アンドロイド・イヴ(改訂版)~あるメイドロイドの一考察~

しかのこうへい

PROLOGUE

『おやめなさい、Gedächtnisゲデヒトニス!』

ツーサイドアップの少女が施設内に設置された操縦桿を握りながら叫んだ。その声がレシーバーを通して俺の耳に痛いほど伝わってくる。ゲデヒトニスと呼ばれたそれは中央に卵型のコア・ユニットを持ち、六本の足で体を支え、ふたつの爪で攻撃を仕掛けてくる。先程の戦闘までで既に二本の足を頂いた。しかし、こいつの視界は360度をカバーして余りある複数のモノ・アイを搭載している。俺達が一斉に取り囲んでも、なかなか落とせる代物ではないことは明白だった


「秋帆! そいつはもう放棄するべきだ! これから俺も加わる。その場所を放棄して、とにかく逃げろ!」

強化装甲服を着た俺はゲデヒトニスの背面に回り込もうとしていた。今はパニックを起こしている秋帆をなんとかなだめる必要がある。そして少しでも早く攻撃の手に加わろうと必死だった。


『いや、俊樹も逃げろ! お前にもこいつは止められねぇ…!』

メンバーの中で唯一、強化装甲服を着用していない司馬が叫んだ。その直後、ゲデヒトニスの”爪”の一撃を受け流して、吹き飛ばされる。レシーバーを通してノイズが走った。果たして、司馬は無事なのか…!?


『Nuts!』

同じく強化装甲服を着込んでいる彩花は叫んだ。彼女の機体は超接近戦タイプである。ゲデヒトニスの足元を縫うように超信地旋回を繰り返しながら、バンカーショットの一撃を食らわそうとその瞬間を伺っていた。


『村川機、一成機共に動けねぇ! 繰り返す、村川、一成両機は破壊された! 戦線に復帰できず。オーバー!』

先程まで沈黙していた両機から、連絡が入った。動けないまでもどうやら怪我だけはしていないようだ。それにしても、よほど口惜しいのだろう、その言葉の端々に悔しさが見て取れる。


『こちら舞衣、今ゲデヒトニスの正面にいる。オーバー!』

先程まで俺達を統括して指揮を取っていた舞衣姉さんからの連絡が入った。どうやら無事に到着した模様だった。


ローラーダッシュが大地を削る甲高い音。強化装甲服のアームパンチやパイルバンカーがゲデヒトニスの外装を叩き、火花を散らせる。それらが混在となって、地下空洞内に響き渡っていた。


現在、俺達は仏生山クレーターと呼ばれる天然の地下空洞内にいる。この空洞内の一部を間借りする形で、スパコン群を内包する施設が設置されていた。空洞内を照らしていた照明弾も既に無く、その効果も失せてしまっている。施設の中には眠りについたままのアンドロイド、MAI-5000ことメイドロイドのメイがカプセルの中に横たわっていた。そのメイとスパコン群を守るべく、俺達は施設に設置してあるサーチライトと強化装甲服の機能だけを頼りに迎撃戦を繰り広げていたのだった。


その結果がこれである。四菱重工の重鎮、押井譲の傘下にあるPrivate Military Company …つまり、彼の私兵であるわずか三名の”DOGS”メンバーがが少し本気を出しただけでこの有様だ。


防戦の要であったはずの巨大なドローン型アンドロイド・ゲデヒトニスにはウイルスが撃ち込まれ、肝心の敵は既に撤退している。6本の足と2本の爪が自慢のゲデヒトニスは、現在主人たる秋帆のコントロール下には無く、眼前のモノ全てを破壊すべく暴走していた。


そう、彼らの侵攻を食い止めようなどという俺達の目測は、のっけから見誤っていたのである。


俺は彩花機とは反対側に回り込み、装甲の薄い下部を狙おうと試みていた。しかし、ゲデヒトニスのが俺を指向し、攻撃を仕掛けてきた。

「がは…ッ!?」

俺はそれをまともに喰らい、岩に叩きつけられてしまった。俺の身体はそのままバウンドし、大地を転げた。この強化装甲服は前面にこそ防御が固められているが、背面は全くと言っていいほど装甲が薄い仕様である。この前の古傷がズキズキと痛む。見上げれば、ゲデヒトニスの”目”が俺を指向していた。


ヤられる…!

