第6話 狙われたヒミツのトップスター②

 薫子の話を聞いた週末、晴明はスーツにサングラスというちょっと怪しい姿で彼女の半歩後ろを歩き、番組収録予定の地元テレビ局へと向かっていた。対する薫子は既にアイドル、赤羽佳織としてメーキャップしており、この間学校で会ったときのような野暮ったさは鳴りを潜め、スターのオーラを放っていた。


「あの、薫子さん……。なんで俺はこんな格好を?」


 待ち合わせの場所に来て早々、着替えるよう命じられ、言われるがままに着替えた。だがスーツなど来たことのない彼は首元が妙にこそばゆく感じずっとネクタイをいじっていた。


「先輩には今日一日、私のマネージャー兼ボディーガードと言う設定でいてほしいんです」

「ボディーガードって……。そんな腕っぷしに自信はないぞ」


 そう返すと薫子は目を真ん丸にしながら振り向く。


「あの兄と一緒に部活をやっているのにですか?」


 まるで強くて当然とでも言いたげな様子だが、幻滅される前に訂正しておく。


「お宅のお兄さんはね、我々とは比べ物にならないほどのフィジカルをお持ちの御仁ごじんなの。肘さえ壊してなければば間違いなくウチの不動のエースなんだから」

「そうなんですか? でも先輩はその兄に認められているんですから私はそれほど心配してません」

「……ん? うーん」


 薫子の言葉に多少引っかかることはあったが、彼女の依頼を引き受けた手前、晴明は自分の役割をしっかりと果そうと決め込む。そんな話をしていると目的のテレビ局へとたどり着く。入り口付近がすでにざわざわしているので晴明は何かの撮影でもしているのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。薫子が彼に耳打ちする。


「堂々としていてください。あの人だかりは私に対する取材や見学に来た人たちですから、不用意な動きをしてるとすぐ囲まれて素性を明かされてしまいますよ」

「な! あれ全部、赤羽佳織へのインタビューかよ!?」


 人気アイドルとは知っていたがこれほど影響力を持った人物とは思いもよらなかった晴明は自分の知らない新しい世界を見たように感じる。


「ですからしっかり守ってくださいね、マネージャー」

「……心得ました」


 こそばゆいのを我慢して、ネクタイをキュッとしめると、晴明は赤羽佳織の前へと出て、テレビ局の玄関へと立ち向かう。取材陣が彼女の存在に気づいた瞬間、2人の前にドッと押し寄せ、矢継ぎ早に質問をはじめる。

 仕事モードと言った感じで薫子はそれを一つ一つ丁寧に対応していく。数多あまたある質問の中に一つ、「その方はどなたでしょうか?」と、晴明のことを指摘するものが投げかけられた。晴明はドキリとしつつ彼女の方をチラリと見ると、「いつものマネージャーは今日はお休みしていまして、臨時で彼に代理をお願いしております」と答える。それに納得いったのか記者は満足そうに退く。

 晴明も幾度いくどかDタイザン関連で取材を受けたことはあるが、ここまで大勢に囲まれることはなかったのでこれが有名人か、と戦慄せんりつする。



 ☆☆☆☆☆



 赤羽佳織が囲み取材を受けている最中さなか、榎戸は普段よりも服装をバッチリと整えた様子でテレビ局の前までやってきた。彼もまた康作同様、彼女の大ファンで、SNSの情報を頼りに収録日や収録場所を調べ上げて赤羽佳織に直接会いに来たのだ。

 人だかりの中から赤羽佳織の姿を見つけ出した榎戸は、興奮気味にそわそわと落ち着きをなくす。そんな姿の彼を見たことがなかったジャシーンは困惑しながら話しかける。


『その「あいどる」とやら、貴公はそれほどに入れ込んでおるのだな』

「もちろんだ、僕は赤羽佳織のためならなんだってできるさ。なんだってね……」

『人間目線で言えば魅力があるのかもしれないが、我には分からぬ世界だな』


 ジャシーンは水晶玉の中で理解を示せないとばかりに首を振りながら『しかし……』と続ける。


『貴公はその赤羽とやら人物にそこまで心酔しているにもかかわらず、この間はヘルガイストを使い、ほかのアイドルたちを操ってあの者を精神的に追い込んでいたではないか』

「あれは僕の作戦さ。人間は自分が弱っているときに人に優しくされてしまうと、ついその相手に心を許してしまうことがあるんだ。頼る相手もなく心が弱っている今の赤羽佳織にこの僕が寄り添い、彼女の心のり所となるんだ」


