4 血痕

「それじゃあ今回の木崎氏の自殺は、天使の盾の活動とはまったく関係のないことだと、そういうことですね?」


 新聞社の報道部であることを示す腕章を付けた男が、メモを片手に立ち上がって質問している。彼の周りには、次に質問をしてやろうと待ち構えている記者たちが、目を光らせて並んでいた。


 相馬由多加は、目の前に陣取っている記者たちを一通りしっかりと見据えたあとで、テーブルの上に置かれたマイクに顔を近づけて答えた。


「そうは申しておりません。故人は我々の代表でしたから、その死は、法人としての天使の盾にも当然影響はあります。ただ、彼の死の理由が天使の盾の活動から生じたものではなく、極めて個人的なものだったということをお知らせしているのです」

「それは、木崎氏に、連続殺人事件の容疑がかかっていたからですか?」先ほどの記者とは違う男が、相馬に訊いた。

「警察からの正式発表がありませんし、我々も詳しくは訊いてはおりませんので、その質問にはお答えできません。ただ、この会見で皆さんにお伝えしたいのは、木崎の死が、もし自殺であったとしても非常に個人的な理由によるものであるということと、我々が日頃から行っている児童虐待を防止するための活動には、何ら影響がないということです」

「それはつまり、木崎氏の後任が決まっているということですよね」

「後任というより、新たな体制と言ったほうがいいでしょう。当座は私を含めて三人の専従スタッフにより運営していく予定です。現在では、まだ代表者の選出というところまでは調整ができておりませんので、そのような形を取らざるを得ませんでした」

「木崎氏は殺された女性と不倫関係にあったそうですが、その被害者の女性が、天使の盾に児童虐待で通報されていたという噂もあります。つまり木崎氏は、自分が代表である天使の盾を利用して、不倫相手を探していたのかもしれない。もしかしたら、殺人の標的を探していたというのもあり得るんじゃないですか。ここら辺をどうお考えですか?」


 相馬は、質問してきた記者を睨みつけている。腕章を付けていないので新聞社ではないようだ。あらかじめ配られたプレスパスを首にかけているだけなので、どこかの大衆週刊誌かフリーの記者だろう。

 相馬は、少しだけ間をおいてから、その記者にではなく会場全体に向けて語り出した。


「警察からの正式な要請があれば、我々はいつでも協力を惜しみません。もし、木崎の死の背景にいまご質問があったような事実があり、それに関して私どものシステムが利用されていた場合は、徹底的に調査したのち、皆さんにすべてお伝えするとお約束します」


 相馬が言葉を切った瞬間に一斉にカメラのフラッシュが焚かれ、会場全体がまばゆいばかりの光で満たされた。


「我々が一番心配しているのは、今回のことで、本来救われるべき子供たちが、その機会を逸するかもしれないということです。どうか皆さん、このことを忘れないでください。我々はいまこの瞬間にも命の危機にある子供たちが心配なのです。今回の木崎の死は、大変残念であり、これまで活動をともにしてきた私どもも心を痛めております。しかし、だからといって活動が疎かになったりするわけではございません。これまでと同じく、いやそれ以上に、児童虐待を防止するための活動に専心していきたいと考えております」


 テレビカメラが、相馬の顔をアップで撮影している。徳島は、会場の入り口近くに陣取っていたが、すぐ横にテレビ局が設置したらしい小さなモニターテレビがいくつも並んでいたので、彼らがどんな映像を撮影しているかが一目でわかった。いまはすべてのモニターに、相馬の顔がアップで表示されている。


 徳島は、もう一カ所の入り口近くにいる栗橋を見た。彼もこちらを見ていたらしく、徳島の視線に小さな頷きを返してきた。


 もうそろそろ記者会見が終わると徳島は思った。それほど刺激的な質問が記者から飛び出すことも無くなっている。相馬はもう云いたいことは云ったようだし、記者たちもこれ以上情報は掴めなさそうだという雰囲気を露骨に出していた。


