第35話箱庭物語

 アプリコットは仕えている神魔へ連絡を取る。


 使徒が持つ権能チカラのお陰で異世界に居ても神魔の気配を辿れるので、此方の居場所を教えて探知を容易にさせておく。


 神魔は基本的に友人兼補佐でもある使徒の頼みを良く聞いてくれる。


 神魔違いの使徒なら渋る事もあるが、相手の神魔とは軋轢を起こさないように相談するので、神魔や使徒同士の仲が悪いと言う事はない。


 唯一神を護るのが全ての神魔と使徒の最優先事項なのである。


 原初の世界に居る唯一神の外敵は、別世界の唯一神とも言われる超越者。



 例えを出すなら、反重力発生装置によって個人的に生み出す宇宙に置いて、その管理者は唯一神となるが、その管理者の親や兄弟は部外者であり、管理者の制限を受け付けない存在となる。


 また哲学的考察で言うなら、人間一人が自我を補完する為に必ず持つ精神世界、自分だけの現実、他人と違う感性で自分の思うがままの世界、呼び名は様々だが、そこにその人以外の超越者は居ないに等しい。


 その人の家族以外は精神世界において絶対服従だからだ。


 必然的に外敵は家族や友人となる。



 敵から身を守るには自衛するしかない。


 それが出来ないなら自分の権限そのものを受肉させた存在に、自動で守って貰うように外注しておく。


 それが神魔の原型であり、その原型に付き従うのが使徒の始まりだ。


 記録神が持つ最古の記録なので、何処までが本当なのかは確かめられない。


 世界が終わると同時に唯一神の眼が覚めるなら夢落ち、無そのものなら全宇宙の消滅という演算結果と思考実験が出した結論だ。


 唯一神に聞けば解るが、どちらにしても余り良い結果ではない。


 夢落ちなら神魔と使徒を含めた全てが止まる。


 消滅ならそれまで、二度と再起動する事なく消えていく。


 止まると言う事は動いていない事であり、死んでもいない状態なので再起動する可能性はある。



 外敵を迎え撃つのは唯一神の使徒か破壊神の使徒だ。


 その次に創造神と破壊神が立ち塞がる。


 故に戦闘経験がずば抜けているので、唯一神と破壊神の使徒はとても強い。



 オールが渡したオールマイティー・ウェポンは、主に外敵を倒す確率向上のため、戦力の底上げとして使徒に配られている。


 だが、武器や武術に秀でた存在はやはり破壊神の使徒が多いので、保持者は否応なく破壊神の使徒と連携しなければならない。


 破壊神の使徒は能力が使えなくても強いから能力と組み合わせて戦われると、使徒によっては着いていくだけで精一杯なのである。


 どう考えても、唯一神の使徒と連携した方が効率的に動けるのだが、唯一神の使徒はそれを望んでは居ないから、ウェポンに選ばせているのだ。


 武器が使い手を選ぶなんて使徒にとっては当たり前である。


 だから選ばれなかったとしても憤慨はあまりしない。


 何よりも唯一神の使徒は、自分達の情報を隠して措きたいから、なんて本音は聞かせられないのだ。


 オールとライトの私闘を境に、使徒同士でも情報の秘匿性が再認識された。


 手の内を隠したまま、相手と腹の探り合いが今では基本となっている。


 それでも険悪な関係ではない。


 使徒同士の争いほど無意味なモノはないのだ。


 戦力の削り合いをしている内に、唯一神が追い詰められて行くので、内輪揉めするくらいなら協力して、外敵を駆逐した方が有意義である。



 しかし、それは神魔違いにおいて使徒同士での争いに限る。


 同じ神魔の使徒同士の喧嘩は問題無い。


 どちらかが折れればいいのであって、見ている分は楽しく、まさに人の不幸は蜜の味なのである。


 そんな訳で召喚して頂いたのだが、先方は少佐にサインを貰うのに忙しいとお断りされてしまった。


 一体少佐とは誰の事なのだろう。


 気になるたが詮索出来ない。


 記録神による検索エンジンへのプロテクトが掛けられていた。


