第15話山吹色

 ドラゴンにお手製の回復薬を飲ませ、というか塗って、治療を終える頃になると、目を覚ました。


「ふふ……怖いか?」

「そうさな。敗者としては、とても怖いぞ」


 あぁ、うん。そうだね。

 敗者は勝者に従うモノだしな。


「名前はあるか? 俺は老子っていうんだが」

「サンライト・イエローという」

「山吹色ね、どの辺が?」

「昔は黄色っぽい体色だったのだよ。ここに住み着いてしばらく経った時には、既にグリーンな色合いへと変化していたな」


 ブッキー二号、いや、山吹色でいいか。サンライト・イエローだと長いし?


「人化しておこう。勝者を見下ろす訳にもいかんからな」

「後で教えてくれ」

「あい、分かったぞ。老子殿」


 山吹色の体が光り輝き、少しして光が晴れると、そこにはスレンダーな美女がいた。黄緑色の髪をサイド・テールにして、魔法で作ったのかラフな服装をしている。


「うむ。久しく人化しておらなんだが、前と変わらぬようだのう」

「年取って老いると、老けたバージョンになるのか」

「以前はもう少し、身長があったんだがなぁ」


 目測だけど、百七十くらいはあるぞ。全盛期の身長ってどんだけ高いんだよ。


「人化の魔法を授けよう」

「どうも。これで擬人化の魔法にも、チャレンジ出来るよ」

「魔法の改良は、簡単では無いんだが……。転生や転位する者に、そんな常識は通用しないか」


 転生者だけでなく、転位者もいるのか。


「そう言えば、ダークエルフとも戦ったみたいな事を、言っていたな」

「転位者の一人だ。槍一つで戦い、我を打ち負かした。それも魔法無しでな」


 マジぱねぇな、ガチのハンターじゃん。


「ところで、山吹色は魔法を使わなかったが、何か理由でもあるのか?」

「魔法は身体強化魔法と、火炎や嵐、樹の属性が少し使える。空を飛んだり、地面を走りながら突進する攻撃は、立派な魔法なのだよ」


 何でも、身体強化魔法は大別して二種類あり、内側からか、外側から強化する事で、ステータスのパラメーターを変動させているとか。

 しかし、一概に強化と言っても、内側なら骨や神経を含めた強化となり、最大限のカバーがオーラの面積までとなる。

 外側の身体強化は、オーラが内側へと浸透するように、全身を包む。

 どちらの強化であれ、ほぼ同一の性能なので、戦闘に支障はない。

 内側の場合、臓器を個別に強化する事も可能だ。

 多少の時間は掛かるが、外側からでも血管や骨に、魔力を浸透させられるので、臓器とかの強化も出来る。


 山吹色は、内外の身体強化を同時に行える。

 利点は、もし負荷がオーバーしても、肉体が堪えられる上に、魔法や物理攻撃が体内で炸裂しても、内臓は無傷で済むこと。

 だから、突進して崖や岩に頭から突っ込んでも、自分の攻撃より防御が勝っているため、連続で突進したりが出来る。

 ただでさえ堅い防御力が、更に硬くなるのだ。人間で例えるなら、それは鎧を重ね着したようなモノ。それも厚さが戦車の装甲に匹敵するくらい、非常識なヤツとなる。

 当然、鎧の硬さは攻撃力になるので、突進時の威力も桁違い。

 それを制御出来る脚や動体視力も凄い。肉体の感覚が全て思い通りだからこその、攻防一体で最適な行動と言える。

 まぁ、化学よりの物理攻撃や、人間よりも鋭敏な五感を、逆手に取ったアイテムの前には倒れたが。

 生物である以上、酸欠や重力の影響、脳震盪を起こした場合とかの症状すら、身体強化のみで克服出来るモノではない。

 化学反応もそう。酸性やアルカリ性が通用しないのなら、胃腸は飾りとなってしまう。どうやって成長しているんだろうな?

