第7話 ライバルは陰陽師!?②

「はぁ……」

「あ、あれは。おーい!」


 肩を落とし、ため息をつきながら歩くミツル。そんなどんよりした空気を放つミツルを誰もが腫れもの扱いする中、小さな影が一つ近づいてくる。1人ファミレスに残って優雅にパフェを食べていたカケルである。

 パフェを完食し帰宅途中の彼は遠巻きにミツルの姿を見つけて近寄って来たのだ。無論、先ほどのヘルガイスト騒動の顛末てんまつは姉を通して知っていた。


「やっぱりさっきの。えと、名前……」


 カケルは目線をあげ指を宙でクルクルと回しながら名前を思いだそうとする。らちが明かないと思ったミツルは自ら名乗る。


「芦屋ミツルっス」

「そだそだミツル! お前、晴明にーちゃんの邪魔してヘルガイストを逃したんだって?」

「よ、呼び捨てっスか……」


 小学生に呼び捨てされるとは思ってもなかったので苦笑いしかできない。そんなこともお構いなしに、尊敬する晴明をバカにされたことを1000年忘れるものかと言わんばかりにカケルは飛び跳ねながらぷんすこ怒る。


「当たり前だ! にーちゃんとDタイザンをバカにするやつなんて呼び捨てで十分に決まってるだろ!」

「そう、そうっスよね……。自分もそう思うっス。はぁ……」

「ど、どうしたんだよ」


 まだまだ言い足りないことがあったはずなのだが、先ほどとは打って変わってしおらしいミツルについうろたえてしまう。調子を崩されたカケルはうなだれるミツルを連れてとりあえず近くの公園にでも行って話を聞くことにした。

 道中、お互いに黙りこくって気まずかったのは言うまでもない。



 ☆☆☆☆☆



「えぇ~っ! 実はにーちゃんに憧れてる!?」


 思いがけないことを耳にしたカケルは驚きの事実に、乗ってたブランコからひっくり返りそうになる。今日これまでを振り返ってもそんな様子を1ミリも見せたためしがない、にもかかわらず実はミツルは晴明の大ファンである、らしい。

 動揺を隠せない中、カケルは一番疑問に思っていたことを質問する。


「じゃあなんで勝負なんか挑んだんだよ……?」


 するとミツルは照れくさそうに人差し指同士をくっつけていじいじしだす。


「あ、あれは憧れの晴明さんに会えて緊張してたんス。それでつい気が動転して……」

「だからってDタイザンまでバカにすることないじゃないか」

「自分でもわけわかんなくなってて……。それに勝負しろといった手前、引くに引けなくなったんスよ!」


 逆ギレするミツルをカケルは「うへぇ……」と面倒くさそうに半分軽蔑、半分呆れと言った視線で見つめる。なんでこんなややこしいのに話しかけてしまったのだろうかと少しばかり後悔するが、一度関わってしまったのだ、邪険には出来ない。

 カケルは小学生ながらになんとかアドバイスをしてみる。


「それじゃあ今から謝って本当のことを言ってきたら?」

「いまさらできっこないっス。あれだけ言ったうえにあんな失態まで犯して、絶対に嫌われてるっス……。どんな顔して会えばいいんスか……」

「それもそうか……」


 今にも泣きだしそうなミツルを見て、難しそうだなと唸りあげるカケル。だが何かひらめいたのか、ブランコから飛び降りてミツルの前に立ち、両手を握って嬉しそうにブンブンと振り始める。

 困惑するミツルにカケルはとある提案を持ち出してきた。


「聞いたところにーちゃんでも当てられなかった攻撃をミツルは当てられたんだろ? それじゃあヘルガイストを見つけ出してにーちゃんより先に倒せばいいんだよ! そうすれば認めるしかないしさ、俺も協力するよ!」

「でも、どうやって?」

「まぁまぁ、この日吉カケルに任せとけって!」


 胸を張る目の前の小学生にミツルは一抹の不安を覚えるが、この際頼るしかないと言い聞かせて耳を貸すことにした。



 ☆☆☆☆☆



「まーだ怒ってんの?」


 ヘルガイストの捜索に付き合わされているめぐるは、いまだに機嫌の悪い晴明にほとほと愛想を尽かし、そろそろ帰りたいと思いはじめていた。当の晴明もミツルに対する怒りはすでに静まっていたのだが、別れ際の態度が脳裏にこびりついてどうも得心いかなかった。そのことと見つからないヘルガイストが彼にモヤモヤを残して機嫌を損ねる要因となっていた。


「ったく、男ってのは一度こだわりだすとすぐこれだから……」

「うるさいな、帰ればいいだろ」


 後ろで人の気も知らないでごちゃごちゃ言ってくるめぐるにもむかっ腹を立てていると急にヘルガイストの気配がよぎる。しかもどうやらすぐ近くらしく、建物の間から先ほど逃したヘルガイストが姿を現す。


 ――しまった!!


