第26話 復活の咆哮

業火に包まれた崩壊による瓦礫が散乱している中、そこには進化者エヴォルが立っていた。見た目はヒト型で、背中とうなじの間が盛り上がっている。手や足の爪は鋭く尖っており、正しく悪魔と呼ぶに相応しかった。


「みっ、美来くんが...」


今にも泣き出しそうな声で、後ろの壁の崩落の下敷きとなった者の名を呼ぶ千咲。


「落ち着けベネット。奴から目を逸らすな。」


ラッセの頬を冷たい汗がつたう。アレックスは信じられないという目で、目の前の状況を見ている。残りの実働部隊3人の表情も絶望の色で染め上げられていた。


――美来は無自覚ではあるものの進化者エヴォルだ。過去には一度波動を使ったと聞く。死んではいないはずだ。だから、今は美来の安否確認より目の前のコイツをなんとかしなければ...それが、美来の安全にも繋がる。


ラッセが必死に頭を回していた時、進化者エヴォルがこちらへ一歩踏み出した。そして、また一歩。また一歩と、瓦礫の上を音をたてて歩いてくる。その歩みは止まらず、ゆっくりラッセ達のいる大ホールの入口へと、長い座席の間の通路を通って近づいてくる。圧倒的な力を放出しながら...


――俺一人が攻撃を仕掛けても倒すことは不可能。こいつらと連携をとればあるいは...しかし、犠牲が...


「ラッセさん。一人で抱え込まないでください。皆で戦いましょう。」


アレックスのその言葉にラッセの迷いは消し飛ぶ。


「ああ。すまんな。その通りだ... スーツを装着している俺が先陣を切る。ベネットは能力を使って後方支援を。お前らはいつも通りのサポートをよろしく頼む。」


皆がコクリと頷く。腹を括るしかなかった。


ラッセは電動機械銃エレクトリック・マシンライフルのスーツとの接続を解除し床に置く。接近戦では邪魔になると考えたからだ。

そして、大きく深呼吸して、対象に向かって加速した。推進装置ブースターを最大出力にし、左手には愛用の斧が握られていた。波動を破る可能性がある武器は切れ味ではなく、重みのある武器である。


ラッセの振るった斬撃を進化者エヴォルは波動も、先の瞬間移動も使わずに器用にかわしていく。ラッセが一番狙いたいのは遺伝子変異鉱石が埋まっていると考えられる背中とうなじの間の盛り上がっている部位だが、しょっぱなからそこを狙うことはしない。まずは隙を見出す必要があった。


そして、ラッセが大きく間合いを詰め、対象の首筋に斧を振り下ろそうとした時、ラッセは進化者エヴォルからが放出される予兆のようなものを確かに感じ取った。


――来るッ!!波動だ!!!


ラッセはアンカーを天井に突き刺し、上へ跳んだ。ラッセのいた場所一帯の床や座席が波動により粉砕される。それを合図にアレックス達4人が対象に攻撃を仕掛ける。まず2人が対象を挟むようにして武器を構え突進をかける。1人はラッセと同じ斧で、もう1人はチェーンソーを掲げている。声をあげて突っ込んだ2人。その腹部にはいつの間にか風穴があいていた。一瞬血が勢いよく飛び出したとおもうと、ドクドクトと下半身を大量の血液が流れていく。


その2人の陰から、アレックスとエミリーが飛び出し至近距離からの攻撃を仕掛けようとした刹那、進化者エヴォルの頭部に千咲の放った重撃弾が飛来する。しかし、進化者エヴォルはそれを頭を少し動かすだけで、かわしてしまう。

攻撃の手はまだ止まらない。対象のうなじにエミリーの振るう鉈が、頭部には正面からアレックスがラッセの置いていった電動機械銃エレクトリック・マシンライフルによる攻撃がなされた。


ただ、双方の攻撃は身体全身を覆う膜のように張られた波動により防がれ、それが一瞬で膨らみ球状の波動が展開されようとする。この波動を食らえば生身の人間は一瞬で粉微塵になってしまう。


その力の大きさを精鋭の皆は瞬時に本能で察知した。

ラッセは空中から足を伸ばしアレックスを空中へと引き上げた。

そして、死を目前にした風穴をあけられた1人は地面にひれ伏す前に、ありったけの力でエミリーを遠くへ突き飛ばす。

加えて、もう1人の風穴のあいている男、エイデンは、床を転がりながら波動の球状の届かぬ場所へと退避した。


ブォォォォォォォンッ!!!


一気に対象を中心として球状に拡がる波動。範囲も持続時間も大したことはないが、エミリーを救った隊員の身体が跡形もなく消飛ぶ。


「こなくそがぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


天井から宙吊りになりながらも、ラッセとアレックスが対象に休む間も与えぬように銃撃の嵐をお見舞いしていく。しかし、その全てが波動の傘で防がれていってしまう。そして、その傘の中で進化者エヴォルがラッセの方へ掌を向けた。ラッセ自身ヤバいと感じ推進装置ブースターでその場を離れようとするが、そんな時間はどこにもなかった。

正面から凄まじい波動の衝撃波がラッセの全身に襲い掛かった。吹き飛ばされるラッセと、その足にぶら下がっていたアレックス。2人はまだ被害のなかった座席を粉砕しながら地面に叩きつけられていく。

余りの威力にラッセのパワードスーツの電源が落ちる。ラッセもアレックスも身体に力が入らない。


――クッ...クソッ...


