おおきくなるもん

「魔法使いで引きこもり?」五巻発売記念


プリュムの話です



**********





 プリュムは「可愛いね~」と皆に言われ、それはそれは大事に育てられた。生まれた時からずっとそうだった。だから、希少獣が魔獣を狩るのは当然で、本来なら「強い」存在であるということに気付くこともなかった。


 気がついたのは、とある事件が起こったからだ。

 あるじのルダと共に王領へ小旅行に行った際、突然の凶行にプリュムはひとりぼっちとなった。人型になってしまい、聖獣姿へ転変することもできなくなったプリュムはひとり震えた。

 それを助けてくれたのがシウという人間と、フェレスという騎獣だった。フェレスは猫型騎獣フェーレースだから、空を飛べる。しかし、騎獣の中では下位の存在だ。小さくて一人しか乗せられないとプリュムは聞いたことがあった。けれど、フェレスは彼の主のシウとプリュムを乗せて空を飛んだ。

 プリュムはまだ幼獣で人を乗せられないから、他の騎獣に乗せてもらい移動していた。その時には何も感じなかったのに、フェレスに乗った時には胸がチクリとした。

 豹型騎獣レオパルドスのレオに乗っていると、確かに安心感があったはずだ。なのにフェレスはもっと安心できた。大空をなんてことないように、飛んだ。緊張感なんてなく、自然に飛ぶ姿はプリュムの知らないものだった。


 フェレスは、プリュムが知るどの騎獣たちよりもずっと小さかった。成獣になったばかりの一歳を過ぎたところだと後から聞いた。つまり、プリュムと同じようなものなのだ。プリュムは生まれて三ヶ月だったけれど、たった一年違うだけ。

 空挺団の騎獣たちはもう何年も働いているから育ちきっており、立派な大人だった。それなのに、盗賊団に襲われた時や魔獣が襲ってきた時も、彼等はフェレスほどに堂々としていただろうか。


 騎獣たちは王城へ戻ってすぐに反省会を開いたそうだ。フェレスの堂々たる姿に皆が驚いていた。盗賊団を退治した後に追いついてきた姿は異様だったと話し合っていた。

 あまりに速く、落ち着いている。そのことに、レオを筆頭に全員が落ち込んだ。

 プリュムも幼獣ながらに、落ち込んだ。なにしろ、プリュムときたら王城へ戻る前から寝てしまっていたし、そんな話し合いに参加することもなかった。

 そして、可愛がられるだけの存在ではいけないのだと気付いた。聖獣であるプリュムは、彼等よりも強い存在にならなくてはいけない。本能がそう言うのだ。


 シウが王城に来て面会した後に、プリュムはルダにお願いした。

「るだ、あのね、あのね。プリュム、おおきくなるの」

 ルダは困ったような顔をしてプリュムの頭を撫でた。優しい手。プリュムの大好きな、なでなでだ。プリュムは「この人を守りたい」と唐突に湧き上がる気持ちに驚いた。

 これまでも大好きだった。主だからではない。プリュムを大事にしてくれるからだ。

 でも、それとは違う。

「プリュムは、るだ、のせるの。はやく、とぶの」

「さっきも、そう言っていたな」

 ルダがますます困ったような顔をする。プリュムは小さな手をルダの顔に伸ばした。届かなくて背伸びをすると、抱っこしてくれる。ようやく届いた手を、ルダの顔にあてて笑みの形にしようとした。笑って、笑って、と。

 ルダは笑顔になった。

「どうしたんだ、プリュム」

「プリュム、るだ、げんき、する。いっぱい、きたえる。れおも、がんばる」

「空挺団の騎士たちも鍛え直すと言っていたな。騎獣たちもか。でもな、プリュム。それは大きくなってからでいいんだ。プリュムはまだ幼獣だ。こどもなんだよ。こどものうちは、楽しく遊んでいるだけでいい」

「いや!」

「プリュム……。フェレスたちと話したことは忘れてもいいんだぞ?」

「いや! プリュム、おおきくなるもん。おおきく、して、つよいの!」

 困った顔になろうとするから、プリュムはまた小さな手でそれを止めた。一生懸命、頬を押す。そうすると、ルダの顔が徐々に笑顔になっていく。

「……そうか。大きくなるのか」

「そう! プリュム、せいじゅう。つよいの、して、みんな、あんしん。それで、それで、るだ、まもるの!」

「そうか。なら、俺も強くならないとな。プリュムに恥ずかしくない主にならないといけない。そうだろう? プリュムはモノケロース、聖獣でも上位種だ」

 今度こそルダは本当に笑った。プリュムは嬉しくてルダに抱きついた。

「がんばる! いっぱい、たべて、いっぱい、きたえる。きたえる、って、はしるのこと?」

 具体的なことはまだ分からないプリュムだったが、ルダは大人なので分かるだろう。

 はたして。

「そうだな。たくさん食べて、走って。剣も持てるように俺も今以上に鍛えよう。騎士をお手本にしていてはダメだな。一般兵士の訓練から始めよう。騎士たちの剣では、盗賊団の剣に敵わなかった。喧嘩剣法というのだそうだ。平民の自由な戦い方も覚えよう。何が来ても大丈夫だと言えるような、本格的な訓練だ」

「プリュムも! プリュムも、やる!」

「一緒にな」

「いっしょ!」

 今度会った時に、フェレスに勝ちたい。そうした気持ちがプリュムの中に生まれた。


 これまで、ただ可愛いだけの幼い聖獣として過ごしていた。それが、事件によって本能を揺さぶられたのだ。

 プリュムにとってフェレスは目標であり憧れの存在となった。

 今度会うまで。

 プリュムはルダと共に大きくなって強くなろうと心に決めた。絶対にルダを守り切るのだという気持ちと共に。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る