第24話:始まりはいつも突然に


《幸福》


『幸福』とは、心が満ち足りていること。

『幸せ』とも言われる。

 人間は古来より、幸福になるための方法に深い関心を寄せて来た。


  そんな『幸福』を、あなたはどんな時に感じるのだろうか?

 お腹いっぱいになるまで好きな物を食べた時?

 気のおけない友達と、楽しく遊んでる時?

 一人、自分の好きなことに没頭している時?


 俺も前までは、それが中心の生活を送ってたよ。

 それが、前までの唯一の楽しみだったし。


 でも、今は違う。

 この世で一番、大切な人を見つけたから。


 俺にとっての『幸福』は、その人と居られることだった。

 一緒に居られるだけで、十分すぎるほど幸せだった。

 その人がいてくれるだけで、俺は生きていけた。


 それなのにこの世界は、俺からその人を奪おうとする。

 俺から、光を盗み取ろうとする。


 させるか。

 そんな事、絶対させない。




 俺はこの光を、絶対に手離さない。






 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






 それは、いつもとなんら変わらない日常のうちの一コマのように思える日。


 俺は当たり前のように、太陽が完全に昇りきってから目が醒める。


「………ん…。ん?」


 春の心地よい空気を吸い込み目を開くと、目の前に広がるのは天使の顔。


「なんだ?

 めぐみんも一緒に寝ちまったのか?」


 ……ではなく、俺の愛しい彼女、めぐみんの顔である。


 一緒に寝た日はこういう光景も珍しくは無いのだが、昨日は違う。

 昨日はそれぞれの部屋で寝たはずだ。


 ……ということは、まあそういうことだ。

 おそらく俺を起こしに来た時に、つられて一緒に寝てしまったのだろう。


 俺の彼女はたまにこういうとこあるよな。

 まあ、そこが可愛いんだけど。


 そんな事を考えながら、俺は目の前にある頭を撫でてやる。


 見惚れてしまうぐらいに綺麗で艶やかな黒髪に指を入れ、髪の冷ややかさとめぐみんの温もりを感じ取る。


 めぐみんの髪、凄くサラサラしてる。

 それに、やっぱりいい匂いするんだよなぁ。

 ずっと撫でてたい。


 そんな事を思いながらしばらく撫でていると、めぐみんの顔が緩んでくる。

 寝ていても触れられているのが分かるのだろうか?


「………ん…。…カズ……マ……」


「はいはいカズマですよ」


 夢でも見てるのか、寝言を言っているめぐみん。


 でもそこで出てくるのが俺の名前って…

 嬉しいけど……、凄く恥ずかしいです。

 夢に出てくるってことは、それだけ思って貰えてるって事だもんな。

 凄く嬉しいけど、やっぱり凄く恥ずかしいです。


 でも、一体どんな夢を見てるんだ?


 俺がそんな、知るすべもない疑問を抱いていると……


「………んんっ……。

 ダメ………ですよ……カズマ…

 そんな……まだ……早い……です」


 …………………。


 どんな夢見てんだよめぐみんさん!

 なにその今すぐ飛びつきたくなる反応!

 え?なに?

 もしかして、めぐみんの夢の中での俺は、既に俺よりよっぽど大人なの⁉︎

 こっちの俺を差し置いて、めぐみんと布団の上で大人のプロレスしちゃってんの⁉︎


 ずるい、ずるすぎる!

 こちとら未だ、キスまでしかした事ないんだぞ⁉︎

 キスするたびにもっといろんな事したいって思うのに、『もっとムードを大切にしてください』って受け流されてさぁ!

 ずっとお預けなんだよ!

 エサが目の前にあるのに、頭を撫でて貰えるだけで食べさせて貰えない犬みたいな気持ちなんだよ!


 …………くっそ!

 このままじゃダメだ!

 なんとか発想を転換させて、プラスの方へ持っていくんだ!


 ……だったら、こう考えれば良いんじゃないか?


