廃鉄スクラッパーズ

ACROS

名無しの主人公編

プロローグ:壊滅した世界に、魑魅魍魎は蔓延って

 私はふと目を覚ました。一体どれほどの時間、こんな暗闇の中で眠っていたのだろうか。長い時間寝ていたのだろう、体の節々が痛みを訴えている。


 目をちゃんと開いているはずだが、部屋に明かりがないせいで、閉じていても開いていても大した差はない。


 どこかに明かりを点けるスイッチがないか、手探りで壁の表面を撫でながら探していると、妙に大きな音を立てる壁に触れた。外に通じているのか、光が暗い部屋の中へと差し込んでいる。


 私は、自分が今いる場所を知りたい一心で、その扉を必死になって壊そうとした。この扉を壊せば外に出られる。外にさえ出られれば、きっと人にも出会える。


 タックルや蹴りを入れ、やっとの思いで扉が派手な音を立て、向こう側に倒れた。希望の光が、私の体に降り注いだはずだった。私はそこで、気付いてはいけない事実に気付いてしまった――――右腕の色が明らかに違うのだ。


 まず肌の色が違う。人間味のあるベージュではなく、無機質的かつ重厚な雰囲気を放つ黒くて鈍い光。次に温もりがない。あるのは温度を持たない無機物へと、変貌を遂げてしまった右手だけだ。


 その他を見渡しても、自分の顔を触っても、この右腕以外に異変は見当たらなかった。だが、なぜだ。なぜ私は、この義手のようなものを、右腕に装着している?


 私の記憶が正しければ、確かに五体満足で生まれてきていたはずなのだ。それだけは、ハッキリと記憶している。


 自分の右腕を、訝しげに見つめていた時、唐突に蒼い光が黒い右腕を駆け巡り始めた。それはまるで、人の腕にもある血管のようだった。


『System Up スクラッパーズの反応を確認。分類コード4771『スクラッパーズ・ホルス』です。直ちに戦闘態勢をとってください』


 「スクラッパーズ? 戦闘態勢? 一体何の事だ」と、私は思わず自分の右腕に聞き返した。まさか自分の体の一部と、会話するとは思わなかったし、この右手が言っている事が、全く理解できるわけがない。


 だが、その右手が喋り始めてから、足裏から妙な振動を感じていた。起きた直後には、一切感じていなかった振動だ。その振動が起こる度、私の中にある不安が風船の如く、徐々に徐々に膨らんでいく。


 少しずつ、少しずつだがその振動は、確実に大きくなっているのだ。これから何が起こることすら分かっていない私は、とにかく不安で仕方がなかった。


 そんな状況で、喋るようになった私の右腕は、リーダーであるはずの私を急かすのだ。


『何をボーっとしているのですか。そこにある闘器を使って、スクラッパーズと戦うのです』


 「闘器とはなんだ」と聞き返すと、義手が自分の考えとは全く関係なく動いて、自分の隣にあった、黒い柄らしき物体を掴んだ。すると、右手に通っていた蒼い光が、その黒い柄のような物体へと移り、何かが起動する機械音が聞こえた。


 すると蒼い光が、物体の形をそれとなくなぞるように光を放つ。それと同時に、バイクの駆動音をすぐ傍で聞いているかのような轟音が、私のいる部屋の中に響き渡った。思わず耳を塞ぎたくなるほどの音であったが、右腕がいうことを聞かない。その柄を握ったまま、放せないのだ。


 困惑している間にも、そのバイクの駆動音に似た轟音は大きくなる。これからどうすればいいのかと、私がオロオロしていると、右腕が感情も抑揚のない声で、私に話しかけてきた。


『Battle System Blade 固有闘器を認証しました。直ちに戦闘を開始します』


 直ちに戦闘と聞いて、周囲を見渡そうとするよりも――――私がいた部屋の床が崩れ去る方が早かった。


 感覚で表現するならば、バンジージャンプで飛び降りた時と、よく似通ったものと表現すれば分かりやすいだろうか。尤もこれは、紐無しバンジーと言った方が、表現的には良いのだろうとは思うが。


 崩れた床から見えたのは、ペンキが剥げ落ちて赤茶けた色に錆びついた看板。長い間手入れがなされていない為か、四方八方に亀裂の走ったアスファルト。まるでピサの斜塔の如く傾いた高層ビル群。


 人の姿を確認するまでもない。その風景が人が存在しない事を物語る、十分過ぎる視覚的な情報となった。生まれてこの方まだまだ日の浅い私だが、間違いなくこの時の衝撃は忘れないだろう。


「どういう……事だ!? 私はさっきまで普通に生きt」


『闘器 ブラッドグリード完全稼働。敵対反応を真下より複数体感知。来ます。直ちに闘器を構えてください』


 構えろと言われても、構え方すら分からない私は、右手が握っている物を見上げる。それは黒く重厚なボディの上を、蒼い光が電子基盤を連想させるように駆け巡っている、チェーンソーとも大剣とも似つかぬ武器であった。


 とりあえず右腕が、ブラッドグリードと呼んだ闘器を真下に向けて構え、下から来ると言われた敵の襲来に注意する。


 するとどうだ。私の真下からこちらめがけて、巨大な鳥が何羽も飛来してくるではないか。その鳥は大きさも顔つきも個体によって違うが、体全身が燃えているという共通点だけは存在した。


 真っ先に私は殺されるということを直感した。なぜあんな訳の分からない生物がいるのかという以前の話だ。人は唯一炎を恐れない生物だとは言うが、さすがにこれほどともなれば、恐怖するのも仕方のない事だろう。


