(四)友野 優希
散々な結果に終わったテストのことなどとうに忘れてドリーム・リアライザー七巻の執筆に勤しんでいると、何度も強くドアを叩く音が部屋に響いた。「誰だよ、こんな迷惑な」とぼやきながらドアスコープを覗き込んだ優希は、ドア越しに立つ人物の姿に目を瞠った。
何度も無言でドアを叩く彼女の表情をどう表現すればいいのだろう。
「今、開ける」
そこそこ大きな声で忠告したけれど、泣きじゃくる彼女に聞こえているかどうか分からない。ゆっくりとロックを外し、慎重にドアを開けた。
「どうしたの。ってか、裸足じゃない!? なにがあったのよ、文香」
彼女らしくもない。ぼろぼろの身体なのは分かるけど、裸足で飛び出してくるなんて。
無言のまま顔をぐしゃぐしゃに濡らして両腕を震わせる文香が、濡れた声で言う。
「編集部から、電話が、あって。それで、なんか、受賞、だって」
「……ああ、そっか。連絡、きたんだ」
「うん」
全然整理がつけられないままに込み上げてくる感情を誰かに伝えたいという強い衝動。それは、優希が数年前に抱いたものと同じだ。
「結果は知ってたけど、あたしから伝えるのは御法度だしね。でも、うん。おめでとう」
「うん」
「作品もちゃんと、一言一句読んだよ。文句の付け所なんかなかった。あたしじゃ、あんなのは書けない」
友野ユーキには不可能なことを、愛生文香はやってのけた。それはまさしく、才能だ。
「優希が書けないとか、そんな大それたものじゃないよ、あれ」
文香に伝えた感想は、本心だ。嘘はない。
「一年前の約束も果たせたことだしね。今日はささやかなお祝いかな」
「それって……」
泣き止んだ優希がきょとんとした顔のまま、次第に口をあわあわとさせ始めた。
「そ、それって、あの、サイン会のときのこと?」
「そうそう。それ」
「どうして、覚えて……」
「あたしが初めてサインした相手くらいちゃんと覚えてるよ。それに、頑張って、ってエールも送ったでしょ? いやぁ、さすがに春の顔合わせの時はびっくりしたよ。だって目の前にサインした子がいるんだから。なんかのドッキリかと思ったし。ああいう再会もいいかなって考え出したら頭の中でこれは面白そうだなぁってプロット浮かんじゃって大変だったんだから」
「あ、あ、あっ――」
あ、やばい。
優希がそう思った時には遅かった。泣き止んでいた文香の涙腺が崩壊して、また、さっきのようなぐしゃぐしゃな顔へと戻っていく。どうにかしないと、と考える前に大粒の涙をぼろぼろと溢す文香に抱きつかれ、身動きが取れなくなってしまった。
「ちょっと、いい加減泣きやみなって」
「だって、泣かしたのは優希じゃんか。なんで、そんな、こと、こんなときに、言うんだよっ」
「あーもーっ。悪かった。変なこと言って悪かったよ、文香ってば」
「馬鹿っ。全然変なことじゃないからっ。優希のばかっ!」
大声を張り上げて泣きじゃくる文香を宥めるのに四苦八苦しながら、それでも今日くらいは彼女の盛大な船出に同乗してもいいかな、と優希は苦笑いを浮かべた。
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