 イライラしていたせいかヘルガイストを感知できずにいたらしい。焦った晴明はすぐさまDタイザンを呼びだそうとするが、すでにヘルガイストと戦っている者がいた。ミツルである。


「アイツ……!」

「まぁまぁ、そうカッカしないで」

「カケル!」


 歯ぎしりをする晴明を制止させるようにカケルが物陰からひょっこりと姿を現す。どうやら向こうで戦うミツルと何か一枚噛んでいるな、と察した晴明は彼に尋ねる。


「なんでアイツがヘルガイストと戦っているんだよ」

「ミツルがどうしてもにーちゃんを出し抜くって聞かなかったんだ。それならいっそのこと先にミツルに好きにやらせて、ヘルガイストを弱らせてもらえば、にーちゃんだってトドメを刺しやすくなるだろ?」

「カケル、あんたなんて末恐ろしい……」

「お、お前……、そりゃ卑怯じゃないか?」


 ニシシと焚きつけるような態度で笑うカケル。子供のくせにあまりにもしたたかな作戦を考える彼に畏怖の念を抱きながらも、晴明はそんな手を使ってまでミツルを危険な目に合わせるのもどうかと揺れる。手にはDタイザンのお札を握りながら固唾をのんで見つめる。

 だがしかし、見れば見るほどミツルの戦い方に無駄はない。一撃離脱戦法と言うか、素早い動きの敵をも翻弄するようなスピード攻撃は目を見張るものがある。それにあれだけ大きな敵を相手にひるむことなく戦えている度胸、認めたくはないが能力においても晴明より数段上手うわてと見た。大口をたたくだけの実力はあったというわけだ。

 しかしそれではヘルガイストには勝てない。

 ミツルの攻撃はあくまでも相手を弱らせるだけにすぎず、Dタイザンのエクスペル・バーンのような悪霊自体を消し去るほどの決定打には欠ける。このままではただ消耗するだけで、いずれは相手からの反撃をくらいかねない。

 だからといって今闇雲にDタイザンで飛び出せば、ミツルのペースを崩すことになる。手柄を横取りすることになってでも手を出すか、ただボーっとミツルがやられていく様を見届けるのか。決断が迫られる。


「晴明……」

「どうすんのさ、にーちゃん?」


 めぐるとカケルの姉弟が晴明の顔を覗く。晴明の頭の中にこびりつくミツルの後姿が思いだされた時、拳の中に強く握りしめたお札が光を放つ。


「クソォ……ッたれぇ!」


 意を決した晴明は光り輝くお札を天高く掲げると、高らかに叫ぶ。


召喚サモン! Dタイザァァァン!!」



 ☆☆☆☆☆



「ぐぅっ……、瞬雷閃が効かない。これまで戦ってきた悪霊とは段違いに強いっス……」


 ミツルは肩で息をしながら短剣をギュウッと握る。何とか相手のスピードには付いていけていたがそろそろスタミナ切れを起こしそうだった。ヘルガイストも最初に比べれば随分と弱っているはずなのに、まだミツルよりも余裕がありそうだ。


(こ、ここまでっスか……)


 片膝を地面についてガックシと肩を落とすと、突然向こうの方から『なにしてるんだ!』と言う怒鳴り声が聞こえてくる。

 その声の方を振り返ると、逆光に照らされたDタイザンの姿があった。


『そのヘルガイストは俺一人で倒すといっただろ!』


 叱りつけるような晴明の声にさらに委縮いしゅくするミツル。カケルは任せておけ、と言っていたがどうやらアテが外れたと思った。しかし、


『……だが、まさかお前がここまでやるとは思ってなかった。正直驚いてる』


 気恥ずかしそうにしながらも実力を認める晴明の言葉に、ミツルの顔が少しばかりほころぶ。


『都合のいいことを言ってるってのは分かってるが、さっきの言葉を取り消して欲しい。つまりその――、奴を倒すのを、協力してくれないか?』


 完全にミツルの顔は晴れ、元気よく「はいっス!」と返事する。コクピットで恥ずかしそうに顔を赤くする晴明も、咳ばらいを一つすると口角をあげて操縦レバーをめいいっぱい握る。


『いまのままじゃアイツにトドメはさせない。だからと言ってDタイザンの攻撃だけじゃ奴に簡単によけられてしまう。俺が注意を引くから芦屋、お前は持てる力をアイツにぶつけて完璧に弱らせるんだ、いいな?』

