第2話 春の虹❬ある少女の恋患い❭

 私は昔、異世界から来た少年と旅をした。

 まだほんの幼い子供の頃の出来事だけれど、はっきりと覚えている。

             ♡

 あなたは、均一を乱したこの世界を救う為にやって来た。

 見上げると、あなたの姿がいつもそこにあった。零れる陽射しを浴びて、大好きな笑顔。私より、少しだけお兄さん。

 まだ恥じらいを知らなかった私は、とんでもない事ばかりして、あなたを困らせた。

 大切な想い出。


 長い旅が終わり、あなたは自分の場所へ帰っていった。


 あなたの居なくなった世界。

 もちろん、最初からあなたはこちらの世界には存在していなかったのだから、それは当たり前の事。

 必然。

 けれど……。


 私の真ん中に、ぽっかり穴が空いた。

 消えてしまったモノ。  大切なモノ。


 そして、私は成長していく。

 

 優しい笑顔。  あの日見上げていた姿。

 私は大人になっていき、眼に映る景色も変わっていく。

 心も、ゆっくり動き出す。


 たわいもない事を意識したり、戸惑いを覚えたり。

 酷い事を云って、誰かを傷つけたり。

 誰かを好きになったり、恥じらう事も覚えた。


 幾度目かの春が過ぎ、私はあなたに恋をしていた事に気づいた。


 柔らかな春の風に吹かれて、あなたを想う時。

 もう一度、この世界が均一を乱せばいい。

 私は、そんな事を願ってしまう。

 だって、あなたに逢いたいから……。


 あの夕暮れに居た、あなたを想う。星を見上げていた、あなたを想う。

 朝霧の中の、あなたを想う。

 15歳の春。


 あの頃のあなたの背丈を、私は疾うに追い越してしまった。

 あなたと遊んだ、この樹の下で。

 

 あなたの名前を、細やかに唇に乗せる。

 囁き声を、風が浚っていく。

 本当は、この空めがけて叫んでみたい。

 あなたの名前を。

 あの頃、そうしていたように。


 舞い上がる綿毛のように、無邪気にキラキラと笑い合った。

 あなたの居た、7歳の春。 あなたの居ない、15歳の春。


 風が遊ぶ菜の花畑を眺めながら、私は想う。

 ここに、あなたが居たらいいのに。


 突然吹いた強い風が、全てを浚い舞い上げていく。

 花霞み。

 薄紅の彼方に、たゆたう影を見た。

 春の幻。   どうか、消えないで。


 患う私の世界を、救いに来てくれた。

 異世界の、夢人。


 私は、あなたの名前を叫んだ。

「   っ……!」

 

                  ❬END❭

 

 

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