[2] ドイツ軍の人員・装備の欠乏

 第3次ハリコフ攻防戦の輝かしい勝利にも関わらず、1943年春のドイツ軍は東部戦線で厳しい現実に直面させられていた。スターリングラードにおける第6軍と同盟国軍の喪失を除いたとしても、人的損耗は戦力を1941年の水準以下のところまで減退させてしまっていた。

 1943年4月1日の時点で、東部戦線のドイツ軍は兵員273万2000人、戦車1336両、火砲6360門であった。これに対して、ソ連軍は兵員579万2000人、戦車6000両、火砲2万門と推定された。

 独ソ両軍の不均衡は、歩兵師団で顕著に表れた。1942年6月に「青」作戦が開始される前でさえ、北方軍集団と中央軍集団の75個師団のうち69個師団が、正規の定員である9個歩兵大隊・4個砲兵中隊の編成から、それぞれ6個大隊・3個中隊へと「削減」されていた。

 1942年の戦闘の後では、この削減された定員がどの師団でも当たり前になり、歩兵部隊への人員補充の比率はひどく減少していった。いずれの場合も結果として、師団は広い作戦正面を守るための兵員に不足し、反撃のために多少の戦略予備を保持しておくことも難しくなった。

 ヒトラーは弱体化した歩兵部隊がソ連軍の圧迫によって局地的な撤退をくり返しているという傾向を止めさせようとして、1942年9月8日付の総統指令で、防御に関するきわめて詳細な指示を発した。

 この指令の中で、ヒトラーは自ら防御戦を指揮すると公示し、東部戦線の全指揮官に対して、補給の現状と作戦能力の査定、現在地についての詳細な報告書を提出するよう求めた。この要求は東部戦線をなかなか終結できないことへのヒトラー自身の苛立ちの表れであり、下位の指揮官が持つ戦闘時の自由な裁量を奪うことでもあった。

 陸軍の壊滅的な人的損失を少しでも埋め合わせるため、ヒトラーは1942年に東部戦線の陸軍を補強するため、空軍と海軍から人員を転属させるという決断を下した。その際、ヒトラーは軍需相シュペーアから、空軍には「幽霊人口」がいるとの報告を受けた。空軍兵力は約160万人と記録されているが、実際には「約198万人」を保有しているというのである。

 調査の結果、この事実を知ったヒトラーは空軍総司令官ゲーリング元帥に対し、「適当な兵力」を陸軍に供出するよう指示した。自軍の人員を陸軍に奪われることを嫌ったゲーリングは空軍参謀総長イェショネク大将と相談した上、空軍の直轄下に歩兵部隊を創設するという代替案をヒトラーに示した。

 ヒトラーはゲーリングの代替案に承認を与たえ、1942年10月に約25万人の空軍地上要員による「空軍地上師団」が創設された。

 空軍地上師団は陸軍の師団と比較して小規模なもので、装備も陸軍や武装SSが優先されたために貧弱だった。そしてゲーリングの個人的な命令により、比較的平穏な戦線での防衛任務に制限されるよう取り計らわれた。

 どの軍も恒常的な兵員不足に悩まされていたが、空軍と武装SSは戦争の全期間を通じてたとえ陸軍に損失を与えることになろうとも、自軍を維持するための新兵を募集し続けた。特に武装SSでは血統基準などの条件を緩和し、外国籍のドイツ人、オランダ人、デンマーク人、ベルギー人、ノルウェー人に始まり、非ゲルマン系のフランス人、スラブ人、イスラム教徒までも対象を拡大した。

 全体的にドイツ軍の中で、特に歩兵の地位が徐々に低下していく一方で、装甲部隊は予期しない復権を経験することになった。戦車生産の混乱と装甲師団の貧弱な現状を見て、ヒトラーが装甲部隊の再建のために、グデーリアンをヴィンニッツァの野戦指揮所に呼び寄せたからである。

 2月20日、ヒトラーとの会合の前に、グデーリアンは東プロイセンのラシュテンブルクに立ち寄り、総統副官兼陸軍人事局長シュムント少将と面会した。シュムントが用件を話すと、グデーリアンは自身の再登用を承知したが、ヒトラーに直接進言できる権限を強く要求した。

 ヒトラーはグデーリアンの要求を受け入れ、この日の午後に装甲兵総監に任命した。装甲兵総監としてのグデーリアンは戦車生産について独立した権限を持ち、空軍や武装SSを含む全ての装甲部隊に対して訓練・教条・編成についても管轄することになった。

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