第五章 遊戯 Trastullo. (4) 別の指標

 レオの弾丸が炸裂すると同時に、真横から大きな衝撃がノスフェラトゥに襲いかかる。その衝撃により、彼の今にも溶け落ちそうな体躯はいとも容易く吹っ飛んで行った。肉塊が潰れる音。


 一体なにが起こったのか分からず、ただ仰向けに寝転がっていると、視界に見知った人物が映り込んだ。


「――狂いすぎて、人語も失ったか」


 コルラードだ。彼は寝転んだまま呆然とするレオへと目線を送ったが、すぐにノスフェラトゥへと向き直る。

 レオが見たこともないような、ぞっとするほどに冷徹な眼差しだった。


「死を以て、償え」


 コルラードが握るは、細身の長剣。きらめく切っ先を痙攣しているノスフェラトゥに向ける。狙う先は喉元。ひと思いに、突いた。

 ほとばしる体液と、べたつく生臭さ。レオはそれを鼻で感じながら、言葉では説明しようのない無力感に襲われていた。


 ただ、終わった、と心から思った。緊張の糸が緩み、掌から短銃が滑り落ちる。鈍い音と共に、それは地面へと落下した。横目で見やると、短銃もまた、ノスフェラトゥの血で黒く汚れていた。


 喘鳴のノイズがひどくうるさい。


 しばらくそうしていると、顔面を血で汚したコルラードがそっと顔を覗かせた。

 だが、その表情はいつもの穏やかなものなんかではない。ぎらりと輝く眼光は捕食者そのものだ。そこでレオは、ようやく自分が血を流していたことを思い出す。


 しかし、決して怖くなかった。

 コルラードはそんな彼をしばらく眺めていたが、おもむろにレオの双肩に手をやった。破れた上着から見える皮膚は、既に塞がっている。


 脂汗の浮いた額に唇を寄せ、カルナーレの血の臭いに酔うコルラードが恍惚の入り混じった声を絞り出した。


「君には荷が重かったろう」


 彼もまた、『血狂い』の出で立ちには覚えがあったのだ。

 コルラードはそっとレオの身体を抱き起こす。そして、まるで子供に対してそうするように、優しく抱きしめた。


「泣いていい」


 この時ようやく、レオは自分が泣いていることに気が付いた。自覚したら最後、涙は溢れて止まらなくなった。見られたくなくて、コルラードの鎖骨に額を擦り付けると、頭上から優しい言葉が降ってくる。


「あれは、今まで君が生きる指標にしていた人なんだろう。そりゃあ、贋者でも嫌だよなぁ」


 大丈夫か、とコルラードが尋ねると、レオは顔を伏せたまま首を縦に動かす。


「もう、この世には目標となる人も追いかける獲物もいない。君は耐えられる?」


 再び、レオは頷く。ざりざりと前髪の生え際がコルラードの冷えた首筋を擦る。


「――別の指標を、見つけたから」


 そして、ゆっくりと嗚咽交じりに言い放った。


「もう少し、このままでいてもいいか……?」


 その言葉から、コルラードは何かを感じ取ったらしく、それ以上なにも言おうとはしなかった。

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