第28話 ロビイスト

ワシントンDCはアメリカ合衆国の首都である。

東海岸の北部に位置しメリーランド州とヴァージニア洲に挟まれた「コロンビア特別区」という。

英語で書くと、District of Columbia 略して、D.Cとなる。

人口は中心部で60万人、都市圏で考えれば550万人程度。


そして世界の政治に影響を与える覇権国の権力の中心でもある。

ワシントンの政治を制するものは、世界を制するという表現は決して誇張ではない。


その政治的権力の中心地で一定の勢力を誇るロビイストという集団がいる。


アメリカは大統領制の議会民主主義を採用する国家であるから、議員にはアメリカという国家の方針を左右する権力がある。

多くの議員は共和党もしくは民主党に所属し、大筋の方針では党の政策にしたがっているが、細分化した政策を検討するにあたっては議員によってどうしても得意不得意というものが出てくる。

結果的に、議員の中でも「あの問題ならあの人の任せよう」という、ある種の専門化が起こる。


となると、ロビイストは少数の専門化した議員を何とかして動かすことができれば、結果として党を動かし、議会を動かし、ひいては大統領、アメリカ合衆国、最後には世界を動かすことができる、ことが理論上はできることになる。


それが政治的梃子てことしての、ロビイストの存在意義である。


「ただ、最近はロビイストも質が変わってきていね」


リムジンの後部座席で退屈そうなエミリー相手に講義をぶちながらジェイムスが続ける。


「オバマ政権あたりからロビー活動の規制が強くなったりで、やりにくくなったんだ。元議員のロビイストが議会を出入りするのにも煩くなったしね」


「そんなの当たり前じゃない。議員じゃないんだから。どうせ賄賂でも渡したり受け取ったりしてたんでしょ」


エミリーの決めつけにジェイムスは肩をすくめてみせる


「賄賂というか、正当な報酬だよ。それに金を持つものが権力を持つ。いいじゃないか。その逆よりもよほどいい。権力で金を稼ぐのは中国人のやり方さ。あれはどうかと思うね」


一応、ジェイムスにも金儲けに対する彼なりの哲学とやらがあるらしい。

エミリーがジェエイムスの長口舌を聞き流している間に、リムジンは静かに目的地の玄関に停車した。


◇ ◇ ◇ ◇


「ミス・エミリー。はじめまして。いや、映像で見るよりも本物は実に美しいね!」


「光栄です、ミスター・コナーズ」


金のかかった濃紺の三つボタンのスーツに、嫌味にならない程度のカフス、ノーネクタイでカジュアルさを演出しつつ、フレームレスの超小型情報端末つきの眼鏡をかけた広告会社出身のようなセンスのよい40代の男。

それがジェイムスの紹介したロビー会社の担当者、パット・コナーズだった。


合衆国議事堂が窓から見える落ち着いた会議室で握手を交わしたエミリーの抱いた感想は、ただ一つ。


この男も、うさんくさい。


ロハスでオーガニックな食生活をしていそうなコナーズを、エミリーはいっぺんに嫌いになった。

アメリカの男ならブランドものの靴など履かずに、ステーキを食ってフットボールをやるべきだし、技術がわかって数学ができたらもっといい。


もっとも、そうしたエミリーの好みの話は先方でもとっくに調査済だろう。

その上でエミリーとしてもビジネスパートナーに徹してくれそうな担当者がつくことに反対ではなかった。


「一応、形式ですので本社業務の説明と最近の情勢の説明をさせていただいても?」


「ええ。私も政治ワシントのことは詳しくありませんので」


エミリーが頷くと「では」と前起きをしてコナーズは最近の情勢とロビイストの業務について説明を始めた。


「まず、ロビイストという仕事については、どういったイメージをお持ちですか?」」


「そうね。率直に言えば、議員を回ってお願いをしてまわる仕事、という印象を持ってます」


エミリーは最大限にオブラートを包んだ表現で評した。


「なるほど。間違いではありません」


頷いてから、滑るようにキーボド上に指を奔らせスクリーンに資料を映した。


「ですが、それではロビイストとして三流です。お願いして回るのではなく、顧客の要望を議員達に支持したくなるよう働きかけるのです。政治というのはマーケティング&プロモーションです。


民意をマーケティングし、政治家にプロモーションを図る。それが我々のビジネスです。


いろいろと世間の誤解や批判を受けることはありますが、民意を的確に汲み取り、正確に表現したメッセージをしかるべき意思決定者達に届けるという私達のビジネスは、合衆国の民主主義を支える重要な要素だと自負していますよ」


「綺麗事に聞こえますが」


「綺麗事を言うのも我々のビジネスの一つですからね」


エミリーの精一杯の皮肉をさらりと笑顔とユーモアでスマートに流すあたりも、胡散臭い印象を増しこそすれ、払拭されることはないのだった。

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