 現時点で警察はまだ、木崎義人の死が自殺であったという公式見解を発表していない。もちろん連続殺人事件との関連についても発表していないので、いまは噂だけが先行している状態なのだ。つまり天使の盾がこのような記者会見を開いても、記者たちは確かな情報をもとにした質問ができず、あくまで噂の確認程度しかできない。そのようなタイミングだからこそ、木崎の死と自分たちとの活動を切り離すため、相馬は記者会見を開いたのだろう。


 徳島が視線を会場の正面に向けると、ちょうど相馬と天使の盾のスタッフが立ち上がるところだった。記者会見の終わりが告げられ、また大量のストロボの光が会場を明るく照らした。


 徳島は会場から出て、あらかじめ調べておいた通路へと進む。天使の盾が記者会見に選んだこのホテルは、こぢんまりとはしているが、客室やロビーの雰囲気が良く上品なホテルだった。

 通路の途中で、栗橋が徳島を待っていた。合流して先へと急ぐ。二人とも無言であった。

 そのまま通路を歩き、会場の控え室へと続くエリアに入ると、ちょうど会場から出て、天使の盾のスタッフ数人と話をしながら控え室に向かっている相馬を発見した。

「相馬さん」徳島は右手を挙げながら相馬に呼びかけた。「覚えてますか、徳島ですが」


 相馬は、徳島の声に気づいて振り向いた。最初は徳島が誰かわからなかったようだが、すぐに思い出したらしい。


「ああ、これは刑事さん。その節は」


 警察の人間と訊いて、周りのスタッフは若干緊張したようだった。


「お疲れのところ申し訳ありませんが、相馬さんに伺いたいことがありまして。よろしいですか」


 相馬は一瞬警戒するような表情を見せたが、すぐに笑顔を作った。


「少しなら、大丈夫ですよ」相馬はスタッフの方を向いて云った。「皆さんは、このままオフィスに戻ってください。ああ君、ちょっと待って」女性スタッフの一人を呼び止めた相馬は、彼女に短く何かの指示を与えた。


「すまないね、よろしく頼む。では刑事さんたちはこちらに。控え室がありますので」


 相馬に付いていくと、十畳ほどの個室に入った。結婚式のときに新郎や新婦の控え室として使われるタイプの部屋で、手入れが行き届いた上品な部屋である。

 相馬は部屋に入ると、スーツの上着も脱がずに、そのまま椅子に腰をかけた。


「刑事さんたちもお掛けください」

「いえ、お構いなく」


 徳島と栗橋は、控え室に入るとすぐにドアを閉めた。徳島は、椅子に腰掛けている相馬に数歩近づく。栗橋はドアの前に立ったままだった。


「それで、どんなご用件ですか」

「まず、先日の田辺氏殺害の件ですが、お母さんと妹さん、ええと優美さんでしたよね。いまは相馬さんのご自宅に?」

「はい、あの家にはとても帰れないということで、しばらくは僕の家で暮らしてもらうことにしました。練馬の家は、警察から許可が出次第、手放すことになると思います」

「あんなことがあったんだ。それがいいと思います」

「ひどい事件でしたから、母と妹もショックを受けているんです」相馬はため息をついた。「殺されたとはいえ、田辺も許されないことをしていましたから。僕ら家族は、早くあの事件を忘れたいと考えているんです」

「亡くなった田辺氏が、優美さんに虐待を行っていたという事実は、いつ知ったんですか?」

「はっきりとわかったのは先日の事件のときです。前にも云いましたが、それ以前にも薄々は気づいていました。優美と会ってるとき、様子がおかしいと思うことが何度かあったんで……しかしまさかあれほどとは」

「以前、天使の盾の事務所で、保坂夫妻と宇木田高雄を通報した人物を教えてもらいましたよね。覚えてますか?」

「ああ、確か長内さんだったかな。ロシナンテとかいうニックネームで、うちによく通報をしてきた方ですよね」

「田辺氏も、その長内さんに通報されていたんです。つまり、長内圭一は、保坂夫妻、宇木田高雄、田辺克之の三人を天使の盾に通報していた」


 相馬は、テーブルの上にあったミネラルウオーターのペットボトルを手に取ると、キャップを開けて一口だけ飲んだ。徳島とは目を合わせていない。


「ああ、それでは、やはり田辺も木崎がやったんですね。長内さんの通報に沿って殺人を行っていたのか」

「まあ、そう見えますね」


 徳島は、相馬の顔がよく見えるように少しだけ横に移動した。決して不自然な動きにはならないよう注意している。


「しかし、おかしなことがありましてね。長内さんは、保坂夫妻と宇木田に関しては、たまたま自分で虐待を発見して通報しているんですが、田辺だけはどうも違うらしい。天使の盾のホームページ上で、他人から知らされたらしいんです」


