第32話最高の使い魔

 魔法使いの使い魔といえば、猫や梟が思い浮かぶ。童話の魔女なら猫が多く、魔法使いなら、ある小説で梟を飼っていた主人公がいて、鼠よりも梟が目立ったからだ。

 さて、魔法使いに適した使い魔を選ぶ場合、竜か人間となる。竜は説明するまでもなく強い。だが、なぜ人間が選ばれるのか?

 人間は魔法使いと同じ種族なので、意志疎通がしやすい。また、武器を扱えるので、練度が高いと汎用性も高くなる。それに、人間の身体能力と所持する武器次第だが、竜を狩る事も不可能ではない。

 なので、突出した強さなら竜等のモンスター、汎用性の高さなら人間となる。

 人間に近しい亜人なら、エルフやドワーフ等でも可能だ。しかし、意志疎通がしやすい使い魔としてなら、魔法使いと同じ種族の方が良い。

 ただし、異世界人ではなく現地人ならもっと良い。

 異世界人とその世界の魔法使いとは、言語からして違うものの、亜人でもないから余計にコミュニケーションが取りづらいのだ。

 魔法使いが取り立てて平凡なら、竜種や幻獣種を選ぶ事でバランスが取れる。

 格闘が強い魔法使いなら、遠距離攻撃が得意なエルフ。

 遠距離タイプの魔法使いなら、人間。ないしは、人型のモンスターを使い魔に選ぶと良い。

 遠距離タイプの魔法使いとエルフのコンビも、悪くはないが持久戦には向かない。

 近距離タイプの魔法使いとドワーフのコンビもそう。

 弱点が判っている場合は、何人かと組む事で補う事も出来る。

 要は魔法使いと騎士、また戦士と組むに辺り、相性が良いのと同じ理屈だ。

 逆に、僧侶と組む魔法使いは決定力に欠ける。


 騎士団と同じように、魔法使いによる集団や弓兵の部隊と、専門職ごとに団体は存在する。

 それらが結束していれば強力な軍隊となるものだ。

 しかしながら、現場では圧倒的に兵士が多く、それらを束ねるのは騎士団なので、必然的に騎士団の派閥は大きくなる。

 派閥が大きいと、体裁や面子も気にしなければならないので、態度が大きくなったりしてしまう。

 魔法使いの部隊に友人がいる騎士も、不遜な態度を取ってばかりいると、その友人との間に軋轢や溝を作ってしまうこととなる。

 だから人間だけの軍隊は何かと問題を抱えたまま、戦場での連携を余儀なくされてしまう。

 ただし、これらは亜人だけの軍隊でも、人間と対して変わらない。

 いや、種族の格差や生活習慣の違いにより、人間よりも兵站を圧迫するかもしれない。


 では、人類が衰退し、亜人達が入り交じった国が、各地に出来るとどうなるのか?

 軍隊では、騎馬の代わりに半人半馬のケンタウロス、その背にクロスボウを構えたドワーフやエルフ。ケンタウロスの代わりにグリフォン、コカトリス、ヒポグリフ、ペガサス、ユニコーン、ガーゴイル、ゴーレム、マンティコア等でも機動力はあり、騎兵として用いれば中々強い。

 トロール、オーガ、オーク、ギガース、ジャイアント、サイクロプス、ミノタウロス、エント、スプリガン等の獣人や巨人種からなる重騎士を、ワイバーン、ワーム、ドラゴン、ケルベロス、キメラ、サーペント、ヒドラ等の巨大な幻獣種に乗せた超原始的な戦車が作れる。

 重竜騎士とも、脳筋機甲部隊とも呼べるが、空飛ぶ戦車は航空機にもなれるだろう。

 輸送手段としてドラゴン達に、コボルト、ゴブリン、ホビット、グレムリン、レッドキャップ、ケット・シー、インプ、ウィル・オ・ウィスプ、スパンキー、カーバンクル、ウェンディゴ、スライム、マンドレイク等の妖魔や小型モンスターを乗せてしまえば、自動車化モドキな歩兵的な運用も可能だ。

 士気を上げたければニンフ、スキュラ、メデューサ、ゴーゴン、エキドナ、ラミア、ワーウルフ、ハーピー、アラクネ、ウンディーネ、サラマンダー、シルフ、ノーム、ドライアド、サキュバス、デーモン、エンジェル等の美人な連中を指揮官にすれば、部下も男を魅せようと必死になる。