 身体強化は部位だけを強化する事も出来る。だが、それは下手すると諸刃の剣。部位によっては、感覚の感度も上げてしまう。

 そこで、内外の二つを使える場合は、筋肉だけでなく感覚すら細かく強化していき、弱点となる部分を無くすようにしなければいけない。


「魔法にも二種類ある。物理法則に則った魔法と、法則を無視した魔法らしい魔法だ」


 前者のは科学の延長線上にあり、高度な科学は魔法と見分けがつかないモノ。

 後者は、空気中の水分を使わずに水を出したり、魔力を練った火を出す。この火は酸素を必要とせず、通常の燃焼ですらないので、宇宙空間でも灯せるようなモノ。

 しかしながら、どちらの魔法にも属さない神秘的な現象がある。

 転生者や転位者、憑依者の存在だ。

 ある種の技術的特異点とも呼ばれたりする。

 チートの保持者で、イベント事に巻き込まれたり、巻き起こしたりする事が多い。

 客観的に見ると、まるで神が試練を与えているかの如く、イベントやフラグによっては仲間が死んだり、絶望的状況がひっくり返っていたりする。


「ちなみに人化や獣化魔法は、その存在を折り畳んだり、拡張した見せ掛けだけの姿だったりする」

「つまり山吹色は、人化した方が強いと?」

「おう。密度からして違う故にな。エルフの武器や人間の兵器も使えるぞ」


 人間は保護されているが、モンスターが畑を荒らしに来る事もある。大抵の雑魚は魔王軍が摘むものの、それでも監視や結界をすり抜けるヤツは出てしまう。

 そうなったら持ち前の科学で培った、戦車や銃等の兵器を使って、自衛してもらうしかない。

 武装を許す以上、人間の反乱も起きる。

 それでも魔王軍は、人間を殺したりはしないと言う。保護区を広げつつ、防壁で人の波を押し返すだけ。

 何故なら、広くなった領土を守るには、それなりの戦力的余裕が無ければならないからだ。

 あえてくれてやる。が、管理や維持が出来ないなら、保護区を縮小させる事も辞さない。

 それに、兵器や武器を作るにも、資源がいる。保護区には最低限の資源しかなく、求めるなら必然的に輸入をするしかない。

 輸入をする以上、輸出するモノがいる。貿易とはそう言うモノだからな。

 人間が輸出できるモノ、亜人では真似出来ない娯楽の品々、小説やカードゲーム、マンガとかとなるらしい。

 ブッキーの話と食い違う点があるのは、ブッキーは保護区へと行った事がないから、本当の現場を知らないためらしい。

 自衛すらさせなかった時期もあるというだけで、今では魔王の対として用意された、強化人間とか言う勇者なる存在もいる。


「はっきり言って、反発する人間とそうでない人間を分けて、従順な人間だけ残せばいい。だが、現魔王は異世界の人間。亜人の誰も勝てないので、人間を選別する事も出来ない」

「そりゃあ、選別したら貿易する品が薄くなったり、偏ったりするだろうしなぁ」


 発展性を犠牲に選別したとして、それで貿易不平等が起きたり、衰退が早まったりしたら、残るのは異世界人だけとなる。

 それでは神話の神が死ぬ、神が死ねば世界が闇に呑まれる。その闇に亜人だけでは抗えない。

 だから人間を生かす。人間抜きでも神話が紡げるようになるまで。

 要らなくなったら、いつでも物量で消せる。

 この世界での人間の価値は、奴隷やペットに等しいのだ。

 異世界人とて例外ではない。

 どうしても認識を改めさせるには、強さを持って証明させる他なく、実力ある者はそうして亜人と対等な関係を築くそうだ。

 そして、肝心な強さの基準だが、エルフと戦って勝てれば、エルフやドワーフと対等になる。勝てずとも生き延びれば、ゴブリン並みの待遇はある。負けたら決闘相手の奴隷。

 そうそう、人間を傷つけたりした亜人は、問答無用でその種族から追放され、保護区へと亡命するか、一人で生きていくしかない。

 しかしながら、決闘による負傷は別となる。

 決闘の内容は何でもいい。単純に分かりやすいから、ケンカや試合のようなバトルが主となっているだけ。

 決闘相手を殺したりしてもいい。勿論、タイマンではなく、一対多でも構わない。

 この一対多は、亜人が複数でもいいし、人間が複数でもいいと言う。


「我のようなドラゴンに、サシで勝てる人間の方が稀である」

「いやいや、エルフとか不利じゃん……」

「エルフは風の魔法を使うのだぞ。無詠唱魔法を近距離で発動させたら、人間は鉄の鎧を着ていようが、真っ二つになるのだ」


 無詠唱で鎧ごと真っ二つな威力!?

