3.エルフロック

 モード・コリンズはすこぶる機嫌が悪かった。

 彼女が教室に入って来るなり、そのピリピリした雰囲気にクラスの皆がたじろぐのも無視して、モードはさっさと自分の席に着いた。

 ブルネットの猫っ毛は両サイドを後ろでまとめ、すらりとした体は包むのはロングカートと糊の効いたブラウスにリボンタイ。メタルフレームの奥には薄紫色のクールな瞳。整った顔立ちをしているのだが、凛としすぎた表情と態度のせいで、どうにも取っつきづらい堅物のような印象が強く、周囲からも「ちょっと怖い」というイメージを持たれている。

 そんなモードが苛立ちの気配を隠そうともせずにいるものだから、周りとしても、とりあえずはこっそり様子をうかがうか、さわらぬ神に祟りなし、と距離を置いて我関せずを決め込むかだった。

「ハル、おい、ハル」

 ハル・コネリーの席に顔を寄せたのは、友人のイアン・スチュワート。黙っていればブロンドに青い瞳のハンサムな少年なのだが、いささか思慮が薄く空気が読めない残念な子だ。ただし、屈託のない気さくな快活さは大きな魅力である。

「何?」

 イアンが声を潜めるのにつられて、自分も声のトーンを落として答えたハルは、スコットランド人の父と日本人の母との間に生まれた少年だ。同じ年頃の少年に比べれば、東洋系の血筋のせいか小柄で体格も線が細い。黒髪と黒い目のエキゾチックな容貌も、まだ子供っぽいかわいらしさの方が目立つ。

「何かさ、モード先生が随分とおっかねえじゃん?」

「うん。機嫌悪いみたいだね」

「どうしたんかね? 何か知ってる?」

「いや、僕もわかんないけど……」

 ひそひそとささやく二人の様子が気に障ったのか、モードがキッと鋭い視線を走らせ、その迫力にハルもイアンもとっさに視線を逸らして口をつぐんだ。

「……カリカリ女」

「何か言った!?」

 ぼそっと洩らした小さな呟きを聞き咎められたイアンがぶんぶんと首を横に振った。

「あ、おはよ~、モード」

 ピリピリした空気を溶かすようなのんびりした声が割り込んだ。

「どうしたの~? 怖い顔してるよ~」

 声の主はのんびりした口調に似合いののんびりした表情でにこやかに微笑んでいた。

 デヒティン・ワトソンは穏やかな少女だ。

 ふっくらした体つきに、素朴な感じに二つ括って肩にかかる薄茶色の髪と少し眠たげな目をしていて、美人というほどではないが、くっきりした太くて下がり気味な眉が印象的な愛嬌のある顔立ちをしている。デニムパンツにゆったりしたチュニックの服装もシンプルながら良く似合っていて、高く折り返した裾とサボの合間から白い足首が大きく覗くのがかわいらしい。マイペースで、おおらかで、悪意がなくて憎めない、そんな周りから愛される子だ。

「……おはよう。何でもないわ」

「おはよう、デヒティン」

「よっ、ポチャ子チャビー

「ああん、ポチャ子はやめてよ~。イアン、ひどいよ~」

 イアンの軽口にデヒティンがむくれて丸い頬をふくらませたが、本気で怒っている様子はなく、目元は穏やかに笑ったままだった。

「も~。いいもん、イアンにはあげないから」

 そう言って、デヒティンが手にしていたバスケットを持ち上げて見せると、ふわりと甘い香りが漂った。

「菓子か! 何だ?」

「ブルーベリー入りのフィナンシェだよ。でも、イアンにはあげないから関係ないでしょ?」

 料理好きなデヒティンは、よく手作りの菓子をクラスに差し入れてくれる。その腕前はかなりのもので、皆から好評を得ていた。

「何だよー。いいじゃんか、くれよ」

「もう、ポチャ子って言わない?」

「言わない、言わない」

「じゃあ、あげる。お昼にみんなに配るね」

「おう!」

 イアンが調子よくにかっっと笑ったが、どうせまたすぐにデヒティンをからかうようになるだろうという事は、当人同士も含めてその場の誰もがわかっていた。

 家が隣同士という事もあってか、イアンとデヒティンは小さな頃から気心の知れた遠慮のない間柄だった。それは周知の事実なので、二人の間の些細なじゃれ合いなど、誰もいちいち気にしない。