 相馬は静かに徳島の話を訊いていた。やがてペットボトルの水をもう一口飲む。


「ホームページ上で、メッセージのやり取りができるらしいですね。これは会員限定の機能だとか」

「ええ、うちのサイトに登録している会員だけの機能ですね」

「これ、長内さんに会って直接訊いたんですが、練馬に住んでいる田辺という男が娘を虐待をしていると、通報を促すような内容のメッセージを受け取ったそうなんです」


 徳島は相馬を見ていた。先ほどから、一切徳島と目を合わせようとしない。


「長内さんは、このメッセージを見て実際に練馬まで行ったようですね。そして実際に虐待を確認している。だけどおかしいのはここからだ」

「というと?」

「長内さんに確認してもらったんですが、そのメッセージが削除されているんです。もう見られないようになっていました」


 徳島は、メッセージを実際に見せてもらいたくて、長内に直接会いに行っていた。しかしその場で確認してもらったときに、すでに表示されなくなっていたのである。


「電子メールとは違って、ホームページ上でのメッセージのやり取りというのは、運営側で削除ができるんですよね。これは、天使の盾のシステム面の責任者である相馬さんなら当然知っていることだ」

「……もちろん知ってますよ。しかしそれ以前に、長内さんの云っていることが事実かどうかが問題ですよね」

「確かに、仰る通りです。さて、それはともかく木崎氏のことですが」


 相馬の反応を伺いながら、徳島は話の先を続けた。


「木崎氏が亡くなる以前から、我々は、彼がこの一連の殺人を遂行した犯人だという前提で捜査をしてきました。実際、ありとあらゆる証拠が、犯行は彼の仕業だということを示していた」


 徳島は右手の平を挙げ、話が進むごとに指を折った。


「保坂香織との不倫関係、金銭の授受、宇木田殺害の凶器に残っていた掌紋、そして田辺殺害時に目撃された彼の車。車からはご丁寧に毛髪まで採取されていて、これは保坂香織のものと一致している。何から何まで、木崎氏は児童虐待を止めたいという思いから、長内氏の通報した人物をターゲットにして連続殺人を犯していたと、そう見えるわけです」

「見える?」

「ええ、そう見えます。見せかけられていたというのが正しいでしょう。殺人が起きた順番は、保坂夫妻、宇木田、田辺ですが、長内さんが通報した順序は、宇木田、保坂夫妻、田辺です。何故、木崎氏は宇木田から殺人を始めなかったんでしょう?」

「それは」

「ここが、一番引っかかっていたところなんです。木崎氏が本当に児童虐待を抑止したいという理由で殺人を犯していたなら、長内さんが通報した順序で殺害を行っていくのが自然です。しかし実際は、保坂夫妻からだ。それもおそらく保坂香織から殺されている」

「木崎は保坂香織と不倫関係だったんでしょう? だったらまず関係がこじれた香織から殺すのは、自然なことじゃないですか」

「そうですね。確かに自然だし、事実そうだったのでしょう。最初に不倫からこじれた殺人があり、そこから狂気の連続殺人に発展していったと考えたからこそ、我々も不思議には思わなかった。でもね、保坂武彦は香織のついでに殺されたとしても、何故次が宇木田高雄だったんでしょう。わざわざ長内さんの通報履歴を調べて、過去の通報から標的を探した事になるんですよ」