 やはり理解しがたそうにジャシーンは『ムムム……』と頭を押さえながら唸る。そんなことはお構いなく、榎戸は赤羽佳織を遠巻きに眺める。すると突如、彼が「あああっ!」と大声をあげる。

 人だかりから出て来た赤羽佳織のすぐ後ろからサングラスをかけたスーツの男が出て来たからだ。それの何が問題なのかとジャシーンが尋ねる。


「赤羽佳織は普段から女性のマネージャーしかつけていないはずなのに……。奴は何者だ!」


 自分の作戦で赤羽佳織との距離を縮めることができると信じてやまなかった榎戸にとって、よもや想像だにしない出来事が起こり、心中穏やかではなかった。


「許さないぞ、赤羽佳織……。それは僕に対する裏切り行為だ、今に目にもの見せてやる行くぞジャシーン!」


 榎戸は赤羽佳織と見知らぬ男晴明を食い入るように交互に睨みつける。ジャシーンは流石にやや呆れ気味にため息をつくが、榎戸が勝手に嫉妬心を抱くスーツ姿の男を見ているとどこか違和感を覚えた。


彼奴きゃつの事はどこかで見覚えが……)


 建物内に入っていく彼らの後を追うように、榎戸も潜入する。



 ☆☆☆☆☆



「どっと疲れた……」


 控室についた晴明がパイプ椅子に腰を下ろす姿を見て薫子は苦笑する。玄関からここまでたいした距離ではない筈なのに異様な緊張感に見舞われたせいか、妙に肩が凝る。首をコキコキと動かしていると、薫子に聞きたいと思っていた質問を投げかける。


「空耳のように自分を乏しめるような声が聞こえたんだろ? やっぱり相手は同じアイドルなのか?」


 それは今回の一件が同業者による恨みとそれにつけ込んだヘルガイストの呪いから来ているのだろうと結論付けての事だった。


「……そうですね。それは大いにありえます。仕事柄やっぱり周りから恨みを買うことは多いですから」


 そう話す薫子の目はどこかもの寂しげであった。テレビで見るより華やかな世界ではないことは晴明にだって多少はわかる。おそらく純粋にアイドルとして活躍したいと考えている彼女にとって、そんな非情な現実はつらいのだろう。


「――でもアイドル同士だけじゃなく、ファンからもありますね」

「ファン? なんでファンから恨みを買うんだ」


 ファンと恨みとは全く相いれないものだという考えを持つ晴明にとって、それは驚きと疑問を向ける対象であり、そんな反応を示す彼に薫子は少し自嘲気味に話す。


「そう思うのも無理はないですね、先輩はそういうのと無縁そうですし。これは私たちアイドルのさがと言いますか。いるんですよ、熱心すぎるファンって。一方的な愛を押し付けてきて、その人たちの意に反する行動をとればすぐに嫌われます……」

「た、大変なんだな。人気商売ってのは……」

「ええ。でも私はこの仕事が大好きですから、誇りを持ってやっています。なのでそんな些細なことで誰かの思い通りにはなりませんし、させません」


 その語気から彼女の芯の強さが垣間見える。

 ガチャリと控室のドアが開き、「赤羽さん、準備してくださーい」というスタッフ呼びかけに先ほどとは打って変わってきらめくような笑顔を見せる薫子はやはりプロなのだなと実感させられる。いわゆるお仕事モードというやつだ。