 そして、デヒティンのおかげでモードのとげとげしい様子も影を潜め、とりあえずその場は収まったのだが、モードの不機嫌はそれで完全に消え去ったりはしなかった。

 

§


 放課後の図書室。

 ハルは書架の前に立ったまま、手にした本のページをめくっていた。今まではあまり読んでいなかったジャンルの本だったが、少し興味が湧いて目を通してみる事にしたのだ。

「ハル」

 横合いから名を呼ばれて顔を上げると、そこには胸元に本を抱えたモードの姿があった。

「珍しいわね。何を読んでいるの?」

「ああ、これ──」

 ハルが本の表紙が見えるように持ち上げる。スコットランドの民話、妖精譚フェアリーテイルについての本だ。

「……こういうの、子供っぽいかな?」

「いいえ。そんな事ないわ」

 ハルが少し気恥ずかしそうに言うと、モードは即座に首を横に振った。

「民話や伝説の研究はとても興味深いものよ。民俗学とか文化人類学っていう分野の学問ね。民間伝承の中には、歴史や思想や宗教や習慣、人類の文化のいろいろな要素が詰め込まれているの。そういう事を意識して読んでみると、また違った面白さが見えてくると思うわ」

「へえ……」

 と、ハルは感嘆の声を洩らした。

 モードは聡明で大人びていて、同じ十三才とは思えないほどで、その事には日頃から感心していた。

「やっぱり、モードはすごいね」

「そう? ありがとう」

 ハルが素直に賞賛の言葉を述べると、モードは少し照れ臭そうに微笑んだ。

「そういう本に興味があるの?」

「うん。最近、ちょっと気になってね」

 答えるハルとモードの間に穏やかな空気が流れ、

「シーダーがいろんな事を聞かせてくれるから」

 次の瞬間、凍り付いた。

「……シーダー・キーン?」

 そんな空気の変化にも気付かず、ハルはこくりと頷いた。

 シーダー・キーンは不思議な少女だ。

 ハルよりも一つ年下で、燃えるような人参色の髪の額の形が綺麗な女の子は、生意気でおてんばで強引だけれども、賢くて茶目っ気があって魅力的でもある。

 そして、シーダーには大きな秘密がある。

 キーン家は代々魔女の家系で、シーダーもその血筋をしっかり受け継いでいる。シーダーの祖母も母も若くして死んでしまったという姉達も、皆、魔女だと言う話だ。そして、シーダーの通う学校も、表向きは別の街の全寮制の私立学校という事になっているが、実際には世間から隠匿された魔法学校なのだそうだ。

 ハルをいたく気に入ったらしいシーダーが打ち明けてくれた秘密は、当然、口外する事もできず、ハルの胸の内にしまわれている。

 そんな見習い魔女のシーダーが、週末ごとに故郷の村に帰って来ては、ハルの所に押しかけたり、あるいは、あちこち連れ回したりしては、不思議な話を聞かせてくれたり、不思議な物を見せてくれる。

 小さな魔法や、悪戯好きな妖精や小人、恐ろしい幽霊や怪物。

 そんな昔話が伝える様々な存在が、この田舎の風景の中に息づいている。

 森に生い茂る木々の狭間に。ヒースの絨毯に覆われた荒野に。波の打ち寄せる海岸に。深い深い海の底に。古ぼけた小屋の片隅や天井裏にも。

 都会で暮らしている頃には気にも留めなかったものが、ハイランドの美しい風景のそこかしこで息吹を上げている。それは、この村にやって来て、シーダーと出会わなければわからなかった事だ。

 だから、ハルはこの村で暮らすようになった事を、シーダー・キーンという少女と出会った事を、──そのきっかけは母との死別という悲しい出来事ではあったけれど──、とても幸運だと思っている。

