第7話 by Arisa.S

 今回の演習は野外で行われる。加えて夜戦、つまり夜の戦闘だ。

 決して近い距離にはない、あたしたち軍人が普段暮らしている通称「本部」と言われる建物から漏れる光を頼りに戦闘を進めていく。ライトを使うと相手にばれてしまうおそれがあるので、何か事情がある限りは使わない。

 前半は未確認生物を想定したものとの戦闘。後半は合同演習を行っている妹尾隊との戦闘だ。前半には実弾や本物の刀を使用し、後半はペイント弾や木刀で演習を行う。実弾を使用するので、看護師の菜美と志保には安全なところで待機してもらっている。

 暗闇の中、大庭隊隊長である友里と、妹尾隊隊長の妹尾少尉が顔を合わせる。演習前の挨拶は欠かせない。

「妹尾少尉、本日はよろしく頼むぞ」

「……ふん」

 妹尾少尉は士官学校時代のあたしの同期、つまり二十七歳である。友里のほうが年下ではあるが階級が上であるため、敬語を使っていないが、妹尾少尉はそれが面白くないのだろう。友里は女である。年下の女が男の自分より階級が上というのをよく思う人がいれば、一度見てみたい。

 友里が小さく笑って手を差し出した。しかし、妹尾少尉はそれに応じることなく背を向け、歩きだした。

「……演習相手に対して、失礼ではないか?」

 友里が小さな声でそう言った。小さな声のはずなのに離れたところにいたあたしにまで聞こえたのは、ひとえに夜の静寂が理由だろうか。

 妹尾少尉が歩みを止める。そしてこちらを振り替えった。

「女がいい気になりやがって。中尉にまでいったのも、隊を持っているのも、どうせ体を売ったからに決まっ……!」

 演習相手にぞんざいな態度を取られるのは今日に限った話ではない。友里へのこの対応だって、今まで何回も見てきた。それで分かったことだが、友里はこの手の「体を売った」というニュアンスで接してきた相手に容赦はしない。友里が七歳から軍隊にいるという話は意外と知られておらず、それゆえ友里の努力も、大庭隊の努力も誰も知らない。

 あたしは小さくため息を吐いた。日本特別軍を束ねるトップ――元帥の名を、どうして知らないのか。知っていたら友里にあんな台詞は言わないはずであるし、友里が七歳から軍隊にいることもすぐに知れるはずなのに。これはあとで教えるべきだろうか。

 大庭おおば秀勲ひでのり。大庭隊隊長大庭友里の父親にして、日本特別軍元帥。周りからどう見えているのかは知らないが、友里は元帥のことを父親とはこれっぽっちも思っていない。

「はっ……バカなことを言ってくれるようだな。さては妹尾少尉、お前が体を売った経験があるのか?」

「なっ……!」

「忘れるな、前半の演習では全員自分の武器を持っている。――事故に見せかけて、動けなくしてもいいんだぞ?」

 もちろん友里は大庭隊隊員に誓って演習相手に危害を加えることはしないが、挑発するような笑みを浮かべながら、抜刀して相手の首に刀を突きつけて言えば、友里ならやりかねないように見える。逆に相手が危害を加えてくる可能性は否定できない。そのときはあたしの仕事だ。実弾で一発威嚇されれば、相手もさすがに手を引く。

 女だから、ただそれだけの理由で快く思われていないあたしたち。そんなあたしたちを守るための、友里の精いっぱいのハッタリだ。

 友里が刀を引いた。納刀し、妹尾少尉を汚いものを見るような目で見る。

「……容赦はしないぞ」

 それだけ言うと、友里は背を向けてこちらに帰ってきた。あたしより友里に近い位置にいた有愛が小さく拍手をしていた。実空は既に戦闘準備完了といった具合で、自身のショートソードを抜刀させていた。刃渡り八十センチのそれは、どう見てもショートとは思えないが、分類上はショートになるらしい。

「大庭隊全隊員に次ぐ。遠慮はいらない、自分の好きなように暴れて好きに戦果を稼いでこい!」

 有愛の馬がいなないた。それを合図に、前衛が走り出した。

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