第19話 by Shiho.M

 花澄さん――足立花澄さんが帰ってくるということで、わたしたちは食堂に集められた。わたしと早苗ちゃん以外は花澄さんのことを知っているから、久々の再会に皆わくわくしているようだった。

「ハナちゃんはすごい人だよ」

「ええ。すごい子だわ」

 大庭中尉と佐々倉少尉にそう言わせる花澄さんという人は、一体どんな人なのだろうか。


 待つこと数分、食堂の扉が開いて万意葉さんと花澄さんが現れた。

 ミルクティーのような色素の薄いセミロングの髪が、首元でひとつにまとめられている。少々癖っ毛みたいだけど、まとめているせいかおしゃれでパーマを当てたように自然だ。濃いエメラルドグリーンの目は、一点の曇りもなく美しい。

 検査に行っていたと聞いていたが、元気そうな顔を見るだけでは何の検査までかはわからない。車椅子ではあるけど、本調子じゃないから車椅子なのかもしれないし。

 野口上等兵が花澄さんの元に走っていって、板垣上等兵に止められていた。それを見る鈴さんの目もいつもより優しい。どうやら花澄さんは、とても信頼されている人らしい。

「お姉さん、ただいま大庭隊に帰還いたしましたっ! 皆久しぶり、元気してた?」

「そりゃ花澄姉が帰ってくるとあっちゃ元気よ! なあアリー、すずりん?」

「うん、カスミさん久しぶりです!」

「今回ばかりは、みそに同意する。足立さん、お帰りなさいませ」

 十九歳組の三人は特に花澄さんに懐いているらしく、楽しそうに談笑をしていた。あれだけ人を惹きつけられるのだから、花澄さんはすごい人だと言われるのもわかるような気がする。

「はーい、ちょっといいかなー?」

「あれ、どうしたの大庭ちゃん?」

 大庭ちゃん? 聞き間違いでなければ、今確かに花澄さんは大庭中尉のことを「ちゃん」を付けて呼んだ。この方は一体何歳なんだろうか、一人称が「お姉さん」というくらいだから、大庭中尉と同じくらいの年齢だろうか?

「ハナちゃんがいない間に人が増えたんだよ、ちょっと紹介しようかと思って」

「あら、どの子かな?」

「志保ちゃん、さなちゃん」

 大庭中尉の呼びかけに、わたしの早苗ちゃんはおずおすと前に出た。十九歳組の三人が気を遣って花澄さんの元から離れる。

 大庭中尉がわたしに挨拶をするように促した。挨拶は最初が肝心だ。

「真壁志保と言います。今年入った看護師で、この前初めて演習室で佐々倉少尉の実弾演習を見ました。経験は浅いですが、精いっぱいがんばりますので、これからよろしくお願いします」

「佐々倉ちゃんの実弾演習見ちゃった!? それはそれはご苦労様だね、あれ結構怖いでしょ?」

「はい」

 大庭中尉の豹変といい、実弾の音といい、色んな意味で怖かった。

「佐々倉ちゃんは天才だからね、色々勉強になると思うよ」

「あなたに言われたくないわね、花澄」

「えーなんで? 佐々倉ちゃんが天才なのは事実じゃん」

 花澄さんがニコニコと笑いながら言う。佐々倉少尉はどこかうんざりしたような、呆れたような、なんとも表現しがたい声で言った。

「……上司に『ちゃん』とつけて許されるなんてあなたしかいないわよ」

「え!? 花澄さんのほうが年下なんですか?」

「年齢で位が決まるわけではないですが、年齢という面で言うと彼女はわたくしより年下ですわ」

 菜美さんより下ということは……二十四より下?

「お姉さん二十二なんだ。月城ちゃんの一個上」

「月城ちゃんって万意葉さんのことですよね? ということは花澄さん、正真正銘万意葉さんの直属の上司なんですか」

「んーん、ちょっと違うかなー? お姉さん、元々戦闘員だったし。足が動かなくなってからは、後方支援部に鞍替えしたんだよねー。だから、月城ちゃんのほうが後方支援経験は長いよー」

 昨日の夜ご飯のメニューを説明するみたいに、あっけらかんと言っているけど、普通はそんなに明るく言えるものではない。

 本調子ではないから車椅子なのかな、と思ったけどそんな甘い理由ではなかった。花澄さんは――誰かに手助けをしてもらわないと、三階の大庭隊控室に入ることすらできないのか。

「でも、戦闘員の知識を持ちながら後方支援できるってすごくない? こんな人そうそういないよ? そういう意味では、お姉さんは大庭ちゃんや佐々倉ちゃんよりも上だから」

 そう言って花澄さんはニコリと笑った。

 なんという発想だ。でも、花澄さんの言うことも一理あるし、大庭中尉達が文句を言わないというは、二人もこの意見に納得しているということだろう。

「……だからあなたはすごいと言っているのよ」

「ですね。何かを失って、それでもこんなに前向きでいられるなんて」

 佐々倉少尉と万意葉さんが小さく呟いた。その声は花澄さんには聞こえなかったようで、彼女の目線は早苗ちゃんを捉えている。自分が見られていることに気が付いた早苗ちゃんが口を開いた。

「あ、あの! 神瀬早苗と言います! おねーちゃんを探しています! 知りませんか?」

「早苗、自己紹介をするか聞きたいことを聞くかどちらかにしなさい。一気に話されても花澄が驚くわ」

「ご、ごめんなさい……」

 佐々倉少尉に注意をされて、早苗ちゃんがしゅんと項垂うなだれた。しかし、そんな早苗ちゃんの言うことを聞き逃さなかった人がいる。花澄さんだ。

「……神瀬?」

「!? 花澄様、ご存知なのですか!?」

 白藤准尉が身を乗り出して聞く。それに対し、花澄さんは顎に手を当てながら、難しい顔で返事をした。

「いやー……お姉さんの記憶違いかも? お姉さん、戦闘員と後方支援の両方を見てるから、もしかしたら大庭隊以外の人と名前が混じったかもしれないなー」

「やっぱり、花澄も知らないのね」

「うん……神瀬ちゃん、ごめんね?」

「いえ、おねーちゃんがそう簡単に見つかるとは思ってないです」

「そっか。神瀬ちゃんは強い子だっ!」

 ニコニコしながら、花澄さんが早苗ちゃんに近寄る。車いすだから、近寄るのでもタイヤを手で回す必要がある。花澄さんはある程度の操作は心得ているようで、器用に早苗ちゃんの元を近づくと、早苗ちゃんの髪を整えてあげていた。

「……ハナちゃんも大概強い子だよね」

「ええ。全くだわ。……無自覚なのが、一番怖いのよ」

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