第28話次元を超えてやって来た編入生

 宙に空いた次元の狭間から、その人物は降り立つ。

 降り立つと次元の狭間は直ぐに消えてしまう。

 着地の際に乱れた白いフード付きローブを被り直しつつ、素早く林へ身を隠す。


 何も遮蔽物が無ければ穴を穿つ予定だったのか、隠れて見えない両手付近には、魔力を籠めた痕跡として魔洸が灯っていた。

 林の側で周辺を警戒し、誰もいない事を確認すると、一旦フードを外して頭部に巻いた包帯に緩みがないか点検し、背負っていたリュックから帽子を取り出して被る。


 隙間から覗く髪は白と瞳は緋色。

 さらにフードを目深に被り、荷物の紛失がないかを確認していく。

 次に後ろ腰に差したナイフや、小さな袋に摘めたパチンコ玉の有無。

 荷物に欠損は無いが、パチンコ玉が二、三個足りない。

 それ以外は揃っていた。


 ローブの下は要所要所に、軽くて丈夫な金属合板を仕込んだ、ティーシャツとズボン。

 左手には指出しグローブを嵌め、右手は肘までを細い鎖で巻き付けており、靴は歩きづらそうなゴツい安全靴。

 腰のベルトは武器を隠す為か、モコモコした毛皮で覆っていた。


 顔立ちに幼さが残るところや、背後の木と比べて判る低い身長から少年と思われる。

 短く溜め息を吐き、簡単な詠唱魔法と無詠唱を、同時に後ろへ放つ。

 狙い違わずに当てたい場所へ当てられたのか、満足気に頷く。

 次に両手を合わせ分身体を作り出すと、眼が淡く光り分身は無造作にバラバラとなった。


 魔法、忍術、超能力。どれも劣化せずに扱える事を確認する。


 最後は武器の能力を試すだけだが、こればかりは木を切っても仕方がない。

 生き物の気配がする方向へ歩き出す。



 歩く事数十分後、人面樹のエントと遭遇した。


「若いの、迷子か?」

「そうだね」


 皺枯れた声と甲高い声が交錯する。


「このまま真っ直ぐ、少し歩けば街に出る。頑張りたまえ」

「ありがとう」


 そう言って少年は、エントと別れてさらに歩く。


「女王の知り合いかのう。最近は見知らぬ旅人に良く会う」

『マスターの弟子に伝えとくよー』


 隠れていた瓶詰め妖精が現れ、修道院へ迂回して物凄い速さで飛んで行く。


「報告ありがとう」


 妖精に角砂糖を与える院長。


「白いフード……最後の弟子か」


 弟子達が全員揃った訳では無い。

 ディープの受け持つ中で、最後に修行した弟子だと言う意味だ。

 試練の前に全員集合した時以来となる。

 弟子の中では接近戦と狩猟が得意分野であり、状況次第で隠密行動による撹乱が可能。

 しかしながら隠形はガンダムの方が上で、接近戦はニーソを筆頭に、強い弟子が多い。

 かくいうスバルも、接近戦では最後の弟子に勝てる。あくまでも昔での話しだが。


「接触はニーソに頼もうかしら」


 決して面倒くさい訳ではなく、仕事が忙しい為だ。

 午後は接待を含めた会合に、マリオンとデートが控えている。

 魔王は性格が最悪だが顔は良い。

 監視にもなるから丁度良いのだが、どうせならガンダム等の、初期の弟子の方が気が楽だ。なので遊びだったりする。




 雑木林が点々と並ぶ道に沿って歩く事数分。

 フードで顔を隠した少年は、ようやく街に着いた。

 小物売りの露店が多い中、鐘の音が響く。

 すると、商人達は商品や売上金をまとめ始める。

 太陽の位置から昼には早い事から、時間によって商売する場所を変える、特殊な規則でもあるのだろう。


(この世界の通貨を得ないと)


 文字や言語は異世界を渡る際に読める様になるが、使われている紙幣までは手に入らない。

 よって物を売るのが手っ取り早く済む。

 少年は近くの雑貨屋へ向かう。

 途中で商人の売上金を引ったくる孤児を見かけたり、狭い路地で女性を襲うチンピラを歩きながら一瞥するも、全て無視していく。


(基本的に犯罪事は、しない、助けないが、異世界をより良く楽しむ秘訣。御愁傷様でした)


