臨時研修 スクラッパーズ・オシリス襲来

 そんなこんなで、駆け足をしながら施設の出口にたどり着いた。


 もうそこには幾人もの、破砕者に該当するであろう人達が、闘器をしっかりと握りしめて、施設の出口を守るように立っている。


 確かにあの時の説明を受けた通り、人によって闘器の形状や色も様々だ。


「こ、ここにいる人……全員破砕者なんですか……!?」


「えぇ、そうよ。私たちよりも速くここにいるここにいる人は、軽い闘器を持っている人が多いの。……私が引きずっている人に至っては、何も持ってこないくせに、真っ先に現場には駆けつけないクズだけどね」


「接客モードがオフになったと思えば、誤解を招きかねない言い方だな本当に……。僕があんなものを四六時中ずっと持ち歩くわけがないだろう!?」


 あんなもの……ということは、何かしらの事情があって、闘器を常に携帯できないのだろうか。それほどまでに巨大なのか、使用することで何かしらの弊害が発生するのか……。


「もうすぐそこですよ!? さっさと士君の闘器を出してあげなさい! ついでにアンタもさっさと武装する!!」


「わかったよもう……ほい」


 爽器が優里に喚き散らされてた挙句、仕方なく私の隣に向かって人差し指を突き出し、小さく下にスライドさせる。すると何もないはずの上空から、闘器の検査を受けていたはずのブラッドグリードが降ってきたのだ。


「うわっ!?」


『Battle System Blade 固有闘器を認証しました。直ちに戦闘を開始します』


「ちょっと! せっかくの新人に怪我でもさせたらどうするのよ!」


「今はそんな悠長なことを言っていられる暇もないと思うんだけどな……」


『System Up スクラッパーズの反応を確認。分類コード0091『スクラッパーズ・オシリス』です。直ちに戦闘態勢をとってください。距離およそ1.5km先の前方より、3体の横隊列でやってきます』


 本当にこの右腕は、どこまで高性能なのだろうか。というか何をもってして、スクラッパーズの正確な位置情報を弾き出しているのだろうか。……今度この右腕を一度分解して、内部構造を見てみよう。


『グゴオォォオオォン!!』


 全く戦闘と関係のないことを、1人で考えていた最中に、何かの咆哮らしき音が地平線の彼方より響いてきた。先ほどブラッグが1.5km先と言っていたが、ここまで響いてくるとなると、相手はそこそこ大きいだろう。


 と、その時。優里の持っている携帯通信機に、いきなり着信が入る。それに気付いた途端、彼女は爽器を掴んでいる手を放して応対した。いきなり手を離された爽器は、支えを失って後ろに倒れる。


 爽器はその際に、何か見てはいけないものを見てしまったのだろう。後ろに倒れてしまった途端、優里の足が彼の顔を踏み潰した。何かを見られた怒りからか、恥ずかしさからかまでは察しがつかないが、体を小刻みに震わせながら、通信を開始する。


「こちら本部の橘屋 優里……穂ちゃん!? どうしたの!?」


 明らかに目がせわしなく動いている。何かあったのだろうか、穂と呼ばれた人物は確か……私を助けてくれたあの少女の名前だったはずだが。


 ひとしきり話を聞いた後、「そのまま追いつかれちゃだめよ!? いいわね!?」とだけ答えて慌てた様子で通信を切る。そして、自分の足元でのびている爽器を揺さぶりながら声をかける。


「穂ちゃんがオシリスに追いかけられてる! ねぇ、爽器! さっき踏んだのは謝るからあの子を助けて!」


 それを聞いた爽器は、誰の手を借りるでもなくいきなりスッと立ち上がり、顔についた土埃を手で払落しながらこう呟いた。


「そうとなれば急いだほうがいいね。相手は3体だったかな?」


「は、はい……」


「なら手は多いほうが速やかに片付く。優里ちゃん、君の手も借りなくちゃいけないけど大丈夫?」


「えぇ、大丈夫よ」


「僕と優里ちゃんは1人1体が討伐目標だ。でも士君は1人で相手できないから、少し別の破砕者の力を借りよう」


 そう言った爽器は、近くにいた破砕者に声をかけて事情を手短に説明する。そして私を含めた4人で、1体のオシリスを相手にすることとなった。


「よ、よろしくお願いします……」


 その時は、初めてのチーム戦ということもあって、私は一切気が付かなかったのだが、私以外の破砕者に共通していることがあった。


 周りは、軽装の破砕者ばかりなのにもかかわらず、爽器が選出したのは大ぶりな武器を持った者たちばかりなのだ。


 見たところ爽器に選ばれた3人はチームのようで、服装がとても似通っている。


 その中のリーダーと思わしき男が、背中に負っている折り畳み式の槍の柄を手に取り、折りたたまれているところを足で蹴り上げ、一本の巨大な筒に、刃を取り付けたような姿の槍を組み立てる。