「シーダーはこういう民話みたいなのに詳しいから」

「……ふぅん。ハルはシーダーとは随分と仲がいいみたいだものね」

 モードの声音が冷えた。

 女心の機微などからっきしのハルは、モードが秘かに自分を憎からず思っているなどという事には、まったく思い至らない。

 ハルは周囲の女の子達からは人気が高い方だ。東洋系の母親に似て小柄で童顔だが、血の混ざった風貌はエキゾチックな魅力がある。グラスゴー育ちの都会的で洗練された雰囲気は他と一線を画しており、物腰が穏やかで、同じ年頃の少年にありがちなやんちゃが過ぎて乱暴になるような所がないのも評価が高い。

 そのおかげで、ハルを気にしているのはモードばかりではなく、他にも何人かいるようなのだが、互いに牽制し合っていて──特にモードの睨みが強くて──、今の所、シーダー・キーン以外はまだ誰も積極的なアプローチに至っていない。

「仲がいい、って言うのかなぁ。何だか僕が引っ張り回されてるばっかりみたいな気がするんだけど」

 不機嫌なモードの様子に気圧されながら、ハルは困ったように苦笑いを洩らした。

「そう言う割に、毎週毎週、シーダーが週末に帰ってくる度に律儀につきあっているみたいね」

「だって、シーダーはちょっと……強引って言うか、勢いがあるから、つい、さ……」

「迷惑しているのなら、はっきり言った方がいいわ。ハルは人がいいのよ。いちいち人の言う事に合わせていたら、相手が調子に乗るだけよ」

「いや、迷惑っていうほどでもないし……」

 はっきりしないで言葉を濁すハルの態度に、モードは眉間の皺を深くした。

「まったく! そんな調子だと、いつかつけ込まれてひどい目に遭うわよ」

 モードは呆れたように嘆息して、ぷいとハルに背を向けた。

「……うん、ごめん」

 反射的に謝って、ハルはモードの後ろ姿に目を向けた。

 ハルよりも少しだけ背が高く、すらりとして真っ直ぐ伸びた背中は、凛とした強気な雰囲気をまとってはいても、華奢で清楚な女の子らしい姿だった。

「あれ?」

 と、ハルは思わず手を伸ばした。

 モードのさらさらのブルネットに一房のほつれがあった。流れるような黒髪の小さな乱れがひどく不似合いで、つい、深く考えもせずにそのほつれを指で梳いて直していた。

「ひゃっ!」

 モードがかわいらしい悲鳴を上げた。

「あっ! ご、ごめん!」

 弾かれるように手を退けたハルに、振り向いたモードが恥ずかしそうに頬を真っ赤に染めてうつむきながら、様子を伺うようにちらちらと視線を向けた。

「な、何? 急に髪なんてさわって……」

「うん、ごめん……。その、髪にほつれてる所があって、気になったら、つい……。勝手にさわったりして、無神経だったよね、ごめん」

 ハルは肩をすくめて申し訳なさそうに縮こまった。

「あ、そ、そう。別にいいわ。ちょっと驚いただけだから」

「うん……」

 互いに気まずい思いで顔を赤くして、目を合わせられず口をつぐんだ。

 緊張に汗がにじみ、息苦しさに喉が詰まる。

「えっと……!」

 沈黙に耐えかねたハルが口火を切った。

「モードの髪って綺麗だよね」

「──っ!」

 目をむいたモードが顔から火を吹いた。

 モードの髪はブルネットの猫っ毛で、柔らかくなめらかすぎる髪質は選べる髪型も限られるのだが、艶やかで美しく、大きな魅力だ。

「綺麗な黒で、すごくつやつやしてて、さらさらで、こんなに綺麗なのって珍しいよね」

「……あ、ありがとう」

 モードは才女であり、厳格なイメージが強い事から、賢さや真面目さを褒められる事が多い反面、容貌を褒められる事にはなれていない。

