第7話 兆し

「真琴!トランプやろ!」

「つかぬ事をお伺いしますが摩耶さん、お前帰る気あるの?」

「うん!無いよ、微塵も!」

「…男の部屋に泊まることへの危機感なさ過ぎじゃね?俺だって仮にも男だぞ。狼だぞ。食っちまうぞ。」

「性的な意味で?」

「やかましいわ…。いや、そうかもしれんな。さぁどうする子羊よ。

 今ならまだ引き返せるぞ、我の牙にかかるか大人しくその身を貴様のあるべき場所へ戻すか…。」

「真琴になら…食べられても…。うん、いいかも。」

「そンな真似させルとでも思ってンのカ?」

「何で俺がにらまれてるんですかねぇブレイズさん。」

「おまエがケダモノだかラに決まってンだろ!見るからに幼女の姿したワタシに脱がすとカ言いだした奴が獣じゃない訳ねェ…。」

 まぁ確かに言った記憶があるからそこは否定できないんだけれども。実際に手を出したわけじゃないだろうに。

 そもそも俺はそんなことができるほど精神どでかく構えてるわけじゃあねえんだよ。うるさい、チキンっていうな。

「どうせ真琴の事だから怖気づいて何もできないだろうけどね。一緒にお風呂入ってもいっつも恥ずかしがって隅っこで頭抱えているだけだし、洗ってあげようとしたら捨てられた子犬が人を拒絶するような目線を寄越すし。」

「摩耶がおかしいんだろ…この年で一緒に風呂なんかはいらねえよ普通。風呂場の外にはじき出してないだけありがたいと思えよ。」

 容赦なく風呂に入ってくるからなこいつ。なのにタオル一枚すら身に着ける気が無い。文字通り一糸纏わぬ姿で風呂の中に突入してくるのだ。腰やお腹周りはすらっとしているくせに何の因果か胸は人並み、いや、そこそこ大きい部類に属している。

 鍛えているはずなのに女性らしい体の柔らかさは微塵も損なっていない。鍛えていることもあって引き締まった印象はあるが、筋肉が表面から分かるほどかと聞かれれば否だ。

 そんな魅力的という言葉で済ますのはおこがしましいほどの体をしているのに俺に対しては異常なほどガードが甘く、正直俺が本気で襲おうと思ったら摩耶はきっと拒みすらしないだろう。

 いつもみたいににやにや笑いながら『ボクが魅力的だからね!仕方ないさ!』とかいうに決まっている。少し頬を染めて、はにかんで笑うだろう。

 …だからこそ、自分の感覚が分からなくなる。

 摩耶のことが好き…それが友好的な意味でなのか恋愛的な意味でなのかは結局今も理解できないが、好きなのは事実だ。

 ひどい目に会っていたら助けてあげたいと思うし、実際迷いなく守ってきたつもりだ。

 成長の過程で幸か不幸か手に入れた半端な語彙力と人の感情の起伏を読み取る力。

 ブレイズほどに完璧に心が読めるというわけではないにしろ相手が嘘をついているかどうかくらいはいくらでも確かめられる。

 そんな不健全な力をあくまで健全な方向に今まで揮ってきて摩耶を守ってきたつもりだ。正義という名目の盾を用いて根本的に相手の戦意を挫くように、それでいて逃げることを許さない挑発という枷を相手に嵌めることも忘れずに。

 だからこそ、自分がやるべきことは必死に努力してきた。勉強は勿論、運動だってそうだ。苦手なわけではなかったが、運動神経抜群とはとても言い難い。

 けれども血が滲むほど必死で努力して中学や高校なんかで行われていた行事のマラソン大会なんかでも上位を逃したことはなかった。

『お前だってやってないじゃねえか』。そう言われるのだけが一番怖かったから。

 ただ単純にそんな理由。本当の理由はその先の未来にあったのかもしれないけれども。

 俺を、俺と摩耶を守る理論武装が打破されることだけは絶対行われてはならなかった。それは俺にとって唯一の武器たる『言葉』が失われることと同義だったから。

 俺が罵倒されるのは一向にかまわないし、受けるべき報いだと思う。自らが率先して人の心を貶めてきたわけではないにしろ、本質という点を鑑みた場合には何の間違いもないのだから。