 それと真ん中に穴が開いており、持ち手のような棒がある、金属の円盤を2つ背負っている人もいる。それと最後の1人も、二丁銃というには少し大きすぎるものを持っている。


「……新人研修の一環だ。俺達も例外なく受けていた、別に緊張することではない」


「さぁ、さっさと終わらせたほうがよさそうだよ。向こうからやって来てくれたみたいだし」


 1人が指さした方角、やはりブラッグが言った通りの方角から、人のような姿がこちらに走ってきている。だが、人はどれだけ全力で走っても、砂嵐と見紛うほどの砂煙を巻き起こすことはできないはずだ。どこをどう見ても砂煙が起こっているように見えるのだが、ブラッグがある一言を発する。


『スクラッパーズの反応源は、あの人ではありません。反応は3つと言いましたが、いずれの反応もあの土煙の中からです』


「さぁ、構えな! 『レックス』のお出ましだぜ! せいぜいパクッと喰われないように気をつけな!」


 レックス……? さっきブラッグが言っていたのは、スクラッパーズ・オシリスではなかっただろうか。そういうことを考えていると、隣にいた爽器がいきなりしゃべり始めた。


「実は破砕者によって、各種のスクラッパーズに対する呼び名が違う場合もあるのさ。オシリスとレックス、ホルスとフェニックスのようにね。確かにややこしい面もあるんだけど、今更呼び名を統一するわけにもいかないし、下手に統一しようとしたら混乱が起こる可能性もあるからね。知らない名前が出てくる度にその破砕者に聞いていって、知識を網羅するしかないかなぁ。……さて、無駄な話もこれぐらいにして、さっさと片付けてしまおうか」


 そう言った爽器が、優里に手で合図すると私達4人を残して、2人は別の場所へと離散していった。もう既に闘器を構えている他の3人を見て、私も慌てて闘器を構える。


 その時、その砂煙の立ち上がる音に混じって、何かの唸り声のようなものが聞こえてきた。獅子の唸り声よりも、熊の唸り声よりも遥かに大きく低い。


 一体どこの地球上の生物が、これほどまでに低い唸り声を発することができるのかと一瞬だけ考えたときだ。


 土煙の中から、いきなり棒状のものが飛び出し、私達を薙ぐようにして地面とは平行に振るわれた。


「……伏せろッ!」


 リーダー格の男の一声で、全員が地面に突っ伏す形で一斉に地面に倒れ込む。私達が倒れ込んだ次の瞬間、その棒が私達の頭上を通過する音を聞いた。


 音から判断するに、まともに直撃していたら、骨の1本や2本程度は雑作もなかっただろう。下手をしなくても死ぬ可能性まである。


 心臓が氷に変わったかのように冷たくなったのを感じたが、その棒のようなものが私達の頭上を通過した後、その棒のようなものを見た私はあることに気付いた。


 アレは何かの棒ではない。――――尻尾だ。


 パッと見た感じでは、その尻尾だけで170cmはある私の身長の、少なくとも2倍はありそうな長さである。一体どれだけの巨躯を、相手取らなくてはならないのだろうか……!?


 突っ伏した状態から立ち上がったかと思えば、リーダー格の男が唐突に呟いた。


「邪魔な土煙だ。銃架、撃ち抜け。視界を遮る煙幕を払うんだ。なんなら、オシリスを撃ち殺すつもりで、撃ち抜いてしまっても構わない。むしろそっちの方が手っ取り早いだろう」


「あいよっ!」


 銃架と呼ばれた女の子は、そう言われるや否や、いきなり2丁の銃が合体させ、1つの大筒砲を作り上げる。そして合体した直後、その大筒砲が読んで字の如く『火を吹いた』のだ。


 いきなり耳をつんざく程の轟音と共に、足で踏ん張らなければ後ろに吹き飛ばされる程の衝撃波が、同時に襲いかかってくるのだ。


 何よりも恐ろしいのは、私と同じように衝撃波を受けているはずの他の2人は、何ともなく突っ立っているのだから驚きである。


 当然土煙など、その衝撃波で最初から無かったかのように消し飛んでしまう。そして土煙の中にいた尻尾を持つ怪物に、衝撃波や轟音と共に放たれた、破壊光線といっても過言ではない威力の熱線が直撃する。


