第12夜

 本当に怖かったんです。


 いつも誰かに見られている感じがして…。

 家に居ても、チャイムが鳴ってインターホンをとっても誰の声も聞こえない事があったり、深夜に玄関のドアの外でゲラゲラと笑う声が10分以上続いたり…。


 だから、警察に助けを求めたんです。


 でも、まともに取り合ってもらえませんでした。

 実際に被害が出ないと動けないとか言って…。

 被害が出てからじゃ遅いと思いません?

 だって、初めて被害にあったときに殺されてしまったら、どうしようもないじゃないですか。

 もちろん、警察の方にもそう言いました。

 そうしたら、あからさまに不機嫌な表情になって、余計に応対がいい加減になってしまって…。


 だから、もうメディアの力を借りるしかないと思って、ご連絡したんです。


 快く受けてくださって、本当にありがとうございます。

 密着取材は今日から1週間、ですよね?

 女性の方じゃなかったらどうしようかと思ってましたけど、安心しました。


 えっと、佐藤さん…ですよね?

 よろしくお願いします。


 あ、私の家はもうすぐ見えてきます。

 駅からはちょっと歩くので、それだけが不満なところですね。

 それ以外は、静かな場所なので気に入ってるんですよ。


 変なことさえなければ、本当にいい場所なんですけどね…。


 ◆◆◆


「これが、取材開始時の映像、ですか…」

「そうです」

 テレビ局のディレクターである大竹氏に見せてもらった映像は、1人の女性が街中を移動しながら、たまにカメラに振り返りつつ話し続ける映像だった。


 私はただただ、唸るしかなかった。

 大竹氏の供述通り、取材する気になった理由が『美しい女性だったから』というのは間違いないだろう。

 一目見てわかる美しい容姿をした女性だ。視聴率もかせげると考えたのだろう。

 だが、この映像が放送されることは、無かった。

「佐藤には悪いことをしました…」

 大竹氏が、苦々しげに呟いた。

「仕方がないですよ。まさか…」

 2人はそのまま、黙り込んでしまった。


 映像はそのまま続いており、次の瞬間、雰囲気が変わった。


 高笑い。

 下品な高笑いが、画面から響く。


 画面に映っているのは、どこかのマンションの一室と、さっきまでと同じ人物だとは思えないほど醜く顔がゆがんだ、1人の女性だった。


 その手に、包丁が握られていた。


 画面が床に落ちる。

 床を這って逃げようとする、1人の女性が映った。

 そして、その女性の背中に、包丁が何度も突き立てられる。

 包丁を抜く度に、顔の歪んだ女性に返り血が降りかかる。

 低く、くぐもった悲鳴が、画面から聞こえていた。


「佐藤…」

 大竹氏が、涙を流しながら頭を抱えていた。


 佐藤直子。それがこのアシスタントディレクターの名前だ。

 大学を卒業したばかりの、23歳の若い女性だった。

 これが初めての大仕事だと張り切っていたという。


 それが、こんな結末になるなんて、だれが想像できただろうか。


 部屋に残されたハンディカメラと、佐藤直子の腐乱死体が発見されたのは、この映像が撮影された1週間後だった。

 隣の部屋に住む男性が、マンションの管理会社に連絡をしたことで発見されることになった。

 その男性の話だと、1か月前くらいから、隣の部屋から下品な笑い声が聞こえるよ

うになったという。


 殺人事件があった部屋に住んでいた女性の名は、■■■■■…。


 未だにその行方は、分からないままである。

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