3

 ザー。ザー。激しい雨。見上げた空はグレーにソマリキル。準備は? 大丈夫。目を閉じる。まるで昨日の事の様に思い出された。つまり。消えないのだ。



 結局答えが分からず夜になってしまった。幸いなのは誰も答えに辿り付いていない事。10億の遺産を相続できるのは、この中の誰か。いつかは答えに辿り着く。そうなった時には殺し合いも気をつけなければならない。

「仕事がありますので、部屋で食事を摂っても宜しいかしら?」

 食後の予定もキャンセルし、PCも没収された状況で仕事か。恐らく違う。こう言った抜け駆けも出来そうだが、なるべく固まった方が良いと直感的に思った。起こって欲しくない事を、想像なんてしたくなかった。分かるまでは目立つ行動はしたくない。部屋を出て行く古澤さんと、食事を運ぶ森田さんの後姿を見届け、あれだけ飲んで酔っていない小川さんに驚き、まだ飲むかと呆れつつ。楓さんが運んでくれたコーヒーに砂糖を入れ、漠然と違和感が残った。ブラック派はいなかった。

 3階の遊技場には、ビリヤードやトランプにチェスダーツ。それらしい空間だ。秀介は今度は小川さんと意気投合している。流石世界中を回っているだけあってコミュ力が高い。こっちはトランプ館らしくポーカー。5連敗しているが決して弱くない。メイドさん強すぎる悔しい。



 気がつくともう9時になっていた。自室で考え事をしているのは、途中で抜け出した古澤桔梗。仕事をする気など毛頭無かった。10億の為に仕事を捨てる。考えてみれば当たり前だった。冷め切ったコーヒーを飲み干し、桔梗は笑った。『遺産は絶対に手に入れてみせますわ』と、誰もいない空間に話した。ノックの音にも慌てず、来訪者の森田に食器を下げてもらい、しっかりと施錠。そして体に異常を感じた時には既に遅かった。体の震えは治まらず、口からは出るはずの無い血を吐いた。薄れ行く意識の中で扉を開け、廊下を歩いて行く森田にかけた声は、掠れもしない。声とも認識されなかった事も知らぬまま、桔梗は倒れた。



 ズルズル……。 このパターンになっていては仕方が無い。本当は自室で息絶えてくれているだけで良かったが、完璧な計画はここには無かった。であるなら、リヨウスルノミ。鍵が閉まった部屋には、動かなくなった桔梗だけが残された。大雨の音が煩く感じた。



「また失敗」

「楽しいから大丈夫!」

 だから昭和か! ……見なければ良い話だろうが、これだけ負けては他に目を向けたくなるというものだろう。森田さんは30代女性とチェスをしているようだ(陸田さんという名前らしい)。11時……。 ああ。没収されたゲームが恋しい。

「次も象さんが良いかしら。んー?」

 体液全部でちゃうから止めてホントに! ああ。また楓さんが笑ってる!

「象がお嫌いなのですか?」

 はは。像所じゃありませんけどね。子供の頃のトラウマが克服出来るなら、世の中苦労はしないんだがな……。

「アホですから」

 しかし、かれこれ3時間。気になるな……。 森田さんが1日の終わりを知らせる。

 ……少し考えてみるか。



 深夜1時と言うのに、翔太も有村君も何故かあたしの部屋から出て行かない。さっきから唸ってばかりだ。もう眠いから戻って欲しいのだけど……。ヒントが書かれた紙をさっきから見ては唸っている。

「何か、気付いた事、無いかな?」

「……この遺産ゲームが気になる」

 欠伸を噛み殺し、翔太の返答を待つ。

「遺産って屋敷内にあるんだろ? それを最初に見つけた人に遺産は相続される。それにしては自由時間が少ない気がするんだ」

 回らない頭で考えるが、何がおかしいと言うのか。有村君も分からないらしい。当然だと思う。こんな遺産ゲームなんて普段やらないから。

「全員が集まってる時間が長い……って言った方が良いかな」

 早い者勝ちの遺産ゲームで、全員で行動する。 ……そっか。まるで抜け駆けする事を前提に考えられてるって事かな? そんな事を考えている間にも、翔太は暗号文を見ている。両小指を絡ませて。



 様々な準備をするのに、深夜は好都合だった。目撃される心配もほぼ無いし、トランプ館には室内にバスルームとトイレまでついている。外に出ようとするものはいない。

 イヨイヨハラセルワガウラミ。大雨の日を選んだのは。死人が泣いているようで、心が自然と冷たくなるから。振り上げた斧の刃先には、着物姿の死人が、イスに行儀良く座っていた。チクリ。何を今更迷う。もう、戻れない。



 ……眠い。夜遅くまで考え過ぎた。由佳と秀介は……起きてんのか……。外は相変わらずの大雨。もう一眠り位……猫やめええええええええええええええええええ!

「はいおはよう翔太」

 満面の笑顔の由佳に釈然としないながらも、目はお陰で覚めてしまった。秀介、小川さん、成瀬夫妻、陸田さん、森田さんに楓さん、そして由佳。全員……は揃っていなかった。古澤さんだけがいなかった。

「お呼びしてまいりましょう」

 この後の予定も全員で行動するのだろうかと、朧げな頭で思っていた。



 桔梗の部屋の扉を、ノックする森田の姿があった。呼びかけても返事が無い時間が続く。妙な匂いが立ち込めているのを森田は感じた。女性の部屋に勝手にお邪魔する……抵抗が無かったわけではなかったが、妙な匂い……吐き気を催す匂いに脳が危笛を上げていた。心で謝罪を想い、リングに束ねられた鍵から迷い無く桔梗の部屋の鍵を取り出し、鍵を捻ると開錠の音が響く。大雨の音が妙に大きく聞こえる。違う。心音だった。どうしてここまで自分が震えているのかも、森田は理解できていなかった。立ち込める匂いを死臭だと気付くのに、そう時間はかからなかった。



 今のは、ただならない森田さんの悲鳴だろうか。動揺している由佳が、何が起こったのかを煽っていた。頭より体が先に反応していた。

 初老スマイルを見せる森田さんが震えている状況を、何かが起こった以外に向けるのは無理があった。

「ふ、古澤様……」

 立ち込める腐臭らしき匂いが既にしていたのだから。



 部屋に入って目に入った光景。もう匂いに気が回らなくなっていた。入って来た由佳が悲鳴を上げた。異常な光景を目の当たりにすれば、それは当たり前。行儀良く鎮座していた古澤桔梗。椅子の下に滴った夥しい血溜。テーブルに上品に置かれた首と両手。普通に眠っているだろう表情に、痛々しさしか感じられなかった。所持カードだったハートのQ。両手、首、その他と、切断された数に合わせて分割されているカード。立ち振る舞いの差は、残酷さを強調するのみだった。首から下の部分は、客を接待するような正しい姿勢で恐ろしく綺麗な格好で椅子に座っていた。


   爆発音が響いた。


 息をつく暇も無く窓の外に目を向けると、大雨にも拘らず立ち込める白煙。辺りを見回すが、全員この部屋にいる。騒ぎ出す声に押されるように、部屋を飛び出していた。



 雨に濡れる髪を気にする事は出来なかった。目の前にあったはずの橋が、無かったから。

「こ、これは……」

「そんな!」

「僕達……」

 森田さん。由佳に秀介。思い思いに状況を飲み込んだらしい。館の周りは森。抜けるのにかかる時間は想像できなかった。

 閉じ込められた事実は変わらなかった。



 モウ、モドレナイ。

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