第4話 宇宙開発のパブリック・エネミー


「マークス。これは仮定の話ですが・・・もし地球軌道上に一つもデブリがなかったとしたら、どれだけの打ち上げ費用を浮かせることができますか?」


マークスは数瞬だけ考え込むと、VR空間上で腰に手を当て、まるで株主達にプレゼンをするように説明を始めた。


「そうだな・・・まずデブリ予報で避けていた時間帯も打ち上げられるようになるから、打ち上げ回数は今の倍にできる。加えて打ち上げ保険のうちデブリ対応分の10%は値引きができるだろう。デブリシールドのバンパー分の衛星重量が5%は下げられる。まだあるぞ。衛星を打ち上げ後に接近するデブリを回避するための推進剤を節約できるな。衛星重量はさらに5%下げられる。軌道上の衛星寿命が伸びるから衛星のコストパフォーマンスが向上する。打ち上げの依頼は結果として増えるだろう」


「それはどのぐらいの金額になりますか?」


会社の数字は一通り頭の中に入っているのだろう。

マークスは、またも数瞬の間、空中に視線をやると答えを返した。


「ざっと計算すると、会社(うち)だけで年間2億ドルは浮くな。もっと浮くかもしれん」


それを聞くや、ジェイムスは揉み手をせんばかりに満面の笑みを浮かべた。


「ですよね!それが業界トップとは言え、単独の会社だけでそれだけの額の機会損失を起きているわけです。世界各国の打ち上げ関連企業がデブリで被っている損害を総計すると、すごい金額になると思いませんか?」


エミリーは目の前で続けられる議論の高度さと金額(スケール)に目眩がしてきた。

自分が3ドルのバーガーに25セントのピクルスを載せるかどうか悩む耐乏生活をしているというのに、この男たちからは数億ドルだの何だのという現実離れした数字ばかりが出てくる。


「つまりは、集団訴訟というやつか。金融屋のやり口だな」


マークスが不機嫌に鼻を鳴らしたが、ジェイムスは笑顔で受けながした。


「いえいえ。法廷闘争にダイレクトに行くわけではありません。もちろん訴訟はしますけどね。それよりも、今失われている金額があり、節約するための技術的方法があり、その損失を与えている犯人が明らかにわかるわけです。これを、会社(ゴールドマン)のノウハウでスキームさせるわけです」


「具体的には」


「債権をつくります」


「債権?」


マークスも起業家として幾度も上場を経験しているので金融商品について無知というわけではないのだろうが、ジェイムスの提案には意外の表情を隠せなかった。


「そうです。債権です。これは地球外の衛星その他の資産価値にリンクさせる金融派生商品の一種です。地球外総資産債権と名付けてもいいかもしれません。この特別な債権は地球外の資産が増える、例えば衛星が打ち上げられると増えますし、衛星が老朽化して停止すると下がります。もちろん、デブリが増えても下がります」


「ふむ。債権というやつはよくわからんが、会社をつくるわけではないのか」


自社で社債を発行しろというならマークスにも理解できる。

なぜなら債権の支払いの信用の元となるのは自分と会社の技術と資産だからだ。

だが、そんな顔や実体の見えない商品を買うという人間がいるのだろうか。


「違います。私を含む大衆に技術はわかりませんし、債権という中立的な商品にしておいた方が国境をまたいで遥かに膨大な金額を素早く集められますし、適切な領域に投資することもできます」


「しかし、それは単なる博打だろう」


マークスの発言を、ジェイムスは真正面から肯定した。


「そもそも宇宙ビジネスは博打です」


そう返されてマークスは言葉に窮した。

自分がロケット打ち上げ会社を起業した際に「IT業界でせっかく築いた莫大な財産を浪費する博打だ」と叩かれたことを思い起こしたからだ。


「宇宙開発は博打でした。それも勝率がわからない性質の悪い種類の博打です。そんな博打に賭けるのは、あなたのようなロマンティストで、あなたのような山師だけです。いや、褒めてるんですよ?


ですが、この債権は違います。今、どれだけの資産があるか数字で見えていますし、その資産を増やすための方法も、資産を減らす敵も見える、勝ち目のある博打です。私のような愚かで金にしか興味のない人種も、これなら安心して参加できます」


「そんなものに、誰が金を出すんだ」


マークスは両腕を組んで不機嫌そうに問いただしたが、ジェイムスは満面の笑みを崩さぬまま金主の対象を指折り数えだした。


「まず、会社(ゴールドマン)が出します。それと保険会社も出すでしょう。あなたの会社の株主達も出すと思いますよ?なにせ宇宙ビジネスに賭けることが好きな博打好きのロマンティストの集まりでしょうから。あなたを英雄視する大衆も出資するでしょう」


「話はわかった。理屈も理解できる。だが、それとこれとが俺の会社にどう関係してくるんだ?」


そう、そこよね。何だか誤魔化されてたけど、今の話は会社(ゴールドマン)が得するだけじゃないの。


エミリーは心中で密かにマークスを応援し、ジェイムスが言葉に詰まることを期待した。


だがエミリーにとって残念なことに、その質問をこそジェイムスは待っていたようだった。


「つまりですね、その集めた金であなたの会社にデブリを掃除してほしいわけですよ。迷惑な順に。そして、それにより生じた利益を各分野の受益者に請求します。もちろん、合衆国政府にも、ロシアにもです」


「そんなことができるのか?」


マークスはやたらと規制してくる政府関係者と何度もやり合った経験がある。

彼らは口は出しても金は出さない。そして文書ばかり要求してくる。

そうした連中が責任を認めたり資金を出したりするものだろうか?

責任と出費は、役人が最も嫌う2大巨頭である。


「法的責任を追求するのは難しいかもしれません。ですが該当する金額だけを取り返すことはそれほど難しいことではないんです。例えば保険会社からロシアの衛星ビジネスはリスクが高い、と料率を上げるよう勧告したり、NASAが利用する軌道については清掃を延期したり。そうすることで、清掃に消極的な連中の宇宙ビジネスを弱らせたり、遅らせたりすることができます。


当然、我々の活動は金主だけでなく大衆に向けて大々的に広報しますし、宇宙軌道汚染団体や企業については各種の民間団体やNPO人が、その非倫理性を糾弾することになるでしょうね」


「ロビー活動か。いやらしい手だな」


マークスは口の端を歪めた。


「ロビー活動は正当な政治的手段ですよ。それに連中は綺麗な宇宙の敵です。宇宙全体を儲かる場にするためのビジネスにとって、排除すべき敵なんです」


「敵。敵か」


マークスの顔を横から見ていたエミリーは、彼のVR像が目を大きく見開いたところが見えた。

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