幸せな希少獣の作り方-後編-

こちらは後編です。




****************








 その少年はシウと名乗り、人間にしては珍しく見下すことなく話しかけてきた。


 わしは人間というものを信用していなかった。だから警戒心を捨てずに話をした。

 しかし、シウは気分を害することもなく、わしの怪我まで治した。

 人間とは取引をするものだ。

 親切の裏には何かがある。

 ますます警戒していたのだが、シウはいつまでたっても何かを求めることはなかった。

 しかも、わしのペットでもあるエールーカに対し、物珍しそうにしたものの不快な態度は全く見せなかったのだ。


 不思議な人間だと思った。


 その後、シウは住処を紹介もしてくれた。


 安全な住処は喉から手が出るほど有難かった。

 近くにはエールーカの好きな葉が生い茂り、魔素も適度に多い。

 洞穴は過ごしやすく改造したとかで、なるほど奥行きもあって隠れる場所も沢山ある。結界を張っているため登録したわしら以外の、そう、魔獣の侵入もない。

 強い魔獣がやって来たとしても、幾つかある空気穴から逃げられるだろう。


 これほど快適な住処はない。


 わしは少しずつ、シウという人間のことを気にし始めた。







 シウはわしの心を読むことに長けていた。

 わしがシウを信用していないことにも理解を示していた。

 言葉にせずとも、時折頷いてはわしの気持ちに沿った言葉を紡ぐ。


 何故分かるのかと不思議に思っていたら、何かを思い出したように笑って、呟いた。

 同じ孤独な生き方をしてきたからだよ、と。

 その姿は年相応のものではなかった。

 わしと同じく、長い時をひとり生きてきたのだと、何故だかそう感じた。


 それからだろうか。

 シウならば、信じても良いかと思えるようになったのは。



 やがて、シウの言葉にも耳を傾けるようになった。



 ならばと、以前から続けていた独り善がりの行いに、シウを引き込もうと決心したのだ。







 わしは、憐れな卵石を見付けると、育てられるであろう獣の下へと運んでいた。

 できるだけ頭の良い獣を選んだ。

 親が希少獣であったという獣などがいれば尚良い。自身が希少獣ではなくとも、親の記憶が残るのか他よりは賢いのだ。

 わしと同じような、はぐれ希少獣でも良かった。

 ある、はぐれ希少獣と出会ってから気になっていたのだ。

 彼女は寂しさのあまり鬱屈としていたが、理解し合える仲間を得てからは見違えるように元気になった。卵石から生まれたのは彼女と違う種族ではあったが、熱心に育てたものだ。

 わしのような年寄りでもいいから共に生きたいと願っていた彼女は、すっかりそのことを忘れてしまい、新しい仲間を愛おしんでいた。


 人間に渡すことは考えもしなかった。


 今まで出会った、人間に飼われた希少獣のほとんどが、わしには幸福だとは思えなかったからだ。



 思えば傲慢であった。



 それに気付いたのは、決心してシウに渡した卵石の子らが孵ってからのことだった。







 わしはシウに借りを作ったような気持ちになっていた。

 人間に借りを作るのは嫌だ。

 しかし、わしは人間ではなくシウという個体を信じてみようと決めたのだからと、悶々としていた。

 そんな時だ。

 シウからお願いをされて、聞いてやっても良いような気がした。


 そう、これは取り引きなのだ。


 だからわしは受けることにした。



 人間が行う召喚魔法に応じることを。




 その召喚魔法を受けた時、以前から何度か干渉していたものだと分かった。

 住処はシウの結界魔法があるため他者からの魔法は干渉されない。が、悪意のないものならば、うっすらと分かるようになっているのだ。つくづくシウの魔法は不思議なものだった。