 だけど摩耶は違う。もっと輝くことができる貴重な原石だ。はやくもその頭角を表しているから現状で周囲は満足してしまっている。

 だがそれは頭角に過ぎないということを周囲には頭に入れてほしい。

 全貌の片鱗を目に入れただけで感嘆し、崇めるのは冒涜だ。

「な、何でそんな怖い顔してるんだよぅ!分かったよ!帰るから怒らないで?ね?」

「…回想に耽るナとは言わねエけど、気を抜いたらおまエは顔に出るンだから気をつけロよ。今日もあっただロこんなこと…。」

 前、というのは買い物に出かけた時のことだろう。確かにあの時も考え事をしていて剣呑な雰囲気を漂わせていたらしい。恐らく今回も同じようなことをしでかしたのだろう。

 その傷ついた原因というのが俺が振りまいていた雰囲気ならば、守ろうと思って思案していたのにそれが原因で傷つけてしまうという本末転倒と呼ぶにふさわしい馬鹿馬鹿しさである。

 摩耶が俺の感情を読めないというならそれは最近になって生まれた癖に違いない。

 誰よりも俺の事を見てきたであろう摩耶が理解できていないのがその証拠だ。

「あぁ…?いや別に怒ってねえよ。…悪かったな、意識が少し逸れてた。

 泊まることは別に問題じゃねえ…。」

「そうなの?ほんとに?無理してない?」

「嘘はついてねえよ。だからほら、心配そうな顔すんなって…泣いてんじゃねえよ」

「だ、ってぇ…嫌われちゃったのか思って、ぇ…うわぁぁぁぁん!!!」

 一際大きく泣き叫んだかと思うと蹲っていた摩耶が急に起き上がってその柔らかな腕で俺の首の後ろへと回す。

 一瞬、攻撃を受けたのかと遅まきながら身構えた俺に訪れる攻撃は…無い。

 その代わり、回された腕が強すぎはしない力で俺を一気に引き寄せた。

「ま、摩耶…?落ち着けよ。…女の子を泣かす趣味はないぞ俺には。

 って、聞いちゃいねえし…」

 俺の言葉なんて意に介した様子もなく、ただ俺の存在を確かめるように胸板に顔をこすりつける。すごく大切なものを抱えるように、愛おしそうに抱きしめる。

「だァから…人前でイチャイチャするナとあれほど…」

「ごめんね、一人だけ仲間外れは寂しいもんね!一緒にぎゅってしよ!」

 言うが早いかあっという間に傍観していたブレイズも摩耶の腕にかっさらわれて俺と摩耶の間に挟まれるようにして抱擁に加わる。

 最初こそもがくように抵抗していたブレイズもそこが居場所で間違いないと思ったのか観念したのかはわからないが、静かに力を抜く。

 端から見れば理想的な家族の風景にも見えなくはないかもしれない。

(…いやいや、何を考えているんだ俺は。いくら付き合いが長いとはいえ相手は恋人でも何でもない、ただの幼馴染に過ぎない。

 そもそも俺と摩耶じゃ釣り合わないに決まっているだろうに…)

 人知れず心の中で自嘲する。顔には出さないように、努めて。

「ふふん?今、ボクと真琴が釣り合わないとか思っただろ」

「…っ!」

「おや、我ながら勘が鋭いね。伊達に真琴にアプローチし続けてるわけじゃないってことだね!うんうん。

 して真琴君。釣り合うとかそういうのは恋愛に必要だと思うかい?」

「…?なんだよ急に。俺は…必要な時もあると思ってる。身分違いの恋なんてよく描かれるが、あんなのは創作の中に留めておいた方が平和だ。」

「ふむふむ、そうだね。ボクも概ね君の意見と大差ない。

 だがしかし!君とボクの間に身分の差はあるか?