「死んだ母さんの髪がこんな風だったな。真っ直ぐな黒髪で、さわった感じとかもモードの髪とそっくりなんだ」

「そ、そう」

 邪気のない顔で言うハルの言葉に、モードはどぎまぎして声をうわずらせた。

「それじゃあ、私はもう行くわね」

「え? あ、うん。それじゃあね、またね、モード」

「ええ、それじゃあ、また」

 モードは早口で言い放つと、そそくさと逃げるようにして図書室を後にした。

 後に残されたハルは、モードの落ち着かない様子に、どこか具合でも悪いのではないかと心配しながら、何気なく手にしたままの本を開いてページに目を落とした。

ほつれ髪エルフロック

 視線の先の見出しにはそう書かれていた。


§


「ふぅん。それで、ハルはモード・コリンズの情緒不安定が『ほつれ髪エルフロック』のせいじゃないか、って思ったんだ」

 週末。里帰り中のシーダーが、ハルが世話になっている叔母の家に押しかけ来るのは、もはや毎週の定例になっていた。

 テーブルに差し向かうハルとシーダーの間では、紅茶のカップが湯気を立てており、家主である叔母のフィオナが留守にしているので、二人きりのティータイムだ。

 茶葉はフィオナのお気に入りのキーマン。世には煙臭いばかりの粗悪品もかなり出回っているが、フィオナの御用達は老舗のウィタードだ。すっきりした味わいと品の良い甘い香りがフィオナの好みに合っていて、常時、ストックを切らさずにいる。

 茶菓子はシーダーの手土産のショートブレッド。シーダーが母から作り方を習ったお手製だ。名人の品と言えるほどのレベルではないが、しっかりとサクサクした歯ざわりに仕上がっており、十分に及第点の出来映えだろう。

 フリル付きの黒のジャンパースカートにピンストライプのブラウスを合わせたお気に入りのスタイルで、シーダーは行儀悪くテーブルに肘を突いて、重ねた掌に顎を乗せていた。

 鮮やかな人参色の髪に吊り目気味な大きな緑色の瞳、うっすらと浮いたソバカスは、白い肌のきめ細かさの証し。生え際のラインが綺麗に整った広い額は大きなチャームポイント。十二才の年相応の幼さを残した顔立ちや体つきの愛らしさに、ぐっと大人びてませた雰囲気の色香も併せ持つ、シーダー・キーンはそんな魅力的な少女だ。

「うん。もしかしたら、そういうのもあるのかな、って思ったんだけど。どうなのかな?」

ほつれ髪エルフロック』とは、その名に『妖精エルフ』と付くように、妖精の悪戯なのだとの言い伝えがある。

 妖精が人間の髪に悪戯をしてほつれを作ると、その人は不機嫌になったり怒りっぽくなったりして、精神が不安定になるのだと言われている。

 ここ最近、ずっとモードの機嫌が悪いのは、もしかしたら、妖精に悪戯をしかけられたからではないだろうか。図書室の一件でたまたまモードのほつれ髪を見つけたハルは、ちょうど本で『ほつれ髪』についての記述を見かけ、そんな風に心配になったので、シーダーに相談してみたのだ。

「鈍感」

「えっ?」

 シーダーが小馬鹿にしたように笑った。

「でも、そういう鈍い所がかわいいわ」

 ゆるんだ頬をほんのりと染めて、シーダーは途惑うハルをじっと見つめた。

「『ほつれ髪エルフロック』なんてのは迷信よ。モードが妖精にまとわりつかれてるなんて事はないから、それは安心していいわ」

「あ、そうなんだ」

 シーダーの視線にどぎまぎしながらも、ハルはほっと胸を撫で下ろした。

「よくわからないものを何でも妖精のせいにしちゃうのはよくないわ。言い伝えってのは、本当の事もでたらめもごちゃ混ぜになっているんだから、何でも鵜呑みにしちゃ駄目よ」

