episode05


 ──7月1日01:40 公安局討伐課第1班執務室──


「ロジャーくん。ちょっといいかな?」


 ドアがノックされてから1人の男性が入ってきた。


【ロッシュ・ファーガソン】

 50歳 公安局アーバレスト支部 支部長 愛称はグリズリー


 元討伐課第1班の追跡班に所属していた俺の上司だ。柔らかい物腰で誰よりも心優しい人物なのだが、その容姿はまさしく熊男グリズリー。その巨体は、現役を退いてからも大きくなるばかりである。年齢の事もある。出来れば自身の健康にも気を配っていただきたいものだ。


「支部長!? どうしたんですか?」

「いや、随分と盛り上がっていたから気になってね」

「あぁ、いえ。大した事ではありません。いつもの過ぎたお説教ですよ」


 クラウスの声は外まで聞こえていたらしい。何かと騒ぎを起こす俺達にとっては日常みたいなものなのだが、今回のは少々やり過ぎだったらしい。

 ロッシュはしばらく俺を見ていたが、ゆっくりとその巨体を揺らしながら近づいて口を開いた。


「何か悩み事かな?」

「え、どうして──」

「ほら、それ──」


 そう言いながら俺の手元を指差す。


 目線を落とせば、1丁の回転式拳銃リボルバーを両手で弄んでいた。


【EMR-M56 アストレア】


 まだ人類が地上で生活をしていた遥か昔からその形状を変えず、技術を取り込み続けて現代に至るまで生き残った不朽の拳銃アンティーク

 現代的なフォルムになってはいるものの、代名詞とも呼べる回転式弾倉シリンダーは健在だ。頑丈かつ様々な弾丸の使用ができるという性能はそのままに、プラズマ膨張圧で弾丸を押し出す電磁砲サーマルガンという仕様になっている。


「君、いつも何か悩んでる時はソレを触ってるからね。長い付き合いだからそれくらい分かるよ」

「……」


 この拳銃とも、かれこれ15年連れ添っている。未だに使った事は無いが、用心に越したことはない。メンテナンスは怠らない。


 もっとも、使うことがなければそれが一番いい。


「支部長。支部長に聴いてほしいものがあるんです──」

「うん?」


 そう言いながら、デスクに内蔵された端末から今日の任務中の音声データを呼び出す──


 ✱✱✱


『──必要ありません。"フェアリー"対象を捕捉、接敵しますエンゲージ──』


 ここまでは俺も聞いていたが、ここから先はノイズで聞き取れなかった。


「公安局です! 落ち着いて、両手を頭の後ろで組んでください!」

「おい! "フェアリー"! 勝手なことはするなって何度言えば──」

「公安局だと!? おい! どうなってんだよこれ! 話が違うじゃねぇか!」


 クラウスの声は今まで聞いたことのない声に遮られた。恐らく今回の対象となっていた男の声だろう。


「話? 話とは何ですか? 言ってる意味がわから──」

「それにあんなのが居るなんて聞いてねぇよ! それになんだよこれ! この身体! もう訳わかんねぇよ!」


 リサーナの質問も聞く耳持たずと言ったところだろう。男は興奮しすぎて判断力も低下しているようだ。


「まずは落ち着いて話をしよう。俺達は貴方を助けに来たんだ。だからまずは落ち着いて俺達の話を──」

「俺じゃない俺じゃない俺じゃない俺じゃない──」

「もう! 大人しくして!──」

「あっ! おい!──」

「あああああああ──」

「え……なんで──」

「離れろ! "フェアリー"!」


 音声だけでは状況は分かりにくいが、クラウスが説得を試みている中で、リサーナが何か行動を起こしたといったところか、おそらくここで抗生剤アンプルを使用したのだろう。その後の展開は物騒な雑音と、俺に報告が入る音声と続いている。


 ✱✱✱


「どう思いますか?」

「うーん……」


 ロッシュは小さく唸りながら思案して、しばらくしてから口を開いた。


「判らないね!」

「ですよね……」


 まぁ、分かってはいたのだ。もしかすれば何か心当たりでもあるかと少しばかり期待したが、どうやらハズレのようだ。


「これだけだと何とも言えないよ。情報の収集が必要だね」


 そう言って腕を組みながら一つ息をつく。


「でも、これは慎重に行動した方がいいかもしれないね。あの男性の様子だと相当混乱していたようだし、発言自体も確信が持てるものかも分からない。だけど、アレじゃまるで──」


 ロッシュはその先は言わなかった。躊躇ったのだ。もし、あの男性の発言の内容が俺やロッシュの予測と合致するなら、アレではまるで──


 ──公安局自体が、斬裂き魔リーパーと繋がっていることになってしまう──


「ロジャー君。一応この件は内密にね。君の部下達にもあまり詮索しないようにさり気なく注意しておいて」

「了解しました」


 ロッシュはドアの方向へと踵を返そうとしていたが、急に動きを止めて再びこちらに向き直った。


「忘れるところだったよ。はいこれ、この間の健康診断の結果ね」


 そう言って封筒を差し出してきた。


「わざわざすみません。これくらいならメールで送って頂いても……」


 申し訳なさそうにそれを受け取ると、ロッシュは苦笑しながら答えた。


「だって君。自分の事になると途端に雑になるから、メールで送っても見ないでしょ?」


 彼の指摘は正しかった。恐らく、いや間違いなくこの程度のことなら見ないで帰ることだろう。


「それじゃあ、それの中身を確認したら今日は帰っても大丈夫だからね、今日はな日なんだから」


 そう言い残してロッシュは部屋を後にした。


「やれやれ……」


 支部長に言われては仕方が無い。仕方なく手元の封筒の中身を確かめる。


【ロジャー・ラッセル】

 43歳 公安局討伐課第1班所属 班長 愛称コードネームは"イーグルアイ"


 入社21年目、入社当初は追跡班として所属。ある事件以来、狙撃班を兼任しながらクラウスを指導。リサーナの加入後は狙撃班に専念するも、若手の育成に苦労するしがない中間管理職だ。

 今年18歳になる息子と2人暮らし。


 健康診断の結果は概ね良好だ。酒も控えるようにしたし、何より禁煙にも成功した。しかし少々肥満気味らしい。


 不安になり腹部を触る。やはり歳のせいか、それともデスクワークが増えたからなのか、心なしか昔よりも柔らかいものがついている気がする。


「……帰るか」


 小さくため息をつき、俺も部屋を出る。帰ったら少しでも寝ておこう。今日は色々と用意しないといけないものが沢山ある。なぜなら──


 なぜなら今日は、愛する妻の命日なのだから──

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