 相馬の顔にはまったく表情が浮かんでいない。まるで能面のような顔で、徳島を見つめていた。


「そう考えると、田辺殺害も疑問が残ります。確かに長内さんが通報しているが、誰かがそう仕向けた形跡がある」


 相馬は、息を吐きながら椅子の背もたれに寄っかかった。若干迷惑そうな雰囲気を出している。


「何でそんなことをする必要があるんです? 木崎は長内さんの通報した人間を標的にしていたんですよね。わざわざ通報させるなんて、意味がないじゃないですか」

「いや、意味はあるんです。長内さんの通報に沿って、木崎氏が猟奇的な犯罪を犯していたように見せかけたい人間にとっては、どうしても必要なことだった。こう考えられると思いませんか? 宇木田高雄か田辺克之を殺したかった者が別にいて、木崎氏が保坂香織を殺害したのをきっかけに、彼にすべての罪をなすりつけようとした」


 相馬は相変わらず迷惑そうな表情を浮かべている。しかし徳島は、彼の目の奥底に強い意志の光が灯るのを見逃さなかった。


「しかし、その形跡は確認できないですよね。長内さんが見たメッセージとやらの存在を実証できなければ、単なる憶測の域を出ない」

「そうですね。長内さんに送られたメッセージは削除されてしまっていますから。天使の盾のサーバーを解析でもしない限り、その痕跡は見つからない。たとえそれをやったとしても、見つけられるかどうか」

「では、証明できないということだ」

「ええ、この線は無理でしょう。しかし我々は、保坂香織は木崎の犯行だと考えていますが、少なくとも宇木田高雄の殺害は他の人物がやったものだと確信しています」

「木崎の背後に誰かがいた、ということですか」

「ええ。実に狡猾な男がね。木崎氏が保坂香織を殺してしまったのを利用して、自分の殺人を計画し、それを木崎氏になすりつけた男です」


 徳島は、相馬の目の奥を見つめた。静かだが、その奥底に青い炎が灯っているような激しさを秘めた目だと思った。


「相馬さん、我々はあなたが犯人だと考えています」


 相馬は、徳島の目を見返すと、突然大声で笑い始めた。彼の少し高い声からは想像できない、張りのある大きな笑い声だった。


「刑事さん、そういう宣言は、証拠を突きつけてから云うものじゃないんですか? さっきから訊いていると、すべて仮説と憶測に聞こえますけど」

「ええ、実はまだまだわからないところが多いんです。実際、あなたは田辺殺しのときにお母さんの理栄子さんたちと一緒にいるのが確認されていますから、アリバイが存在する。今回の連続殺人事件は、その手口に共通点が多いことから同一犯だと我々も確信していましたので、あなたに田辺殺しでのアリバイがあった時点で、容疑者からははずされていました」

「でしょう? 僕には不可能ですよ」

「同じ手口、手順を守った犯罪だったから、我々はすべてを同一犯だと考えた。動機すら一つだと。しかし、それが本当の動機と犯人を隠すための演出だったと気づきましたよ。あなたは実に巧妙だったと思います。まあ、保坂武彦や田辺克之の殺害に関しては、まだ不明な点が多いのも事実です。そこら辺は、ぜひ時間をかけて、相馬さんから詳しく訊かせてもらいたいと考えています。それで、証拠なんですが」


 徳島は相馬の表情を観察しながら云った。彼の顔には、まだ先ほどの笑みが残っている。


「三日ほど前に、町田児童相談所に高遠守が帰ってきました。一度、児童相談所から脱走していなくなっていた子供です。覚えていますか?」

「新聞で読みましたよ。犯行現場から逃げた子だ」

「そうです。戻って来た彼は、青いスポーツバッグを持っていましたよ」


 相馬の表情は変わらない。しかし目の奥底の炎が、確実に燃え上がったのを徳島は感じた。


「落として無くしてしまっていたんですが、どうやら見つけてきたらしい。彼が云うには、間違いなく犯行現場から持ち出したスポーツバッグだということです。そのバッグに、犯行現場で付着した血痕が発見されました」