 その熱線が直撃した相手の姿を見て、私は自分の目を疑った。


『グギャァアアァァアァァ!!?』


「きょ、恐竜……!? これスクラッパーズなんですよね!?」


「だからレックスって言ったじゃないか。なんか肉食恐竜のT・レックスっぽいだろう?」


 私が見たのは、緑色の皮に覆われた巨躯を支える為の、人間よりも遥かに巨大で強靭な脚。そしてこの世界に、何一つとして砕けぬ物はないと豪語せんばかりの歯と顎。


 そして先程、私達をまとめて凪ぎ払おうとした強靭な尻尾もちゃんと付いている。


 全体的に植物を彷彿とさせる見た目だが、熱線の直撃に踏ん張っている辺り、燃えやすい物質ではないらしい。


『膨大な熱反応の中に、微弱ですが生体反応を感知しました。現在も生存確率低下中、至急救出しなければ危険です』


「まさか、穂ちゃんとかいう子が……!?」


 確か先程の話によれば、あの子が私を助けてくれた人だった筈だ。命を助けてくれた恩もある以上、流石に見殺しにはできない。


「……!! おい、待て!! どこへ行く!?」


「すみません! どうしても助けなくちゃいけない人がいるんです!」


 気がつけば足が先に動いていた。これが機械化された影響なのか、自分の意思なのかも分からない。


 リーダー格の男に、走りながら断りを入れた後、さらに走る速度を上げて制止の声を出しながら、追いかけてくる男を振り切る。


 すると、私の頭上を通過していた熱線の放出が、いきなり途切れてしまった。私が急にオシリスに接近していったからだろう。本当に申し訳ない……。


『グルルル……グガガギャァアァアアァァァアァ!!』


 熱線の放出が止んだ途端、今こそ反撃の時と言わんばかりに、オシリスが体表を変化させて途端に暴れ始めた。


 植物を連想させる緑色の表皮が、途端に赤い色を含み始め、体の至る箇所が大きく隆起し始めたのだ。


『スクラッパーズ・オシリスの運動量と攻撃性が急上昇。手当たり次第に地面を踏み砕き、周辺の岩石を粉砕しています』


 あの強靭な尻尾から放たれる一撃が、岩石を粉々に吹き飛ばす様は、誰もが恐れる光景ではないだろうか。


『救出対象が近づいてきた為、正確な位置を把握できるようになりました。対象まで残り80m…70m…60m…50m……』


『ギャガガガガァァアアァアァァ!!』


 恐らく何の考えも無しに、オシリスは暴れ回っていただけなのだろう。だが、私はそんな状態の彼に近づいている。……ということは、当然彼の砕いた岩石が、私めがけて吹き飛んでくる可能性だって、なきにしもあらずということだ。


 私よりもずっと巨大な岩石が、ありえない速度でこちらめがけて飛んでくる様は、この先一生忘れ得ぬ恐ろしい光景だろう。思わず、立ち止まってしまうほどの、死を覚悟した瞬間だったのだ。


 急いでブラッドグリードを振るうにしても、もう間に合わない距離にまで迫っていたのだから。だが突然、私の後方から読んで字の如く『横槍が飛んできた』のだ。


 私に向かって飛んできていたはずの岩石に、突き刺さったかと思えば、爆発音と共に派手に砕け散ったのだ。


「た、助かった……?」


 見事としか言い様もない。まるでダーツで的を狙うかのように、見事に射止めたうえで、岩石を破壊したのだ。


 ガコンと、見覚えのあるランスが、鋼鉄特有の音を立てて地面に落ちる。よく見るとそのランスには引き金が存在していた。その引き金に、針金よりも細い糸のような物が巻き付いている。


 その糸が放つ煌めきを、静かに目で追っていくと……。私より後方2mほどの所にいる、あのリーダー格の男の元に続いていた。


「……人のことを言えた義理ではないが、後輩のフォローは大変なものだな」


「に、人間離れした投擲能力だ……」


 私は独り言として呟いたつもりだったのだが、どうやら彼に聞こえてしまっていたらしい。そのリーダー格の男は、肩を鳴らしながら私に近づきつつ口を開いた。


「この距離なら別にどうってことはない。命中率は常に100%だ。それよりも凄まじいのは……代表だよ」


 そう言った男が指さした先に、1体のオシリスが爽器を相手にしていた。当人は攻撃をしているつもりなのだろうが、見事にすべて見切られており、手当たり次第に暴れまわっているようにしか見えない。


 その時、私は彼の持っている闘器らしき武器を、たった一瞬だけだが目にすることができた。


 燃えている両刃剣だった。燃えているといっても、その剣が宿す炎色は尋常ではない色だ。黒と言って差し支えないほどの奇妙な色をした炎だったのだ。大きさは私が持つ、ブラッドグリードよりも小さく、極めて標準的な剣といったところか。


「あ、あの代表が持っている黒く燃えている剣……あれは何なんですか?」


 そう聞いたとき、私は思わず耳と目を疑った。だが聞き直す必要もない。これはあくまでも私的な感覚の話だが、実際にその剣は名前を聞いた瞬間、納得してしまうほどに見た目と名前が一致していたのだ。


 代表が持つあの剣の名を――――確かに私は『』と聞いたのだ。

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