18 月夜の惨劇

 感情を抑えながら彼女が語った話は、耳を覆いたくなるようなものであった。


        *


 それは、月の明るい夜のこと。

 松籟さんのことを快く思っていなかった村の男たちは、藤子さんへ会いに行く彼を山道で捕らえ、山中の開けた場所まで連れていった。


「また彼女のところへ行くのか?」


 問いに答えず、殴っても蹴っても抵抗一つしない若いひじりは、非常に美しい気品ある顔立ちをしていた。

 痛みに耐える表情がまた何とも悩ましく、血がにじんだ唇など紅を差したように赤く扇情的だ。


「この口であのと……」


 一人の男が譫言うわごとのように呟くと、獣じみた動きで松籟さんへ覆い被さった。

 それがきっかけとなり、男たちは代わる代わる松籟さんをりょうじょくした。

 それでも彼は、声一つ上げなかった。


 やがて、男たちのれつじょうが治まったとき、地面に横たわる白い身体には、彼らの罪の痕がくっきりと残されていた。

 一人が落ちていた木の枝を拾い集め、それを覆い隠すように置くと、他の者も同じようにしていった。

 皆、無言であった。

 そして、積み上がった枝の山に、その中の誰かが火を放った。

 誰も止めようとはしなかった。


 枝がぼっと燃え出すと、その中から松籟さんの声が聞こえてきた。

 それは、悲鳴や助けをう声ではなく、朗々とした称名念仏であった。

 めらめら燃え上がる炎に包まれても、その声は止むどころか、より一層高らかに夜の林に響き渡り、やがて唐突に途切れた。


 男たちは、土をかけ火を消すと、何事もなかったように山を下りていった。


        *


「その男たちは、松籟さまが旅立つのを見たといったものたちでした。わたしは彼らが、憎くて憎くて堪らなかった。八つ裂きにしても、飽き足らぬくらいに」


 彼女の言葉をとがめることは出来なかった。

 無関係な僕だって、そんな奴ら死ねばいいのにと思ってしまったくらいだ。

 自分の愛する人がそんな目に遇わされたとしたら、その怒りはほどであろうか。


「でもわたしには、何も出来ない。悲しくて悔しくて泣いていると、誰かが語りかけてきました。

 われが報いてやってもいいが、それには身体が必要だ。お前がそれを望むなら、腹のものを吾に差し出せと。

 そのときは意味がよくわかりませんでしたが、彼らに復讐出来るんなら、何だって構わないと、わたしはそれを受け入れました。すると勾玉から、黒い煙のようなものが出てきて、わたしを取り巻いたかと思うと、すぐにどこかへ消えてしまった。それきり声は聞こえてこず、わたしは勾玉を持って村へ戻りました。

 しかし、待てど暮らせど、何事も起こる気配はありません。村は常と変わらず穏やかで、男たちものうのうと暮らしている。

 あの声も、松籟さまのことも、すべて夢だったのではと思い始めた頃、赤ん坊が出来たことに気付いたんです」


 「えっ」と声を上げたのは松籟さんだ。


って、それ……」

「勿論、わたしと松籟さまの子です」

「ホンマにっ?」


 目を丸くする松籟さんを見て、先輩がケッと吐き捨てるようにいった。


「そりゃあ、毎晩ちちくりあってりゃ、ガキも出来るに決まっとるわ」

「先輩っ! いくら本当のことでも、そうはっきりいわないで下さい」

「それで、その子はどないなったんや?」


 松籟さんの問いかけに、彼女は俯き、自分の腹を撫でる。


「おりますよ。今もちゃんとここに」


 つまり、生まれてくる前に親子共々封印されてしまった、ということなのか。

 聖母のような笑みを浮かべ、藤子さんはいった。


「だってこの子は、神サマなんですから」

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