「宇木田高雄の血かもしれない。ずいぶんと凄惨な殺し方だったらしいから」

「いえ、鑑定の結果、宇木田高雄、高遠守のどちらとも一致しませんでしたよ。ということは、犯行現場で付着した血液ですから、これはもう犯人のものということになる」

「まさか、僕のと一致したというわけじゃないでしょうね。血や体液を提供した覚えなど一度も無い」

「ええ、大変でしたよ。相馬さん、先日に練馬で会ったときのことを覚えていますか?」

「あの夜……」

「そう、あの夜です。ワゴン車のなかでコーヒーを飲まれましたよね。紙コップのやつです」

「まさか、あんなもの」

「まったく大変でした。藁をも掴む気持ちで練馬署の車両課に問い合わせたんです。知ってました? 警察車両のなかで見つかったゴミって、その場で捨てないで、ある一定期間保管されるんですよ。どんなゴミでもです」


 突然、相馬は立ち上がった。さっきまでの笑みはすでになく、下に降ろした両手の拳は硬く握られていた。


「あのときの紙コップを見つけられたおかげで、あなたの唾液が採取できた。そこからDNA検査に回して、バッグの血液と比較したんです。見事に一致しましたよ」


 徳島は立ち上がって、相馬を正面から見据えた。懐から書類を取り出して相馬に見せる。逮捕令状だ。


「相馬由多加、宇木田高雄殺害の容疑で逮捕する」


 相馬は令状を睨んでから、やがて惚けたような表情を作って、がっくりと椅子に座り込んだ。徳島と栗橋が、二人で相馬の両腕を持った。


「さあ、表に行きましょう。車を待たせてあります」

「あの」相馬が立ち上がりながら徳島を見た。彼の頬には涙が幾筋も伝っていた。

「本当に、仕方がなかったんです。奴らは、あんなにひどいことをしていたんだから。もう少しで、優美も犠牲になるところだった」

「詳しいことは署で訊きます」

「刑事さん、手錠は……どうか車に乗るまで待ってください。スタッフに最後の指示を伝えないと」


 徳島は栗橋を見た。仕方ないという表情の栗橋だったが、やがて頷いた。

 二人の刑事は、相馬の両側に立って彼の腕を掴み、ゆっくりと部屋から出た。あたりには幾人かのスタッフがいて、訝しげに相馬とその両側にいる刑事を見ている。徳島は、できるだけ仰々しくならないように相馬を通路の方へと誘導した。

 控え室のあるエリアから、一本道の通路を会場の方へと戻る。ここをまっすぐ行けば、そのままエレベーターホールに出るからだ。会場への入り口が右側に見えてくると、そこに先ほど相馬と二人で話していた女性スタッフが立っていて、遠くから声をかけてきた。


「相馬さん。先ほどの件ですが」

「彼女に伝えなければならないことがあります」


 相馬は、徳島たちに小さな声で云った。

 一歩、相馬は徳島たちの前に出た。彼女に向かって先に歩く。そのとき彼女が相馬に云った。


「皆さんがお待ちです」


 栗橋が唐突に叫んだ。


「おい! 相馬、止まれ!」


 相馬は、栗橋の叫びより一瞬前に飛び出していた。そのまま会場の入り口の扉を開けてなかに入る。

 徳島と栗橋が相馬を追って入り口に飛び込むと、そこには大勢の記者たちが待ち構えていた。徳島と栗橋に大量のフラッシュを浴びせかける。相馬はどこだと、徳島はまばゆい光のなかであたりを見渡した。そこに相馬の声が聞こえてきた。大きくて張りのある、自信に満ちた声が。


「さあ、このたびの連続殺人事件を担当する警察の方をご紹介しましょう。捜査一課の徳島さんと栗橋さんから、皆さんに重大な発表があるそうです」

「――相馬!」


 徳島は、すでに居場所が特定できなくなった相馬に向かって叫んだ。そこに記者たちが殺到してくる。皆、マイクやカメラを二人の刑事に突きつけ、事件の進展に関する質問を、次々と徳島たちに投げかけてきた。記者たちによって作られた人垣の隙間から、少し離れたところに一瞬だけ相馬の顔が見えたような気がした。その顔の表情を見て、徳島は怒りに我を忘れた。


 徳島たちが現れたときには、相馬はすでにこうなることを予測して、女性スタッフに記者たちを集めさせていたのだ。最初から逮捕は免れないと考えて、手を打っていたというわけである。


 徳島はいま見えた相馬の表情は二度と忘れられないと思った。徳島と栗橋の無様な姿を笑った、あの狡猾な笑みを。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る