 夢ってのは、元の世界でもちゃんとは解明されていないが、いろんな説がある。


 それは前世の記憶なんだ、だとか。

 いずれくるかもしれない未来の予知、だとか。

 肉体から抜け出した魂が実際に見た出来事、だとか。

 神のお告げだ、とか………


 こんなふうに、いろんな説がある。


 だがしかし、俺の知っている夢についての説は、もう一つある。


 それは、

『夢は、自分の欲望の表れだ』

 という説。


 こう考えれば、もの凄い事ではないだろうか?

 この前一緒にデートに行った時には目力に押されて最後まで言えなかったが、めぐみんの心の奥深くでは、そういう事を望んでいるのかもしれない。


 ………ヤバイ。

 そう考えたら、凄く興奮して来た。

 カズマさんのカズマさんが、少しづつそそり立ち始めて来た。


 そんな俺にめぐみんは、


「……んぁ………

 ダメ……ですって………

 そんな………とこ………」


 さらに追い討ちをかけてくる。






 どんどん色っぽく、扇情的になっていくめぐみんの寝言を、俺は30分ほど聞き続けていた。






 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






「バカですか?

 カズマは本当は、バカなのですか?」


「…………すいません」


 今現在俺は、リビングで顔を真っ赤にしながら怒っているめぐみんの前で正座しています。


 なんでそんな事になってるのかって?


 ………だってそりゃあ。

 俺は、男の子だからさ……


 女の子にさ?

 しかも自分の彼女で、とびきり可愛い子にさ?

 目の前でさ?

 あんな事言われ続けたらさ?

 男の子なら誰でも、一歩踏み出して見たくならない?

 なるよね?


 ならなかった奴は、男じゃねえよ。

 チ○コ取って女になっちまえ。


「………カズマ。

 ちゃんと反省してますか?」


「はっ、はい!してます、してるからそんな目で見ないで!」


 こ、怖えよめぐみんさん。

 そんなに目を輝かせないで!


 めぐみんに怒られたので、ちゃんと説明します。


 僕は、あの後めぐみんの寝言をずっと聞いてました。

 30分ぐらい聞き続けてました。

 すると、体が熱くなって来ました。

 聞き続けていたせいで、めぐみんにお触りしたくなったのです。

 意を決して触ろうとしたら、ちょうどタイミングを見計らったかのように、めぐみんが起きました。

 夢の内容を覚えてたのか、起きたら僕の行動を即座に理解し、みんなのいるリビングで正座させられました。

 そして、今怒られています。

 僕を怒っているめぐみんの顔は、凄く赤いです。

 ですが、おそらく今めぐみんの顔が赤いのは、怒りの感情だけが理由ではないと思います。

 そんな彼女は、凄く可愛いと思います。


 これで、先程から今までの、説明を終わります。


「……はぁ。

 今回は未遂という事でもう許しますが、次からは寝込みを襲おうなんて思っちゃダメですからね?次は絶対に許しませんからね?」


「………はい」


「では、昼食を食べましょうか」


「………はい」


 俺はめぐみんの問いかけに返事をして、立ち上がりテーブルに向かう。


「なに?もうお叱りの時間は終わったのかしら?」


 ダクネスが運んでくる昼食をつまみ食いしているアクアが、椅子に腰かけた俺に聞いてくる。


「ああ、終わったよ」


 それに続いて昼食を全て運び終えたダクネスも、椅子に腰かける。


「めぐみんはこんな彼氏を貰って羨まし……いや、大変だな」


 こいつ今なんて言おうとした?


「ええ、全くですよ」


 俺の隣に座るめぐみんが、そう答える。


「……すいません」


 本当にごめんなさい。

 今回は俺が悪かったです。

 弁解のしようがありません。


 そう、謝罪の意を心の中で述べる。


 すると……


「それでも、大好きなんですけどね」


 そんな事を言いながら、うつむく俺の顔を覗き込む。


 天使!