 更に人間の使っていた銃器を、種族ごとに合わせたカスタマイズを施していけば、効率的なライフルマンにもなれるだろう。

 問題は種族ごとの風習や習慣、その認識度にある。

 種族や文化の違いによる軋轢を減らしていけば、種族の垣根を越えた連携が可能だ。


 集団行動の最小単位が二人一組、魔法使いとその使い魔となる。

 中でも獣人の魔法使いと龍人の使い魔は、汎用性と火力を兼ね備えたコンビになれるだろう。

 ただし、獣人は動物の種族だけ細分化され、龍人も龍の種族だけ細分化されるので、組み合わせの数は膨大になり、最良のコンビを選定するのは難しい。

 獣人と昆虫人の種族がコンビを組むと、更に難易度は上がる。昆虫という種族は百万以上にも上り、その能力を受け継いだ昆虫人族は、個体数は少ないながらも、百万以上のバリエーションを持つからである。

 獅子の獣人と、ゴキブリの能力を持つ昆虫人のコンビなら、威圧と素早さで一方的な攻撃も可能だ。

 そこに次の最小単位である三人一組の場合に、龍人も加えれば物理でのごり押しにて、相手に魔法を使わせないような立ち回りもできる。


 二人一組の基本として、魔法使いは使い魔を持つ。

 研究が進み、使い魔召喚の儀式によって、より強い使い魔を異世界から呼び出すシステムが確立すると、最狂の使い魔を連れたハイエルフの少女が現れた。

 学校では特に畏れられるが、何故か唐突に休学してしまい、なかば生ける伝説となってしまう。


 憶測や推測が飛び交い、曰く、使い魔に斬り殺された。曰く、使い魔と駆け落ちしたのだろう。曰く、神話の世界に閉じ込められている。

 しかしながら、どれも証拠や確証は無い。



 転位した後、この世界の魔王にまで登り詰めたマリオンは、執務の息抜きがてら、異世界で魔王をしていたカナタと斬り結ぶ。

 高弟の一人とはいえ、修行を投げ出した訳では無い。弟子の中で自分を敢えて孤立させ、他の弟子達と距離を置き、手の内を隠すように立ち回っているのだ。

 しかしながら一人で鍛練しても、創意工夫の余地はほとんど無い。

「マリオン様、宜しいので?」

「ナデシコが心配する必要はない。仮に不満が出ようとも、カナタに押し付けるなり、私達が協力すれば鎮圧は容易い」

「それは、そうですが……」

 そこでカナタを挑発して、考案した魔法の被験者になって貰う。カナタが勝ったら川と海の一部を譲渡し、負けたら教師の他に、魔王軍の大将の座に着いて貰うのだ。

「蓮、鮭が安く手に入るわよ」

「捕らぬ狸の皮算用だが、勝てるかい?」

「勝ってみせるわ。私だってただ遊んでいた訳じゃないからね!」

 訓練場にて二人は対峙し、蓮とナデシコが観客の兵士達に向けて実況する。

「さぁー、始まりました! この国の魔王対異界の魔王という、滅多に見られない勝負!」

「実況はカナタさんの使い魔である蓮君。解説はメイドのナデシコでお送りします」

 マリオンが持つ剣の見た目はショートソードだが、その剣身は半分ほどが透明なので、実際はロングソード並みの長さを持つ。

 対するカナタが振るうドスは、元は日本刀なので切れ味が鋭い。

 相手の想定している間合いすら欺瞞する剣は、魔法使いの杖としても機能するため、魔法剣士にもジョブ・チェンジが可能だ。

「おっと、ここでオッズが出ました。マリオン閣下が八割、カナタ閣下に二割と、かなり差がありますねー! アウェー感半端ないッス!」

「魔王同士の勝敗を賭けにするなんて、平兵士達の懐具合はだいぶ余裕があるみたいですね。マリオン様と相談して給金カットしますか」

「ちょっ、ナデシコ。観客が逃げるような発言はしないで!?」

 しかし、それはカナタのドスに付属する、鞘にも同様の機能があった。ドスそのものは切れ味による物理攻撃のみだが、その鞘は切れ味鋭いドスを包むので、非常に頑丈に造られている。また、多少手荒に扱っても折れない為、鞘を杖代わりにしているのだ。

 ドスの鞘は見た目からして木の棒とはいえ、剣の有段者や実力者が振るえば、ナマクラ刀よりも危険極まりない。

 二刀流は握力が通常の半分ほどとなり、一振りの剣を両手で握るよりも打ち込みが甘くなりがちとなる。が、その反面で、両手で持つよりも間合いが広くなり、手首が自由になるので、稼働域も広まる。また、両手に得物を持つので、手数で攻めるも良し。片方を防御に使い、もう片方で確実に斬りつけるという戦い方もある。