 目と目が合っても見ないフリ。

 物取りとはぶつからない様にも注意し、スリから盗まれない様にも努力する。

 自警団や兵士を見掛けるも、治安はあまり良くは無いのだろう。

 雑貨屋らしき店に入ると、品揃えを見た後で宝石の原石を売る。

 どんな世界でも、共通で使えるのは宝石や金属の類いだ。

 しかも加工前なら尚更。

 だからといって武器や食器は控えた方が良い、世界によっては合わないし、要らぬ詮索をされる。


 無事に紙幣を手に入れ、食糧や街の地図を買う。

 早めの昼食を近くの飲食店で摂り、安い宿屋へ入ると荷物を置く。


 これからの目的は大きく二つ。


 まず、異世界巡りに飽きたので、中学校へ入学する。

 学生なら大人から庇護もされやすい上、万が一犯罪に巻き込まれても、相手が油断してくれるだろう。

 次に安定した収入を得る為にギルドへ入る事だ。

 一番の難関は保護責任者の有無となるか。


(師匠の名前はマズイかも、機杖の名前なら多分大丈夫かな?)


 兎にも角にも、役所へ向かう。

 しかし、商業組合と合併していたので、先にギルドを探す。

 すると、ワルキューレの導きと言う、少数精鋭のギルドがあった。

 構成員の募集はしていないが、何かの縁を感じたので行ってみる。

 場所はギルドの一覧表に書いてあったので迷わない。

 普通の道具屋だが、店名にもワルキューレの導きと書いてある。

 奥から手練れの気配がするので、少し緊張してしまう。

 いざ入ろうとしたその時、真後ろに気配を感じた。


「こんにちは」


 振り返ると貴族調のドレスを着た、ダークエルフの女性が微笑む。


「こんにちは、ニーソ先輩」


 まさか姉弟子に会うとは思わなかった。


「ガンダムさんに用事?」

「いえ、来たばかりなんです」


 兄弟子もいるのか。


「そう、なら紹介するわ。あと、この世界では人間は弱者よ。耳を隠しておく必要はないから」


 なるほど、物取りやチンピラに絡まれていたのは、確か人間だった。


(エルフやドワーフ、魔族が多いのはその為か)


 フードと帽子を取り、包帯も外すと、獣の耳が立つ。


 少年は獣人だった。


「撫でていい?」


 そう言いながら耳に触れる。


「店に入ってもいいですか?」


 このままでは往来の邪魔であり、店を眺める不審者だ。


「照れなくていいのに」


 目が笑ってないが、勇気を出して店に入る。


「いらっしゃいませー。……ありがとうございましたー」


 レジ打ちの女性は人間か、虐げられる風潮も極端に強い訳ではないようだ。


「マスターガンダムは居るかしら?」


 東方腐敗の機体が店長か、世も末である。


「こんにちは、ニーソさん。マスターなら籠ってますよ」

「また魔法弾の作製、全く物好きね」


 ニーソは決めつけて呆れていた。


「そちらは?」


 苦笑して少年を見る。


「スカウトしたの、新しい団員よ」


 いつの間にかそういう設定となっていたが、あながち嘘ではない。


(姉弟子はナンバー2なのかな)