 ……エルフがおかしいのか、人間が弱いのか分からないな。


「現実、幻想、どちらの魔法でも鉄板を切り裂く。エルフとは魔法に長けた種族だから、魔法戦や遠距離戦が強い。まぁ、そんな亜人といえども幻想魔法は一部のみ。使い手が非常に少ないのが現状だがな」


 物理法則に則った魔法は現実魔法、マジなマジックが幻想魔法と呼称されている。

 ドラゴンでも、幻想魔法が使えるのは上位種からで、山吹色は下位種なので使えない。

 まぁ、それでも本物のドラゴンには違いないので、竜人族が竜化したドラゴンより強い。エルフやドワーフ等は質が良い装備で身の回りを堅め、パーティーで対峙しなければ勝てない。

 基本的に一人で挑むのは無謀なのだ。

 今回の勝負では負けたとはいえ、全力ではあったが、本気という訳ではない。人化された状態で部分強化や部分竜化、属性魔法を使われては、流石に負けてしまう。

 たった一人でこの森を守る以上、その位の強さが必要であり、最低条件となるのだ。

 ちなみに、山吹色対森に住むモンスター総出でも、山吹色が勝つ。


「俺の魔法は現実魔法か。武器や策を用いているとは言え、集団で来られたら負けるな……」

「本気ではなかったとは言えど、我を倒したのだ。我の眼すら欺く以上、エルフのパーティー如きに不覚は取らんだろうよ」

「隠れる気がない、今の現状を襲われたら、流石にヤバいんですけど?」

「我と会話しておるのを邪魔するほど、エルフもバカではない。万が一にもそんな事をすれば、森に立ち入れなくなるだけだ」


 それが出来る実力者だからこそ、森の守護もしていられるのか。


「ちなみに、それを権威と呼ぶらしいよ?」

「さもありなん。言ってみれば我は村長のようなモノでもあるからな」

「ブッキーとかのテリトリーの長は、地主か」

「ゴーレムは開拓、猿と狼は警備、スライムは清掃を担う。ブッキーは農業が近いな」


 農業と聞いて思い出した。


「蜂に襲われたんだが、共生するにはどうしたらいい?」

「アイツ等が肉食植物すら襲うのは、自分達が食われる事を知っているからだ。モンスター化していない蜂を囲うか、その辺にいる蟻を誘惑するかにしろ」

「香りで釣るしかないか」


 ブッキーに任せよう。と言うか、ブッキーが教えてくれても良い情報なんだが、多分忘れてやがるな。

 いや、聞かなかった俺も悪いのか。


 モンスターは大気や地中の魔力を浴びて、変異した動植物を指すらしい。

 現代の虫や鳥よりも凶暴。その上、魔力を持つので魔法を使うスライムもいる。知能も上がるが、本能が強化される事の方が多いので、隔絶した実力差が無ければ、格上だろうと襲い掛かる。

 威圧感やオーラを出していないと、ドラゴンにも向かって来るとか。

 まぁ、格下相手の攻撃なんて効かないから、好きにさせているらしい。


「スライムは便利だ。古い鱗を食べてくれるし、歯垢も溶かしてくれる」

「でも、ダメージはないと」

「垢を取る程度をダメージに入れるのか?」

「ツボを押されたら痛いぞ」

「それは意図的に、防御力を下げていたりするからだ。例えば、毒耐性を下げている間は、酔っ払う事が出来る。それと同じであろう?」


 なるほど、それもそうか。

 頷いて納得していると、山吹色は俺が置いている荷物を見ている。


「そのスライムを加工したモノは、自作品か?」

「そうだ。エルフのリュックと比べたら、脆いけどな」

「面白いモノだ。スライムの肉なんぞを使うとは。普通はデザートや歯ブラシの代わりでしかないのにのう」


 食い物にもなるし、歯ブラシにもなるって、凄いよな。まぁ、歯ブラシに使うのはドラゴンくらいだろうけど。


「その武器は棍棒か? やたらと刺々しいが、魔法の杖にもなるとは」

「企業秘密さ」

「開示を求めよう。拳による肉体言語でな」


 権力と暴力の正しい使い方、恫喝だと!?

 見た目が怖いだけなら虚仮脅しだが、権力を持つ組織に恫喝されるのと同じじゃねーか。

 国営のヤクザが常套手段を、ドラゴンが使うとは……。

 これは、屈するしかない!