「了解っす!」

『いくぞ! タイザン・ファルクス!』


 鋭利な鎌を手に持ち、それを回しながらヘルガイストに突進するDタイザン。最高速を出しながら迫り、切りつけるも、紙一重でよけられてしまう。瞬間移動した悪霊を目で追い、追いかけては切りつけ、時にミサイルやブラスターを浴びせる。

 どれもこれもかわされたり、跳ね返されたりと相手に傷一つ与えられない。だがそれでよかった。

 ヘルガイストは回避することでいっぱいいっぱいになりミツルの方を気にかける余裕はなかった。と言うより作らせなかった。呼吸を整え、明鏡止水に入ったミツルは持てる力を短剣の中に注ぎ込む。Dタイザンとヘルガイストが激しく戦う中でも、息が乱れることはない。

 やがて集中力が極限に達したとき、


「晴明さん!」

『おう!』


 掛け声に合わせてDタイザンは真横へかわす。するとヘルガイストの真正面に力を蓄えたミツルが姿を現し、力強く短剣を振りかざす。


しん雷鳥らいちょう電影でんえいけん!」


 不死鳥の様に型どられた稲妻が猛スピードで飛んでいく。突然の攻撃に対応しきれず、逃げ遅れたヘルガイストは稲妻によって体をがっしりと固定される。それを好機と見たミツルは晴明に指示を出す。


「今っス!」

『まかせろ! ドーマンセーマン、現世の恨みごとヘルガイストを燃やし尽くしてしまえ! 必殺、エクスペル・バーン!』


 タイザン・アミュレットから伸びる炎はヘルガイストを押さえ込む雷鳥ごと飲み込むと、勢い良く燃え盛り悪霊共々消滅する。

いつの間にか集まって来ていた見物人たちが2人に大きな拍手喝采を送る。

 そんな野次馬たちの中に紛れて様子を伺っていた榎戸は人混みをかき分けてその場を後にする。ジャシーンにとってはヘルガイストを倒された悔しさよりも晴明とミツルが手を組んだことについての誤算の方が大きかった。


『あれほど敵対していたにもかかわらず共闘してヘルガイストを倒すとは。恐れ入った』

「今回ばかりは上手くいくと思ったんだけども……。阿倍野晴明め……」

『まぁ、そう気を落すな、これからいくらでも手はある。だが芦屋ミツル、貴様の名はわが胸に刻み込んでおこう』


 いまだ称賛の嵐を受けている晴明たちをよそに、榎戸は帰路につく。夕焼けに伸びる彼の影は恨みをぶつけるかの如く、まっすぐDタイザンを指していた。



 ☆☆☆☆☆



「すみませんでした! 晴明さんとDタイザンをバカにするようなことを言って……」


 晴明のもとに駆け寄って早々、ミツルは深々と頭を下げる。晴明も何となく目を合わせづらそうに後頭部をポリポリとかきながら謝る。


「いや俺も、その、悪かったよ……。大人げないことをしたと反省してる。」


 今日一日の出来事を振り返りながら、2人はどことなくぎこちなく笑ったかと思うと、お互いに黙りあう。そんな沈黙を晴明が破る。


「……確かにお前は己自身の力であんなに大きな悪霊に立ち向かえるだけの実力の持ち主なんだって、よく分かった。地元じゃアテにされてる俺だってお前にかないっこないってな」


 憧れの相手にそんな言葉をかけてもらえるとは思ってもみなかったミツルは喜びで表情がゆるみそうになる。だが晴明は「でもな……」と続ける。

 Dタイザンの方に歩いて行き、機体にそっと手をかざして少し険しい顔でミツルの方を向く。


「そんな強い力を持つお前だからこそ知ってもらっておきたい、コイツDタイザンの意義を。ちっぽけな俺たちが生身で挑んでもちょっとやそっとの力では倒せないような強力な敵ヘルガイストと対等に戦える、俺たちにとって足りない力を補うための手段なんだ。コイツに頼らなきゃ俺は町を……皆を守ることは出来ない」


 ミツルは自らの言葉を思い出しながらバツが悪そうに、しかし真剣にうなずきながら話を聞く。晴明は一呼吸おいてから再び話しだす。


「俺は別にロボットを使ってちやほやされたいワケじゃない。いや、全くそう思わないと言えば嘘になるが……でもだ、ただ純粋に俺は……。いや俺たちは持てる力を町を守るために使っている」


 ミツルだけでなくカケルやめぐるも珍しく真剣な面持ちで黙って晴明の話を聞いているので少し笑いそうになってしまう。何とか笑うのをこらえて目線をDタイザンの方に移す。


「芦屋、それはお前も同じはずだ。持って生まれたその力は誰かと競うためや見せびらかすためにあるんじゃないだろ? 誰かを守るためにあるはずだ。形や手段が違うだけで俺たちの根本は変わらないんだよ。……だから改めて、ロボを使えばナンセンスだとか、そういう風には思ってほしくはない」


