第九章 クリスタルに選ばれし者達(水晶時代前期:紀元前1200年頃)

 前章で魔族はアメリカ大陸の開拓を進め、文字と金属を得た。文字は口伝や絵画に頼らない正確な知識の蓄積を可能とし、金属は農具に使用され生産性を大きく上昇させた。

 富が生まれれば格差が生まれる。それは魔族も例外ではない。紀元前1200年頃、水晶球を手に入れた魔族には治める者と収められる者が生まれた。集落を超えた国家の誕生である。

 既に何度か書いたが、魔法的に優れた球体の条件は「真球である」「巨大である」そして「透明である」事だ。紀元前1200年頃に三つ目の条件に気付いた魔族は、早速進歩した加工技術で水晶を球体に加工した。水晶時代の始まりである。

 透明度の高い水晶を使った球体はそれまでとは比較にならないほど魔法効率を向上させた。響打数は8響打から一気に30響打にまで跳ね上がった。6響打と8響打の差で文明の興亡が決定づけられた事を考えれば途方もない革命である。

 ところがこの革命は魔族の豊かさにあまり寄与しなかった。それは水晶の希少さに起因する。

 一口に水晶と言っても様々な種類がある。濁っている物や色付きのものが大半であり「透明」と言える上質な水晶は貴重であった。産地は限られ、その産地を確保した一族は栄えたが、確保に失敗した一族は大きく遅れをとった。水晶産地を所有する一族は神にも等しかった。石球魔法を遥かに凌駕する強大な魔法を操り、水晶の産出を管理統制する事で大きな富を得た。魔族はたびたび水晶産地の権益を巡り戦争を起こしたが、水晶球魔法は強大であり、挑戦者が勝利する事は滅多になかった。権力と富の源である水晶は一部の王族によって厳重に管理され、大衆に出回る事はなかったのである。王族は水晶産地(大抵は洞窟)を中心に国を作り治めた。臣下への報奨には小さな水晶球か色付き水晶球が使われた。


 水晶球魔法は強大であったが響打が難しかった。従来の約4倍の回数球体を「打つ」必要があり、正確なリズム・角度・強弱で「打つ」には熟練か才能を要した。

 また、響打法の開発も難しかった。球体は漫然と打っても無駄に魔力が変換されただ単に光るだけである。はっきりとした魔法現象を起こしたければ特定の規則で打たなければならない。

 プログラミングに例えるなら、ごく短いプログラムならば当てずっぽうな組み合わせでも組み上がらない事もないが、長いプログラムの作成にはしっかりと法則を理解する必要があるのだ。30響打は当てずっぽうで魔法を発動させられる響打数ではない。水晶産地を支配した王族は30響打という長い響打数を十分に生かした響打数の魔法を行使した。つまり何かしらの響打の法則を見つけ出し、それに基づいて響打法(魔法)を作り上げた聡明な者達だったのである。

 30響打の魔法は秘伝とされ、記される事はなく、王族の間で代々口伝された。口伝される魔法は二、三種類であった。平民は生涯水晶球を手に入れる事はなく、仮に手に入れたとしてもその性能を十全に生かした魔法を使う事はできなかった。


 水晶球はあくまでも王族の象徴であり、ハートストーンは変わりなく街の中心であり続けた。王族が住む首都の中心には直径40~50cm程度の大きな水晶球が置かれたが、従属した都市郡にはそれぞれ従来通り巨大石球が置かれた。

 当時最も強大な勢力を誇った国は現在の北アメリカ大陸、アーカンソー州ホットスプリングにあった。名を「レン晶国」といい、総人口は40万人前後であったとされる。同年代の各地の遺跡の人口200~3万人であり、レン晶国の規模は破格である。ホットスプリングは透明度が非常に高い良質な水晶が採取でき、首都には他の国家と比べて飛び抜けて巨大な直径1mを超える水晶製ハートストーンが安置されていた。現在このハートストーンは破壊され遺失しているが、数少ない資料から推定された響打可能数は34回。紛れもなく同年代最大である。これを超える響打数の球体登場には水晶時代の終わりまで待たなければならない。


 国家という枠組みができ、交易は以前にも増して盛んになった。特に高値で取引されたのは真珠と水晶を含む各種宝石である。

 真珠は天然の球体であり、ブルーツ波を吸収しやすい白色である。小さ過ぎるため球体魔法には向かないが「最初から球体である」という点が魔族に神秘性を感じさせ、実利以上の値をつけさせた。水晶産地が栄えた時代としては例外的に真珠貝が採れる沿岸も交易都市として繁栄した。大粒の真珠は時にマンモス一頭と取引された。

 真珠以外に出回った宝石は主に透明度の高いものに限られ、特に水晶は意図的に細かく砕かれた。屑水晶以外が出回る事はなく、水晶球の普及は妨げられた。


 円月教の原型が出来上がったのも水晶時代である。

 王族は水晶球魔法という誰の目にも分かりやすい絶大な力と権威の象徴を持っており、それは古来からの月崇拝と融合していった。王族は神格化され、彼らは月からやってきて、月へ帰るのだと信じられた。月神達の名の大多数はこの頃の王族との符号が見られる。例えば円月教の主神、満月神レナはレン晶国の王族レン一族に発音が近しく、その紋章にも相似が多い。なお円月教の名誉のために断っておくが、これは考古学会が当時の王族と月神の類似性を指摘しただけであり、月神が当時の王族に響打法を授け、名を貸し与えたのだという教会の公式見解を否定するものではない。

 王族の葬儀は必ず満月の晩に行われ、ハートストーンの地下に掘られた墓地に埋葬された。現代魔族も国葬の栄誉を受けた者はハートストーンの下に埋葬される。


 次の章では、水晶国家群の更なる発展と末期の陰りについて見ていこう。

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