第49話 対決 ケツアルコアトル

 町が赤く燃えている。

 ソアラは気が付くとロボットの掌に乗っていた。サイリスの乗るフェニックスが移動能力に優れた鳥形態を取って空を旋回している。

 ソアラは身を乗り出して見る。


「町が……」

「あの国には悪人が多かったようですね」


 コクピットから届くサイリスの声にはどこか寂しさが感じられた。

 地上の崩れた城の中心に佇んだまま、ケツアルコアトルが破壊活動を続けている。放たれる雷の閃光に町のあちこちが破壊され、強靭な前足で城壁が崩されていく。火の手が広がっていく。人々はただ逃げ惑うことしか出来なかった。

 ソアラは憤慨して拳を握った。


「なぜじゃ! 町のみんなはわらわ達を暖かく迎えてくれた。みんな良い人間だった。なのに!」

「同じぐらい悪い人間もいたんですよ」

「くっ」


 ソアラは顔を伏せる。そんな人間がいたなんて思ってもいなかった。

 どうしようもない思いを抱く中で、サイリスが訊いてくる。


「わたしはどうするべきなんでしょうか?」

「え?」


 彼女の声が心無しか弱気なように感じられて、ソアラは呆気に取られてしまった。いつだって自信と勇気を持って率先して行動してきた勇者である彼女が何を気にしているのか分からなかった。

 サイリスは重ねて訊いてくる。


「勇者として、あの正義を行っているロボットを倒すべきなんでしょうか」

「…………」


 考えるまでも無かった。ソアラは髪を振り乱して叫んだ。


「わらわは人を助けたい! それがたとえどんな奴でも!」

「分かりました」


 サイリスは短く答え、ロボットを人里離れた山に降下させ、そこにソアラを下ろした。


「ここなら傍に邪悪な人間はいませんから、神様が狙われる心配はありません。何かあったらこの通信機で伝えてください」

「ああ!」


 そんな物が無くても、神にはテレパシーが使えるのだが。

 ソアラは驚くあまり、自分がテレパシーで彼女に話しかけたことがあるのを忘れていた。

 神が世界に向けて発した言葉を、村で暮らす少女が受け取った。それがソアラとサイリスの旅の始まりだったというのに。


「大丈夫ですよ。わたしは勝ちます」


 いつかと同じ言葉を残して、サイリスはロボットに乗って飛び立っていく。ソアラも同じ思いを託して、戦いに望む勇者を見送った。




 崩れた王城の中心で破壊を続ける鉄の機竜は最初、サイリスを敵とは認識していなかった。だが、そのコンピューターの認識は変わることになる。彼女の放った炎の剣の一撃によって。

 空から舞い降りるフェニックスは鳥型から人型へと姿を代え、剣を振り下ろす。


「たああ!」


 頭上から飛来する強力な一撃が竜の頭部にヒットする。魔王のロボット、ヘブンズサタンとも渡り合った炎の剣の一撃だ。だが、それぐらいでケツアルコアトルは倒れることはしなかった。

 わずか数歩後ずさることはしたが、それだけだった。その装甲は強固で、フェニックスの剣を持ってしても貫くことが出来なかった。

 ケツアルコアトルは魔王を倒すために造られた兵器。その性能はすでに魔王を上回っているのだろうか。


『勇者が旅に出るまでもなく、人は魔王を倒せていたのかもしれない』


 ソアラの感じたその思いをサイリスも感じたのだろうか。

 機竜が頭部を振ってフェニックスの剣を払いのける。サイリスは深追いすることはせず、後ろへ下がって着地した。

 僅かに付けた傷がすぐに修復されてしまう。

 ケツアルコアトルの翼と体から放たれるレーザー光線をサイリスは素早く横へ飛んで回避する。操縦桿を握りながら一息吐き、サイリスは再び宙に上がって機竜と向かい合った。

 ソアラは遠く離れた山頂から戦いの行方を見守った。きっと勇者なら何とかしてくれる。そう信じて胸元で拳を握りしめた。

 

 昼の陽光の下で風が流れる。地上にある崩れた家屋から煙が空へ昇っている。

 かつてサイリスが魔王の城に挑んだ時のような滅びの景色。それが今、人間の町に広がっている。

 ケツアルコアトルのカメラはじっとサイリスの乗るフェニックスを見つめていた。

 その内部のコンピューターが素早く計算を済ませ、ターゲットを敵と認識する。

 竜が吠え、翼から放たれる複数の光線。サイリスは素早く機体を下降させる。すぐ頭上を光線が通り抜け、いくつかが掠ったが、フェニックスの再生の炎はすぐに傷を修復する。通り過ぎていった光線は青空の果てまで伸びていって消滅した。

 サイリスは着地と同時に素早く操縦桿を倒して後方へ跳んだ。

 さっきまでいた地面に細い光線が突き刺さり、地面を深く長く抉っていき、さらにそこから爆発の炎が吹き上がった。

 大地を裂くようなとんでもない威力だった。さすがにあれではフェニックスの加護があっても無理では無いか。そんな危うさをソアラは感じていた。

 フェニックスは空から竜と対峙する。炎の中にあってもケツアルコアトルは敵を見失うことはしなかった。それが最優先の目標とばかりにその頭部のカメラがサイリスに向けられ、足が大地を踏みしめて向かい合う。

 鉄色の翼が広げられ、そこから天空世界のエネルギーが雷へと変換され、淡い光となってケツアルコアトルの機体の中へと蓄えられていく。

 竜は口を開いて再びの発射体勢となった。


「させません」


 サイリスは敵の発射を待つことはしなかった。フェニックスの剣を構えて飛びかかる。周囲から飛ぶ小型のレーザー光線を避けて接近する。

 ケツアルコアトルは腕を上がるが届く距離では無い。そう意識したのは間違いだった。腕が飛び、殴られた。

 受けた衝撃に戸惑う暇は無かった。ケツアルコアトルはただ冷静な計算に基づいて行動する。

 何の情けもなくただ敵を排除する。戦うためだけに造られたロボットだ。体から開いた砲門から今度はミサイルが発射された。サイリスは戦いの勘からそれが触れてはいけないものだと察し、迎撃することはせず機体を回転させて回避した。

 だが、避けたミサイルは軌道を曲げて再び背後から迫ってきた。そちらに気を取られたのは決して油断ではないと信じたい。さらに前方から発射される雷が戦場をなぎ払っていく。


「くっ」


 サイリスは短く声を漏らし、前と後ろからの両方の攻撃からの防御に備えた。

 爆発と雷の光の中にサイリスの乗るロボットは呑み込まれていく。


「サイリス!」


 ソアラは慌てて叫ぶ。広がる光と爆風をただ何もすることが出来ず、見ていることしか出来なかった。

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