猫の召喚士

NEO

第1話 事故からの……

 我が輩は……何でもない。とにかく猫という生き物だ。人間が勝手に呼んでいるだけだがな。世の中には、ノウノウと人間に飼われている者もいるようだが私は違う。都会の片隅にささやかな縄張りを持つ、人間流に呼べば野良猫というやつだな。

 猫といえば夜に行動すると思う人も多いと思う。まあ、実際そうなのだが昼間にも動く。縄張りのパトロールはこまめに行う必要がある。特に、淑女が発情期を迎えるこの時期、どこからともなく紛れ込んでくる不届き者が増える。そいつを叩き出さねばならない。そのまま逃げていくならよし、爪を出し牙を剥いてくるなら……私にも考えがある。

 通常のパトロールも終わりに差し掛かった。ここは要注意ポイントだ。少し広めの道路を横断しなくてはならない。ほとんど何も通らないが、たまに凄まじい速度で車という人間の乗り物が通る。気を付けねば……。

 道の中程まで来た頃だった、ギャリギャリと凄まじい音を立てて、真っ青な車が猛スピードで曲がってきた。いかん!!

 後に退くか先に進むかで一瞬悩んだ。これがいけなかった。車は凄まじいタイヤの軋む音を立てて止まろうとしたようだが、もう間に合わなかった。私も咄嗟のことで動けなかった。それが、最後の記憶であった。


「ん?」

 私はゆっくりと目を開けた。辺りは石作りの家。そして石畳。都会育ちの私である。ここは田舎のようだが、明らかに違う場所だ。第一、私はあの車に撥ねられたはずである。おおよそ生きているはずがない。異国であろうか?

「あー、いたいた。召喚ポイントがずれちゃった」

 しばらくその場で辺りを見回していると、珍妙な格好をした人間の女……まだ子供だろうが近寄ってきた。

「何だ、貴様は?」

 ……ん? 人の言葉を操れる??

 自分でも驚いた。何だこれは!?

「ああ、すいません。私はアリス。アリス・センチュリオン。召還士の見習いです」

 ペコリと頭を下げるアリスとやら。はて、どうしたものか……。

「アリスとやらよ、ここはどこだ? 私は死んだはずだが……」

 少なくとも、おかしな事がてんこ盛りで起きている。それだけは確かだ。

「はい、ここはラインメタル王国の田舎、レオポルトという村です。使い魔を召喚した結果、あなたがここに呼ばれました。恐らく、元の世界で死んだ直後に転送されたのだと思います。人間の言葉が喋れるようになったのはバッチリ成功です」

 ……なるほど、分からん。分からない事が増えた。どうやら命拾いしたようではあるが。

「アリスよ。もっとかみ砕いて説明してくれぬか?」

 一呼吸おき、私はアリスにさらなる説明を求めた。

「ああ、申し訳ありません。あなたは別世界に『転移』したのです。一度死んでいるので『転生』でもありますね。ここまでは大丈夫ですか?」

 アリスの問いに、私はうなずいた。

 よく分からんが、なんとなく言いたい事は分かった。要するに、私は「違う世界」に来たようだ。全く何の因果か、私は簡単に死ぬことを許してもらえなかったらしい。

「私のような召還士は、ある程度の段階になると自分のサポート役に使い魔を召還します。それがあなたです。まさか、異界の猫さんとは思いませんでしたが」

 小さく笑うアリス。

「私は猫さんではない。名前は……」

 しまった、野良ゆえに名前などなかった。

「名前がないんですね。では、『徹甲弾』なんてどうですか?」

 て、徹甲弾だと!? よく分からんが、私には極めて相応しくない気がする。

「アリスよ、真面目に考えてくれ……」

 なにか、危険だな。これは……。

「えっ、ダメですか。なら、キジトラなので「キジツム」では?」

 ……ダメだこれは。

「チョコビック、あるいは先生でもいい。これでどうだ?」

 私は適当に思いついた名前を挙げてみた。

「いいですね。なんか賢そうな感じがするので、『先生』で!!」

 景気よく声を上げたアリスの声が耳に痛い。全く、聴力は我々の命だというのに。

「して、アリスよ。使い魔とはなんだ?」

 まだ耳鳴りはしているが、とりあえずアリスに聞いてみる。今のうちに聞いた方が良いだろう。

「はい、主人と召使いみたいなものですかね。実際にはもっと密接な関係があります。術者の能力を大幅に上昇させ、使い魔となった者も大幅に能力が上がります。実際、こうして先生は人間の言葉を喋れるようになりましたし……」

 ……召使いか。まあ、それも良かろう。この世界の事は何も知らない。人の言葉を理解し、話せるようになった事も何かと便利だ。

「そして、次の質問だ。転生だの転移だの私にはよく分からない。詳しく説明してもらえないか?」

 私の問いにアリスは少し考えた。

「えっと、簡単に言うと転生は『生まれ変わり』ですね。転移は文字通り『こちらの世界へ移動』する事です。今回は2つ一緒になるました。先生が亡くなった瞬間に私の召還魔法でこちらに転移され、同時に転生した。変わらず猫として」

 ……うむ、分かるような分からないような。

「つまり、面倒な事になっている。そういうことだな?」

 私が聞くと、アリスはうなずいた。

「はい、限りなくレアケースです。私もビックリしました」

 ……当の本人が驚いているようでは、これ以上の情報は引き出せないだろう。

「分かった。では、私は何をすればいいのだ。召使いといわれても私は猫だぞ?」

 当たり前だが、猫は猫だ。そもそも、気ままに生きるのが我々だ。誰かの召使いなど……。

「なにもしなくていいです。こうしているだけで、私の能力が上がります」

 そんなものなのか? なにかいい加減な……。

 ともあれ、こうしてアリスと先生こと私の生活がスタートしたのだった。

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