「どうした? 急に劇画タッチな表情をするな」

「ざわざわ……ざわざわ……」

「この棍棒を売ったとしても、十ペリカで買い叩かれるだろう」

「一円の価値しかない、だと!?」


 釘バットが一円なら、この世界の剣は何十万ペリカするんだよ。


「まぁ、人間でいうジョークだ。ペリカなんて単位はマンガだけである」

「でも、自作品だから安いんでしょ?」

「モノの価値と値段は違うからな」

 

 個人の思い出が詰まっているとしても、安いヤツは安い。素人の自作品と職人の作品では、天と地ほども信頼性が違ってくるし。


「我の鱗を売った方が、より高く稼げる。まぁ、ほとんどの冒険者は、ドラゴンに挑むより、抜け落ちた鱗を拾う。その為だけに、この森に来る場合もある」

「冒険者に扮したモンスターって居るのか?」

「それすら登録時に解るらしいのう。我も冒険者として活動した時期があるからな」


 山吹色はカードを懐から出し、俺に見せてくる。

 アイテムを所持しているのかよ。

 カードよりもそっちの仕組みが、私、気になります。

 カードには山吹色の名前と種族名、年齢や性別も記載してあった。

 ちなみに、こういった小物類。ドラゴン形態の際は、光を屈折させて見えないようにしているとか。

 自分の体積と比較すれば、ほとんどのモノが小物の類いらしい。ムダに器用な現実魔法の使い方である。


「幻想魔法なら、虚空に仕舞えるという」

「あぁ、空間魔法とか、アイテム・ボックスとかだな」


 スライム・ボックスはそのボックスを真似たモノ。

 表面に光属性の魔法陣を刻めば、材質もほぼ水分なので透明にも出来る。

 刻むのに失敗したとしても、中身が見えるだけだ。

 これぞポルターガイストってな?


「魔法陣か。属性の得手不得手に関わらず、最低限の効果が得られると言う。事前に準備していても、咄嗟には描けないし、紙や札を取られるリスクもあるそうな」

「根っこで描けるから、俺はスタンプを取り替えるだけで済む」


 戦力分析されても仕方ない。実力者には小手先なんてバレるだろうし。


「ほぉ。面白い。その手を使う者は少ないというに、その手段と考えに至るとは。異世界人や転生者は侮れぬものよ」


 山吹色が森の守護者をしているのは、かつての上司にあたる人物、いや、龍物がドラゴンの組織の幹部に昇進した際に、ここの代行を頼まれたから。

 自由きままな冒険者を辞めて、この森に住まう事にしたと言う。


「竜は下位種、龍は上位種を指すのか。発音だけじゃ分からないな」

「突然にやって来られる事もある。そう言えば、そろそろいらっしゃる頃のはずだのう」


 上司が視察に来るのか。大変ですねー。

 なんて他人事のように構えていると、決闘で勝った場合は、証明書や御守りのようなモノが貰えると言う。


「今回は鱗で、髪留めを作っておくぞい」

「見える位置に、装備出来るモノが御守りなのか」

「見ただけで実力が分かる。基本的に見せてないと、ナメられても仕方ないからな」


 竜化と人化の二種類で、材料も違えば御守りも違うらしい。例えば、人化で抜けた髪の毛は解けないのだ。それくらい現実魔法の強制力と拘束力は強く、幻想魔法での竜化や人化は、死んでも決して解けないほどだとか。


「さて、長々と立ち話をしたな。そろそろお主の家に、案内して貰えんかのう?」

「着いてくる気なのか!?」

「何を言う。敗者の面倒を見るのも、勝者の義務ぞ」

「……本音は?」

「もっと面白いモノがありそうだから、見てみたいのだよ」


 決闘で負けた相手に対する処遇は、勝者の自由だという。奴隷や部下にする事も出来るし、恋人になる事を強要したりもあるそうだ。

 勿論、何も要求しないという選択肢だってある。

 今回は一応とはいえ、全力のドラゴンを倒したので、森の守護者を連盟で行う権利と、竜人族と対等な関係を持てる。

 向こうが突っぱねてきたら、武力行使で再度認めさせるだけ。まぁ、本物のドラゴンの後ろ楯もあるので、滅多な事ではそうならないとか。


「わかった着いてきな。ただし火気厳禁。使いたければ自分のテリトリーで使ってくれ」

「む。まだ存在を隠すのか?」

「ブッキーが調子に乗って芋を焼くんだ。とても目立つんだよ。あと、植物だから燃えやすいし」

「芋を焼くのと調子に乗る、その因果がわからんが……。わかった、そのようにしよう」


 こうして、山吹色が仲間になった。

 どうしても着いていくと聞かない夕立を連れて来たが、戦闘でのバインド・ボイスで気絶していて、まだ目覚めないようだ。


「起きろぽ犬」

「ぽい……?」

「ほぉ、潜在能力が高いのう。あの狼め、こんな懐刀を持っていたか」

「いらん子を押し付けられただけさ」


 コイツ専用の武器も作りたいし、他の植物や虫とも話してみたい。

 擬人化魔法の開発を、強いられているんだ!

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