『貴方がどれだけ争いを嫌がろうと、貴方にはこれしかありません。生きたければ力を振るうのです。奴らを下し、退けぬ限りは貴方に生存する見込みはありません。当然私もあなたの道連れとなりますが、もしそうなったとしても、私に貴方に対する恨みはありません』


『グギェェエェエエェッ! ギェエッ! ギエェェッ!』


 奴らは意思を持っているかのように、奇妙でおぞましい鳴き声を上げて、互い違いに衝突することもなく、襲いかかってくる仕草を見せていた。


――――殺せ。殺さなければ、無抵抗に喰われるだけだ。


 火事場の馬鹿力という奴だろうか、それとも私の体が機械に置き換わってしまったからだろうか。……いくら考えても、私自身にも分からないが、普段の私からは想像できないほど、戦いに関するセンスが磨かれていたとしか言い表せない。


 真正面から大口を開いて、襲いかかってきたホルスを半身で避けながら、右手が握っていたブラッドグリードで、すれ違いざまに口の端から腹までを引き裂く。その感触は奇妙なもので、相手は炎なのに、確かに触った感触があったのだ。


 次にスカイダイビングの要領で、口を開く前のホルスに急接近し、兜割りの如く真正面から顔面を一刀両断する。


 そして顔面を砕いた後、まだ眉間に突き刺さったままの剣を素早く引き抜き、墜落しようとするホルスを足場にして再び上昇する。足場にしたとき、一瞬だけ足に焼けるような痛みを感じたが、今はそれどころではない。


『残り3体です。先ほど火傷をしたように、彼らは炎でありながら、私達も触ることのできる肉体を持っていす。そこに気を付けて戦いましょう』


「気を付けて戦えと言っても、ここで空中戦をしているんだが……なっ!!」


 『当然ですが、落ちれば死にます』とだけ機械的に告げた右腕に対して、初の戦闘でどれだけの無茶をさせれば……と思いながらも、空中で闘具を構える。だが、なぜ初めての戦闘のはずなのに、こんなにも体が動くのだろうか。


 再上昇した先に、もう一体のホルスの腹があったので、思わず私は自分に飛び掛かってくる火の粉を、無意識に払いのけるように剣を振るった。


 するとブラッドグリードの刃先が、確かにその化け物の脇腹を切り裂き、その体内にある骨らしき硬い組織すら砕くような感覚まで、握っている剣から伝わってきた。


『ギョグアァアァアアァァ!?』


 脇腹を引き裂かれた化け物が、断末魔のような悲鳴を上げる。その直後、時間差で切り裂いた傷口から、燃え盛る液体や固形物が溢れ出てきた。


 それを見た私は、反射的に剣の平たい部分を使って、扇のように振るって風を起こし、上から降り注いできた、燃え盛る物体を払い除けることに成功した。


『……燃える体内について、注意をしていなかった私も悪かったと思いますが、貴方も相当悪い使い方していますね。そんな事をしていると、あっという間に刃がボロボロになりますよ?』


「あ、あぁ……今度から気を付ける」


 そういいながら私は、自分の反応速度が、桁違いに上昇していることに驚いていた。明らかに普通の人間が、すぐさま反応できるような状況ではなかったはずだ。だが実際に、私の体は脊髄反射に近い速度で、すぐさま行動をとることができた。


「どうしてしまったんだ……私の体は」


『そんな事を言っている暇があったら、1体でも多く敵を退けてください!』


 そんなやり取りをしている間に、上下の2方向から、挟み撃ちをされる状態となっていた。当たり前だがここは空中で、相手は空を飛んでいる。


 しかし、私には相手のように、羽は生えていない。先ほどの火傷もあり、もう一度ホルスを足場にはできない。


 さらに相手は、燃える体を有している為に、連続で斬りつけると武器が融解する可能性もあるという。もし融解しなかったとしても、武器が柔らかくなってしまっているため、損傷を与えられるかどうかも怪しい。


 私も流石にここまでかと死を覚悟したとき、いきなり水が横から殴りかかってくるような角度から飛んできた。炎の中に冷たいものを突っ込んだような音と、断末魔のような悲鳴も聞こえる。


 それと同時に、蒼い稲妻のようなものが、右腕からブラッドグリードに向かって迸った。


『Limit Break! やむおえません、ブラッドグリードを壁に叩き付けてください!』


 水に押されながらも、眼前に迫ってくる高層ビルの壁に向かって、ブラッドグリードを叩き付けた。すると、ブラッドグリードの刃がコンクリートの壁に突き刺さり、私は落下を免れた。


 それを見届けたからか、どこからかの放水も止まる。ブラッドグリードに右腕だけでぶら下がっている状態の私に、話しかけてくる存在が反対側のビルにいた。顔まではわからないが、消火用ホースを手にしている事だけはわかる。


「大丈夫ですか~!? すぐにそっちへ行くので、あと少しだけ踏ん張ってください!」


 そういったかと思えば、携帯していたワイヤーを、私の隣にある劣化した窓ガラスめがけて打ち込む。ワイヤーの先端部が窓ガラスを突き破り、奥にある壁か何かに突き立った音がした。


 その音を確認した直後に、反対側の高層ビルにいた者が、ターザンロープの要領でこちら側へと飛び移ってきた。


 割れた窓ガラスの向こう側に消えて行ったあと、再びこちらに戻ってきて、手を伸ばしてくる。どうやら、私を助けに来てくれたのは少女だったらしい。そして、彼女から差し伸べられた右手も、やはり私の右腕同様に金属に置き換わっていた。


「もう大丈夫です! 私達が来るまでよく持ちこたえてくれました! あとは責任をもって、私達『廃鉄ブレイカーズ』が貴方を保護します!」


「廃鉄……ブレイカーズ……?」

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