幕間 マクアイ (弐)

 私が話し終えるのを待って、草壁女史は大きくひとつ、ため息をついた。

「な、なんか息するの忘れてました…」

 肩に入っていた力が抜けたからか、彼女の身体が少し小さくなったように見えた。

「先ほどの話で、11ですか」

「あ、そうですね。これで11です。合ってます」

 手に持ったメモ帳を繰りながら、彼女は何度か確認して頷いた。

 その後、メモ帳を膝において、机に置いてあるグラスを手に取る。

「え…」

 そして、反射的にか、その手を引っ込めた。

 理由は分かっている。

 彼女が手に取ろうとしたグラスは、汗をかいていた。

 そして、大きめの氷が1つ、麦茶に浮かんでいた。

 彼女は目を大きく見開いて、グラスを見つめていた。

 そして、ゆっくりと、私に視線を移動させる。

「どうしました?」

 私は意地悪に聞いてみる。

「氷が…」

 彼女はそこまで言い、またグラスを見やる。

 グラスに入った麦茶の冷たさではなく、別の事に彼女の身体が震え始めているのが分かる。

「氷? ええ、先ほどミヨが新しいお茶を持ってきましたからね」

「え…」

 彼女の目が揺れる。

 恐怖の感情が、その両目に満ちていた。

「誰も…来てません…よね…?」

 途切れ途切れに言う彼女に、私は笑顔で答える。

「ははっ、それくらい私の話に集中されていたのでしょう」


 そんなわけがない。


 誰しも、この状況ではそう思うだろう。

 だが、恐怖から逃れるために、そう思い込もうとする者も多い。

 彼女は…どちらか。


「そ、そう、でしょうか…。そうなのかも…」

 どうやら、後者のようだ。

 彼女は自分に言い聞かせるように、そっか。そうだよね。と何度も小さくつぶやいた。

「次は、そうですね…」

 私の言葉に、彼女がビクッと身体を震わせた。

 私を見る目には、明らかに動揺と恐怖とが入り混じったものが、浮かんでいた。

 私は構わずに、次の話を始めた…。

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