 どんな事があっても俺を見放さない、天使がここにいる!

 よし決めた。

 俺もう一生この天使に導かれて生きていくわ。


「もー、二人ったらラブラブねー!

 ……あれ?デジャブかしら?」


「うむ、羨ましいぞ。私もいつかは、そんな相手が欲しいものだ。

 ……ん?前にもこんな事があったような」


 うん。

 あったな前にもこんな感じのこと。

 俺も覚えてるよ。

 お前らの言葉もほとんど一緒だよ。


「まあまあそんな事は置いといて、今は昼食を食べましょう。早く食べないと、せっかくの料理が冷めてしまいますよ」


「そうだな。

 今日の料理には自信があるんだ。

 なにせ、筋トレで家に帰ってる時にメイドたちに料理も教わって来たからな」


「そうか、それは楽しみだな。

 そこまでしたなら、ちゃんと料理スキルを使える俺の舌を楽しませてくれるんだな?」


「うっ………。

 た、多分大丈夫だ………」


 俺から目を逸らして答えるダクネス。

 それを見たアクアは……


「ダクネス安心して、大丈夫よ。

 私はお酒のおつまみになればなんでもいいから!」


 おそらく応援したかったのだろう。

 しかしそれを聞いたダクネスは…


「ううっ………」


 当たり前のごとく悔しがっていた。


 アクアに悪気はないんだろうが、今のはキツイな。

 今の言葉の裏を返せば、『お前の料理は酒のつまみぐらいが丁度いいんだよ』みたいな感じだからな。


「元気出せってダクネス。

 まあ、食べてみたら男の俺の料理よりは、少しは美味いかもしれないだろ?」


「うぅ…………」


 こいつ、ドMのくせにこういうイジり方は普通に嫌なのな。


「カズマ、あまりダクネスをいじめないでください」


「へーい」


 めぐみん、なんだかお母さんみたいな雰囲気だな。

 絶対いいお母さんになるよ。うん。


 いや、一番年下の子がお母さんみたいな役割してる俺たちって一体……


 俺がこのパーティーの残念さを改めて思い知っていると、


「カズマさん、そろそろ食べましょうよ。

 私、そろそろお腹と背中がくっつきそうなんですけど」


「分かったって。

 じゃあ食べるか!」


 俺がそう言うとみんなが手を合わせて、


「「「「いただき……」」」」


 ピンポーン


 ……ます』と言おうとしたその瞬間に、この屋敷のインターホンが鳴らされる。


「誰よこんな時間に!

 もう12時よ⁉︎12時と言ったらお昼ご飯の時間でしょうが!」


 食事を邪魔された事にキレるアクア。


 12時って言っても夜中の12時じゃなく昼の12時だからな。

 ちょっと非常識かもしれないが、そこまで怒る事ではないと思う。


「分かった分かった。

 俺が出てくるから大人しくしててくれ」


 腹を空かして怒ってるアクアにそう伝えて、俺は玄関に向かう。


 扉を開け、顔を出すと、


「サトウカズマさんのお宅はここでよろしいでしょうか?」


 そう言ってあたかもな営業スマイルを向ける、20代半ばの屈強な男が立っていた。






 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






 先程の男は、俺たちに一通の手紙を渡して行った。

 そこから分かる通り、あの男は元の世界でいう郵便局で働いているようだ。


『なぜ屈強な男が郵便局で働いてるんだ?』と疑問に思うかもしれないが、それはこの世界では普通らしい。


 ここは異世界。

 元の世界とは違って、他の街、国に行くとなれば、整備されていない道を通る事になる。

 しかもその道中、幾多ものモンスターとも渡り合う可能性があるのだ。


 もちろん、テレポートという方法もある。

 しかし、テレポートは上級魔法。

 俺の周りにはゆんゆんやらウィズやら、テレポートを使える人はそれなりにいるが、本来はテレポートを使える人はそれ程多くないという。

 それに、いくらテレポートといっても一回で運べる量も人数も限られてくる。

 上級魔法なだけに消費する魔力も多いわけだから、それを何回も乱用するとなれば、術者にかかるお金の量も増えるだろう。


 そうなれば、一回で出来るだけ多く運びたく、なおかつ出来るだけ低コストに抑えたい送業者の人たちは、自分たちで受け取り主の元まで届けられる力のある人たちを配達者に選ぶらしい。