 答えは明白、否だっ!即ちそれが意味するのは――」

 一際大きく息を吸って紡ぐ言葉を確かめるように大きな瞳を伏せる。

「ボクの愛を受け入れたとて、何の問題もないっ!さぁ結婚しよう」

「アホかお前は」

 …結果的には助けられた形になったんだけどな。やっぱり何事も一人で抱え込むのはよくないってわけか。気にしなくていいって言ってたし俺もどこか思考回路がおかしくなっていたのかもしれない。

 そうだよな。俺は、こいつと一緒に笑っててもいいんだよな。






 俺の家から摩耶の家までは徒歩五分ほど。チャリだったらもっと早い。

 それほどの近場に住んでいるため、平然と俺の部屋へと出入りすることも少なくない。

 合鍵を渡している俺も俺で問題なんだが、今のところ物がとられたという事件は聞かない。問題なのはむしろ逆。日を追うごとに徐々に荷物が増え始めた。空き室として放置されていた部屋には今ではすっかりファンシーな雰囲気が漂い始めている始末である。

 ドアを開けるたびに部屋の中にすっかり染み付いてしまった女子特有の甘い匂いが家じゅうに広がり、心休まらない空間が出来上がる。だが俺の家にある以上休日には掃除をしなければならないわけで。おかげで男友達を入れることもままならなくなり

 例の部屋にいつの間にか入って部屋着に着替えてきた摩耶の姿は何度見たとしても慣れることはないだろう。ふわふわの暖かそうな服に身を包んだその姿はさながら天使だ。

「どうかな真琴!可愛いでしょ!可愛いよね?」

 文字通り目と鼻の先まで詰め寄られてそれに呼応するかのように俺の呼吸も苦しくなる。思考をとろけさせるような甘ったるい女子の香りが鼻孔を擽るせいで無意識に心臓が血液を送り出す速度も高まっていく。

「ち、ちけえよ離れろ!…大体摩耶は無防備に距離詰め過ぎだ、相手が俺じゃなきゃ手を出されてても不思議じゃないぞ。もっとこう自分を大切にだな」

「いいよ別に。そもそもこんなこと真琴にしかしないよ。ほんとに大好きな人にしか本心からこういうことできないものなんだよ?女の子って」

 どうして平然とこう言うことを言えるのだろうかこの摩耶という少女は。青年向けのライトノベルや漫画なんかでしか目にできないような光景が今目の前に広がっていて、手を伸ばせば触れられる。相手はそれを拒まない。

 って、いかんいかん。こういう思考は極力控えなければ。俺は感情的に動きやすいってことが俺の人生では何回も証明されているんだ。

「何でそういうこと言うかなぁ…。というかいい加減離れろ!女子、特に摩耶に対してはホントに免疫が付かねえんだよ俺って生き物は!」

「可愛いって言ってくれるまでどいてあげないっ!ね?可愛いよね?」

「あぁ可愛い可愛い!だから離れろ落ち着かない」

 ぶっきらぼうに言い放った感じになり、やや不満そうな表情を作っていた摩耶だったが当初の約束通り離れてはくれた。

 油断も隙もありはしない。自らの容姿が凄まじく優れているという自覚ははたして持ち合わせているのか否か。さっきも口にしたように自分を大切にしてもらいたい。

 摩耶を好きな人なんてそれこそごまんといる。何かの拍子にそんな勘違いをさせてしまったら手を出されても仕方ないぞ。

「いいもん!ブレイズちゃんがボクの味方だもん!」

「やめロ…髪をわしゃわしゃってすンのはやめろ…!」

 あー、うわー、だとか気の抜けたような声を上げながら抵抗するのはいつの間にか摩耶の近くに立っていたブレイズだ。レースの付いた値段が張りそうな純白の部屋着に袖を通している彼女もまた魅力的。特殊な性癖を持つ人間に写真を渡せば冗談みたいな値が付くであろうことは想像に難くない。