「おおっと、カナタが二刀流で攻める!」

「西洋の二刀流と東洋の二刀流は、扱い方からして違いますが、カナタさんは上手い具合にミックスさせていますね」

 カナタは鞘で護剣術を行い、相手の剣筋に逆らわず受け流し、その剣閃を逸らしつつ虚空へ殴り書き、魔術を起動させていく。

 だが、マリオンも黙っていない。

 魔力で干渉し、魔術陣の部分的書き替えにて、カナタの魔術を破綻させてしまう。

「魔力の放出と操作による魔術、魔法への干渉! ずいぶんと芸が細かいですねー!」

「マリオン様は師匠様からも、一目置かれた魔法使いです。これぐらいは朝飯前でしょう」

 そのまま書き替えた魔術に、使われている魔力を流用して無属性の魔弾を放つ。

 しかし、魔弾はドスによって切り裂かれ、後方にて霧散してしまった。

「魔法を斬ったー!?」

「破魔ではなく魔法剣ですかね。破魔を纏うには相当な技量が必要と聞いていますし」

「無属性の魔力を纏ませ、ドスの切れ味に任せた魔法斬りですか。それでも魔法使いにとっては、自慢の魔法が斬られるなんて嫌な手段ですよ?」

「まぁ、魔法使いは後衛ですから、格闘や剣撃に晒される前衛へと出張るのは、本来の役割とずいぶんかけ離れてしまいます。常に強化魔法で味方を補佐するか、火力支援にて前線に弾幕を張るか、結界で陣地を守るか。そのどれかが主な仕事です。魔法使い同士の決闘とか、近隣住民の迷惑以外の何物でもありませんよ」

「しかし、異世界ではよくある事ですが?」

「派手だから衆目を集めやすいですし、ギルドや冒険者個人の実力を周りに知らしめるのに、手っ取り早いからです。人伝の噂ほど尾鰭背鰭が付きますが、印象操作による情報戦で、より誇張する事によって宣伝効果も見込まれます」

「なるほどー。そうなると、わざとスパイに諜報させているんですね!」

「頭が回るギルドなら、情報収集も兼ねてますが、そうでないギルドは、ただ情報の垂れ流しです」

「ここで両者共にエリア魔法! マリオンは周辺の地形を覆う、広範囲型のエリア魔法で、虚空よりカナタへ向けた、魔弾のランダム・ファイア! 三百六十度、上下も含めた全方位からの苛烈な攻撃! 徹底的な面による攻撃です!」

「エリア魔法は魔力の燃費が最悪です。しかもマリオン様の使っているのは、集団戦用であって、個人戦用ではありませんね」

「対するカナタは局所的なエリア魔法! 自分が纏うオーラ分、周りをエリア魔法で被っていますね! 対照的に点と線による局地戦での一点突破だ!」

「燃費面を改善したエリア魔法ですね。自身の動作を底上げし、素早さによる的確な攻撃と絶対的な回避で、相手の攻撃は当たらず、此方の攻撃は相手の動きが鈍った瞬間を突く。個人戦用としては申し分無しでありながら、集団戦用としても使えますね」

「防御して足が鈍るなんて愚は犯さない! 速い速い! 魔弾の隙間を縫うように動いています!」

「蓮君の動体視力もチート臭いですねー。私には残像しか見えません……」

 相手よりも素早く動ける、それは非常に有利と言えよう。だが、どんなに素早く動けたとしても、それはあくまで重心移動によるものだ。

 例えば周りを火の海で囲まれてしまえば、熱伝導以上に素早く動ける訳ではないので、火傷は負ってしまう。熱さに身を強張らせていると焼死も有り得る。

「マリオンを目前にして、カナタの動きが止まったー!」

「おそらく、薄くて見えにくい防御結界に、電気を流して感電させたのでしょう」

「物理、魔法結界に属性を付けるだけでなく、帯電させているとは! 電磁網による磁場を形成したり、砂鉄を操ればもっと怖い!」

 カナタは近づくマリオンを見て、悔しそうな表情を浮かべていたが、不意に獰猛な笑みを浮かべる。

「ここで変身魔法! 龍化形態だー! 水属性な真龍の眷族が、訓練場を沼地に変えてしまったー!」

「カナタさんやり過ぎです」

 流線型でありながら豊満な皮下脂肪を蓄えた体躯、鋭い爪、水色の鶏冠。そう、ペンギン型の龍である。

 マリオンは空中に逃れるも、カナタは飛び上がってくるので避けるしかない。

「ペンギンな龍が空を飛ぶ!」

「正確には沼の中を飛ぶように泳ぐです」

 マリオンは地形変化と相手の変貌にも、余裕をもっているかの如く涼しげに笑い、回避しつつ魔法や剣撃を打ち込んでいるが、その実は超高等技術を駆使して、計算高く戦闘を進めていた。

