魔法大道芸人現る

「さぁさぁ坊っちゃん嬢ちゃん寄ってらっしゃい見てらっしゃい!ムチャとトロンのお笑い劇場の始まり始まり!」

「楽しいよー」


 活気溢れるヌイルの町の中心にある広場は、買い物や散策を楽しむ多くの人々で賑わっていた。その一角でムチャとトロンはいつも通り客寄せを始める。


「なんだあれ?」

「お笑いだってよ!お母さん見ていこうよ!」

「旅芸人か、ちょっと見て行くか」


 人通りの多い事もあって、買い物帰りの親子や、デート中の恋人達が足を止め、ムチャとトロンの周りにはあっという間に多くの観客が集まった。程良く人が集まったところで、二人は互いの顔を見て頷き、ネタを始める。


「いやー、暖かくなると虫が出てきてイヤになるね」

「この前うちに出たんですよ」

「何が出たの?」

「ジャイアントキングスコーピオンが」

「そうそう、あんなデカイのでたら部屋が狭くなって困りますよね、って出るかーい!!」


 賑わっていた広場が少し静かになった。


(ムチャ…あれやる?)

(いきなりか!?よし!わかった!)


「ショートコントやります!」

「ショートコント、エンシェントホーリーフレイムドラゴン」


 〜30分後〜


『はぁ〜』


 観客のいなくなった広場の片隅で、2人はがっくりと肩を落としていた。


「滑ったな」

「エンシェントホーリーフレイムドラゴンは良かったのにね…」


 ムチャが片手で持てる軽さの投げ銭入れを左右に振ると、中に入った僅かな硬貨が投げ銭入れの中でぶつかり合い、チャラチャラと音を立てた。それはとても寂しい音色であった。


 ぎゅるるる


 その時、二人のお腹が同時に鳴った。二人の空腹はもはや限界だった。

 そこに一人の少女が現れて、二人の前に立った。そのまだ幼さの残る少女は、先ほどの観客の中に見かけた顔だ。少女は二人に言った。


「芸人さん達、お腹空いてるの?」

「あぁ、俺達は今、空腹と笑顔に飢えているんだ……」

「大体いつもだよね……」


 すると、少女は手に持っていた袋からパンを取り出し、半分に千切って二人に差し出した。二人はそれをまるで宝石を扱うかのように丁重に受け取る。手にしたパンは冷たく固かったが、空腹の二人は微かに漂う小麦の香りを確かに感じた。


「他にもあげなきゃいけない人がいるから全部はあげられないけど、これどうぞ。お笑い面白かったよ」


 そう言うと少女はニコリと微笑み去って行った。

少女の背中を見送りながら、二人は瞳をウルウルと潤ませた。


「なんていい子なんだ…」

「天使かな」

「かもしれないな」


 二人は半分に千切られたパンをさらに半分に分け合い、愛おしげに口に運んだ。少女の優しさと二人の空腹を調味料にしたそのパンは、焼き立てのパンよりもずっと美味しかった。


「相変わらずしょぼくれてるわね」


 二人が指に付いたパンのカスを舐めていると、先ほどの少女と違い性格のキツそうな女が二人の前に立っていた。性格はキツそうだが、スタイルは抜群に良い。全身に紫を基調にした煽情的で高価そうな衣装を身に纏っている。


「げっ…」

「プレグだ」


 プレグと呼ばれた女は、まるで汚れたネズミを見るような目でムチャを見下ろした。

彼女は魔法を用いた大道芸を生業とする魔法大道芸人で、ムチャとトロンとはちょっとした知り合いである。


「相変わらず寒いお笑いで日銭を稼いでいるのね。女の子に貧乏させるなんてとんだ甲斐性なしだわ」

「お前こそ相変わらず性格キツイな」


 ムチャを罵ったプレグは、今度は愛おしげな目をしてトロンの隣にしゃがみ込む。


「トロン、いつまでもこんな甲斐性の無い芸人と一緒にいないで私と組んで大道芸をやりましょうよ。あなたの魔力と私のテクニックが合わさればきっと最高の…」

「やだ」


 トロンがスッパリとプレグの言葉を遮った。


「私、同性愛者じゃないし」

「私も違うわよ!」


 トロンの言葉になぜかプレグの顔が微妙に赤くなっているのが気になる。


「まぁいいわ! ちょっとそこで座って見ていなさい!私が本物のエンターテイメントというものを見せてあげるわ!」


 そう言うと、プレグは勢い良く広場の中心に躍り出た。


「さぁさぁ、皆様お集まり下さい!世紀の魔法大道芸人プレグのショーをご覧あれ!」


 そしてプレグは、火炎球を使ったジャグリング、水魔法による水芸、風魔法を利用したカードマジックなどを披露した。

 その見事な芸の数々に、集まって来た観客達は惜しみない拍手を贈る。


 スゴーイ!

 こんなの見たことない!

 ポロリはないのか!


 見事な芸で広場を湧かせるプレグの投げ銭入れは、あっという間にゴールドで満たされた。


(見なさいトロン、これであの芸人より私の方が……あれ?)


 プレグが先程まで二人が座っていた場所を見ると、二人はいつの間に広場を立ち去っていた。


「ちょっとー!」


 その時、プレグの上空でショーのラストを飾る雷の魔法が発動した。広場の上空にはバチバチと雷の花火が咲き乱れる。

 ヌイルの町の広場には、大きな拍手とプレグの叫びがこだました。

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