日本文化滅亡の日 本当にそんな日が来てしまうのだろうか?

チ・ヤン(小鳥)

第1話 序章 2017年

 タイトルを見て、これはどんな話なんだろうと、興味を持ってくれた読者の方にまずは、僕の事を知って貰おうと思っている。

 『日本文化滅亡の日 本当にそんな日が来てしまうのだろうか?』なんて、核戦争でも起きるのかと思ったかもしれないが、これはそんな話ではない。僕が抱えている不安を小説という形にして、それが何なのかを形にしておきたかった。ただそれだけである。


 前置きはこの辺りで止めて、本題に入ろう。

 僕は、大手電気メーカーに入社、ソフトウェア部門所属、2年生のIT技術者である。まだまだ、覚えなければならない事が多く、仕事っていうのは大変だなあと感じているのだが、これは誰でも一緒だろう。


 そして、大変だと思う事のもう一つが、日本で働いている沢山の中国人のIT技術者の存在である。最初に言っておくが、中国人だから云々とか、そういう事ではない。最初に配属されたこのプロジェクトは約7割が中国をはじめとする外国人で構成されている。中国以外にどこから来ているかというと人数の順に、韓国人、インドネシア人、ベトナム人、ああ忘れていた、シンガポールの人もいる。

 そんな訳で、このプロジェクトでは日常から日本語以外の言葉、多くは中国語が飛び交っている。

 一緒に配属された李君と一緒に外注のベテラン技術者に教わりながら日々の仕事をしている。


 李君はこの話にずっと登場するので、最初に紹介しておこう。彼は高校を卒業して日本にやって来て、日本の大学を卒業した。流暢な日本語を話す事が出来る。

 いわゆる中国語なまりというのは、ほとんど感じられない。彼に言わせると、それでも日本語をしゃべるのはとても大変だというのだが、それでもここまで出来るのは立派だと思う。

 日本で就職したかった彼は大学時代、日本語の発音を必死に勉強したのだという。大きな会社に入れて幸せという彼は、英語の勉強も熱心で、昨年のTOICの試験の点数では負けてしまった。国にいた時から頭脳明晰というタイプである。


 僕はというと、成績は、どう言葉を取り繕っても中位いやそのちょっと下かも、営業職には就きたくないので、何となくこの業界に入ってしまった口だから、それはそれで仕方ないと思う。一応・・・、これからはそれなりに努力するつもりではある。

 このプロジェクトは業界でもブラックと言われているらしい。なので、良い技術者ほど、すぐにどこかへ行ってしまうという悪循環が発生し、技術者の入れ替わりが頻繁にある。

 誰がいつまでいて、誰がいつから来たのか、正確に把握している人はいない・・・と思う。

 このプロジェクトが最終的に完了するのは3年後、何人の技術者がやって来て、何人が去るのか。自分も含めてシステム完成(業界ではカットオーバー)まで居られるのか、それも分からないが、仕事は仕事、頑張るしかない。


 次にこの話を書こうと思ったきっかけである。

 それは、最初に仕事を教わる事になったおばさん技術者の一言である。しまった、おばさんなんて言ったら怒られちゃうな。ベテラン女性プログラマーと言わないと・・・。何しろ僕が生まれる前からこの業界で働いているという方だ。

 僕にはよく分からないのだが、IT業界は景気が悪くなると、すぐに食えなくなるという業界らしい。

 契約社員をずっとしていて、何度も失職し、アルバイトで生計を立てながら、業界に復帰というのを三回も経験しているという話である。


 既にこのプロジェクトにはいないし、名前を考えるのが面倒・・・という訳で、『ベテ(ラン 省略)女史』と呼ぶ事にする。


 会社の先輩や若い女子技術者に言わせると、このベテ女史は問題解決能力がすごいという事である。それは技術云々ではなく、色々な引き出しを持っているという事のようだ。

 最初にベテ女史から仕事を貰う事になったのは、僕と、李君、そして、中国から短期間の契約でやってきた張さんという若い女子である。この張さんは日本語がほとんど話せなかった。

