第2話 by Shiho.M

「おはようございます、志保ちゃん。よく眠れまして?」

 食堂の扉を開けたわたしに話しかけてくださったのは、わたしの直属の上司で看護師長の露木つゆき菜美なみさん。三つ編みの長くて綺麗な髪、やわらかな物腰と優しい性格。そして美人ときた。戦争なんてしていなければ男性に言い寄られて大変だろうなという外見だ。

 大庭隊には年下のわたしに対しても敬語で話す方がいらっしゃるが、菜美さんもそのお一人だ。正確には「~ですわ」という口調なのだが。

「おはようございます、菜美さん。よく眠れましたよ」

「そう、それはよかったですわ。医療従事者たるもの、自身の健康を一番気遣わなければなりませんよ」

「はい」

 菜美さんは二十四歳の若さで看護師長をしている。言葉の重さはやはり違う。聞くところによると、大庭隊への配属は四番目という古株だ。自分のご飯をよそっている菜美さんの後ろに、わたしも並ぶ。

 今日の朝食は白米に紅鮭、味噌汁というザ・和食。ふっくらと艶のある白米と、紅鮭が織りなす香りのコントラストは素晴らしい。味噌汁の中身は豆腐とわかめで、朝からご飯が進まないという人にも優しい作りになっている。

 ご飯を食べる席はだいたい決まっている。わたしたち看護師組は、状況によっては他の隊の看護に行くこともあるため、基本的に下座に座る。他にも直属部下を持たない兵の皆さんや、通信科や研究科といった看護師以外の後方支援担当の皆さんも、何かあったらすぐに出られるように下座に座る。絶対に上座に座ることができるのは、菜美さんより先に大庭隊に入った三人――通称「トップ3」と言われる中尉、少尉、准尉の三人。

 そんな三人が束ねる我らが大庭隊は、世界中のどこの隊とも違うところが一つだけある。

 戦闘員、後方支援部、構成される隊員が全員女性であるということだ。


 わたしが特別陸軍直属看護師に配属されたのは今年の話だ。特別軍を作ってから、足りないのは軍人よりも医師や看護師だということに気が付いた政府は、看護師専門高等学校を作った。国語とか数学といった普通の勉強の傍ら、看護についての知識を学ぶ。それでも大学卒である上司の菜美さんと比べたら、わたしはひよっこもいいところである。

 出撃がないと、怪我人もいない。そんなときは菜美さんたちと他の人の仕事を手伝う。今日は我らが隊長の大庭おおば友里ゆり中尉の――仕事部屋の片づけ。決して汚いわけではないのだが、いかんせん資料が多すぎて、まるで物置のようになっている。捨てるものや片付けてほしいものは、大庭中尉があらかじめまとめてくれているので、それを運んだり直す作業をするのがわたしたちだ。

 と、コンコンと控えめなノック音が鳴った。失礼いたしますと扉の前で言う人は、大庭隊では二人しかいない。扉が開き、ショートカットの髪が揺れる。

「友里さん、この前の出撃記録用紙を持ってきました」

「ありがとう、まいちゃん。ご苦労様」

 訪れたのは、後方支援部総務科のまいちゃんこと月城つきしろ万意葉まいはさん。総務科に所属する唯一の人が万意葉さんで、その理由は万意葉さんが研究も通信も何でもできてしまうから。この前の出撃記録に至っては、万意葉さん自身が実際に戦場に出て戦果記録をしているほどだ。実際は大人しい女性で、まるで妹のようだとトップ3から言われている。

 大庭中尉が出撃記録用紙をのぞき込んだ。万意葉さんが用紙を指差しながら、気になる点を大庭中尉に説明していく。

「前回は接近戦だったので、戦果は前衛組にありましたね」

「んー、やっぱり後衛組が攻撃できない乱戦はねえ……」

「難しいですね。狙撃のできる方がいればよいのですが」

「ありちゃんができたと思うよ? そしたら指揮できなくなるからダメって止めたけど、指導ならできるはず」

「有砂さんは何でもできますね」

「天才だからねえ」

 大庭中尉の言う「ありちゃん」は佐々倉ささくら有砂ありさ少尉のことだ。大庭隊は前衛と後衛に分けられていて、前衛と全体の指揮を大庭中尉が、後衛の指揮を佐々倉少尉が担当している。他に指揮権を持つのは准尉ぐらいで、あとの皆さんは指揮権を持たない。

 それより、佐々倉少尉が狙撃できるというのがとても気になる。佐々倉少尉は主に拳銃を武器とするガンナーだが、スナイパーの素質も持っていたとは。

「まいちゃん、ありちゃんを呼んできてもらっていい? ちょっと聞きたいことがあるんだー」

「はい、了解しました」

 ス、と一礼して万意葉さんは去っていった。ここで戦闘員の人なら敬礼するんだろうけど、わたしたち後方支援部の人間は敬礼しない。それがなんとなく、大庭隊のルールになっているらしい。

「志保ちゃん。片付けの手が止まっていてよ」

「すいません!」

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