第26話『神機の正体』



 クロエは傾斜の緩い崖を滑り降りる。目指す場所は、クロエにとって懐かしの場所だ。かつてのアジトである。そして神機が隠されてる、秘密の洞窟でもある。


 彼女が滑り終えた先。そこには洞窟は存在せず、切り立った崖の岩肌が立ちはだかってた。



 クロエは詠唱しつつ、手の甲に小さな魔法陣を浮かべる。そしてその手で、岩肌にそっと触れた。すると触れた岩が、光の輪郭残しつつ消滅した――今では失われてしまった、エルフの秘術だ。そして奥に隠されていた、洞窟が出現する。



 クロエは周囲に敵がいないかを確認し、吹き矢を構え、慎重に足を進める。


 洞窟内部に目立った異変はない。


 そして神機に視線を送ると、ある異変に気付いた。置き手紙が貼られていたのだ。




「これは……」




 その置き手紙は、この世界の言葉ではなく、日本語で書かれていた。




『修理済み byペストマクス医師』




 しかも手紙の右下には、可愛らしい自画像(?)らしき似顔絵つきだ。




「この文字は……たしか、神州の民が使用していた異国語。 え? コレは……なに?」



 クロエは置き手紙に付いていた、透明な材質に着目する。断じて紙ではない。そして透明な材質というだけでも異様なのだが、さらに異様なことに、片面が粘着質で覆われていたのだ。


 彼女が手にしているもの。それはこの世界の物ではない。ハルトたちの世界では当たり前に存在する物。――セロハンテープだった。




「ネバネバしてる。これはもしかして、向こうの世界のもの? でも……どこでこれを?」




 その答えを知っている者が、洞窟に足を踏み入る。


 クロエは、その気配と微かな匂いに気付くと、振り向き様に吹き矢を放つ。


 放たれた矢が肌に突き刺さることなかった。なんと手の指と指の間で挟まれ、眼前で止められてしまったのだ。


 その男は小さな矢を弄びながら告げる。『敵ではない』と。



「おっと?! これはこれは……ずいぶんとサプライズな歓迎だ。ビックリしまたよ、エルフのお嬢さん」



 他でもない置き手紙をした人物――スチームクロウだった。


 クロエは警戒をしたままで、殺気立ってる。


 そうなるのも頷ける。なぜならスチームクロウの風貌だけでも、十分に警戒するに値する姿なのだ。それに加えて彼は、異常な動体視力を持つ。吹き矢を指と指の間で受け止めてしまう程だ。


 敵か味方か不明な状況では、警戒するのが妥当な判断だった。




「クロエ!」



 ハルトが洞窟に姿を現す。彼はスチームクロウの横を通り、クロエに吹き矢を収めるよう促した。




「大丈夫だクロエ。吹き矢を下げてあげて。彼は味方だから……」


「信じていいの?」


「俺や彼女の命を救ってくれた。命の恩人なんだ」


「彼女?」


 ハルトは視線で彼女を指し示した。視線の先には、洞窟の壁に背を預けている、女性の姿があった。


 クロエは彼女に見覚えがあった。昨日ハルトと共に、この吹き矢で眠らせた一人だ。



「あの女性は……よかった、無事だったのね」


「勇者一行に連れ去られた後、魅了の魔法を掛けられたらしい。手を焼いたよ」


「ごめんなさい。私のせいで――」


「君のせいじゃない。それにほら、もう……取り戻せたから」



 二人が会話をしている間に、スチームクロウは神機へと乗り込む。そして刺さったままのキーを回し、エンジンをスタートさせた。




 グカゥンッ! ブロロロロロ……


 ブォオオオオオオオオン!!




 JH4エンジンの発動音に続き、アイドリング音が洞窟内に響く。そして自分の存在を誇示するかのように、空吹かしの音が驚いた。




 その音にクロエは驚き、「きゃっ?!」と短い悲鳴を上げ、ハルトの後ろに隠れた。



 ハルトはモスグリーン色の車輌に手を置き、懐かしい文化の胎動を感じながら、スチームクロウに訪ねた。



「なぜ、これがここに?」


「ミス・クロエが言っていただろう。これこそが、神機の正体だよ」


「でもこれってどっからどうみても……ジープじゃないか?!」


「正確には自衛隊 普通科連隊所属の73式小型トラックだ」


「自衛隊?! ちょっと待ってくれ! なぜこの異世界に、自衛隊の車があるんだ!?」


「この世界への来訪者は、なにも我々勇者だけではない。召喚というプロセスを踏まず、災害的に時空の歪に呑まれ、この世界に漂着した者もいたのだ」


スチームクロウはそう言いながら、73式小型トラックの後ろに置かれていたものを見せる。それは白黒映画で目にする、皇國の矛だった。



「こ、これは?!」



「三八歩兵銃。大日本帝國陸軍 制式採用歩兵銃だ。自衛隊が漂着したよりも、さらに後の時代。つまり先の大戦と呼ばれる、聖魔大戦の時代に回収されたものだ。彼らもまた自衛隊の人たち同様、この世界に流れ着いてしまったのだ」


「じゃあ?! 先の大戦で魔族を討ち滅ぼし、連合軍に勝利を導いた立役者……『超空の神兵』ってまさか?!」


「その通りだハルト。ある日突然、神々の世界より舞い降りし存在――その正体は彼ら――帝國軍だったのさ。その際、ソ連軍も一緒に流れ着いたが、どうやら先に淘汰されてしまったらしい」



 ハルトは川辺でのことを思い出す。少女たちの言っていた『連射式のマスケット銃』という言葉だ。それをしきりに神機だと言い張った挙句、仲間を見捨てて逃げ出した――それほどまでに、神機に畏怖を抱いていたのだ。


 その時は、勘違いかなにかだと思い、あえて神機を持っているように振る舞い、ハッタリを決め込んだ。そして今、三八歩兵銃やジープを見て納得する。彼女たちの言っていた神機とは、おそらくこの世界に持ち込まれてしまった、近代兵器のことだったのだ。



 積もる話があるが、状況がそれを許さなかった。





――ズン……ズン……ズン……ズン……





 巨人が大地を走る音。それが洞窟に向かって迫っていたのだ。


 

 洞窟内に響く不気味な振動。それが徐々に大きくなり、こちらへと近づいていた。もう時間はない。スチームクロウは二人に向かって叫んだ。



「さぁ行くぞ! 早くママを後部座席に乗せるんだ!」


 クロエとハルトはママに肩を貸し、急いでジープに乗せる。そしてクロエは助手席に。ハルトはママとは反対側の、後部座席に座った。



「ドクター準備OKだ! 出してくれ!」


「舌を噛まないよう気をつけろ! 少々荒いドライブになるぞ!!」





 そして73式小型トラックは、タイヤから白煙の唸りを上げ、急発進する。住み慣れた古巣に別れを告げ、最後の疾走を開始したのだった。






 

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