 わしはシウから事前に説明を受けていたため、エールーカが傍にいることを確認してから召喚に応じた。



 柔らかく、強制的でない術だということは、召喚門を通った瞬間に分かった。

 悪意のない召喚魔法だということは以前からも知っていた。

 だから安心していた。


 していたが、目の前の幼い人間の姿に、わしは固まってしまった。

 このように幼い子が召喚したのかと。


 しかし、だ。

 わしはもう立派に老獣だ。相手は幼子である。

 わしがしっかりと対峙せねばなるまい。


 魔力を消費して蹌踉めく幼い人間の子を前に、わしは堂々と立ち向かった。


 それはアリスと名乗った。わしに対して礼儀正しく挨拶をすると、どうかわたしの召喚獣となってくださいませんか? などと言ったのだ。

 わしのような小型希少獣に対して、だ。


 人間が求める希少獣のほとんどは騎獣、そして聖獣である。


 わしらのような小型希少獣は売られていく運命にあった。そこで賢い獣だと可愛がられて終わる獣生だ。


 そのような扱いを受ける小型希少獣に、幼子は「精進する」とまで口にする。


 わしは試すかのように、養っている幻獣がいるのだと告げてみた。

 すると、もちろんお友達も一緒にと、申し出たのだ。


 エールーカを見てかなりの衝撃を受けてはいたが、人間の女というのはそんなものだ。あれらは虫を大変嫌がる。

 それでもなんとか持ち直して笑顔を見せた少女は、偉いと思った。



 わしは少女の申し出を受けて、召喚契約を結んだのだった。







 アリスはわしのことを、人間に対する不信感ごと受け止めた。

 否定したりせず、わしの話を素直に、そうですかと言って聞くのみ。

 分からないことは分からないと言い、わしのようなものに教えを請おうとする。

 エールーカのために新鮮な葉野菜も用意してくれた。


 わしには、自らの手で捌いた飛兎の内臓を与えてもくれた。


 人間のおなごが、ましてや少女が、そこまでするのかと驚いたものだ。


 貴族という、ランクが上らしい種族のようだったが、そこで働くものどももやがてはわしらを受け入れた。


 コルニクスという希少獣は、人間からは不人気である。

 黒いということ、元の獣が死肉を漁ったりするため賤しいと思うようだ。


 しかし、アリスが庇い、その父がうるさい親族を追い出した時、下々のものらはわしを認めたのだった。


 ならば、わしもそれに応えるべきだ。


 わしはアリスの書いた手紙を王城へ届けに行った。

 アリスの父ダニエルは、それは笑顔で受け取った。わしに何度も礼を言い、おやつなるものを与えてくれた。


 ダニエルの仕事場では、コルニクスは賢いから羨ましいと口々に褒め称えられた。

 中には無遠慮に触れてくる失敬なものもいたが、ダニエルに叱られて終わりだ。


 帰る際にはダニエルから、お仕事お疲れ様と労われる。

 そう。

 これは仕事なのだ。


 なんという甘美な響きか。


 もちろん、人間に使われるというのは、最初こそ気分の良いものではなかった。

 しかし、だ。

 わしに対していつも丁寧な態度を崩さないアリスの、願いだと思えば。


 エールーカにも毎日新鮮な葉を与えてくれた。


 わしのことも、それは大切に扱った。

 わしの毛艶は良くなり、久しぶりに会うシウからも見違えたと言われるほどになった。



 そこで、仕事を断るなどというのは、わしの生き様に悖るのではないだろうか。



 よって、わしはアリスの頼みを進んで受けることにしたのだ。

 そこに、仕事への憧れがあったことは、後に認めたが。







 シウから、卵石が孵ったことを教えられ、会う機会ができた。


 子らは、一心不乱にシウを愛していた。

 シウこそが彼等の全てだった。

 盲目的な愛を、そこに見た。


 同時に、シウの深い眼差しに、わしは傲慢であったことに気付き、そして恥じた。


 無償の愛はあるのだ。


 シウだけが特別なのではない。

 それはもう、分かっていた。


 わしのことをひとつの存在として認め、時に先達として尊敬し、対等な召喚相手として仕事を与えるアリス。


 アリスから与えられる眼差しは、深い愛情であった。


 シウと同じ意味の視線。



 わしは、希少獣のことを何も分かってなどいなかった。


 わしの不幸を、全ての希少獣に当てはめていた。




 そして、人間と上手く付き合えるかもしれなかった卵石達の運命を、踏み躙ったのかもしれない。




 途轍もない後悔に苛まれ、わしはとうとうアリスに全てを話した。


 アリスは最後まで静かに聞き終えると、わしにこう言った。


「コル。わたし、シウ君に言われたことがあるの。無理を言って学校の演習に参加した時に、我慢しすぎて恥ずかしい思いをしたの。後から考えると全然大したことじゃなかったのよ。でも、とても動揺していた。その時にね、シウ君は、わたしの立場になって慰めてくれた。本当に大したことじゃなかったのよ。なのに『こんなに頑張ってるんだから、今後の人生でどんなに辛いことがあっても、きっと乗り越えられる』って言ってくれたの。その後にね、『誰かに頼って信頼することも大事だよ』って……」


 アリスの目が、真っ直ぐにわしを捉えた。


「ねえ、コル。コルが失敗したことは、今後の糧にしたら良いのじゃないかしら。コルはずっと苦労してきて、大変だったでしょう。他の子の幸せを願ったからこそ、そうしたのよね? それは悪いことかしら」


 もし間違っていたのなら、そしてそれに気付いたのなら――


「これから、修正していけば良いのよ。わたしと、エルと共に。一緒に乗り越えていきましょう」


 ダメ? そう心配そうに問われて、わしは何と言えただろうか。


 何度も頭を横に振った。


「じゃあ、次に卵石を見付けたら、どうしようかしら」


 わしは、考えた末にこう答えた。


「カーカーカーカー、カーカーカー」

「ふふ。そうね。シウ君に渡しちゃいましょう。きっと、彼か、彼の信頼する相手に渡してくれるわ」

「カー」


 誰かに頼ること。信頼するということ。


 シウがそれを本当にしてきたかは分からない。なにしろあれは、わしと同じ孤独の生き物だった。

 アリスの証言にもあったが、シウとはひとりで勝手に動いてしまうもののことだ。

 そんな人間が、無意識に口にした言葉。



 きっとシウは、自分がそうしたいのだ。


 ならば、わしらは彼に対して、それを行えば良い。


 信頼していると示せば良いのだ。



「カーカー。カーカーカー」

「ええ、本当に。シウ君はもうちょっと、困れば良いのよ。そのうち、わたし達を頼ってくれるはずよ。ね、エルもそう思うわよね?」


 エルが答えることはない。

 けれど、エルは葉から顔を上げて、アリスを確かに見た。


「エルも同じですって。コル、今度洞穴別荘へ戻ったら、周りを探してみてね? 絶対よ?」

「カーカー」

 もちろんだとも。

 そして、新たな卵石を見付けてやるのだ。




 幸せな希少獣を作るために。


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