 と、一通りこの世界の郵便局についての説明を終えたところで、渡された手紙を受け取り主へ渡す。


「おい、めぐみん。

 この手紙、お前にだってよ」


「私に、ですか?」


 そういっためぐみんは、俺から手紙を受け取る。


「ふむ、送り主は……私のお父さんですね。

 しかし、送急便ですか。

 月末の近状報告というわけでもないですし、珍しいですね…」


 そう呟きながら、めぐみんは封筒を開けて中身を取り出す。

 中には、一枚の紙が入っていた。


「えっと……」


 最初にそれだけ呟いて、文を読み始めるめぐみん。


「…………え………」


 読んでる途中に、そんな一言をこぼす。

 めぐみんの顔色は、読み進めるにつれどんどん悪くなっていく。


 家族に何かあったのだろうか?


「どうした?何かあったのか?」


「……カズマたちも、読んでください」


 そういってめぐみんは、俺たちに手紙を渡す。


 渡された手紙に目を通して見るとそこには……


『我が愛娘へ


 汝、仲間と共に次の火炎の日まで、水の聖地より地との契約を忘る事なく、早急に我が元を訪れるべし。

 我が血族は、ある災厄により滅亡の危機に至りうる。

 汝、それを救うために我の契約人と契りを交わさんとする。

 契りを交わさねば、我ら滅びゆく定めとなろう。

 我が命尽きる前に、着く事を願わん。


 父より』


 そんな事が書かれていた。


 ………うーん、わからん。

 なんていうか、さすが紅魔族だな。

 命名センスがなぜこんななのか、少し理解できた気がするよ。


 しかしわからないままでは片付かない。

 めぐみんが俺たちに読ませたのだから、何か重大な事が書かれているのだろう。


「……めぐみん、俺たちでも理解できるように説明をお願いしてもいいか?」


「…………。

 …………え?ああ、はい」


 そう伝えるとめぐみんは、俺たちに説明を始めた。


「まず一つ目は、私に『パーティーメンバーと一緒に次の火曜日までに、アルカンレティアから歩いて紅魔の里に帰ってこい』と言っているようです」


 俺たちと一緒に?

 アルカンレティアから歩いて?


 質問したいことは沢山あるが、まず一通り聞いてからにしよう。


「そして二つ目に、『私の家族は、大きな問題によって滅亡するかもしれない』と書いてあります」


 いきなりだな!

 何があったんだよめぐみんの家族!


「そして最後に、『私はそれを救うために、どこかの誰かと』と書いてあります」


 ……………え?


 意味が……分からない。

 何を……言ってるんだ?


「『婚約しなければ、いずれ私の家族は壊滅してしまうでしょう』……と」


 そう言っためぐみんは、涙を溜めて俺の胸にしがみついてくる。


「…ぐすっ…、カズマぁ……。嫌です……、嫌ですよぉ……。私は……、カズマ以外との結婚なんて……、したくないですよぉ……」


 そう、泣きながら伝えてくる。


 当たり前だ。

 俺だって、そんなの嫌だ。


 こんなに愛し合ってるのに、俺とめぐみんが別れなきゃいけない?


 他のやつの事情のせいで、めぐみんが他の男に取られる?


 そんなの、例え相手が誰だろうと許せるわけないだろうが。


「悪いめぐみん。

 ちょっとこれ、借りていくわ」


 気がつけば俺は、いつもより優しい声で頭を撫でながらそう伝えた後、その手紙を持ってあの憎たらしい悪魔の元へ走りだしていた。











 





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