本当の敵-06

 リタとラインハルトが《レッドフード》本部に駆けつけると、場は騒然としていた。父は普段、宿舎で寝泊まりしているわけではなく、本部兼自宅でいつも仮眠をとる程度だった。リタは本部建物のらせん状の階段を駆け上がる。

 大勢の侵入を防ぐために、通路は狭く設定してある。

 部屋を開けると部隊の者が介抱に当たっていた。ベッドに血がついている。

 父は、顔半分に大きな傷を負っていた。爪のあとが目を抉っている。これでも避けたのだと思う。人狼に襲われたら、顔面の半分削がれる。

 気丈にふるまう父は、命令していた。

「ここまで侵入を許すとは、奴らめ、人に化けて潜んでいたに違いない! お前らの中に狼がいるはずだ。最初、ノックをして入ってきたからな。本来なら銃を手に持つが、油断していた。くそっ、誰だ!? 窓から飛び降りたが、まだ近くにいるはずだ、すぐ探せ!」

 痛みで興奮状態のようだ。いや、興奮で痛みすら麻痺しているのかもしれない。

 リタは医者を早く、と急かした。

「リタ、お前は何をしていた! 第二部隊になろうとここまで人狼に舐められているのはお前にも責任があるぞ!」

 リタの存在をみつけ、父が怒鳴りつける。リタは何も言葉が出ない。ラインハルトが割って入った。

「ニコラス、リタは昼間も訓練中、部隊を人狼に襲われました。相手には逃げられましたが、人狼の行動範囲が今までと違ってきているのは明らかです」

「そうか、わかったぞ」

 ラインハルトの言葉を聞いて何か閃いたのか、父はリタを指差した。

「人狼に第二部隊が襲われたのは聞いた……その時、化けた奴が赤ずきんに混ざったんだ。森で消えたのではなく、お前らと共にここへ侵入してきたんだ、リタ、お前が手引きしたんじゃないのか……?」

「そんなことはしない!」

 錯乱状態にある父は痛みで呻きだした。リタを追いだせ、と叫びだす。リタは泣きそうになった。父がこんなに怖がっているのを初めて見たからだ。人狼討伐に憎しみだけで立ち向かっていたが、襲われて傷を追えばこんなに脆く崩れる。疑心暗鬼に陥り、父は、誰も信用していないかのように介抱する者たちの手を振り払った。

「リタ、お前は自分さえ助かればいいのだろう!? お前だけがあのとき生き残った。おまえはそれに感謝しているんだ、あの狼に! 違うのか!」

「母を殺した狼に感謝するわけないじゃないっ!」

「じゃあ、どうしていつもお前は引き金を引かない! 気付いてなかったと思ったのか! お前はいつだって一瞬、躊躇う……銀色の人狼のときにな!」

 父にとってはリタも信用できない存在なのだ。それはもしかしたら、あの日、生き残ったときから。ずっと、そう思いながら接していたのか。

 リタは父がわからない。変わってしまのったのかもしれない。今だけ痛みでそう怒鳴っているだけとは到底思えなかった。

 辛そうな顔をしているリタを見かねて、ラインハルトが部屋から連れ出す。階段を下りながら、リタはぐるぐると父の言葉を自身の中で反芻していた。

「夜通し、《ハンター》と《レッドフード》が捜索します。僕もこれから仲間に加わります。リタさんは少し休まれてからの方がいいような気がします」

「どうして。手引きしたと疑われている私が動かないのは余計に怪しいでしょう」

「――ですが」

「第二部隊の指揮は私がとらないといけないし、第一部隊も父があの状態では混乱状態。異動があったばかりで、部隊のまとめ役は慣れてない。私が行く」

「……わかりました」

 かがり火と焚いて、みなが動き回っている。馬のいななきと時折、怒声。だが、ラインハルトだけはいつも笑顔だった。

 笑顔で、リタと向き合う。

「こんなときでも笑顔って、あなたすごいわね」

「リタさんこそ、泣きそうなんでしょ。でも、絶対に涙を流さない」

「泣いても人狼は消えないもの」

「ですね。僕の笑顔の理由、聞いてくれます?」

 ラインハルトは義手の方の手をあげた。鈍く輝く、鋼鉄の腕。

「腕を取られたとき、僕は死にたくないって思いました。痛みでどうにかなりそうでした。療養中も腕の喪失、恐怖から何度か死のうと考えたほどです。そんな時、リタさんを知りこんなにかわいい女性でも頑張っているなら僕も負けていられないって思いました。泣かずに貴女ががんばっているなら僕はいついなくなっても笑顔で思い出してもらえるよう、常にそう振舞おうと決心したのです」