 ベテ女史はまず、李君に中国語が大丈夫かと聞いた。最初、僕は何故そんな事を聞くのだろうと思ったのだが、ベテ女史は過去に、韓国語を話せない韓国人とか、日本語と英語しか分からないロシア人と一緒に仕事をした事があるのだそうだ。

「中国人だからって、中国語が話せるとは限らないじゃない。」

 確かにその通りと思ったのは、暫くたってからである。ベテ女史が勘違いした原因は、勿論、李君の流暢な日本語である。


 ベテ女史は仕事も大変で、僕達、新人二人と、日本語の分からない女子に教えつつ、僕らの倍以上のプログラムを書いていた。

 日中は僕らの対応に追われてしまい、自分の仕事が出来るようになるのはいつも夕方から、退出するのは、僕らより若干早かったが、半日の時間で倍以上だから、計算上は4倍といった所だろうか。


 ベテ女史は教えるのがとても上手で、このプロジェクトに参画している女子の先輩達も色々と教わっていた。(僕ら以外にもベテ女史の昼間の時間を奪う人達がいたって事です。)

 去ってしまうと知ったのは、ベテ女史が去る1カ月位前で、先輩の女子達は、ああいう人がもっと沢山いてくれればと、そんな事を言っていた。プロジェクトマネージャーは何とか引きとめようとしたらしいが、給料の高い会社と契約出来たんだとか・・・。月に何万も違うというなら、そりゃあ引きとめるのは無理だろう。いつ失職するか分からないから、稼げる時に稼ぐとベテ女史は言っていた。

 残された他の契約社員の人達も、そんな事を考えながら仕事してるのかなあと、転職なんてするとしても先の事さと、自分はのんきにそんな事を考えていた。


 他にも数人、去ってしまう人がいるというので、飲み会が開かれたのだが、ここでも、中国語が飛び交っていた。日本語しな話せない人達は皆、隅の席に座っていた。

 飲み食いしながら話をしている中で、ベテ女史は、こう言った。

「近い将来、中国語が出来ないと、仕事が出来ない日が来るかもね。」

 日本語しか話せない日本人が、『日本語しか分からなくて、何故悪い。もっと仕事を』と書かれたプラカードを持ってデモをする日が来るかもねと、付け加えた。

 僕は、そんな事が起きるはずないじゃないですかと笑った。他の人も同じ様に笑うだろうと予想していたのだが、全く違った反応だった。

 隣にいた李君は、少し考えて、頷き、周囲で中国語で話をしていた中国人技術者の一人が、興味ありげな顔で何故かと日本語で聞く。

「言葉っていうのはコミニュケーション手段でしょう。今だって、皆、中国語で話しているじゃない。」

 何となく皆が頷いた。

「日本人はこれから少なくなるんですよね。」

 李君が言う。


「その通り。この業界は嫌われているから・・・。私達の世代がいなくなると・・・、日本人の残りは2割に満たないんじゃないの。」

 そうかもしれないと初めて、僕は気付いた。このプロジェクトでだって、既に僕らはマイノリティなのだ。

 業界全体がそうなる日が来る・・・かもしれない。


 その日以来、僕はほんの少し周囲の事を観察するようになった。先輩女子社員の中には中国語検定の1級を目指して勉強している人もいるし、若い女子技術者の中には片言の中国語を話す人もいる。

 男子はというと、全くそんな事はしていない。有志による中国語会話レッスンだって、出席者はほとんどが女子で、会社の重役は嘆いているという。

 どうした物かと思ったのだが、僕も李君に少しづつ中国語を教わる事にした。


 たった一人の研究者が危険に気付いたが、周囲は誰も気づいて貰えず、ひどい事になってしまうというパニック映画があるが、もしかすると、今の状況はそれと同じなのかもしれない・・・。


 もう、日本語が崩壊する日は近いのかもしれない。その不安がこの小説を書こうとおもったきっかけである。


 自分の話はそれ位にしろよという声が聞こえてきそうなので、次回からは、いよいよ本題である。まずは3年後・・・の話である。

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