「うん。でも、本当かどうかなんて、僕にはわからないよ」

「だったら、私に聞いて。ハルの知りたい事……何でも教えてあげる」

 シーダーがぐっと身を乗り出して、熱っぽく瞳を潤ませる。十二才の少女には不釣り合いなくらいの艶やかさにどきりとして、ハルは思わず目を逸らした。

「やん。照れて真っ赤になってる。やっぱり、ハルってかわいいわ」

 シーダーがからかうように笑うが、事実その通りなので、ハルは何も言い返せなかった。

「うふふ。ねえ、ハル。そんな風に『ほつれ髪エルフロック』だなんて考えたのはどうして?」

「え? えっと、それは……」

「妖精とか魔法とか、そういう話、私に聞かされて興味が湧いたの? それで、本で調べたりしてたのね」

「うん。まあ、そうかな……」

「ふぅん。つまり、ハルはいつも私の事ばっかり考えてるのね」

「えええっ! 何でそうなるの?」

 飛躍したシーダーの発言に、ハルは悲鳴のような声を上げた。

「だって、私の事が気になって、私が話した事を自分で調べ物したりしてるんでしょ? 違う?」

「それは、違うような、違わないような、ええと……」

 シーダーの強引な言い様に圧されて、ハルは言葉を濁した。

「ハルは私の事が気になって仕方ないくせに、恥ずかしくて素直にそうとは言えないのね。なんて情けない意気地なしなの。でも、ハルのそういう所がすっごくかわいいわ」

 生温かくシーダーに見つめられて、ハルは縮こまってうなだれた。

「きっと、毎晩、私の事を考えて恥ずかしい事をしてるのね。やーらしっ」

「し、してないよ!」

 ハルが慌てて真っ赤になった顔を跳ね上げると、シーダーがくすくすと笑った。

「そう? じゃあ、誰でしてるの? うふふ。これは、ハルの部屋を調べて、どんな宝物が出てくるか確かめないといけないわね」

「やめてえええっ!」

 ハルが悲痛な叫びを上げ、そんなハルの様子を見て、シーダーはゆるんだ頬を紅潮させた。

「やん。困ってるハル、かわいい。すっごくかわいい。ドキドキしちゃう。ねえ、ぎゅってしてもいい? ああ、もう! 抱きしめてもみくちゃにしちゃいたいわ!」

「シーダー? ちょっと、何か、目付きが怖いってば!」

 獲物を狙う猫のような目をして、今にも舌なめずりせんばかりのシーダーを制止すべく、ハルは必死にかぶりを振って訴えた。

 シーダーは小生意気でおてんばで、ハルを自分のペースに巻き込んでは困らせる。しかし、そうした小さな悪戯や意地悪が露骨なくらいの好意のアピールである事がはっきりとわかるだけに、邪険にもできない。それどころか、好意の表れだと思うと、少し嬉しいようにも感じてしまうのが複雑な気持ちだった。

 ──そんな風に思っているなどとは、決してシーダーには言えはしないが。

 もし、そんな思いを知られでもしたら、シーダーは大喜びでまたハルをからかうだろう。「私に意地悪されるのが嬉しいだなんて、ハルって変態っぽいわね。やーらしっ」とでも言って。

「でも、だったら、モードはどうしちゃったのかな」

 話を逸らすようにハルが言った。

「逃げ腰なのが見え見えでわざとらしいわ。ハルは話を誤魔化すのが下手ね」

「うっ……」

 シーダーに容赦なく切り捨てられて、ハルは言葉に詰まった。

「でも、そういう不器用な所もとってもかわいいわ。ハルって、私にかわいい所ばっかり見せてくれるのね」

 うっとりしたようにハルを見つめるシーダーの視線が照れ臭く、ハルは自分も頬を赤らめた。

「モードの事はね、何も心配要らないわ」

「シーダーは何か知ってるの?」

「いいえ。でも、わかるわ。わからないのはハルだけかもね」

 シーダーはくすくすと笑い声を零し、ハルは首をひねって途惑うばかりだった。

「放っておけばいいわ。そのうち、自分で決着をつけるでしょ。私も負けないけれどね」

「えっ?」

 きょとんとするハルに、シーダーは謎めかすように微笑んで見せるばかりだった。

「ねえ」

 と、シーダーは不意に椅子から立った。

「ちょっと出かけない?」

「いいけど、どこに?」

 日はまだ高く、土曜の午後の残りは長い。今から少し散歩に出かけるのもいいだろう。

「うん。幽霊屋敷の探険なんて、どう?」

 そう言って、シーダーは悪戯っ子の顔をして目をキラキラ輝かせた。

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