「元メンバーだからって、自分の抜けた穴埋めする位なら、帰って来て下さいよ。いつでも歓迎しますから」


 まさかの部外者とは、吃驚した。


「何よー。フリーな傭兵に文句あるなら、余所に移っても良いんだからね」

「お客様、困ります」

「調子悪くなると客扱いなんて、良い根性してるわ」


 受付嬢にあしらわれながら、ギルドマスターの部屋に向かう。


「マスター、スカウトして来たわよ」


 ノックも無しに入ると、ギルドマスターの肩書きに不釣り合いな、風来坊染みた兄弟子が書類と睨めっこしていた。


「あら、珍しいですね」

「構成員なら足りてる、捨ててきなさい」

「書類から顔を上げて下さい」


 溜め息混じりに顔を上げる。


「なんだ、来たのか」

「さっきから素っ気ないですね、ガンダム先輩」



 とりあえず、来賓用ソファーを勧められた。

 姉弟子が後ろから獣耳を弄ってくる。

 凄く鬱陶しい中、色々と説明を受けた。



「師匠が転生したなんて」

「気持ちは分かる」

「幼女な師匠、可愛いだろうなー」

「それには同意しかねる」

「スバル先輩が親代わりなんですよね。種族的にも合法ロリで、最高です美味しいです」

「後で伝えておこう」

「冗談ですよ。無い胸の人に母性感じないですから」

「わかった、あること無いこと混ぜて伝えよう」

「だから、冗談ですって」



 閑話休題。



 少年の名前はハザードと言う。

 住む場所をニーソがぶんどった古城へ移す。

 学校の手配や編成は兄弟子達に任せた。


 引っ越して早々に魔物と戦うハメになったが、そこまで苦戦はしない。

 錠前を幾つか開けたので、これから修行のやり直しもしなければいけないから、しばらくはうってつけだろう。

 闇の精霊であるコリーは、ハザードの修行工程を見て、つい口を挟む。


「効率良くしないと。ただ繰り返しただけでは、強くなれないぞ」

「そうなの?」

「お前は複数も能力が扱える。なら、師匠は一人じゃないと見た」


 大当たりである。


 ハザードの師匠は主にディープだが、生前はたまに彼氏のスターや、ウェザーにカラーと言った、ディープの義理の兄や実の姉にも面倒を見てもらった。

 それを見抜くとは、コリーはこの世界で頂点に近いだけはある。


 編入までは徹底的な根回しの為に時間が掛かり、二日間も修行で潰した。


 転校当日、教師のニーソに連れられて中学校へ向かう。

 何故、中学校から始めるのかと言うと、ハザードの年齢と知能指数的にも丁度良く、師匠の護衛として融通が効くからだ。

 教室内は騒がしい。おまけに魔力の渦も見える。


「師匠が原因ですか?」

「いいえ、師匠はかなり抑えているわよ。原因は他の生徒、同じ弟子達なんだけどね」


 他の弟子とあまり接点が少ないので、ハザードは緊張してきた。


「弟子同士だから気楽に行きましょう」

「頑張ります」


 ニーソが入ると教室内は静まり返る。

 ホームルームでハザードは自己紹介し、真ん中の先頭に座らせられた。

 ニーソ曰く、主人公はあくまでも師匠なんだとか。



 休み時間になると、当たり前の様に質問責めされ、昼休み頃になると死んでいた。


「起きない、ただの死体のようだ」

「土葬で大地の肥やしにしてくれ」

「確かに、火葬は二酸化炭素の増加に繋がる。了解した」


 さっきから話し掛けて来るのは、兄弟子のヤマト。

 やり取りを見守るのはディープとスター。

 他の弟子は弁当の場所取りに行っている。


「早くしろ、喰う時間は限られているんだ」


 ヤマトは師匠や弟子達の弁当を作って来てくれる、貴重な家事要員な弟子だった。

 彼が休むと、弟子達は要らぬ食費が嵩む。

 ギルドの報酬は節約したい。


「ナデシコさんは?」

「残念ながら魔王城勤めだ」


 ヤマトより家事が出来る姉弟子は、魔王のお膝元らしい、魔王死ね。


「文句があるなら雑草でも喰ってろ」

「まさか、作ってくれるだけでありがたいです」


 料理人に逆らうと餓死するので、守る優先順位は師匠の次となる。

 外の中庭へ出ると、弟子達が拠点防衛の体勢で、近づく周りの生徒を威嚇していた。


(落ち着こう、色々とツッコミ待ちなだけ、なんだろうから)