 一応、使徒なので突破する事も可能だが、不機嫌になられると面倒臭いので止めておく。


 決して相方の意思神に気が済むまで小言を言うから、意思神に配慮した訳では無い。


 代わりに忍者が寄越された。


「俺の学園ライフのフラグが折れただと?」


「ようこそ仮想人生の墓場へ」


 黒い忍装束からモブキャラの衣装に早着替えする忍者。


「リコか、何か用なの?」


 脳裏で忍者の情報を開示すると、どうやら学生生活を送ろうとしていたようだ。


 運の悪い事に前世の恋人を置いてきぼりにしてしまったので、早目に帰りたいのだと思われる。


「ウェザーさんの恋人に伝言を頼みたいのです」


「世界は分かっているんだろうけど、わざわざ呼び出す辺り非常に潜入が難しいのか?」


 使徒にも得手不得手があるのは、此方が良く理解している。


「少佐のサインがどうとか仰っておられました」


「はぁ、好きにさせておけばいい。伝言の内容は?」


 胡散臭げな顔で顔をしかめ、言外につまんねー伝言だったら呼ぶなよとばかりに促す。


「裸を見られました」


「兄さんに宜しく伝えてくれ」


 次元の裂目に入ろうとする忍者の肩を掴む。


「どうして帰るのですか?」


「兄さんに浮気する度胸は無い。分かったら離してくれ」


 アプリコットは離さない。


「使徒同士の頼みを聞かないなら、規則違反により罰則が適用されます」


 規則において記録神の使徒は従順に全うする。


 しかし、伝言の内容は実に下らないのでこの場合は守らなくても構わない。


 罰則もチカラの制限が短時間なので気にするほどでもないのだ。


「規則とは破るためにある」


 都知事と同じ名前の刑事さんも言っていた。


「適用を開始させますよ?」


「分かった分かった、とりあえず本人へ確認してみよう」


 事実無根なら罰則は適用されない。


 一先ず事実確認のために忍者である恒星スターとアプリコットは牧場へと戻る。



 というか、そこまでして破壊神の使徒が破滅するのを見たいのだろうか。


 答えはイエスである。


 使徒は大抵の異世界に渡っても強いままなので、単純作業や消化試合はもう飽きているのだ。


 使徒同士が会う事も少ないので、暇潰しや娯楽に飢えていたりする。


 全力を出す機会も少ない、事件に巻き込まれても異世界に準じた生活を送る使徒の方が圧倒的に多く、ストレスは否応なく増す。


 好き勝手に世界を掻き回すのは破壊神の使徒くらいなものだ。


 仕事の一環とはいえ、短時間で国を土台から潰していくのは正直やり過ぎなのだが、創造神の使徒すら文句を言わないので他の皆は黙るしか無い。



天候ウェザー兄さん、久しぶり」


 恒星を見て天候はリュックから取り出した卵を幾つか渡す。


「久しぶりだね。今忙しいからそれを家で料理しつつ、アプリコットの相手して待っていてね」


 ついでにサブリミナルと意識誘導を発動させ、邪魔にならないように家へ向かわせる。


 恒星は天候の超能力を察知していたが、逆らう理由と度胸も無いので天候の家へと向かう。


 アプリコットは使徒として実力不足なので、兄弟間の暗黙の了解には口を挟まずにおく。


「目玉焼きにするか」


「卵焼きを作ります」


 家へと向かう二人を見て、天候は黒く微笑む。


「食べ物で釣れるなんてチョロい」


 彩が来ても同じように邪魔されない程度にあしらう。


 家に向かわないなら手出し無用で、観察しておくように言うだけである。



 仕事を片付けて家に入ると二人の言い争いが聞こえてきた。


 どうやらマヨネーズとケチャップのどちらをかけるかの戦争である。


 ケチャップは残り少ないのでマヨネーズが優勢だった。


 ケチャップ将軍がマヨネーズ大佐に闇討ちされそうである。


 仕方ないので第三勢力として武力介入を行う。


