2章:極東の若者の小さなアイディア

第10話 頭と暇はあっても予算がない男達

都内某所の国立大学にて。



「くーっそ!まーた応募に落ちた!」


志乃田は情報端末に届いた無慈悲なメールに、思わず両手をキーボードに叩きつけた。


突然の狂態に大学の計算機室に居合わせた数人の院生たちは一瞬だけ批難と憐憫の混じった視線が向けられる。

だが、志乃田の態度はいつものことである。彼らは黙々と自分の研究へと戻る。


「ったく!なんであの爺さんどもの研究が通って、こっちの研究が通らんのだ・・・」


ぶつぶつと眼鏡の位置を直し癖っ毛を掻きむしりながら鼻に皺を寄せる。

有り体に言って変人の所作である。だが、その彼に声をかける者もいる。


「なんだか天文は景気悪いねえ。志乃田氏もあきらめて職につこうよー」


力の抜けるような高いキーの声をかけてきたのは、全身から変人オーラを出している志乃田に比べると、不似合いなほどに垢抜けた格好をした私大の文系にでもいそうな男である。


「小林か。景気悪いのはドローン業界だって同じだろうが」


「まあ日本はね。でも最悪、アメリカか中国、それに台湾って手もあるし。それよりちょっとドローンのテストに付き合ってよ」


「お前、英語はからっきしじゃねえか」


志乃田は軽口を叩きつつも、立ち上がった。

研究に落ちた以上、今すぐしなければならないことはなくなった。

それに高校時代の昔から小林に頼まれると、何となく断りにくいのだ。


奇妙な配管やら得体の知れない装置の間をくぐり抜けて別棟の小林の研究室まで行くと「ちょっと待ってて」と扉の向こうで何やらひっくり返す音がして、ガラガラと台車を押して出て来る。


「・・・なんだこれ?」


「だからドローンだよ。ちょっと重くてさ。手伝ってくれるかな?」


「場所は?」


「2階の大教室を借りてる」


積み重ねられたダンボールの高さは小柄な小林の身長近くまである。視界が遮られる上に崩れそうで危険極まりない。たしかに、これは手助けが必要だろう。


どうにか大荷物を大教室まで移動すると、小林はテキパキとダンボールを開けて中身を広げ始め、それを志乃田も手伝う。


「また増えたなあ・・・」


「まあね。ドローン8機とミニ四駆8機で16台?ほんとは倍にしたいんだけどね」


答えながら情報端末を叩き、各機体のセットアップをしていく。


「しかしまあ、お前ほんとうにミニが好きだよなあ」


小林が実験に使用するドローンは小さい。

Android端末を弄り回してローターをつけたミニ・ドローンとでもいうべきものだ。

市販のドローンでも同様の超小型ドローンはあるが、小林は好んで自作する。


「だって小さいのを弄るのって楽しいじゃん!」


おまけにミニ四駆。これも各種のセンサーと基盤が載せられた小林のお手製だ。


「じゃあ、始めようか!」


小林が情報端末のキーを叩くと、椅子や机が並べられた大教室の床を一斉にミニ四駆が走り始め、数秒後にドローンが離陸する。


ミニ四駆はセンサー情報を元に、生き物のように机と椅子の間を方向転換しながら走り抜け、それを上空からドローンが追跡する。


だがミニ四駆は素早く、また机や椅子の下に隠れるとドローンの視界から消えてしまう。

それをドローン側では素早く追跡する機体をスイッチし、見失わないようドローンのカメラでとらえ続ける。


「いつ見ても大したもんだな」


小林の専門は機械工学の中でもソフトウェア寄りの群体制御、らしい。

ミニ四駆やドローンを1台ずつ動かすのでなく、全体として効率よく動かすための設計と学習が研究の要だという。


こいつもドローン業界なんて斜陽産業に行かずに車屋に行けば好き放題に研究できるだろうに。


志乃田は自分も似たようなことを言われているのを棚に置いて、小林の才能を惜しんだ。


「あ・・・」


ガシャン、という音と共に1台のミニ四駆がひっくり返り、追跡していたドローンの挙動が怪しくなる。

それをキッカケに、それまでキビキビと1つの生き物のように動いていたドローン群全体がフラフラとし始めた。


「ストップ!ストップ!」


小林が慌ててキーを叩き、中止命令を出す。

それと同時に、大教室中を我が物顔に走り、飛び回っていたミニ四駆とドローンがゆっくりと停止した。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「何が問題だったんだ?」


顰め面でシステムログを眺める小林に、志乃田が問いかける。


志乃田も小林も都内の有名進学校で理系クラスの頃からの付き合いである。

どちらも理系科目では抜群の成績を示す変人であったが、志乃田はやや数学寄り、小林は物理寄りという得意分野の差もあって、互いに話をよくするようになった。


高校の頃から、ミニ四駆バカで機械弄りの好きな小林が作り上げた奇妙(キメラ)なハードを持ってきては、志乃田が制御と駆動のロジックのレビューをする、ということをしていたわけで、その関係は専門内容こそ高度になったが、基本的には変わらない。


「うーん。どうもドローンがサボるのを拒否したみたいなんだよね」


ミニ四駆が突然のアクシデントで1台ロスト。それを追跡していたドローン1台の仕事が浮いた。だがそのドローンは視界内の別のミニ四駆を追跡する仕事につこうとして、他のドローンは押しのけられる形になり、その席取りゲームが連鎖した、ということらしい。


「なんだか切ない話だな」


社会人としては何者でもない自身の境遇を省みて、志乃田はぼやいた。


「まあ、それは仕事にあぶれたドローンはバッファーに回るようにすればいいんだろうな。そもそも最初から遊びのドローンがあった方がいいかもしれない」


ぼやきとは別に口から解決策が自然に出る。


「さすが志乃田氏!だよね!やっぱり人生や機械には遊びが必要だよね!」


小林は手を叩いて、何やらメモを始めた。


「あとは・・・ドローン同士の連絡不足かな。数が増えると処理が間に合わなくなるんだよね。結構、一杯一杯に難しいことやらせてるからさ」


「そこは単純に基盤の処理速度をあげるとかは?」


「ドローンの部品を買いすぎてお予算(かね)がありません」


天文とは違い機械系であれば自動車業界などから研究予算が山ほど出ているはずだが、小林は「車屋さんにはなりたくない」と頑なに拒否して自作の改造ドローンや改造ミニ四駆を販売しながら研究費を稼いでいる。


小林の作った「スマホをドローンにするセット」は、そのマニアックな設定項目と飛翔時間の長さから個人制作のキットとしては異例のヒットを飛ばしている。


もっとも、稼ぐそばから部品の購入に散財してしまうわけで、予算(かね)に困っている境遇は志乃田と変わらない。


「仕方ねえな。コードを見直して最適化するしかねえな。ちょっと見せてみろ」


志乃田が情報端末を覗きむのを、小林が嬉しそうに席を譲る。


2人の大学院生の討議は、警備員が教室の施錠に来るまで続いた。

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