 そんな見え透いた手に引っ掛かる程愚かではない。

 師匠とともに近づく。


「さて、飯を喰いたい奴から取りに来い。師匠のはこっちです」


 三角頭巾に手作りエプロンのヤマトが、背負っていたリュックを卸す。

 ヤマトが丸眼鏡をしまうと、兄弟子と姉弟子が殺到し出した。


「ハザード、早くしないと無くなるぞ」


 師匠には別途で用意した重箱を差し出し、ハザードへ忠告してくる。


「残り物には福があると信じている」


 そんな事は無く、現実は厳しいだけで甘くない。


「まさかの薬膳料理とは、苦いです」



 何だかんだで編入初日は終わった。



 放課後は部活動の見学に勤しみ、家庭科クラブで試食したり味見したり毒味したり、ヤマトの料理は美味い。

 腹ごなしに野球やサッカー、バスケットボールを体験したが、実践と実戦に慣れた今、所詮遊びは遊びでしか無く退屈である。


 師匠がさっさとギルドに帰ってしまったのも、頷ける話しだ。

 弟子達でクラブに入っているのは、戦闘が不得意な者が多い。

 もしくは性格がひねくれているか、性格を読まれて利用されているか。

 本人次第だが、この辺は仕方ない部分でもあり、その様に師匠が育てたのだから。



 宵闇が迫る頃に、ハザードもギルドに顔を出す。


「お帰り。どうだった?」


 マスターガンダムがレジ打ちをしていた。

 そのままレジを破壊するのだろうか。


「尾行はされてませんよ」


 つい、暗殺者みたいな会話をしてしまう。


「転校生がモテると言うのは、やはり都市伝説か」


 遠回しにハザードの顔を貶している風に聞こえる。


「マスターこそ機動戦士なんだから、一部の人しか寄り付きませんって」

「バイオな名前の奴は、ウイルスに感染してしまえ」


 遊びに来ていたニーソとコリーは、カウンターで睨み合うハザード達に、侮蔑な視線を送る。


「買い物客の邪魔よ。マスターも仕事して下さい」


 ハザードを退かして、魔法弾や大量の食材を置く。


「ソックスさんはせっかちだな」

「ニーソックスは絶対領域に欠かせないわ」

「履かない腐女子に言われても、説得力皆無です」


 煩いハザードの足を踏む。


「見掛け令嬢だが、夜は妖艶なんだぞ。特に背中が」


 コリーののろけ話に、ガンダムは苛ついてしまう。


「犬種のような名前のクセに、生意気だ。お前を殺す」


 ニーソは釣り銭を受け取りながら苦笑する。


「そんなマスケットで大丈夫か?」


 安い挑発と知りつつ、マスケットを机越しに構えた。


「マミってやんよ。ティロ・フィナー−−」



「−−あ、師匠がバスターライフルを構えてる」


 咄嗟にハザード以外は伏せるなり、床へボディプレスをかますなりして、回避行動に移る。

 照明で明るい店内が、閃光に染まらない。


「ハザード、その冗談は洒落にならないわ」


 冷や汗を拭いながら、荷物をコリーに持たせ、先に古城へ帰って行く。


「……で、依頼を受けるのか?」

「炭鉱のアルバイトを」

「粉塵爆発や酸欠に気をつけろ」



 街外れの採掘場へ来てみると、姉弟子が待っていた。


「よく来たわね」

「あれ、スバルさん。何故此処に?」


 問うと、鶴嘴を手渡される。


「簡単に言うと、初心者への手助けよ」


 納得していると獣耳を撫で回され、凄くこそばゆい。

 ニーソとは違う触り方なので、気持ち良くなってくる。


「どう、合法ロリ熟女に弄ばれる気持ちは?」


 妖しく微笑み、ハザードの喉も反対の手で撫でていく。


「最高です」


 だらしなく下がった手から、鶴嘴を落としてしまう。


「ふふっ。アルバイト頑張ってね、お兄ちゃん♪」


 危うく昇天しかけるが、スバルが手を離すと正気に戻った。



 ハザードは別にロリコンではなく、触る相手で気持ち良さが違うから、単純なリアクションで反応しているに過ぎない。

 これが師匠なら、服従のポーズをして快楽死である。

 流石、初期の弟子は他の弟子の扱い方も上手い。


「仕事しなきゃ」


 炭鉱の近くで説明を受けると、豪快に鶴嘴を振るう。

 銅や錫、鉄鉱石は勿論、鉛に石炭が採れる。

 奥に行けば金剛石も採れ、かなりのボーナスが付く。

 しかし、夜遅くなると学校生活に支障を来すので、程々にしておく。

 古城でかなり遅い夕食を食べ、風呂に入って寝てしまう。



 翌朝、ニーソに起こされて朝食を食べる。


「今日も遅くなるのか?」