もう攻撃を加えられるのは千咲だけかと思われたその時、進化者エヴォルが大きな爆発に飲み込まれた。そこへありったけの重撃弾をぶっ放していく千咲。


――この爆発...エイデンか...全く、散り際まで勇ましい男だ。こんなの見せられたら、寝転んでるわけにはいかねぇじゃないかッ!!!


ラッセは動かなくなったスーツを全てパージし、ボロボロの身体で立ち上がる。骨は一部砕け、内臓も損傷していた。それでも、彼は再び武器を構えた。それは彼が死んだ全ての仲間から意志を受け継いでいたからである。彼らの分まで生きねばならぬからである。


爆発による煙の中から姿を現した進化者エヴォルはやはり無傷だった。進化者エヴォルは一瞬千咲の方へ顔を向けたがそちらに攻撃をすることはなく、立ち上がったラッセの方を向いていた。


――生きているのはアレックスとエミリーとベネットのみ。そして、動けるのはベネットのみか...


「ふぅ――――――――――――ッ」


この追い込まれた状況が未だ嘗てないほどラッセの頭をクリアにしていく。身体の痛みなど微塵も感じない。理性によって飼いならされていたラッセの力の上限が取り払われ、無意識が、本能が、ラッセの身体機能を統御していく。


生身の状態で、再び電動機械銃エレクトリック・マシンライフルを持ち上げるラッセ。その瞳の映るのは、大切な仲間を次々と葬り去った悪魔だった。


先に仕掛けたのは予想外にも進化者エヴォルだった。波動をラッセの方へ飛ばし、波動を纏った鋭い爪が襲い掛かる。しかし、ラッセは初撃の波動を完全に見切り、二撃目を電動機械銃エレクトリック・マシンライフルで受け流し、すれ違いざまにナイフを突き立てた。もちろん、そのナイフは波動によりグニャリと曲がる。


そんな互いに一歩も譲らない攻防が続いていく。進化者エヴォルの全ての攻撃が初動でラッセに悟られ、波動も瞬間移動による攻撃も、紙一重で回避される。そして、ラッセの攻撃は全て対象を寸前まで捉えきっているものの、波動と瞬間移動によりあと一歩届かなかった。


ただ、ラッセの攻撃はどれも波動を破るほどのものではないとはいうものの、彼から感じ取れる威圧感プレッシャーはノーマルとは思えないほどものだった。


――これがラッセさんが最強無敵だと言われる所以...?


千咲はその激しい戦闘を見ながら照準を合わせていたが、あまりに緊迫したその激しい応酬に引き金トリガーを引くことが出来なかった。それでも、ラッセの勝機を見出すために引き金を引く。確定近未来視クリティカルにより銃弾はすぺて予定した場所へ向かうものの、やはり無意味に終わる。


そんな時だった。突如として進化者エヴォルがラッセから大きく距離をとった。何故そういう行動にでたのか誰も理解できなかった。もしかすると、ラッセのただのヒトとは思えぬ気迫に気圧されたのかもしれない。そして、進化者エヴォルは標的を千咲へと移したのだ。


時間のかかりそうなラッセよりも先に、先程まで敬遠していた千咲への攻撃を選択したのだ。いや、実際は進化者エヴォルは千咲への攻撃を敬遠していたわけではなかった。そのか弱いサブ進化者エヴォルを殺すことなど進化者エヴォルにとっては造作も無いのだから。

なら、何故攻撃してこなかったのか? その原因は彼女の後ろで瓦礫の下敷きになっている男にあった。千咲への攻撃が、その男の復活に繋がると進化者エヴォルは本能で判断していたのだ。

しかし、その判断はラッセという男の威圧感プレッシャーの前に委縮し、進化者エヴォルの判断を狂わせた。これが致命的な判断ミスだあることも知らずに..



―刹那、波動を纏った鋭爪を突き立て、千咲へと瞬間的に移動する進化者エヴォル

千咲は確定近未来視クリティカルを駆使し、生き延びる術を探るがそんなものはなかった。


――美来くん...私、死...


千咲が死の訪れを知覚し目を閉じた―その時ッ、


ドォンッ!! ブゥオオオオォォォォォォォオオオオオンッ!!!


千咲の背後からは瓦礫が吹き飛んできたと思うと、波動を纏いし拳と千咲との間にが生成されていた。


「なに...これ...」


目の前で、自分を殺しにきたはずの拳が止まっていたのだ。それは静止しているというわけではない。拳と何かが激しくぶつかり合い、力が拮抗し、止まっているといったふうであった。その証拠に波動を纏った鋭爪が震えている。


「まさか...波動ッ!?」


見えない壁の正体を言い当てた後、千咲はゆっくり瓦礫の飛んできた後ろを振り返る。そこに立っていたのは...


「美来...くん?」


その小さな声は、悪魔エヴォルが膨張した波動の壁にドゴォォォオオオンッと音をたてながら吹き飛ばされたことにより、かき消された。


見た目は何一つ変わってはいなかったが、美来の瞳に人間らしさは無かった。そして、大きく息を吸う美来。そして、突然、空間を揺るがすかのような大きな咆哮が放たれる。耳を塞いでも頭の中に直接響くようなとどろきであった。

そして、その咆哮は施設全体を包み込み、光合成樹林にまで伝播していった。


反撃の狼煙が今ここにあがった。





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