。10m程走ると、転けた様に地面に勢いよく伏せた。
身体を軽く起こしてジールを構えると、そのまま立ち上がってまた走る。そして、また伏せて、構えて走った。
息をゼーハー、ゼーハーと辛そうに荒くしながら10mを全力疾走し、地面に倒れ込む様に伏せ、銃を構える。
そんな繰り返しを300m近くやると、また、同じ要領を繰り返しながら戻るのであった。
日が登り、暗かった空が明るくなった頃にはトレーニングを終わらせた涼介は、疲れで全身をフラフラさせながらテクニカルに凭れ掛かってグッタリとして居た。 自警団の面々は飽きたのか外の景色を眺めて居り、よく見れば瓦礫に上がってる面々の顔も違った。
そんな長い時間をトレーニングに兵士の如く費やしたのは、単に生き残る為であった。
脚や肺を鍛え、持久力を養って長い距離、時間を走れる様に。
腕力は銃を支え、尚且つ、
武器を操り、戦うには筋力と体力が欠かせないのだ。それ故、安全な街に居る時にはトレーニングをすると決めていた。
無論、こうしたトレーニングも師匠から教わり、初めの頃はトコトン、シゴかれていた。
まぁ、そのお陰で運動音痴が解消されたっけな……
『戦闘は基本的に体力勝負だから、動けなくなると死ぬ。つうか、死ね。相手を捩じ伏せられないなら、死ね。動けないなら、死ね』
『本当の知能派は肉体も鍛え、万が一に備える。文武両道が基本……面倒臭がりでも、トレーニングは欠かさずやる』 って、言葉が今なら分かる。
身体を解し、フラフラになりながらも涼介は立ち上がる。トレーニング中、一切飲まなかった水筒の水を飲んで渇きを癒すと、コンバットベストと2丁の銃を運転席の後ろに置いた。
テクニカルに乗り込むと、エンジンを掛けてシフトを操作し、アクセルを踏んで街に戻るのであった。
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