第5話 by Shiho.M

「後方支援の子が、どうして訓練に参加するのよ」

 現在、日本特別軍に入隊するには、原則士官学校を卒業しなければならない。原則、というのはわたしたち看護師だけは士官学校ではなく、看護学校を卒業しなければならないからだ。わたしや菜美さんの場合、配属がたまたま軍の、それも大庭隊になったというだけだ。

 士官学校では戦闘員と後方支援で別れて授業が行われる。もちろん一斉に行う授業もあるらしいが、そもそも習うことが違う。文系と理系の差というとわかりやすいだろうか。

 だから、佐々倉少尉の言葉は最もだった。戦闘員として訓練を積んできた佐々倉少尉たちに、護身術程度しか訓練をしていない後方支援部の人間がついていけるとは思えない。それに、大庭隊の後方支援部ということは、五十嵐鈴さんは女性である。

「『守られるだけは嫌です』って。鈴ちゃんが友里ちゃんに言いにきたんだよ」

 大庭中尉は、どこか嬉しそうな顔で言った。

「『わたしも、皆さんと一緒に戦いたい』って。友里ちゃんはもう、その心意気に惚れたね。後方支援部の人間が戦場に出ることがどれだけ危ないか、言い聞かせても引かないんだよ」

「…………」

 佐々倉少尉は、黙って大庭中尉の話を聞いている。後方支援部の人間が戦場に出ることは、まれにある。看護科なら緊急の負傷者を診ることが多い。今わたしの隣に立つ万意葉さんは、後方支援部の人間と言えど別枠だ。毎回じゃないとはいえ、戦果報告や索敵で戦場に出る人なんて、普通は有り得ない。その五十嵐鈴さんがどれだけ勇気を出して言ったかは、想像に難くない。

「それにね、ありちゃん」

 ふと、大庭中尉のまとう空気が変わった。

「……あの目は本物だ」


 そこまでおっしゃるなら、と佐々倉少尉は五十嵐鈴さんと面談することを決めたらしい。場所を面談室に移し、相談を受けた大庭中尉と、指導員になるかもしれない佐々倉少尉と、戦場に出る後方支援部代表の万意葉さんと、戦場に出たことがない後方支援部代表のわたし――要するに、さっきと同じメンバーで、五十嵐鈴さんを待つことになった。

 五十嵐さんからしたらわたしと万意葉さんがいることに疑問を抱くだろうという佐々倉少尉の意見で、わたしと万意葉さんは別室で待機。警察の取り調べ室のように、向こうからわたしたちのことが見えないようになっている。

 トン、トン、と優しいノックの音二回。万意葉さんが「来たね」と言ったので、五十嵐鈴さんが来たのだろう。

「失礼します。後方支援部研究科の五十嵐鈴です」

「待ってたよ、鈴ちゃん。どうぞ入って」

「お待たせして申し訳ないです。失礼します」

「うん、座っていいからねー」

「はい」

 見た目はわたしと変わらないくらいの年齢だろうか。長い髪がさらりと頬を滑る。顔が覆われてしまった。

「さて鈴ちゃん。鈴ちゃんの意志を、もう一度ありちゃんに伝えてくれる? 友里ちゃんが言うよりも、自分で言ったほうがいいと思うから」

「はい」

 五十嵐鈴さん――長いので下の名前で呼ぶことにする――鈴さんは、小さく深呼吸をし、佐々倉少尉の方を向いた。髪が揺れ、真剣な顔が見えた。

「わたしは、今まで後方支援部として軍隊にいました。ですが、友人たちが戦っているのに、自分だけ研究をしていていいのかと思いました。守られるばかりではダメ、自分も人を守れるようになりたい、と……。研究科にいましたので、集中力は自信があります」