「では行ってきます。珍しいからってその辺うろちょろしちゃダメですよ」

「分かってるって」


 手を振りながら出て行く薫子に生返事する。だがそこで素直に言うことを聞く晴明ではなかった。



 ☆☆☆☆☆



 こっそり控室を抜け出した晴明はテレビ局に来る機会なんてなかなかないと、局内を色々と見て回る。怪しい姿のせいか、途中誰かとすれ違うたびにジロジロと見られるが、その度に関係者パスを見せつけては威張って練り歩く。

 しかしついに道に迷ってしまった。


「くそー、どこだここは……」


 建物内はまるで迷路かのごとく複雑に入り乱れており、大きなベニヤ板の仕切りや、その他大道具があちこちにあるために余計に混乱を招く。

 場所を変えようと廊下に出ようとすると誰かの足音が聞こえる。晴明はそれが局内の人間なら元の控室に戻る道を教えてもらおうと声をかけようとするが、すんでのところで足を止める。


(あれは同じクラスの榎戸じゃねぇか……。アイツ、なんでこんなところに?)


 まさかこんなところで学校の知り合いに会うとは思いもよらなかった晴明は驚いて柱の陰に身を隠す。見間違いでもしたのかと柱から少しだけ顔を出して確認するとすでに誰もおらず、どうやら通り過ぎていったあとらしい。

 晴明は、(他人の空似って事もあるし……)などと呑気なことを考えているとハッとなって首を振る。


(って、それどころじゃなかった。こんな姿、知ってる奴に見られたら怪しまれるどころの騒ぎじゃすまんな……。早いとこ戻るか)


 コソコソとその場を後にしようとした時、どこから誰かの悲鳴が起こる。その刹那、ヘルガイストの気配がビリビリと伝わり、「まさか!」と、声を上げる。気配を頼りに晴明は一直線に駆けだすと、騒ぎ声がだんだんと大きく聞こえてくる。晴明が向かうその場所は、先ほど榎戸が歩いてきた方向だった。



 ☆☆☆☆☆



 撮影は実に順調だった。普段ならスタジオに入った途端に聞こえる周りの声も全く聞こえず、アイドル赤羽佳織としての力を存分に発揮できていた。

 周りのスタッフもこの間までの不調が嘘のようだと嬉々としていた。薫子はステージに移動する。


「このたびリリースされました赤羽佳織のニューシングル『Redレッド signaLシグナル』、ダウンロード数もCD売り上げもハンパないそうですね。それではお待たせしました、歌っていただきましょう!」


 司会者の紹介が終わり、カメラがステージの方にスイッチされ、イントロが流れ始める。マイクをギュッと握りしめ、(大丈夫……)と心の中で呟くと、口を開けて一息吸う。だがその瞬間、


 ――なんだ、もう戻ってきたの


 ドクンッ……と心臓が激しく脈打つ音が響く。歌いだしの声が出てこずに、それどころか息が苦しくなってくる。誰かの思い通りにはならない、そう意気込んだはずなのに。


 ――ほーら、やっぱり歌えないんじゃない。アイドルが聞いて呆れるっての


「……りちゃん? 佳織ちゃん、どうしたの!? 佳織ちゃん!?」


 どう見ても異常な彼女の様子にスタッフが慌てふためき、司会者が必死に声をかける。だが今の薫子にはそれが誰のどんな言葉かも判断ができない。どんな声も彼女を責め続ける言葉に変わっていく。

 赤羽佳織に対する、憎悪にも似たライバル意識を向けた者たちに生まれた心の隙間。そこにヘルガイストがが入り込み、憎しみを増幅させ、薫子を精神的に攻撃して苦しめていた。


 ――つっ立っているだけじゃ邪魔なのよ!

 ――あんたはもうどうしたって、歌えないんだって!

 ――アイドル失格なんだからもう引退しなさいよ!

 ――消えちゃえ!

 ――消えちゃえ!


 ――消えちゃえ!