 此方は醤油だ。


 マヨネーズ戦争に外交で和睦交渉していく。


 具体的にはマヨネーズがかかった上から醤油を問答無用でかけていくのだ。


「食べ物で遊んでないで食べようか」


 鶴の一声で二人は渋々食べ始めた。



 食器を洗って一段落すると、リビングの椅子に腰掛ける。


 恒星にも事情を話しておく。


「私の裸を見ましたよね?」


「それが何かな。別に見たくて脱がした訳ではないよ」


 開き直りとも取れる正論を言う。


「謝って下さい」


「ああ、そう言えば謝って無かったね」


 アプリコットの目の前に、床へ正座して三つ指ついて額を擦り付ける土下座を、躊躇いなく実行する。


「……誠意が足りませんね。もっと頭を低くして」


 徐に天候の頭を踏みつける。


 お仕着せのスカート部分は膝下までしかないので、中身を見られたかもしれない。


 それ以前に下着すら脱がされているので、忘れられない羞恥となっている。


「帰っていいかな?」


 蚊帳の外である恒星が思わず本音を口に出す。


「伝言を宜しくお願いします」


「はいはい、面白可笑しく伝えておくよ」


 付き合いきれないとばかりに、逃げ出すような形で異世界に渡る恒星だった。



 翌日、天候はアプリコットを連れて町からは遠い場所にある別に所有していた牧場に案内する。


「お爺さんが残した牧場は一つや二つではないんだよ」


 アプリコットに牧場の数々を紹介して回る内に、大陸を一周してしまった。


 内陸部の秘境、孤島丸ごと、谷によって隔てられた場所、都会の近く、牧場は一つも欠ける事無くどれも機能している。


 秘密は小人と移動手段だ。


 時差も考えて動き回り、途中で山の恵みや森の恵みをリュックへ入れていく。


 リュックがいっぱいになると、自動的に出荷箱へ転送されるので制限はない。


 出荷箱の容量は大きく、また出荷箱から出荷箱への並列転送も出来るから問題はない。


 小人と各自宅への補充も別にしている。


 だからお金には困らない。


「ただ、最近は人付き合いが疎遠になってきたんだよね」


「明らかにオーバーワークかと。雇用してみては?」


 アプリコットが呆れてしまうくらい、天候の仕事量は膨大だ。


「人付き合いが疎遠なので、信用ある人物がいないんだよ」


 海辺で魚を超能力によっての釣り作業を中断して、天候は落ち込んだように言う。


「分身は?」


「東洋の神秘なら既にやっている場所があるね」


 しばらく考え込むアプリコット、天候が釣りを再開させる。


「そんな訳なので、暇そうな使徒に声を掛けてくれないかな?」


「わかりました」


 すぐさま脳裏にて活動可能な使徒を検索すると、自分を含めて五人いた。


「私を含めて五人いました。召喚するのでご指導宜しくお願いしますね」


 記録神と意思神の召喚、またはその使徒の召喚は半強制的なのでお断りが難しい。


 何故なら戦闘が苦手だから争いに巻き込まれたら、戦闘が得意な使徒を喚ぶ方が圧倒的に早く片付く為だ。


 もし、自身が動くような場合には戦闘そのものを抜き出して、トレースしながら改良するので反則的に強くなれる。


 しかしながら、借り物なので自分が強くなったりはしない。


 だから異世界で職につくと内政関係の仕事を主に行うのだ。



 こうして天候の指導により、各地の牧場は更に発展していった。






 恒星は彩が居る世界で、接触すると伝言を伝える。


「ふーん。それよりもマテバの護衛よ」


カラーお義姉さん、セガールさんが天然オイルを持っているぞ」


「何、マテバの護衛宜しく。私はセガールが少佐に怒られる場面を見に行くから」


 そんなこんなで彩に振り回され、元居た世界に帰るのが遅れてしまう。

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