第30話むぎとへだい

本日の一品: ヘダイの塩釜


ヘダイ一尾を下処理して酒を振りかけておく。

塩釜の衣の材料としては塩五百グラムに対して卵白を二個分ほど混ぜ合わせる。

ヘダイをワカメなどで包み塩釜の衣を塗りつける。

予熱しておいたオーブンで焼き上げる。


これは熱いうちにどうぞ麦焼酎のロックで 




本文


 除臭、除臭と時代は進む~


 はい、戦時歌謡とは何ら一切の関係もありません。酒を飲んでいると時間がたつのを忘れる作者@流しの魚屋です。

 今日はヘダイの話について騙りましょうか、ヘダイと言う魚は見た目黒鯛に似ていて弾力のある白身が美味な魚である。こう書くと美味しそうだなと思われる諸賢もおられましょう、実際漁獲量が少ないだけで不味い魚ではないのであります。そういう魚は結構ありましてあれとかこれとか・・・・・・

 話を戻しましょうか、ヘダイと言う魚は美味な白身を持っている魚であります。ただ、少々海藻のような匂いを持っているのでこれを個性と取るか臭いと取るかで評価の分かれる物なのです。


 前居た店でヘダイを扱っていた時の事、とあるお客さんに

「これ黒鯛と違うの?」

 と聞かれたことがありまして私も正直に

「ええ、ヘダイと言う魚なんですよ。白味で美味しい魚ですが少々匂いがするんで・・・・・・」

「どんな匂い?」

「腹を開けると海藻のようなと言うか寒天の臭いと言うか・・・・・・・・・・ それでヘダイなんて言われるんですけどね。」

「匂いがするんじゃいただけないわ。ごめんなさいね。」

 と言ってお客さんは他の品物をお買い上げとなられたのであります。まぁ、美味しいとだけ答えて癖があることを告げないのは売り手としても宜しくないので正直に答えたのでありますが評価されないのは悲しい物であります。本当に美味しい魚なのに・・・・・・・・


 仕方がありませんのでヘダイを下げて刺身盛り合わせの中に混ぜ込むのであります。この方法は少々手間かかりますがラベル表記できない魚(入荷量の問題とか値付け機のメモリ容量の問題で)をうまく処理する方法としてはよくあるのです。わざわざ表記を作ったり、探したりする手間を考えたら【盛り合わせ】や【近海鮮魚】等で誤魔化して手書きの手板などで知らしめたほうが楽なのです。本当楽なのです。知ってますか?スーパーで使われる値付け機の新規商品登録は一文字づつ文字コード番号を打ち込んでいくんですよ。あれを探しながら打ち込むのは基本的に現場向きな販売員さん達にとって面倒くさい仕事なのであります。(本部からオンラインデータによって送られるのはパソコン上から処理できるので楽すぎるほど楽なんですがそれはさておき。)

 刺身の盛り合わせの中に単品で売っても売れないけど混ぜると売れるのがちらほら・・・・・・・・冬の時期ならば売れるけど夏になるとさっぱりな切り身材料とか、刺身よりもツナ缶にした方が旨いだろうと言われるビンチョウマグロとか産地がどれだったかなと伝票にも載ってない他店舗で仕入れた物の誤配送物とか・・・・・・・・・後は単価が高いので単品だと値段がすごいことになる生マグロなんかも・・・・・・・・

 大量に仕入れたときにただ売りさばいていても捌けないので刺身等別の形にして別口の客の取り込みをするときの常套手段なのですが・・・・・・・・・・・それはさておき、ヘダイを盛り込んだ刺身を作っていくのであります。


 さばいていると、プワーンとした海藻のような匂いが漂ってきてこれはこれで癖はあるが悪くない匂いだなと思うのですが、慣れてない知らない者からすればこの魚は腐っているのではないかと勘違いをされるのであります。実際その日は朝に届いた天然ブリの腹が・・・・・・・・・・(察してください)

 ブリって肉食魚で消化途中な魚がパンパンに詰まっているし運送中にそれらが発酵して(察してください)・・・・・・・・・・・・・・それに出くわした後なので魚の腹から臭いがすれば誤解もするものであります。

 臭いに反応したパートさんやら社員さん達を尻目に私は淡々と刺身を仕立てるのであります。その日の盛り合わせは


・千葉県産生鰹(単価が高く刺身用や単品ではいいお値段になってしまうから。)

・房総沖産船上〆鰆(切り身用だったんだがグラム400円なんて誰が買うんだ!)