「おいこラ、おまエも見てないで助けロよ…!」

 必死に助けを求められても、ちょっと眺めているのもいいかも、と思ってしまう俺がいることはどうしても否定できない。仲睦まじい姉妹のようにも見えるその光景は見ていてどことなく微笑ましい。


 不意に机の上に放置していた携帯が振動する。バイブレーション機能に切り替えていたため、机の上で微弱に携帯端末スマートフォンが動いた。

 通話の着信ならば着信音のメロディーになるよう設定しているので恐らく送られてきたのはSMSだ。

「なんかきたみたい。ちょっと確認するから待て」

「ごゆっくりぃ~」

「あぁやめろ見捨てるナぁ!?…ひゃっ、おい摩耶っどコ触って、んぅ!?」

 むにむにむにむにむにむに…。

 音が聞こえてきそうな勢いで直に・・ブレイズの肩を揉み始めた。そう直に。

 っていうかお前二人だけの時はめっちゃ誘惑紛いのことしてきたくせに摩耶が来た途端俺と同じポジションになりやがった。

 待てよ、ということはつまり。

 摩耶>ブレイズ≧俺というヒエラルキー構造が成り立つわけだ。

 えっ、俺の立場、低すぎ…。

 微かに気が付いてしまった事実に胸を痛めつつも今の状況を確認する。気にしてなんかいないぞ。あんまり。

 女性用の服とはいえ、小学生みたいな体格のブレイズとある程度発育が認められる摩耶とでは同じ性別というだけでは埋めきれない体格の差があり、僅かに肩口を掴んで下に下げると肩が大胆に露出した状態になる。

 その状態で何やらむにむにしているので白い陶磁器みたいな柔肌が手の圧力によって揉まれていくのが目に映りこんでしまい…。

「おやおや、真琴はこういうのが好きなのかなぁ?ほれほれ、ボクもやっちゃおうかなぁ?」

「やめろ」

「まだ何もしてないじゃん!別にブレイズと同じ格好になんて…」

「自白してんじゃねえか、やめろただでさえ眩暈がするんだ。更に別の魅力までぶっこまれたら人間をやめそうだ」

 まぎれもない事実である。男はオオカミというが多分本当なんだぞ。

 しかし延々と同じやり取りを繰り返しているわけにもいかない。何故か異様に体力を消耗した顔つきでロック画面と対峙する。そのまま画面を見ると高校のクラスメイトから送られてきたものだということを示すアイコンが表示されていた。。しかも一人ではない。数人からほぼ同時にメッセージが送られてきていて、何か示し合わせたような印象を受ける。

 でもまぁどうせ取り留めもない雑談のお誘いか、暇つぶし程度にやっているソシャゲのマルチ依頼か何かだろう。何かイベントあったっけかな。

 何にせよこんな状況じゃまともにゲームなんてできないのでパスになるだろうが。

 一呼吸置くため、机の上に出しておいた麦茶ポットからコップにお茶を入れて口に緩やかに流し込む。小麦色の液体が口の中にゆっくりと流れ込み、独特の香ばしい味わいが口に広がった。

 そんな中、俺はスマホの画面に目を落とす。否、落としてしまった。

『真琴クンってさ、いつ子供作ったの?』

「ごふっ、げほっげほっ」

『いや、もしかして養子かな?髪の色は真琴クンの銀髪とは似ても似つかないし…。かといって摩耶ちゃんの栗色の髪とも違う。』

 まずい、ちゃんと飲み込んでから確認するんだった…ッ!だが時すでに遅し。

 気管にお茶が入ったせいか体がその水分を吐き出そうとするので、激しく噎せ返る。

 まさか自分で蒔いた種がここで…。

「だ、大丈夫かい真琴…?ほらタオル。って、着信来てるじゃんメロちゃんから!