「いやぁぁぁぁぁー!!」


 薫子が絶叫をあげると同時に共演者のアイドルたちから無数のヘルガイストが出現し、スタジオの上空をグルグルと回りながらひとつにまとまりだす。巨大化するヘルガイストを目の当たりにしたスタッフとヘルガイストが抜けて正気を取り戻した共演者たちもパニックを起こし、逃げ惑う。

 しかし薫子だけが一人、その場にしゃがみ込み、耳をふさいで体を小刻みに震わせながらその場に取り残される。どんどんと図体を大きくするヘルガイストが天井にぶら下げられている巨大な照明に触れ、それが薫子めがけて落ちる。

 その場にいる全員が目をそらす。いったいその間にどれだけの時間が流れたのか、それともほんの一瞬の出来事だったのか、静寂が走る。

 恐る恐る目を開けると、照明は宙に浮いていた。と言うよりも晴明が放った形代が空中でそれを受け止めている状態だった。

 晴明は息せき切らしながら「間に合った……」とつぶやき、震える薫子を抱える。


「せ、先輩……?」

「まだ、ボディガードの仕事は終わっちゃいないからな」


 成長しきったヘルガイストはジロリと薫子を睨みつけると握り拳を作り、振りかざしてくる。再び形代を使って晴明はそれを薫子の前から払い退けるとスタジオの壁に大きな穴が開き、外の日差しがさし込んでくる。局の人間が悲痛な叫びをあげる中、報道スタッフがやってきて逞しくもカメラを回し始める。


「やっぱり狙いはこの子か……」


 薫子を抱き抱えた晴明は焦りを感じながらも冷静に分析しようとしていた。一方、薫子を仕留め損ねたヘルガイストは怒りの雄たけびをあげて、ゆっくりと振り返る。

 流石に人を抱えた状態では満足に逃げ切れないと思った晴明は腰のポケットからお札を一枚出してそれを高くつき上げて叫ぶ。


召喚サモンッ! Dタイザァァァァンッ!!」



 ☆☆☆☆☆



 亜空を切り裂き、飛んできたDフライヤーはみるみるうちにDタイザンへとフォームチェンジする。建物から出た榎戸とジャシーンはDタイザンの登場の早さに驚きを隠せないでいた。


「な、なぜすでにDタイザンが!?」

(先ほど感じた違和感、まさかさっきの男が……)


 ジャシーンはスーツ姿の男のことを思いだしながらも口には出さず、すぐさまその場を後にすることを提案する。

 晴明は薫子を抱えたままヘルガイストの猛攻を受けつつ、スタジオにぽっかりとあいた穴へと走り、飛び降りる。するとDタイザンから発せられた光が彼らを吸い込み、コクピット内へといざなう。


「目の前にハッチがあるだろ? そこから外に出られる。戦いが始まる前に外へ逃げるんだ!」

「わ、分かりました!」


 そう言って薫子は晴明が差した先のハッチを開けて中へ入る。その先はエレベーター式になっており、みるみる下降するとDタイザンの足の側面へと出られる仕組みになっていた。

 薫子の脱出を確認した晴明は戦闘体制を整える。

 二人を追って外に這い出て来たヘルガイストの目の前にはタイザン・ファルクスを突き突けたDタイザンが立ちはだかる。


「こうなりゃこっちの番だ。人の負の感情を焚きつけ、その精神をも食い荒らさんとするヘルガイストめ。このDタイザンが胸の五芒星に代わって成仏させてくれる! でやぁーっ」


 ファルクスでヘルガイストに切りかかる。だが手ごたえは感じない。真っ二つになったヘルガイストはウネウネと体をよじらせながら分裂させた身体を再生させる。


(そうか、奴は複数の負の感情が合わさってできた集合体ヘルガイストなんだ……闇雲に攻撃してもただ分裂させるだけ――)

「ぐあぁッ!」

「先輩!?」


 2体のヘルガイストはDタイザンを挟み撃ちにすると電流を流し始める。その電撃が機体全体に伝播し、直接晴明にまでダメージを与える。

 周りの人々はヘルガイストになすがままにされるDタイザンを見て当惑、ただ見ているだけしかできない薫子も歯がゆさを感じる。攻撃を浴び続け熱を帯び始める機体、晴明はさらに苦しみを味わう。


(――こいつらを切ってしまえば一時的に難は逃れられる。だが、そうすればいたずらに数を増やすだけ……。どうする……ッ!)