 皮膚や羽毛等の部位を損傷させつつ、徐々にカナタのエネルギーを消耗させていく。本来の姿の龍というだけあって、再生能力も高く、この程度のダメージはほぼダメージとも呼べない。

 だが、手に持つ剣の形状に合わせて纏っているのは、超高圧縮状態にある、虚無という魔力特性のエネルギーだ。

 その言葉通り無を司り、攻撃に使えば基本防御力を無視してダメージを与え、防御にはエネルギー系の攻撃を阻む力場を作り出せる。

 数多くある魔力特性の一つを、エネルギー状態に留め、集中させて利用しているのである。これは類まれな戦闘センスがあってこそ、成せる技法と言えよう。

 これはマリオンが独自に考案した、閉じた世界でのエネルギー循環の利用方法。

 その名も円環の秘法である。

 空間系の魔法によりエネルギーの拡散を防ぐ状態を作り出し、使ったエネルギーを再び吸収するようにした訳だ。

 今回を例に取ると、マリオン自身が展開したエリア魔法を元にして、利用した結界の中でならば、使ったエネルギーの損耗は殆ど発生しない。

 結界の中、つまり、閉じた世界で自分と敵対者の、両方の質の異なるエネルギーがあったとする場合、これを相殺、或いは、対消滅させる訳だが、厳密に言えば相殺というよりも、片方のみを閉じた世界から放出するのだ。

 そして、自分のエネルギーはそのまま再吸収し、敵のエネルギーは展開している結界の状態維持に利用する。

 この循環により、一方的に相手を弱らせる事が、可能になるという寸法だ。

 端から見ると、単純にヤケクソ気味に戦っているように見えるだろうが、実情は異なるという訳である。

「生傷が増えていくー! オイラの彼女が傷物にされてしまうー!?」

「龍という種族は、再生能力と耐久力が並外れて高いです。真龍であるなら、そのタフネスを利用して、常識はずれな攻撃や防御を行うと聞きますが……。先程までの猛攻により、劣勢だったのはマリオン様のはず。その猛攻をかわして、微々たる攻撃しか当てていないのに、これは一体?」


「説明しよう!」


 蓮とナデシコの背後に、微かな存在感が出現した。

 声の主へと振り向くと、セーラー服と機関銃マシンガン、ではなく、セーラー服を着て機関銃を肩に担いだ、狼の獣人がパイプ椅子に腰掛けている。

「ナイトかよ、何っすか?」

「蓮。虚無ゼロの腹心だからって、冷たくないかな?」

「ナイト様、質問を質問で返さないで下さいまし」

「あぁ、悪い悪い」

 ナデシコが用意した紅茶を受け取り、飲みながらマリオンとカナタの戦闘を説明していく。

「……と。まぁ、そんなところだろう。カナタは気づいていないようだから、物凄く分が悪い」

「なるほど。回復力や再生力が高い相手なら、その回復力のベクトルを反転させるような、エリア魔法も可能と思われます。それなら、相手のエネルギーのみを取り出したり、自分のエネルギーをリサイクルするのも、難しくはないでしょうね」

 ナイトの説明に納得するナデシコ。

「おっ、カナタが人間形態に成った! 局所的エリア魔法で、マリオンの魔法を吸収していく!」

「これは悪手だ。後手に回ったが為に何発もくらい、波長を割り出せたとはいえ、特性を考慮していないからね」

「虚無の魔力特性が、毒のように蓄積されると?」

「その通り。特性を変質させるか、特性を弾いて、純粋な魔力に還元して、ようやく吸収出来るようになる。しかし、効率が悪く、このままではじり貧だ。特性を変化させられると、いたちごっこにもなり兼ねない」