 …おっと、これはぁ…へぇ?隅に置けないねメロちゃんも。実は前から距離詰めてたなぁさては。」

 お礼を言うこともままならないので顔をタオルにうずめて呼吸の安定を図る。

 摩耶が何やらぼそぼそ呟いているが俺には理解する余裕がない。

『ハロハロ~!げんき…じゃぁ無さそうだねぇ。どったのマコちゃん。

 メロちゃんことメロディ・ローズブレイドちゃんが連絡あげたってのにぃ』

 音の出る方向を見上げるとディスプレイに映った英国風の金髪の美少女と目が合った。ヴァイオリンやピアノをはじめとする楽器がよく似合いそうな少女は俺が自分の姿に気が付いたと知るや否や嬉しそうな表情で手を振ってきた。

 こいつはさっきも自分で名乗った通りメロディ・ローズブレイド。うちの高校一の秀才でありながら学業の傍ら大人気モデルも務めるマドンナ的存在。空色の瞳が曇りない彼女の心を体現したように画面越しでもきらきらと輝いてみえる。

 文字通りスターなんだ。こいつは。俺とは絶対にかかわることのない人生を歩んできた。

 ちなみにこういう動作は多くの男性の勘違いを生むので気を付けましょう。テストに出ます。

「急にどうしたんだよメロさん。俺は絶賛悶絶中なんだが。

 あと夜分遅くに男子に連絡するようなことは控えたほうが身のためだぞ。

 覚えておくがいい。んで何の用かな」

「むぅ、ちょっとは勘違いしてくれたっていいんだよ?女の子が何の意味もなしにこんなことするわけないのだから!」

 やや声を張り上げてかなりボリュームがあるその胸を張る。画面越しでも分かるその柔らかさ。弾力が凄まじいのは容易に想像ができる。

 そして厄介なことに…メロさんの奥から何人かわらわらと女子が出て来てるぞ。

 恐らく示し合わせたように送られたあのメッセージはあいつらのものだったというわけだ。何人か知っている顔が並んでおり、『あれ?真琴クンじゃん!』『ついにきちゃう?この時が!』なんて訳の分からないやり取りを重ねている。

 よく考えれば一つ目のほうはまだ理解できるから重ねてはいないや。

「そもそも何でマコちゃんは私のことメロちゃんって呼んでくれないのさ!将来を誓い合った仲だろう!?」

「誓ってねえよ神に誓ってなぁ!?やめろよ摩耶の視線が般若みたいになってんだよ!そもそもメロさんこそ俺の事文章じゃ真琴クンって普通に呼ぶのになんでリアルで会話するとマコちゃんなんだよおかしいだろ…。それと一緒だメロさん」

「えっと…じゃあ」

 こほん、ひとつ咳払いを置き呼吸を整え喉の調子を確かめる仕草をする。

 何をする気だ。大声出すとかはやめてくれよ心臓に悪いから。発せられるであろう声に細心の注意を払いながら耳を傾けていると。

「『真琴クン、私と付き合ってよ』…こんな感じでどうかな?」

 心臓をハンマーで殴られたような衝撃。失念していた。

 メロさんは最近のアニメでも活躍してる売れっ子声優だったってことを…。

 耳にするりと入ってくるアニメ声。けれども決して媚びた印象は無くどこか儚げなイメージすら浮かばせる声が脳にしみわたる。

 正直な話、この場にいる少女たちがここまで可憐でなければ落ちていたかもしれん。

「っ、やめ、ろ。俺じゃなかったら落ちてるぞ今の。

 人の精神を揺さぶるような真似はやめろ、これ以上魅力を増やすな…。

 それと今度サインください」

「あっれぇおかしいなぁ。絶対マコちゃんは落とせると思ったのにぃ…やはり摩耶ちゃんか、摩耶ちゃんなのか。いやっ、あの正体不明の女の子も怪しいぞ、むむむ。

 あ、サインは今度あげるよ」

「――呼んだカ?」

 俺の首の後ろからぬっ、と顔を覗かせたのはブレイズ。脱げそうだった服は一応しっかり着なおされており、間違っても脱げてしまうというアクシデントは発生しなさそうだ。だがそのまま首から腕を回して後ろから抱き付くような形になる。

