第26話 ハイタッチ

「政治?あたしが?」


エミリーが眉をぴくりと動かすと、ジェイムスはわずかに気圧されて拳を下ろした。


「あたしはまだ24歳なのよ。それとも、もっと上に見えるのかしら?」


アメリカの選挙制度では下院議員の被選挙権は25歳からである。


いい度胸をしているわね、とエイミーが背を逸しながら至近距離で腕組みをすると、服の上からもわかる太いニの腕と平均を遥かに上回る身長も相まってかなりの威嚇になる。


「いやいや・・・君に下院議員に立候補して欲しい、と言っているわけじゃないんだ。だいいち、そんなことをしていたら君が実際に権力を握るまで何十年かかるかわかったものじゃない。私が言っているのは、チームの役割の話さ」


ジェイムスが慌てて顔の前で手の平を懸命に左右に振る。


「役割ね・・・あなたの考えも聞きましょうか?」


どっかりと長い脚を組みつつ、まだビニールのシートがかかっているソファに腰を下ろすと、ジェイムスは諦めたように弟を呼び寄せる。


「マイク、ちょうどいいからお前も聞いてくれ。これからチームの方針と役割について話をする」


「ああ。兄さん、僕も提案があるんだ」


情報端末を抱えて早足で近寄ってきたマイクはの言葉に、珍しいこともあるものね、とエミリーは彼のの顔を見直した。


エミリーと研究をしているときのマイクは、よく整理された思考と技術的知識については非凡なモノを持っているが、言ってみれば単なる優秀な大学院生という役割に満足している風があった。


エミリーは、優秀な研究者とは、まず何よりも生命力バイタリティが必要だと考えている。

思い通りの研究をするためには予算が必要で、予算を獲得するためには優秀な同僚達との競争で勝ち抜かなければならない。


研究を始めてからも、実験で思い通りの結果が出なかったり、そもそも器具や人員の調達などでトラブルが起こることは日常茶飯事であり、そうしたトラブルを克服しなければ高い成果はでないものなのだ。


つまり研究とは競争であり、勝ち抜くためには闘争心と筋力が不可欠である、というのがエミリーの研究者観なのである。


その大人しいマイクが新しく提案をしたい、と言い出したのだ。

案外ジェイムスの言うとおり私達は良いチームになるのかも・・・と、しゃくにさわりながらもエミリーは金融男の目の確かさを認めざるを得ない。


まずはマイクから、と促されて彼は情報端末を叩きながら自らのアイディアについて説明を始めた。


「この数日間、いろいろとデブリを取り除く方法を自分でも調べたり、考えたりしてみたんだ。だけど、今のところ、これっていう方法を思いつかなかったよ。


僕が思いつくようなアイディアはNASAやJPLで検討されて、見込み無し、と却下されてるんだ。向こうは専門家達が何十年も検討してるわけだしね。後追いで僕達がやっても、そんなに凄いアイディアがでるとは思えないんだ。どれだけ優秀な人を集めたとしてもね。


だって、そもそも、そういう優秀な人達は以前にもNASAに意見を求められてると思うんだ」


NASALやJPLの文献を手際よく映しながら行うマイクの説明に、少し苦い顔をしながらジェイムスが頷く。


「道理だな。だがマサチューセッツ工科大学(MIT)デューク教授もチームに招聘するつもりだが」


「うん。有名な教授せんせいだよね。だけど、あの教授の研究は大型デブリのキャッチに特化しているし、実際に宇宙空間での運用技術はこれから煮詰める段階だと思うんだ。NASAのレポートでも、そういう評価になってる」


別のスライドを示しながらマイクが続ける。


「えっ、でも待ってよ。デブリキャッチの衛星技術はロケット会社の社長マークスさん探してくれてるんじゃないの。あそこと組んで安く打ち上げられるから問題は解決できるはずでしょ?」


エミリーの疑問にマイクが答える。


「エミリー、安くなることと出来ることは違うよ。いや違わない分野もあるんだけど、デブリ除去の分野はそもそも技術が成熟してないんだ。今はもっと別の分野の知見や、別のコンセプトの技術が要る、と僕は思う」


渋い顔で議論を聞いていたジェイムスが口を挟む。


「仮にそんな技術があるとして、その技術は買ってこれるのか」


「うん。実は買えると思うんだ。しかも格安で。それが僕の提案」


「そんな上手い話があってたまるか」


吐き捨てるように否定する兄を、マイクは懸命に宥めた。


「兄さんは技術至高ギークの世界がわかってないよ。僕達は、基本的に知りたがりで、自慢したがりで、相談したがりなんだ。世界中には、僕らには想像もつかないようなとびきり優秀な連中がいる、と僕は思ってる。だからね、知らないことは世界中に聞いてみたらいいと思うんだ。


誰か、この問題を解決できるアイディアを持っている人はいませんか?ってね。


もし凄いことを考えている人がいたら、そういう人に声をかけて一緒に働けばいい。研究費を出す!って言えば、きっと乗ってくれるよ!」


エミリーは、マイクの口調から彼のアイディアの正解がわかった気がした。


「Xプライズね」


Xプライズとは非営利組織であるXプライズ財団が主催する人類のための根本的なブレークするーをもたらす産業の創出と市場の活性化を刺激することを目指すコンペのことである。


マイクは、デブリ除去技術をXプライズのテーマにするべく働きかける、と主張しているのだ。


「そう、まさにそれさ!Xプライズに僕達がスポンサードするなんで最高にクールだと思わない?もし財団の奴等に見る目がなくてデブリ除去技術をテーマに採択してくれなくても、僕は必ず別のコンペを企画してみせるよ!きっと、すごい奴が出てくると思うんだ!」


興奮して立ち上がるマイクの目には、これまでエミリーが目にしたことのない輝きがある。

自分のするべきことを一足先に見つけた彼に、エミリーは小さな嫉妬と軽い敗北感を感じた。


彼女は軽く溜息を吐くと、ゆっくりと組んでいた腕を解いた。


「いいわ。わかったわ。悔しいけど、役割は決まりね」


「じゃあ。納得してもらえたのかな」


「ええ。お金とビジネス構築はジェイムスの仕事。そして世界中の技術至高者ギークの相手はマイクの仕事」


「そして、人々を導き、プロジェクトを成功に導く女神は君さ、エミリー」


ジェイムスが握手しようと手を伸ばしてくるの無視して、エミリーは立ち上がる。


「握手ってのは、ビジネスで組む人達がやるんでしょう?あたし達は今からチームになるの。チームっていうのはね、こうやるのよ!ほら、手をあげて!」


おずおずと片手をあげたジェイムスの手の平に、エミリーは思い切り遠心力をつけた手の平で打ち合わせた。

打ち鳴らされた大きな音に、近くにいたマイクは思わず肩をすくめる。


「チームってのは、ハイタッチを交わすのよ!握手じゃなくてね!」


嬉しそうな顔をしつつも、痛みに手をひらひらさせるジェイムスの姿に、エミリーは少しだけ胸がすく思いがした。

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