 そうやって偉そうに講釈を垂れた晴明も「いろいろ言われてカッとなってるうちは、俺だってまだまだ半人前だけどな……」と少し照れ臭そうに付け加える。振り返ってミツルを見るとどうやらうつむいたまま何も言葉を発しない。そんな態度をとられると急に心配になる。


「どうした芦屋?」

「む、むむ……」


 すると晴明の問いにただひたすらうなる。体をわなわなと震わせるミツルを見て晴明はさすがにプライドを傷つけすぎてしまったのかと内心焦る。ゴクリとつばを飲み込んで様子を伺ってると、何かを言いたげに口元がもごもごと動きだす。


「す……」

「す?」


 首をかしげながら復唱すると、ミツルは急に顔をあげて晴明の手を取り、


「すごいっス! 立派っス! やっぱり晴明さんは自分の尊敬する人物っス!」

「……え?」


 思ってもみない意外な返答に晴明はたじろぐ。後ろではカケルがニヤニヤと、目の前ではやけに輝いた眼差しが突き刺さる。


「ミツルはにーちゃんの大ファンなんだって」

「な、なにぃ!?」


 始めはそんなそぶりを一切見せないどころか敵意全開で接してきていたので驚くのも無理なかった。だが、端々でとっていた違和感を覚えるようなミツルの態度を思いだすと、カケルのいうことに納得いくような場面が多々あった。


「自分の力がどれだけすごいかを晴明さんに見てもらいたい、それしか考えてなかったっス……。でもさっきの晴明さんの言葉で目が覚めました! 緊張していたとはいえ、失礼なことを言ってしまったことを改めて謝らさせてもらいたいっス!」


 さきほどまでのしょぼくれた様子はどこへやら。ダムが決壊したかのごとくグイグイと距離を縮めてくるミツルに晴明はひたすら押される。

 ミツルは胸の前に両腕で拳を作り、晴明の言葉を反すうするようにつぶやく。


「そうっスよね、誰かを守るために……。大切なことを忘れて、悪霊と戦えるのは自分だけだとすっかり慢心してたっス……」


 初心を忘れずに。晴明もミツルに言ったことをもう一度自分をいましめるためにに心のなかで繰り返し噛みしめる。「忘れてた」と言いながら、ミツルは自身のスマホを取り出して晴明と連絡先を交換する。早速ピロンとメッセージが届いたので見てみると、


『芦屋ミツル:師匠と呼ばせてください!』


というものだった。晴明は「恥ずかしいからやめろ!」というが聞き入れてもらえず、そのままミツルの師匠呼びが定着してしまった。口では嫌がるそぶりを見せ、やれやれと思いながらも晴明は穏やかに笑う。


「では晴明師匠! 自分は一から心身を鍛えなおそうと思ってるっス!」

「おう、頑張れよ。俺も次会ったときにはお前をあっと言わせられるようにもっと鍛えておくからさ」

「はいっス! ……これから何かあるたびに今日のことを思いだして、誰かのために持てる力を使えるような人物に。いずれ最強の女子高生陰陽師になれるよう目指すっス」


 ミツルは荷物を担ぎ、晴れやかな顔でペコリとお辞儀をする。元気よく「それでは!」とあいさつして、颯爽と駆け抜けて行く様はもはや清々すがすがしい。ファーストコンタクトは最悪ではあったが、わだかまりも溶け、いつしかそこには奇妙な友情が生まれていた。結果的に芦屋ミツルとの出会いは自分を顧みるために、晴明にとってもいい刺激になっていた。


「嵐のような奴だったなぁ……」

「そだねー」


夕日に向かって走っていくミツルをずっと眺めていると別れ際のミツルの言葉に引っかかる晴明。


「ん? 女子高生陰陽師……って、アイツ! 女だったのか!?」


一人で仰天していると、姉弟はきょとんとした顔で晴明を見る。


「え、にーちゃん気がつかなかったの!?」

「俺はてっきり男かと……」

「あー、確かにかなりボーイッシュな感じではあるわね」


あっけらかんという2人に晴明は自分だけが知らなかったのかと驚き、その瞬間たった半日でいろんなことが起こったことによる疲れがドッと押し寄せて来た。

カケルは笑いながら疲労困ぱいの様子の晴明の肩にポンと手を置いて言う。


「だらしないぞ、にーちゃん! 弟子ができたんだからしっかりしなきゃ!」


めぐるも口元を手で押さえて笑いをこらえている。もはや言い返す元気もない晴明は、夕日の眩しさに目を細めながら乾いた笑いを向けることしかできなかった。

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