瞬時に身構えてしまった。


その時である。


「お待ちなさいッ!」

ゲデヒトニスが振り返った。

俺達も、その声の方向に目を奪われてしまった。

そこには…!


青いオーラを纏ったメイが立っていた。そのまばゆいほどの光に隠れてはいるが、着衣はない。まるでオーラそのものをローブのように纏っているのだ。


「戦いを好まないメイドさんに武器はありません!」

…メイ… 目覚めたのか?


メイ… メイ…、本当に、お前…。


「でもッ!」


目覚めてくれたのか… メイ…!


「この光景を放っておけるほど、私の”心”は穏やかではありません!」

その腕に光を集めて、メイは制御を失ったゲデヒトニスに躍りかかった…!


◇     ◇     ◇     ◇


ここで時間を半年ほど、戻すことにしよう。

事は些細な、ほんの些細な夢から始まった。


◇     ◇     ◇     ◇


DAISY…DAISY ハイと言ってよ…


記憶の底、時折見る夢の中で、彼女がいつも口ずさんでいた唄。

「お姉ちゃん、いつも一人なの?」

シルクのような、それでいて長くたなびく美しい黒髪。真っ白なワンピースに身を包み、大きな帽子で顔を隠している。俺はいつも、その女性と並んで座っていた。


あなたへの想いに…おかしくなりそう…


『私ね、…お友達がいないんだ』

「どうして? どうしてお友達がいないの?」

『そうね… 私、生まれてから一度もこの保養施設から出たことがないのよ』

「ふ~ん、そうなんだ…」


洒落たお式は…ムリかもしれない…


「ならさ、俺が友達になってあげるよ!」

『くふふ… 嬉しいな。じゃ、キミが私の初めてのお友達だね…。でもね…』


でも その時のあなたは…きっと素敵だよ…


「ならさ、……!」


その部分だけ、何度思い返しても思い出せない。何か、大切な約束をしていたはずなんだ。


「お姉ちゃん、その唄はなんていうの?」

『これはね…』


ハッキリと言えば、俺は彼女の顔を覚えてはいない。けれど、少しさみしげな表情を浮かべていたことだけは覚えている。優しげな瞳が視線を曇らせる。

『遠い昔、機械がはじめて人前で歌った唄なの。おもしろいでしょ?機械なのに恋の唄を歌っていたの』

「コイのうた?」

『そう、恋の唄。恋や愛の定義も知らない機械が歌ったの』

「コイってなぁに?」


今にしてみれば、我ながら間の抜けた言動だったと思う。

「そっか、まだあなたには早いかもしれないわね。でもいつか…そうね、あと10数年もすればきっとあなたにも分かるわ。そう、きっと…きっとよ」

記憶の中のその女性は、いつもここでクスクスと微笑むのだ。

『あの娘にも、そう、きっとあの娘にもね…』

淋しげに呟きながら、いつも俺の記憶はフェードアウトしてしまう。


この日、何かあったはずなんだ。決定的な何かが。

俺は一生懸命に想い出を手繰り寄せる。

海の側の、広い公園。新緑の眩しい、芝の感触。

どれもこれも鮮明に覚えているのに、ここのあたりだけがハッキリしない。


『それは名案… だね。楽しみだなぁ… 私…』

「…そうだよ! ボク、ふるかわとしき。お姉ちゃんは…?」

『私? …私はね、…めい…』

めい? それが彼女の名前だった?


突然、記憶が遠ざかっていく。

待って、待ってくれ!

俺はあなたに何を約束した? あの娘って誰? ねぇ、めい…!


『約束よ。…もう一人の私を… あの娘を大切にしてあげてね…』


訳がわからない。どんな約束なんだ? もう一人の私って誰のことなんだ?

めい、教えてくれ! …めい…!


目を覚ました俺は、ガバっとその身を起こした。背中にはジットリと汗をかいている。この夢を見る時には、いつもこれだ。全く、ここ最近見る夢も洒落にならんぜ。


ふぅ… ここ最近になって、俺はこの類の夢をよく見るようになった。

時計をみてみる。…まだ4時を回った頃か。もう一眠りできる時間ではある。

俺は台所に向かい、水を一杯飲み干した。


寝直しだ。今度こそはいい夢を見られるといいな。

例え後数時間しかないとしても、二度寝の気持ちよさは半端ないからな…。

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