場面2

つまり、人生において事故なく終わった私の生涯は、ここに終わる。いま目の前に広がるのは、まるで光が目の中にずっとたまっていくような、強い、目に痛い、白色が増していく情景である。ああ、どこへ行くのだろう。


カレの体が動いた。いや、カレの体が動いたというよりは、大きい板の上に乗せられていたところ、その板が動いたのだ。「シュー」という音と、白いたくさんの煙を出しながら。

 大方、カレの体は足のつまさきまで(頭から)出た。とかと、カレはまだ目を閉じ眠っていた。白い煙がどこかへ消えて行き、機械の音がしなくなった頃、カレは目をパチリと目を覚ました。

「ん、んん…」

やけに眩しい光が強さを増して、それがずっと続くかと思ったら、今度はえらく蒸気の響くところへ来た。とカレは思った。仰向けになっていたカレの体から天井のようなものを確認することができた。

 あれは天井か?たしかに病院の天井は白色だったが。その黒っぽい青色の天井を見ながら思う。

そうか、ここは天国か。いや、この異様な雰囲気、もしかして地獄か。どっちにしろ、死後の世界なのであろう。俺はさっき、意識がもうろうとするなか、死んだんだ。たしか最後にそう、あの強さが増す光の中で、「おとうさん!」とか「おじいちゃん!」という声が聞こえた。冥土の土産といったところか。

などと、カレがそんなことを考えていると、「ツカツカ」と足音がした。ん!?なんだ、人か、番人か、獄卒か、天使か、それとも形容しがたい何かだろうか。

その音は少しずつ大きくなり、近くに誰かの気配を感じたところで止まった。彼は胸が張り裂けそうなほどの緊張を覚えた。そして思わず首を右へ向けた。誰もいなかった。今度は左へ向けた。いた。というより、左へ向けたところへその「誰か」が入ってきた。

このスカートを履いたスーツ姿、女であろうか。体は細く、スラっとし、スタイルがよい。カレはじっとその美しい体を見つめた。まるで吸い込まれてしまいそうだった。すると、

「長い人生お疲れ様でした。しばらく体を動かしてなかったので、動かしにくいと思いますが、もうしばらく待っていると、ちゃんと動くようになります。」

という今まで聞いたこともないような透き通った声がした。言っていることはまるでわからなかったが、女の声で、それがいま目の前にいる人からだとは思えた。

反応をしなかったせいか、その女は前かがみになり、彼が向けている頭へ顔を近づけた。そこで初めて顔を見ることができたし、初めて目が合った。顔もまた美しく、まさに声通りであった。眼鏡をかけていて、ブロンドの長髪がきれいに動いている。そしてもう一度先ほどと同じようなことを繰り返した。カレの緊張はどこかへ消えていた。

これが天国にいると言われている天使か。なんだ、もっと小さなものを想像していたが、とても人間的で普通ではないか。いや、これは普通なのだろうか、死んだ人が誰でも通り道で、たまたま自分が初めてで新しく、新鮮だから普通と思えないのか、おそらくそれだ。女は何かを考えている彼を見て、悟ったのかまた口を開いた。

「ここは天国でも地獄でもありません。あなたが死んで、死後の世界に来たわけでもありません。ただ、疑似体験から目が覚めただけ。ここが真の世界です。」

 どうやら今までの「普通」は作られた「普通」だったのか。ここが普通なところではないのが、その証拠だ。どうやら「普通ってなに?」の原稿を書き直さなくてはならない。いま初めて文末をかざる言葉ができた。「普通とは、死して初めて理解できる。」

 しかし、何かがおかしい。なぜ目が覚めたのに、以前ここにいた記憶がないのだ。夢から覚めた少年は「ああ、夢だっのか。ここは普通の世界か」と現実と非現実を理解できるはずなのに。

 彼は初めてその女に口を開いた。

「君の話はどうもおかしい。疑似体験の装置だか何だか知らないが、私は夢から覚めたのだろう。どうしてここにいた事の記憶がないのだ。」

初めて口を開いたのか、自分が20代の声、体に若返っていることに気がついた。そして女はそれを聞いてね慣れた口調でこう答えた。

「疑うのことは無理もありません。話すと他のことも混ざって、話が長くなりますが、かまいませんか?」

「頼む」

「では、すこし歩きながら説明致します。」

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