「……実戦経験は?」

「恥ずかしながら、訓練もありません」

「士官学校をどういった成績で卒業したの?」

「情報処理一位、通信オペレーター四位です」

「…………」

 それだけを聞くと、佐々倉少尉は黙ってしまった。いつもより難しそうな顔をしているように思える。

「万意葉さん、鈴さんの成績ってすごいんですか?」

「うん、私も情報処理一位で卒業したけど、オペレーター業務は得意じゃなかったから。情報、研究、オペレーターができるのって、かなり珍しいね。どの軍隊も欲しがる、優秀な生徒ね」

「かなりすごいじゃないですか……」

 それだけ優秀な生徒なら、わたしならなおさら後方支援部にいるべきだと思ってしまう。佐々倉少尉も同じ考えで悩んでいるのかもしれない。佐々倉少尉が小さくため息をつき、口を開いた。

「友里、次の出撃か演習、一番近いのはいつかしら」

「今日の夜の夜戦演習かな。なんで?」

「鈴。今日の夜の夜戦演習に参加しなさい。万意葉が戦果報告で戦場に出るから、万意葉の指示に従って戦場とは何かを学んで、もう一度考えるのよ。悪いことは言わない、あなたは後方支援部に残るべきだわ」

「はい。ですがわたしも諦めていません」

「今日の演習に参加してから、また話を聞いてあげるわ。今日のところは以上よ」

「貴重なお時間を割いていただき、ありがとうございました」

 失礼しました、と一礼して鈴さんが部屋から出た。それを見届けて、わたしと万意葉さんも面談室に戻る。

「ありちゃん、思い切ったね?」

 勢いよくソファにもたれた佐々倉少尉に、大庭中尉が言った。どこか楽しそうな大庭中尉に対して、佐々倉少尉は疲れたような顔をしている。

「戦場の怖さは知っておくべきよ」

「演習なら万が一のことがあってもまだましだもんねー。いい判断だと思うよ、友里ちゃんならそのまま戦場に連れていっちゃう」

「……まだ護身術しか知らないような子を戦場に連れていくのは、その子に死ねと言うのと同じだわ。その子が死にたいと言うならまだしも」

 演習参加を命じた佐々倉少尉の意図が読めた。演習なら、演習相手部隊に事情を話すなりして対策が取れるからだろう。いきなり戦場に連れていって、本当の戦場の怖さを教える派の大庭中尉の考えもわかるが、戦闘員ではない鈴さんにそれは酷だろうと判断したのだ。

 しかし大庭中尉は、佐々倉少尉の言葉に首を傾げた。まるで子供のように、本当に何を言っているかわからないという顔で、佐々倉少尉を見た。

「軍人が死ぬのなんか当たり前じゃん。死にたいとか関係なしに、友里ちゃんたちは明日死んでもおかしくないよ」

「……ええ、そうね」

 佐々倉少尉の表情が少しだけ、変わった。

 少しだけ悲しそうな顔をした佐々倉少尉はしかし、次の瞬間にはいつもの無表情に戻っていた。

「戦場に出して、『実際』を体感してもらうという友里の考えもわかるわ。でもあたしは、自分の部下をみすみす殺すような真似はしたくないの」

 佐々倉少尉が自分の部下のことをそんな風に考えていたなんて。気まずいだなんて思っていた数十分前の自分を殴りたくなった。佐々倉少尉は優しい人だ。大庭中尉も、これには納得するだろう。

 大庭中尉は――机を思い切り叩いた。下を向いた大庭中尉の顔が、全く見えない。

 怖い。怖い怖い怖い。今まで気まずいと思っていた人が優しかった代わりに、気さくに話しかけてくれていた人が実は怖かっただなんて。

「いい加減にしたらどうだ」

 日本語のはずなのに意味がわからなかった。大庭中尉は、どうしてこんなに怒っているの?

「……志保ちゃん。ここは失礼しよう」

 万意葉さんが小さな声で耳打ちしてきた。あぁよかった、万意葉さんの言うことはわかる。小さく頷いたわたしは、万意葉さんとこっそり面談室から出た。

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