 コリーが問う。


「いいえ、アルバイトには他のギルドから、補充要員が手配されるみたいです」


 作業員達の雑談を小耳に挟んだ程度だが、おそらく間違いない。


「なら、修行ができるか」


 ハザードは頷く。

 休み時間のとき、一緒に修行してくれる弟子を募ると、魔法剣使いのサモン、魔弓使いのユイ、魔導家事士たるヤマトが来た。


「ニーソ先生の指導したゴブリンは、かなり強いそうだ」


 長身痩躯である男子のサモンは、ゴブリンと戦いたいらしい。


「連携させればでしょう、私達が組めば大丈夫なはずよ」


 髪をポニーテールにしている、ユイという名前の少女には、何か案があるようだ。


「おい、戦力になんで家事しか出来ない奴を加える」


 ユイの発言にヤマトがツッコミを入れる。


「ヤマト達はそうやって、自分を卑下している傾向があるけど。料理に使う際の魔法を活かせば、かなり強いのよ」


 料理に使用する魔法は、かなりクセが強い。


「料理はあくまでも料理だ、戦闘には使わない。四の五の言うのなら、明日の弁当は今日の残飯にするぞ」


 ハザード達からすれば、それは神に見放された事と同義だ。


「皆の胃袋を掴んでいるからって強気ね。それなら使い捨て人型装甲板や全自動囮よ」


 口元を引き吊らせ、無謀な案を言う。

 料理はほとんどの弟子が出来ない。

 せめてもの強がりだが、ヤマトは渋々了承してきた。

 貴重な料理人をむざむざ盾にする程、考え無しな三人では無い。


「大体だな、ニーソ先生にナデシコ姉さんが、昔世話になったお礼をしに行く付き添いだぞ」


 弟子達は聴き逃さなかった。

 ニーソ先生の住む古城へ行けば、ヤマトより料理上手な、ナデシコの手料理が食べれる。

 この情報は瞬く間に他の弟子達へ広がった。


「ヤマト、余計な事を」

「思い通りにはさせないわ」

「何の事かな?」


 してやったりな顔をするヤマトを、苦虫を噛み潰したような顔で見る三人。

 すぐさま偽の情報を流すが、効果は薄いだろう。



 結局、大所帯で古城に押し掛けてしまった。


「ほう、俺の修行をこんなにも、受けたい奴がいたとは」

「コリーの修行は前菜。メインディッシュはナデシコの料理よ」

「あはは、たかが料理程度で集まってくれるなんて。人がゴミのようだ」


 メイド服の上から料理人の帽子やエプロンを着けた、長い黒髪の女性が笑う。

 ニーソとコリーは、余計な一言にドン引きしている。


「嫌々、たかが料理されど料理だよ」

「黙れ敗北者。幾ら誉めても、合法ロリと密会した事は赦しません」


 魔王であるマリオンすら貶す、そんなメイドはナデシコぐらいなものだ。

 それでもめげずに、ご機嫌を取ろうとする魔王は、結構根性がある。


「わかりました」


 激戦な舌戦の末、ついにナデシコが折れた。


「足を舐めろ、貴様の食事はそれから考えてやる」


 おずおずと魔王はメイドの脚へ触れる。


「違いますよ。脚ではなく足ですってば」


 自分なりの決め台詞を言ったからか、主従逆転したにも関わらず、つい素の言葉が出てしまう。

 ナデシコは頑張ったが、最後に仮面が外れてしまった。


「鍍金の下も可愛いね」


 馬鹿にしている魔王に、ニーソは呆れてものも言えない。

 とりあえず、夕食まで時間があるので、弟子達はほぼ全員がコリーの修行に、強制参加させられた。


 別にニーソの八つ当たりでは決してない。

 参加しない弟子は他にいた初期の弟子達ぐらいである。

 初期の弟子は既に伸び代が無いので、師匠と組み手したり、ゴブリンと模擬戦をしていた。

 修行内容は至って簡単な、オーラと魔力を個別に動かす事の繰り返しだ。

 あくまでも、師匠であるディープからすればだが、事が弟子となると話しは別となる。

 身体の内と外で流れる、違う性質のものを操る事はかなり難しい。

 しかし、元は同じである。

 コツさえ分かればいいのだが、要領を得るまでは個人差が激しい為、なんとも言えない。


「キツい」


「頑張れ、修行後は美味い料理が待っている」

「テンションが上がる!」


 ヤマトの言葉にハザードのモチベーションは最高潮だ。

 魔力を腕へ、オーラを脚に集中させ、魔力からオーラに拡散し、オーラから魔力へと凝縮させる。


「おお、やるじゃないか」


 コリーが感嘆し、闇の魔法で矢を放つ。


 精霊の重い一発をなんとか防げた。


「ふん、まだ甘いな。もう少し持続力が無いと、場合によっては余波で殺られるぞ」