「根本的な解決にはなりませんか。しかし、エリア魔法を用いた防御とは、カナタさんもやりますね」

「魔力は消費するが、表面的ダメージはほとんど無い。カナタは持ち前の回復力で傷が癒えるのを待ち、接近戦で反撃するようだな」

 カナタは飛び交う魔法を避けながら、マリオンへと肉薄していく。そして、互いに空中にて打ち込み、切り揉み回転しつつ沼の中へと没した。

「二人とも落ちたー! ここからじゃ見えないので、透視映像を出します!」

 蓮が虚空へ沼、もとい水中戦の様子を映し出す。

「ペンギン龍となった際に、沼のマッピングをしていて良かった! オイラ偉い!」

「抜け目ないですね」

 カナタを通して、蓮は沼の中をマッピングしていたからこそ、水中を俯瞰するような映像が出せる。

「ペンギンではなくて、鮫だったら映画にも出来そう。誰が見るかは知らないけど」

 水中、もとい沼なので透過性が皆無なので、視界は非常に悪い。また、海水や水と違って、沼は泥状なため動作の一つ一つが阻害されてしまう。

 カナタは引き摺り込むとペンギン龍に戻ったのか、水中を自由自在に泳ぎ、マリオンを翻弄している。

「エリア魔法の弱点、認識していない場所はエリア外。また、指定していない場所や範囲外は、エリア魔法を掛け直す必要がある。広範囲故の弱点でもあるそれを、上手く突いたのが、三次元戦闘。つまり、視界に収まっているものの見透す事が出来ない、地中や水中の事よ」

「局所的エリア魔法なら、先程の弱点はありません。閉じた世界からも脱出できますね」

「伊達にくらってはいなかったと言うことだな」

 マリオンはオーラで泥を弾き、結界を張って呼吸を整えるも、カナタが上から押し込んで来るので、浮上する事はない。しかも剣を警戒してか、カナタ側も結界を張っているので、魔法と剣が簡単には通じなかった。

「潜る潜る! どちらが酸欠で音を挙げるかのチキン・レースだー!」

「ペンギンだけに?」

「確かに鳥っぽい。上手いから、鮭をやろう」

「ありがとうございます!」

 蓮が鮭を丸飲みして食べていると、カナタが浮上してきて魔法で、沼を元通りの訓練場へと戻す。

「あれ、マリオンは?」

「カナタさんは潜る最中に、沼を途中から土へと戻して潜航していたようです。で、揚がって来る途中、マリオン様を閉じ込め、来た道を土に戻しつつ浮上。最後に水面付近を地面に戻し、元通りにしました……!」

「意趣返しにしてはえぐいな、まさに閉じた世界だ」

「上手ッス! 紅茶をどうぞ!」

 ナデシコが途中でマリオンの安否確認をしに、階下の訓練場へと向かう。

「マリオン様は!?」

「おっと、まだ勝負は終わってないわ」

 近づいて来るナデシコを制し、カナタは地中より這い出てきたマリオンを見やる。

「続ける?」

「……いや、此方の負けで構わない。実践もできたし、欠点もわかった。ナデシコ、書類を取って来てくれ」

 ナデシコに頼み、関係書類を取り寄せるマリオン。

「いやー、どうなることかとドキドキハラハラしましたよ!」

 回復薬をマリオンの頭上に投下した蓮が、カナタの肩に止まり左右の肩を行ったり来たりして、着物の損傷や外傷の有無を確認していく。カナタの診察が終わると、マリオンが飲み干したビンを回収する。

「なかなか良い勝負だった。先輩方も私の眼を通して、見物しておられたぞ。部外者だが、創造神の使徒の虚無も、蓮の眼を通してシルエットに、魔法理論をご指導されたようだ」

「え、何故にわざわざ!?」

「蓮とカナタが上手くいっているかの確認らしい。今回はたまたまだよ。修復不可能なほど不和のようなら虚無に蓮を返却するが、問題はないようだね」

「一応、同族なので問題ありません。家事も分担してますよ。ただ、どうも蓮は土属性なので、水属性の私が舵取りしてますけどね」

「あの、悪いけど何の話かな?」

「夜のお話です」

「そこまでいくと、さっぱりわからないよ」

「兎も角! 死が二人、もとい二体を分かつまで。この契約は不変ですよ!」

 ナイトは粒が細かい砂糖を、蓮から引ったくった空きビンに吐き出して、自分の周りを漂わせるように撒き散らすと、指パッチンで粉塵爆発を引き起こしつつ、爆煙に紛れて消えてしまう。

「……あぁ、ぜろって事か」

 意図を察したマリオンの元に、書類と印鑑を持ったナデシコがやって来た。


 今日も弟子達は平和です。

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