 がしゃん、と金属音を鳴らして腕を下げる。しばらく、間がおりた。

ともすれば告白めいたラインハルトの言葉。こんなとき、気のきいたセリフを言いたいとリタは思ったけど、何も思い浮かばず思ったことを口にする。

「あなたは死なないわよ」

「リタさんにそう言ってもらえると、無敵になった気分です」

 ラインハルトは多少、照れたように言った。

 彼は嬉しそうでもあった。


そして、二人は猟師と赤ずきんが待つ場所へと散った。



 × × ×


 翌日。父を襲った人狼は見つからず消息不明。目撃証言もない。ベッドの上で報告を受けたニコラスは、痛み止めが聞いているのか落ち着いた状態であった。だが、芳しくない状態であることに変わりなく、苦悶の表情を浮かべ、溜息をついた。

 片目は包帯で覆われ、痛々しい。

猟師ハンターと赤ずきん《レッドフード》が協力し、厳戒体制を強いたというのに、人狼らしき影が見つからない。これが何を意味するかわかるか?」

 部屋にはリタと、複数の赤ずきん幹部候補。第一部隊の隊長は長身で背の高い、リタより年上の女だった。切れ長の瞳が特徴的だ。

 名前はロッテ・ガホナイス。時にリタを睨んでくる。皆の前で罵倒されたことにより、リタの地位は格段に下がった。

「やはり、人狼が人として紛れこんでいると考えるのが妥当でしょうか。だとしたら、仲間内に奴らがまだ潜んでいる可能性も」

「その通りだ。この私がいる私室まで侵入ができたということは《レッドフード》内に潜んでいるに違いない。これより、特別捜査チームを設け当日の行動を調べる。怪しい者はリスト化し、絞り込む。チームの長はお前だ。やってくれるな」

 第一部隊の隊長は短く返事をした。彼女はリタが部隊の隊長をしているときから副隊長として役に立つ存在だった。だが、リタは嫌われていたらしく時に素直に命令を聞いてくれないときもあった。

 今はロッテがトップ。適任といえた。

――が、彼女は部隊の隊長としては経験値が足りず昨晩の指揮もほとんどリタが飛ばした。

「私も手伝います」

 リタは補佐を申し出た。当日の動きを調べるのは公平な目で見ないといけない。冷静に判断しないと人狼を見逃す。

 だが、それにはニコラスが反対した。

「寝ぼけたことを言うな、リタ。お前も、取り調べの対象なんだぞ」

「私が? なぜ? あなたの娘なのに――」

「人狼を手引きしているかもしれないからだ。お前は人狼の肩を持つときがあるようだからな」

「私が従うのはあなただけです。人狼は敵です」

 ニコラスは真剣に言うリタを鼻で笑う。

「口では何とでも言える。私に対して弁明したいなら、大人しく身の潔白をチームが明らかにしてくれるのを待つべきだな」

 口を開きかけたところで、ロッテが前に立つ。

「ニコラス様の身に障る。これ以上、つべこべ言うなら部屋から出て行け」

 長身のロッテは威圧的によくリタを見下ろしてきた。リタが人狼を倒すたび、功績をあげる度に彼女は嫉妬めいた視線をリタに向けてきていた。別にそういったことは、気にならなかった。ロッテも人狼を憎み、恐れているからこそ、リタに羨望の眼差しを向けているのだと。強さを欲しているからこその態度だと思っていた。

 ラインハルトがよくリタのことを『泣きそう』だと表現する。ロッテは勘違いしているのだ。常に一緒にいない《ハンター》の方がよくわかっている。

 ――私は弱い。ロッテが私なんかに苛立つ必要はないのに。私の立場が弱くなったとしても私を意識している。

「わかりました。チームの捜査に何か貢献できることがあればいつでも申し付けください……それと」

 去り際、リタはニコラスに視線を投げた。

「無事で良かったです、お大事に」


 扉を閉めるまで、特に返事はなかった。

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