[4] レニングラードの解放

 ドイツ陸軍総司令部は1944年1月以降、南部戦域におけるソ連軍の脅威が増大したことに動揺し、他の戦域から戦略予備を引き抜いて対処するしかなかった。モスクワの「最高司令部」は当初の予定通りに南部と連動して、北方の戦線で新たな攻勢の準備を進めていた。

 すなわち、レニングラード正面軍(ゴーヴォロフ上級大将)とヴォルホフ正面軍(メレツコフ上級大将)によるレニングラードの包囲解放を主眼とした「クラスノエ・セロ=ロプシャ」作戦を実施しようとしていたのである。

 ソ連軍にとって幸運だったのは、フィンランド軍がレニングラードの奪取に対してあまり熱意が無く、1941年度の緒戦時に「冬戦争」で奪われた自国領を奪回すると、その後は目立った軍事行動を実施しなくなっていた。フィンランド軍の積極的な支援を受けられないことが相まって、レニングラードを包囲する北方軍集団(キュヒラー元帥)は戦略予備が南方へ転出しており、1943年末の時点で第18軍(リンデマン上級大将)は決定的なまでに弱体化していた。

「最高司令部」は第2打撃軍(フェデュニンスキー中将)に対して、氷上を通ってオラニエンバウム橋頭堡に移動するよう命じた。オラニエンバウムはこれまでドイツ軍に占領されずに残ったレニングラード西方の狭い筋状の土地で、今やここがドイツ軍に対する挟撃作戦のための跳躍台とされたのである。

 1943年11月中に氷が次第にフィンランド湾を閉ざしつつあったが、第2打撃軍は夜間にそっと船団を組んで、オラニエンバウムの橋頭堡に潜入した。表向きはソ連軍が橋頭堡から撤収しつつあるという偽装作戦を展開しながら、1944年1月までに兵員2万2000人、戦車140両、火砲380門を氷上突破させて、橋頭堡を強化していた。

 1944年1月14日、レニングラード正面軍はバルト艦隊の支援を受けて、火砲2万1600門による重砲撃を開始した。第2打撃軍はオラニエンバウムからゆっくりと南翼へ攻撃を開始した。ドイツ軍の注意がオラニエンバウムに注がれている間に、翌15日には3個軍(第8軍・第42軍・第54軍)が攻撃に加わり、ヴォルホフ正面軍も南方のノヴゴロド周辺で「ノヴゴロド=ルガ」作戦を開始し、攻勢に乗り出した。

 1月22日の朝、北方軍集団司令官キュヒラー元帥は東プロセンの総統大本営「狼の巣」を訪れた。レニングラードからの撤退許可を求めたキュヒラーだったが、ヒトラーはこの要請を却下した。翌23日、ドイツ軍による市街地への攻撃が終了した。

 だが、北方の連続攻勢におけるソ連軍の進撃は、南部における成功とは大きな隔たりがあった。なぜなら、多くの上級指揮官がこれまでレニングラード市内もしくはその周辺で過ごしてきたため、他の戦線で同僚たちが攻撃の経験を積み重ねていったような機会に恵まれなかったからである。戦車部隊も砲兵も偵察もうまく連動することが出来ず、1941年度の緒戦時と同様に、無様な戦術が繰り返された。しかもドイツ軍が数年に渡って構築した陣地は、歩兵と工兵が命知らずの勇気を振るってようやく制圧できるほどに堅固だった。北方軍集団に対するソ連軍の前進はゆっくりとしたものだったが、その進撃は実質的に停止することは無かった。

 1月27日、クレムリンはレニングラードの解放を公式に宣言した。第4装甲軍が市街地の外郭防衛線に姿を見せた1941年8月21日から、ちょうど889日目のことだった。ヒトラーはレニングラード陥落の責任を取らせるため、キュヒラーを北方軍集団司令官から更迭した。後任の司令官には、第9軍司令官モーデル上級大将が任命された。

 新しく北方軍集団司令官に就任したモーデルは防御戦を指揮しながら、ソ連軍の進撃を何度も食い止めながら後退に成功し、第16軍と第18軍をエストニア東部のペイプス湖からヴィテブスクに至る防御陣地―「パンテル線」に収容した。

 2月15日、「最高司令部」はヴォルホフ正面軍を解体し、レニングラード正面軍と第2バルト正面軍(ポポフ上級大将)に再編した。ソ連の2個正面軍はエストニアとラトヴィアへ進撃しようとしたが、北方軍集団は「パンテル線」に立てこもり、防衛に成功した。

 その間にも「最高司令部」は43年12月から、中央軍集団に対しても攻勢を実施していた。西部正面軍と白ロシア正面軍はヴィテブスクからロガチェフに至るドイツ軍陣地を繰り返し攻撃して兵員20万人以上の犠牲を払ったが、戦線を西へ拡大させることには失敗してしまった。

 中央と北方の戦線はその後、3か月間は独ソ両軍がにらみ合う状態が続いたのである。

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