 ハザードが苦笑していると、メイド姿のナデシコが修行部屋へ現れる。


「ヤマト、フジ、キョウ、サキモリ、キジ。手伝って下さい」


 家事が得意な弟子達が、修行を放り投げて出ていく。


「レッドキャップも連れて行って構わない」

「了承しました」


 踵を返し、キッチンへ帰る。



 数時間後、食堂には窶れた弟子達が席に座っていた。


「伸び代がある弟子も大したこと無いな。それとも師匠のディープが特異なだけか?」


 コリーが修行した弟子達を小馬鹿にする。


「コリー、貴方が若いときも、こんな感じだったでしょうに」


 ニーソが諭す様に言う。


「今も若い方なんだけど」


 真顔で応える。


「精霊に歳を聞くのは、魔法使いや詐欺師を信用する位、愚かな事だよ」


 ナデシコの椅子になっている魔王に正論を言われ、ニーソは空気椅子をしているメイドに土鍋を持たせた。


「酷い!」

「ご褒美です、ありがとうございました」


 ナデシコは重さに耐えきれず、腰を下ろして魔王を潰す。

 ナデシコ自体は軽いが、土鍋を持つと荷重は思った以上に掛かる。


「いい気味だ、そのまま一生女の尻に敷かれていろ」


 ガンダムが嘲笑う。


「ガンダムさんには地下牢を勧めます」

「何故だよ」

「ロリペド野郎には相応しいからです。地下牢でスバルさんがお待ちかねであります」

「はい?」


 疑問に思いながらも向かう。

 スバルの機嫌を損なうと厄介なので、料理よりも優先させる。


「いい声で哭いて下さいね」


 ニーソが黒く微笑みながら、ガンダムが退場した。



 地下牢では伝言通りスバルが待っており、テーブルにはナデシコの料理が並んでいる。


「遅い」

「ニーソがわざと遅く言ったんだ」

「まったくあの妹弟子は、展開が読める」


 何故か誉めていた。

 ガンダムは訝しげに思うが、スバルの腹黒さはマリオン並みなので諦める。

 同族嫌悪みたいにスバルはマリオンを唾棄するも、ガンダムから言わせれば、異性であるスバルの方が余程怖い。


「ささ、座って座って」


 三角木馬を勧めるとは、だから地下牢なのか。

 幸い股間には金的対策として、鉄板が仕込んであるから痛くない。


「って、おい。どうしてお前も三角木馬に座ってるんだ?」

「この部屋、拷問の為に造られたみたいだから。三角木馬くらいしか座れないの」


 対面してテーブルで隠れているから分からないが、時折前後に動くという事は、素で座っているのだろう。


「媚薬とか盛られてないよな?」

「さぁ、キッチンには入ってないから、何とも言えない」


 正直に自分が盛ったと言わないのは、照れ隠しか策略なのか、食べるのに躊躇する。


「師匠がね、父親役はガンダム辺りで宜しくって」

「凄い理由だな、命令か?」


 スバルは首を横に振る、それだけで本心を悟った。


「了解した。が、この部屋では−−」

「−−構わないわ」


 目を見て本気だと知り、ガンダムは苦笑する。



 食堂では夕食が滞りなく済み、弟子は次々と帰って行く。

 後片付けは古城に住むハザード達が行う事になる。

 ナデシコはマリオンに無理矢理連れられて行った。



「……そう言えば、スバル先輩とマスターガンダムは?」

「地下牢で腹の探り愛よ」


 字体が違うが、そのままの意味合いだろう。



 掃除が終わる頃、スバルとガンダムは現れた。


「事後処理はして来たんだろうな、地下牢まで後片付けしには行かないぞ?」


 コリーが囃し立てるように挑発する。


「食った分位は洗う、手間は掛けさせんさ」


 軽く流すガンダムの横に立つスバルを、ニーソは意味有りげな視線で見た。

 しかし、スバルは取り合わずに帰って行く。


「任せたわ」

「了解」


 ガンダムへの声色が少し弾んでいるし、応答する方も何処となく優しげだ。

 ハザード達は顔を見合わせ、関係が良い結果へと転んだ事に、思わず笑みが零れる。


「お前等の考えは分かっている」


 ハザードはガンダムの行動を阻止するべく、食器やフォーク類を奪う。


「先輩の取るであろう凶行もお見通しです」


 気が効くハザードへ、ガンダムは悔しそうに鼻を鳴らして帰る。

 ハザードが片付ける最中、ニーソとコリーはガンダムの姿が見えなくなるまで下卑た笑みを向けていた。

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