 それは当然相手のディスプレイにも表示されているわけで。

「きゃああああああああああああああっ!!かわいいいいいいいいいいいいいいい!!!」

「おいメロさん、夜に騒ぐな近所迷惑だぞ」

「あっ!!ずるいよブレイズだけぇ!ボクもやる!」

 俺とブレイズを背後から抱きしめるような形で背後から抱き付く。端から見て俺はどういう風に映っているのか。全国の男性陣に助走をつけてぶん殴られそうな状況じゃないのかなこれ。

 ただ誤解を受けて通報とかされることはなかったのでそこは一安心と言えるだろう

「…次はそこに私も混ざってやるからなぁ…。

 夜分遅くに失礼しました、それじゃね。マコちゃん♡」

 語尾にハートが付きそうな勢いではにかみながらウインクをかましながら通話を遮断する金髪美少女メロさん

 俺でも流石に耐えきれる限度ってのがですね。あるんですよ。

 そんなことを考えていると、背後から回ってきた摩耶の華奢な左手が俺の頬を指先でつまんで引っ張る。

「いてててて、やめろ摩耶、どうしたんだよおい!?」

「いま、メロちゃんと話してる時デレデレしてた。絶対嬉しかったでしょ」

 そりゃまぁ、男ですし俺も。だがそこまで言ってしまって無事生還できるほど人生は甘くない。したがって俺は最適な言葉を模索する。

 認めるのは確かに悪い事じゃない。だけど相手がそれを冷静に受け取れない状況では悪手だ。言いくるめる必要が今回のような状況の場合出てくる。

 だがここでいけないのは『していない』と嘘を吐くことだ。いや、嘘を吐くこと自体は何も問題は無いのだが、嘘単体を用いれば疑念は深まる一方となる。

 嘘を吐くことも問題か。うむ。

 まぁ手段の一つとしてここはひとつ。理想は嘘は極力つかず、なるべく真実だけで言葉を構成すること。他にも嘘と真実を織り交ぜるやり方があるが、今回の場合はあまり意味がない。

 以上のことから導き出される最適解、それは

「確かに魅力的だとは思ったけど…摩耶(とかブレイズ)ほどじゃないよ。

 摩耶みたいな可愛い女の子が近くにいるんだ、目移りしたら罰が当たるぜ」

「なっ…か、可愛いとか急に何言ってんだよぅ!恥ずかしいじゃないか!」

「…っ!」

 あっれぇ…?俺もしかして変なスイッチはいってない?

 言葉には出さなかったワードもしっかりブレイズは拾っていて顔真っ赤にして悶えてるし。そもそも二人に抱き付かれた状態で言ったのがまずかった。離れようにも離れられず、羞恥に悶える美少女の口から洩れる声を耳元で聞き続けなければならない。

 精神、というか理性が保てるか甚だ疑問なところであるが今更どうすることもできない。無理やり払おうとして摩耶に力を入れられるとかすれば別の意味で体が死ぬ。

 主に物理的な意味で。










 数分後。

 何とか落ち着いてくれた二人は俺から離れてはくれた。俺の家なのになぜ行動に制限があるのか謎だ。女の子に抱き付かれるというのも悪くは決してないんだが先述の通り精神が持たない。というか何だか体中に力が入らない。眠いのか。