・神奈川県産ヘダイ(ヘダイと言う魚を知らない客ばかりで単品では売れないから。)

・長崎県産マアジ(単価が安いので値段調整のため、次いで言えば旨そうだったから。)

・外房産カナガシラ(実は値付け機に登録されておらず登録が面倒だったから。)


 の五点盛りである。 


 刺身担当が定番を作っている間に私はしらばっくれて、在庫処分と言う名の悪ふざけをするのである。冷凍物やら養殖物ばかりで面白味のない刺身なのに対して私の作ったのは生ネタ天然モノにこだわり技芸の粋を凝らして(ません)作り上げた刺身、しかも安い材料も組み合わせていることから高級なネタが入ってもお手頃価格でご提供なのである。

 これに食いつかない客はないだろう!これに食いつかないのは魚嫌いか今夜のおかずが肉なのか能無しのメクラ野郎に違いないと大声で作業場で言っていたら。


「ばろ君(仮名)口を慎もうな。今、君はお客様とこの店を同時に馬鹿にしたんだよ・・・・・・・・・」

 と背後から副店長と本部のバイヤー(野菜仕入担当)が・・・・・・・・・私の肩に手をかけるのであります。そうして次の契約が・・・・・・・・・・肩叩きになりそうになってしまいましたのは笑い話であります。うん、これが今流行の派遣切りか・・・・・・・・・・

「ちがうから、それはばろちゃん(仮名)の自爆だから・・・・・・・・・そんな事で抜けないでくれよ。おれが仕事回らなくて泣き見るんだから・・・・・・・・・・」

 と当時いた店のマネージャー(売り場責任者)が痩せている体を更にやつれさせてお願いしているのは笑い話としておきましょう。その後ろで私の渾身の作品を

「これは面白いな。時折作れば客のウケが狙える。」

「他店との差別化にはちょうど良いかも、そこで薬味代わりに芽ダテとか・・・・・・・・・・うちの扱うものを入れてもらって飾っても・・・・・・・・・・・・・」

「所でこれはなんだ?」

「カナガシラと言う魚ですよ副店長!ばろちゃん(仮名)いわく、『面倒な魚は盛り合わせにしちゃえ!』と言ってちまちま捌いてましたよ。」

「ふーむ、後で鮮魚バイヤーとシニアマネージャー(店舗巡回担当)に言っておくか。」

と商品を食べて自分の分資料を確保しながら話し合っている副店長と野菜のバイヤーとそこにいたパートのおばちゃんがいるのであった。


 因みに盛り合わせは夕方のお客さんの群れに合わせてこともあって40パック完売でございます。おかげで首がつながったともいえるのですが・・・・・・・・・・・


 後日、野菜のバイヤーから話を聞いた鮮魚のバイヤーが

「ばろさん(仮名)、面白い事をやっているねぇ・・・・・・・私からも協力してあげるよ。どんどんこれを作ってくれたまえ。」

 と、大量の鮮魚ざいこを送りつけてきたのは別の話である。


「いやぁ、色々な魚で盛り合わせを作ってお客様にも好評でしょう。別に嫌がらせでも市場の在庫を一掃する手伝いでもなくて美味しい物をお客様に提供する私達の仕事をしているだけだよ。決して私の考案した定番メニューを貶された腹いせじゃないよ!」


 嘘だっ!


 仕方がないのでその刺身に専念させてもらいました。そうしたら他の店舗から

「近海刺身は色々な意味で死ねる。こっちにも派遣の職人さんプリーズ!」

 と言う声がありましたのは我等のもうけ話のタネと言えましょう。とはいっても契約取ったからと言っても私の懐が潤うわけではないのですが。営業さん、私に酒の一つくらい奢ってくれてもいいんじゃね?

「取れていなかったからね(笑)」

 そこは取れよ!

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