 身体の痺れ故に思考が追い付かなくなり始めた時、晴明は決断する。Dタイザンの機体を思い切り回転させファルクスの刃を2体のヘルガイストに突き立て、切りつける。まるでかまいたちのようなその技こそ、極限の状態で編み出された『スラッシュスピナー』だ。

 高速回転するDタイザン、その素早い斬撃に分散するヘルガイストの体は再生が間に合わない。やがて回転を終えたDタイザンは敵が自己再生する前に、間髪入れずペンタグラムホールドを放つ。無数のヘルガイストたちは組織を形成するも時すでに遅し、五芒星のビームにがっちりと固められて身動き一つとれない。

 そして――


「ドーマンセーマン、現世の恨みごとヘルガイストを燃やし尽くしてしまえ! 必殺、エクスペル・バーン!」


 散々苦しめられた借りを返すかのような強烈な一発をお見舞いし、敵を完全消滅させた。

 一瞬辺りが静まり返る。だが誰かがひとたび拍手をすると周りもそれにつられて一斉に拍手と歓声をあげ、テレビ局全体を包み込むようなDタイザンコールが沸き起こり、こだまする。



 ☆☆☆☆☆



「その、今回はありがとうございました」


 そう言いながらぺこりとお辞儀する薫子に晴明は「お疲れさん」と声をかける。

 ヘルガイストが消え去った後、何事もなかったかのように番組収録が再開された。晴明はテレビ局側の執念に苦笑いしながらも、ステージで歌う彼女の姿見惚れていた。初めて康作の言っていたことを理解しかけていたので必死に首を振る。


「それで、どうなった?」

「あのあとほとんどの子が直接謝りに来てくれました。操られていたとはいえひがんでいたことには間違いなかったって。でもこれからは正々堂々と戦うとも言ってました。……そうだ、先輩には何かお詫びも込めてお礼しなくちゃですよね」

「お礼かぁ」


 薫子の言葉に晴明はしばし思案する。トップアイドルに頼み事ができるなんてまたとないチャンスだ。この機会を逃す手はないと考え、色々と思い悩んだのち、ポンと手を叩く。


「それじゃあ……」


 とある悪だくみを思いつき、精一杯に邪悪な笑みを浮かべてそれを薫子に提案する。それを聞いた彼女は小さく「フフッ」と笑うと、「任せてください」と胸を張る。



 ☆☆☆☆☆



 後日、晴明は凌平から呼び出しをくらった康作を今か今かと待っていた。晴明の悪だくみとは、凌平に康作を呼び出させ、散々ビビらせたのちCDを返してもらう、というこの間の意趣返しである。名前を呼ばれた瞬間の康作は晴明が見た中で最高におびえた表情をしており、笑いをこらえるのに必死だった。

 しばらくして心ここにあらずと言った様子で教室へと帰ってくる康作。そんな彼を晴明はニヤニヤしながら待ち構えていた。


「どーだったよ、康作」


 その呼びかけに初めて意識が戻り、ハッとしながら康作は顔を向ける。康作は何も言わずゆっくりと手に持つCDを晴明の前に突き付ける。そこには赤羽佳織の直筆サインが書かれていた。

 流石にCDを取り上げられた康作を気の毒に思った晴明が薫子に頼んで書いてもらったものだ。


「かおりんのサインなんじゃ……これは」

「おぉ~すっげぇ~。よかったじゃねーかー」


 混乱する康作には白々しく驚いて見せる晴明の言葉は耳に入っていない。さすがに突然サインが書かれたら怪しむだろうか、と思っていると康作は斜め上の言葉が飛び出る。


「……と言うことは、風紀委員にかおりんのグッズを取り上げられれば、彼女のサインが貰えるということか!?」


 そのトンチンカンな言葉に晴明は椅子からずり落ちる。


(ダメだ、コイツ……)


 好奇な目で見るクラスメートをよそに、CDを後生大事そうに腕に抱えながらクルクルと小躍りする康作。そんな友人をみて頭を抱える晴明は二度と同情してやるものかと心から誓う。

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