 そりゃこんだけ色々なことあったら当然か。店で戦闘したり家で着せ替え人形を眺めたりいきなりかかってきた電話で女の子たちと戯れたり。

 あれあれ。俺実はまともな生活送ってない説浮上。まともなのは食事して皿洗いしたくらいじゃないかな。

「むむむ…結局トランプする時間無かったじゃないかぁ。罰ゲーム有りでジョーカーが回ってくるごとに一枚脱ぐっていうのやりたかったのに」

「ちょっとまてなんだその全国の男子が夢見そうなルールのゲームは。しかもこの少人数だぞ。それに加えて寝巻だから超薄着だぞ。一糸まとわぬ姿になる奴が出てもおかしくないよなそれ」

「いいんだよそれで!そしてそのまま本能の赴くままに夜の営みを…」

「しないかラな、ワタシは!というかさせナいぞ馬鹿ども!」

「なんか急に口悪くなってね?いやまぁバカを否定するつもりは微塵もないけども。

 ただもうちょっとおしとやかにだな」

 見てくれは美幼女なんだからもっとイメージに合う言葉遣いをしていただきたいものだ。こんな幼女は嫌だ。憤るのは当然と言えば当然なんだがな。

「今日はボクの部屋で川の字になって寝ようよ!」

「何を言いだすんだお前は」

「ふふん、さっき実はどさくさに紛れて微量の筋弛緩剤を注入していたのでした!

 真琴、さっきから妙に体がだるくないかい?」

 言われてみればそうだ。指先や瞼、視線は動くものの、胴体の部分や胴体に比較的近い腕の付け根の部分には力を入れようとしてもぴくりと僅かに動くだけで大きな動きができなくなっている。

 というか筋弛緩剤て。確かしっかりした医師が使わないと危険な代物じゃなかったかなそれ。昔wikiか何かで見かけたぞ。よくドラマとかで殺害時の毒薬としても使われてるし。フグのTTXテトロドトキシンとかが近しいんだったか。

 その情報を思い出して俺は誠に遅まきながら自らが置かれている状況を理解して戦慄する。

「おい、俺死なないだろうな。まさかとは思うが殺されてないか俺」

 こんなところで幼馴染に毒盛られて死にましたとか笑えないもんな。

「その点は大丈夫!一晩経ったら元に戻るように調整してるから。

 真琴にやるんだもん、なんども自分で実験したよ」

 おいおいおい。失敗したら、とか考えなかったのかよ。

 それほどまでに自分の腕前に自信があったってことか。

「私のお部屋まで運んであげるね、ブレイズは電気とか消してきて」

「やめロと言っても聞かなかっタだろうかラなぁ…。

 真琴、おまエが危惧するようなことは起きないから諦めテ連れ去られてくれ」

 摩耶は今しがた口にした通り俺の膝裏と肩に手を回して抱きかかえる、俗にいうお姫様抱っこみたいな状況になっているぞ。男子一人抱えて移動できるってやっぱり全国優勝者は違うぜ。

 ブレイズも一応計画には気が付いていたんだろうが…助けを求められたとき放置して眺めていた罰と思えば当然っちゃ当然か。

 止めようとはしてくれてたみたいだし仕方ない。

 半ばあきらめるように四肢を投げ出して運ばれた先には隙間なく敷き詰められた布団が三人分あり、枕は中心の枕に引き寄せられるようにして集まっていた。

 予想はしてたけどね。視線とか指先、口が動かせるってことは筋弛緩剤が調整されているっていうのは本当らしい。








 結局俺は2人の美少女の抱き枕となっていたため、微塵も眠れず、かといって逃げ出せるわけもない、悶々とした夜を過ごしていた。それとなくブレイズは足を絡めてくるし、摩耶はその年相応に発達した胸を余すとこなく押し付けるせいで思考がぼんやりとしてくるのだ。実に嘆かわしい。

 二人はすぅすぅ、と規則正しい寝息を立てて眠っていたが数回、寝言ともとれる言葉が耳に届くことがあった。

「真琴はぁ…誰にも渡さない、のぉ…」

 もしかしたら摩耶ってヤンデレなのかもしれない。

 こわいなぁ、摩耶がヤンデレになったら。

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